PART-B

 それは遥か昔のこと。アメリカ合衆国には「禁酒法時代」という愚かな時代があった。アルコールの製造、販売、提供を禁止する法律の施行によって、ギャング達を増長させてしまったのだ。


 アルコールを飲みたい。

 そんな人々の欲求を満たしたのがギャングだった。


 ギャングマネーに買収された役人、見て見ぬフリをする庶民。

 一つの愚かな法によってコントロールを失った世界で、ギャング達が覇権を奪い合う空前絶後の無法時代が到来した。


 それが、アメリカ「禁酒法時代」だ。


 ここでの教訓は、人は「正しさ」だけでは生きていけないという事だ。


 薄暗い店内にシャンパンゴールの煌びやかな輝きがそっと溶け込む。華やかでありながらおしとやかでもある。つまりは、大人の余裕。

 ここはアダルトな夜の社交場――酒場だ。


 ドレスコードは必至。フォーマルでスタイリッシュなパーティースーツを身に纏い、髪を整え清潔感をキープする。

 ここで男に求められるのは「ダンディ」だ。


「――いい酒だ。香りが違う。そして喉越し。芳醇な果実の酸味と弾ける炭酸の刺激。味のコク。どれをとってもパーフェクトと言っていい」

「ヴィンセント君、無理をしなくいいんだよ。それに分かっていると思うが――それはアルコールじゃない。ジンジャエールだ」

「ああ。知ってるよ。だって俺は下戸だからな」


 カウンターから離れた位置にあるソファ席に座っている。テーブルの向かい側にはスーツ姿のアーヴィングがいて、宝石のようなウィスキーの入ったグラスを傾けている。

 古めかしい店内にはジャズバンドの演奏が可能なステージと楽器のセットがあり、俺の注意は専らそこに向いていた。


「こらこら、これは任務だよ。無事に帰りたいのならあまり私情を持ち込まないことさ」

「お前も飲酒をしてるじゃないか」

「それも任務の内さ。僕らは酒を楽しむ事を目的に来た普通の客でないといけない」

「じゃあ、俺も生のジャズを聴きに来ただけのただの下戸だ」

「なるほど、確かに一理あるね――」


 そう言うとアーヴィングはグラスをテーブルに置いた。そして俺にアイコンタクトをする。ゆっくりと入り口へと視線を流すと、が視界に入るのと時を同じくして言った。


「――は、待ていればやってくるものだ」


 数名のボディーガードを引き連れて店内に入ったのはフィリッポだ。つまり、俺たちがここに来た目的。

 フィリッポらは俺たちの座るテーブルの横を通過して店内奥のVIPルームに案内された。すれ違いざまに視線を上げると、こちらに気づく気配もなく何食わぬ顔でズンズンと通り過ぎて行った。顔には、左の頬に傷の跡があった。

 なんだか拍子抜けした、というのが正直な感想だ。


「さぁ、どう出ますか“ジギー”さんよ」

「なんだいそれは? コードネームのつもりかい?」

「そんなとこだ。潜入捜査ならつきものだろ?」

「なるほど。なら君は“スターダスト”かな。まさか同じ事を遊馬君にも要求したんじゃないだろうね」


 遊馬光太郎の顔がチラつく。


「大人の社交場に子供を連れては来れない。俺を選んだのはそういう理由だな」

「概ね正解だよ。まぁ、彼にはバレないように同行して貰っている。今頃、この建物の屋上で夜風の当たっている頃だろう――」


「……っち、暇だな……」


「――ああ。でもあいつが動いたらまた何人が犠牲になるか」


 アーヴィングはグラスをテーブルに置くと、神妙な面持ちになって小さな声で喋り始めた。


「実のところ、僕らアフター・サーヴィスの内偵調査が完了してね。フィリッポは黒だった。彼らの生み出すマネーが、ショーン・ハントとの繋がりを持つと思われるある組織に流れているという事が分かったんだ」

「なるほど。疑心が確信に変わったって訳か」

「そうだ。確かに僕らアフター・サーヴィスは今までこの街には手を出さなかった。だけど今回は状況が違う。お上雷電は、徹底的にやるつもりだ。そうなればスリーピーダイナソー・ファミリーは壊滅する事になるだろうね……」

「この街の元締めが、消えてなくなる……。彼らが栄華を極めて時代が終わる、か」


 アーヴィングは再びグラスを取って、言った。


「新しい時代の始まり、さ」


 その祝杯なのだろうか。

 程なくして、ステージには今宵の演奏を担当するジャズバンドの面々が集まり始めた。アーヴィングがどのタイミングでフィリッポに仕掛けに行くのかは分からないが、俺の熱い視線を察知したアーヴィングは「いいよ、まだ大丈夫だから」と言って俺を送り出してくれた。

 ステージの周囲には疎らに立ち見客が集まり、演奏が始まるのを今や遅しと待っている。

 サックスを持った黒人の男がリーダーで、マイク越しに彼の挨拶があった後オーディエンズの拍手によって演奏が始まった。


 ――スウィングジャズか。


 そこまで趣味ではないが勿論嫌いな音楽ではない。緩やかで、そして豊満な音の輝きはビバップやフリージャズでは表現できない。そして聴くもの全てを引き付ける明るさとキャッチーさ。これがジャズの原型だ。


「悪くない。この店の雰囲気にもマッチした、いい選曲だ――」

「――そうだろう。なにせ私が頭を下げて呼んでいるバンドだ。君、は詳しいのかい?」

「え……?」


 顔を見る。話しかけて来たのは――フィリッポだった。


「こ、これはどうも……」

「うむ。時に君は、禁酒法時代というものを知っているかね?」

「え、ええ。名前ぐらいは。数百年前の時代の話ですよね?」

「そうだとも。ギャングが街を牛耳り、最も世界が輝いていた時代の事だ。その時代を悪く言う者もいるが、ことジャズにおいてはその時代を抜きに語ることはできん。ジャズマン達は、こうした酒場に呼ばれ、演奏し、その芸を磨いたのだ。だからこそスウィングジャズは発展し、後のビバップやフリージャズが生まれたのだよ。禁酒法時代を悪く言う者はいても、そうして育ったジャズを悪く言う者はいない。違うかね?」

「なるほど。では、あなたはギャングですか?」

「ああ。そして君もギャングだ」


 思っていたよりも野蛮な人間ではないようだ。それが第一印象だった。だがどうやら俺たちの存在は既に悟られていたみたいだ。


「私に用があるのだろう? ならば私の席に案内しよう。君の連れを呼びたまえ、待っているよ」

「ええ、どうも――」

 席に戻るとアーヴィングは、

「よくやった、ヴィンセント君。やはり君を連れてきて正解だったね」

「こうなる事が分かってたのか?」

「君はジャズが好きな新聞記者だ。なら行こう、直接話をつけられれば血を観ずに済むかもしれない」

「あ、ああ……」


 ――そんなにうまくいくのか?

 席を立ってフィリッポの待つ店内奥のVIPルームへと足を運んだ。

 VIPルームへの入り口にはボディーガードが二人、中に入るとデカいテーブルに長いソファ、正面にはフィリッポがどっしりと座り、その左右には屈強なボディーガードの男が一人づつ座っている。

「座りたまえよ」

 促されて「では」と言ってアーヴィングが座る。俺も追いかけるようにシートに座った。

 フィリッポは葉巻を咥え、隣に座るボディーガードが重厚なライターで火をつける。白煙を吐いたあと、徐に喋り始めた。

「そちらはアフター・サーヴィスの捜査員だな。君たちがこの街のを破ったという事は、本気という事か」

「ええ。私はあなた方にお願いしに参ったのです。ショーン・ハントについての情報提供と、らと手を切ることをお約束下さい。そうすれば、我々は実力行使には打って出ない」

「よく調べているようだな。だが、あのバイオレンス探偵を差し向けておいて、今更そんな言葉を信用する事は出来ない。我々は奴に恨みがある。、奴に負わされたこの顔の傷が癒える事はないのだ」


 ――? それって……。


「待ってくれ――あ、いや。ちょっと待ってください。十五年前って、あなたも十五年前のアイツに会った事があるんですか?」

「なんだね? そうだとも」

「私も十五年前にアイツと会った事があります。でも、その頃からアイツの見た目が変わっていなし、こっちの事を覚えてすらいないんです。それって――」

「ヴィンセント君……!」

「――? 君は、奴とつるんでおきながらそんな事も知らないのか? 奴は……」


 その時だった。アーヴィングは素早い動作でジャケットの中に手を入れ、中からピースメーカー回転式拳銃を引き抜いた。銃口はフィリッポに向けられ、咄嗟の出来事にフィリッポはおろかボディーガードも対応出来ない。


「――?! やはり、最初からそのつもりだったか……!」

「無駄な事を喋る必要はない。私が上から命令された事は、貴方を実力を持って捕えろという事です。チャンスは与えましたよ。ですが一瞬でふいにしたのはそちらだ」

、か。やはり神サマ気取りという訳だ」


 フィリッポの額に汗が流れる。ボディーガード達も懐に手を伸ばすが、アーヴィングのファストドロウ早抜きを目撃して気圧されている。――まるでプロボクサーのディフェス。引き抜こうとすれば、それよりも先に撃たれる事を直感させたのだ。

 アーヴィングはエリート捜査員である。若くして幾多の修羅場を掻い潜った「鬼」であり、その片鱗をヴィンセントは肌で感じ取った。


 ――だけど、俺も知りたいことがある……!


「ッ?! ヴィンセント君……!」


 ヴィンセントはアーヴィングの前に立ち塞がり、自ら射線上に入った。


「どけ、ヴィンセント君。これは遊びじゃない」

「俺も遊びでこんな事はしない。どうしても知りたい事なんだ」

「どうして?」

「それは……――」


 瞬間、店内に銃声が轟いた。アーヴィングの背後に立つ男が拳銃を引き抜き、発砲したのだ。弾丸は背中から心臓を目掛けて飛翔し、


「ば、馬鹿者が……!!」


 しかし喫驚を上げたのはフィリッポだった。

 そう、弾丸はアーヴィングには到達しない。彼の羽織るジャケットの下、胴体に装備されたチョッキ状の装置――電磁波フィールド発生装置「カムフラージュ」がその軌道を反らせるからだ。


 そして、


「――なるほど、貴方達はアフター・サーヴィスを手にかけようとした。もはや交渉の余地はなし」


 ――アーヴィングの目つきが変わる。それを肌で感じた刹那、立て続けに銃声が鳴った。正面に立つ二人のボディーガード、そして背後の二人も一瞬にして地面へと倒れ込んだ。

 それは西部劇のガンマンのように、瞬きの間に無力化して見せた。


「安心してください。これは即効性の麻酔弾です。死にはしませんよ。勿論、死ぬほど痛いでしょうがね」

「はじめからそのつもりか……?!」


 アーヴィングはゆっくりとハンマーを倒した。シリンダーが回転し、チェンバーに次弾が装填される。


「いいえ。交渉決裂です――」


 ――バンッ。

 それは無機質な音だった。

 だが俺は、引き金に指を掛ける時。マズルフラッシュで視界を失うその刹那――フィリッポが「にやり」として笑みを浮かべたのを見た。

 そして視界が開けると――。


「な、なに……?!」


 フィリッポの眼前で、放たれた銃弾が静止していた。アーヴィングの顔に動揺が走る。


「ふふふっ、はははははッ!! 馬鹿め! 貴様らのその顔が見たかったのだよ!」


 それはアーヴィングと同じ現象、即ちカムフラージュによるフィールドバリアだった。アフター・サーヴィスの技術は門外不出であり、仮に手に入れたとしても中身はロスト・テクノロジーの産物でありブラックボックス化されている。

 アフター・サーヴィスにしか扱えないガジェット――の、筈なのだ。


「クソッ!!」


 もう一度発砲する。だが結果は同じだった。六発装填できるシリンダーにはもう残弾がない。


「おやおや、優位がなくなればその程度かね? 私を捕まえるのだろう?」


 フィリッポは高笑いをする。次の瞬間、その巨漢とは裏腹に身軽なジャンプでテーブルを飛び越えた。宙返りをしつつ、アーヴィングの背後へと着地すると、そのまま店の入口へと走り出した。


「は、早い!」

「なにが起きてんだよアーヴィングよぉ……?!」

「どうやら見くびっていたらしい。彼も、から力を与えられたんだろうね……!!」

「誰なんだよって?!」

「説明は後だ。追うよヴィンセント君、これはマズい流れだ……ッ!!」


 そうして俺たちは店内を駆け、店を出た。

 眩い光に埋め尽くされた夜のオービット405の街並みはやはり圧巻だが、それをぶち壊す程に不気味な巨魁が俺たちを待ち受けていた。

 道のど真ん中に佇む巨大な影は、それがを手に入れたフィリッポの成れの果てである事は分かりきっていた。

 それは――。


「―—カ、カイジュウだと!! を復活させたというのは本当だったとはね……!」

「ほ、じゃないかあれは……!」


 ――。そう、それは呼び名の通り「生きた怪獣」だった。二本の足で立つ、灰色の鱗を持った巨大カイジュウだ。

 どことなくフィリッポの面影を残す赤い瞳と、ライオンのような顔立ち。頭部にはフックのように反り返った一本角が生えている。全高は凡そ18メートルほどだ。

 瞬間、カイジュウは叫び声を上げた。――咆哮だ。街に轟き、ビリビリと建物を振動させる。


「――なるほど。貴方のは狙いはリベンジだったという事か。いいでしょう、それなら――」


 アーヴィングは背後へと振り返る。顎を上げると、その視線の先にはビルが。そしてその屋上には――。


「――遊馬君! お待ちかね、君のショー・タイムだ!!」

「待ちくたびれた。ムカついているからワンパンだ」


 遊馬光太郎はビルの屋上から勢いよく飛び降りた。風を切り、カイジュウの頭上に踏み込む。身体には風をはらむように青い光を帯びていく。


「スタンバイ、ゴー・B・ア・ライオット・ニュー!!」


 叫び声の直後、空中に巨大ロボットの右腕が現出した。丸めた拳が隕石のように、遊馬光太郎の降下と共にカイジュウへと接近する。


「重力制御、右腕の質量を20パーセント解放。ア・モーニング・エクスキューズ!!」


 遊馬光太郎が振りかぶった腕に連動して拳が空気を切る。は直撃し、拳は衝撃を伴って怪獣を押しつぶした。

 地面が蜘蛛の巣状に割れ、拳はめり込んでいる。よそに、遊馬光太郎は何事も無かったかのように道路へと着地した。


「ザコが。その程度の力で僕に挑もうなんて、恥知らずもいいところだね。こんな薄汚い街に引きこもっている自称ギャングなんてそれくらいが関の山さ」


 相変わらず口が悪い。

 巨人の腕は光と共に消滅し、残された地面にはボロボロになったフィリッポが鼻血を垂らしてノビていた。アーヴィングは遊馬光太郎に「ご苦労様」と言ってフィリッポの元に駆け寄った。


「あっけない。これが時代の終わりか。人の厚意を無視するとこういう報いを受けるのさ……」

「新しい時代の始まり、なんだろ?」

「ああ、そうだったね……。まだ息があるようだ、部下を呼んで彼を回収させる。ありがとうヴィンセント君、助かったよ」

「俺は何もしていない。自分の無力さを突き付けられた気分だよ、まったく……」


 こうしてオービット405にアフター・サーヴィスが踏み込み、何台ものジャムズモービルが街に押し寄せた。

 スリーピーダイナソー・ファミリーの時代が終わる。だがこの街のロマンが失われる事はないだろう。「ジャズ」の歴史が禁酒法時代の終焉と共に失われなかったように、そして世界に「暗黙」があり続ける限り。

 


「ふーん。やっぱりあの汗臭いオッサンじゃクソッタレ暴力探偵には勝てないよね。復讐がしたいから力が欲しいとかほざいた癖に。あーつまんない――やっぱり、次は僕が出るしかないかな?」





【OIL AND WATER(結成! はやくも一触即発?! 奇跡の凸凹バディ誕生!)】

 


 TO BE CONTINUED……

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