第3話:OIL AND WATER(結成! はやくも一触即発?! 奇跡の凸凹バディ誕生!)

PART-A

 外郭エリア13番ドーム・ルビコン。

 地下街を意味する第一層区画は単なる地下通路や商店街ではない。言うならば、地中に潜ったもう一つの世界――即ち、地下世界そのものである。

 地上である第二層区画の対になる存在だが、地面という人工の天井が空を覆っている事を除けば実体としては同義である。


 最も、上空に張り巡らされたフィールドバリアがレフトフィールドの天井であるとするなら、この街そのものが地下世界であると言えなくもないが。



「こちら“デヴィッド”。目標は未だシアター内に潜伏している模様。引き続き監視を続け……どあぁっ?!」


 建物の影に身を隠して張り込みをするヴィンセントの背中を遊馬光太郎が思い切り蹴り飛ばす。

 右手に持ったあんパンを落とし、左手の牛乳を溢した。


「痛ってぇな何すんだよ“ボウイ”!? にバレたらどうすんだ?!」

「下らない探偵ごっこをしてる場合じゃないだろ状況を考えろこのバカ!」

「あぁン?! 誰がバカだこのクソチビ! 張り込むってこういう事だろうが!」

「全然違うんだよこの素人めが! ドラマや映画の見過ぎて世の中ちょろくなっちゃってんだろう目を醒ませこの足手まといの極潰し!」

「んだと?! てめぇもういっぺん言ってみろオラぁ!!――」


 二人がいたのは古めかしい建物が立ち並ぶルビコンの第一層区画・オービット405。かつてアメリカ合衆国にあったとされる街・ニューヨークを模して造られてたこの区画は、アフター・サーヴィスの目が行き届かない――言わば「非合法の街」として知られている。

 かつてのニューヨークがそうだったように、この街もまた「ギャング」たちが闊歩するきな臭くもロマンに満ちた歓楽街だった。

 と、少なくともヴィンセントの目にはそのように映っている。


「あ、待て隠れろ!」

 

 ヴィンセントが何かに気が付く。咄嗟に二人は上下に並んで壁に隠れた。

 シアターから出てきたのは、ボディーガートと思われるスーツを着た屈強な男たちと捜査対象のギャング――スリーピーダイナソー・ファミリーのドン・フィリッポだ。


「ッチ。漫才してる間にが動き出しちまったようだ……! どうするよ“ボウイ”?」

「決まってるだろ、こっちは最初から使だ」

 ジャキっという音を立てて懐からウッズマン拳銃を引き抜いた。

「おいおいお前こそ世の中ちょろくなっちまってんじゃないの?! 悪者だからってなんでもぶっ倒せばいいってもんじゃないだろ?!」

「上から煩いんだよ! それにこれは非殺傷弾を装填してる。殺さないから安心して――あッ!」


 二人の出した大声にギャングたちが気付き、すぐさま黒塗りのセダンが駆け付けた。ギャングたちはマシンガンで武装しており、二人に目掛けて弾丸を乱射する。

 咄嗟に隠れ、ヴィンセントが悲鳴を上げた。


「おい何でいきなり撃ってくるんだよぉ?! お前のせいだろ絶対、お前絶対にアイツらと因縁あんだろ?!」

「し、知らいねそんな事!――ええい、クソッ!!」


 隠れながらウッズマン拳銃で応戦し、数発がギャングに命中する。だが鳴り止まない銃声の中でフィリッポを乗せたセダンが走り出し、遊馬光太郎は慌てて車道に出た。


「と、止まれ!! 止まらないとホントに殺すぞ!!」


 道のど真ん中でウッズマン拳銃を構えるが、セダンはお構いなしに正面から遊馬光太郎に迫る。


「あ、危ない!!」


 ヴィンセントが道路に飛び出す。間一髪のところで遊馬光太郎に覆いかぶさり、車との接触を回避した。倒れ際に放った一発がセダンのフロントガラスに命中するが搭乗員は無傷――、セダンに乗るフィリッポはホッと胸を撫でおろした。


「ぼ、亡霊め……。地獄のバイオレンス探偵、遊馬太郎の顔を二度も見る事になるとは。生きた心地がせんわ――」


 セダンはシアターを去っていく。――すぐさま後を追わなくては。だが、


「クソ、余計な事を。連れて来た僕がバカだったか……」


 遊馬光太郎はかつてないほどに歪んだ形相でヴィンセントを睨んでいた。


「よ、余計なことって……。ああしなきゃ轢き殺されてたかもしれないだろ?!」

「そのくらいで死ぬような軟な身体じゃない。言った筈だよ、僕の頭は物凄く固いって」

「誰がそれを真に受けるんだよ!」

「もういいから、バイクでアイツらを追うよ! 乗って!」


 質量テレポートでアールデコ・バイクを呼びよせ、ドライバーシートに遊馬光太郎が跨った。だがヴィンセントは、


「え、俺がリアシートなの?! 嫌だよ子供の後ろでニケツなんて! マジダサいじゃんそれ?!」

「いちいち煩い! 嫌なら走って付いてくること、いいね?!」

「あーもうーしゃあねぇッ――」


 そうしてバイクは甲高いエンジン音を立てて勢いよく走り出した。街に流れる風は地下街とは思えないほどに澄んでいる。

 宵闇のオービット405にガソリン車のオイルの香りが走った。


「――ねぇ待って別に俺の頭は固くないよぉ?!!」



***



 遡ること一週間前。昼休憩に入ったタイトゥンアップ・タイムズのオフィスにヴィセントの悲鳴が響いたところまで時間が巻き戻る。

 ヴィンセントがいつもの様に自席で寝ていると課長のデボンがそっと彼を起こした。「お客さんが見えられてるよ」と覇気のない弱々しい声で囁き、夢うつつから瞬時に引き戻された。

 デボンに連れられるままオフィスを出て向かった先は眺めのいいガラス張りの小会議室だった。道中、噂話をする女子社員の声が耳を掠めていく。「ねぇ見た? めっちゃイケメンだったよ」「あれ連邦捜査員でしょ? もしかしてまたあいつ関係?」「それにあの小さな男の子――」。


 ――まさか、な。


 だがヴィンセントの予感は的中する。というよりも、それ以外がある筈がない。部屋がガラス張りだった為、入室する前に答え合わせが完了した。


「……課長、僕はこの部屋に入りたくはありません」

「ヴィンセント君。だめだ、行ってくれ。君から入ってくれ」


 深呼吸し、覚悟を決めたヴィンセントがドアノブを捻る。

 部屋で待ち受けていたのは――。


「やあ。その節はどうも。私はアフター・サーヴィス連邦捜査員のアーヴィング・スナイダー。こちらは――」

「――私立探偵、遊馬光太郎です。また会いましたね。おっさん」


 ヴィンセントの頬を嫌な汗が流れる。


「こ、これはこれは皆さんお揃いで。き、今日はどういったご用件でしょうか? ああ、私は一介の新聞記者ですので込み入ったお話は課長のデボンがご対応いたしますよ……ね?」

「しません。それじゃあ、ごゆっくり」


 デボンは早口で応えるとそそくさと部屋を後にした。――クソが、逃げる必要ないだろうよ……!


「デボンさんにはこちらからお願いしておりました。内容が内容な故、席を外して欲しいと。――なんせこれは雷電ライディーンからの命令ですからね。そうですよね、クラウスさん?」

「ええ。ご配慮いただきありがとうございます」


 それは見慣れない男だった。だが服装を見れば何者であるかは一目瞭然だ。

 アイコニックなネクタイのない赤色のスーツは、この街の雷電ライディーンの幹部が着る「3Sスーツ」と呼ばれる服だ。つまりこの男―—クラウスは雷電ライディーンから派遣された重要人物である。


「クラウスです。まず、本日集まっていただいた皆さんに感謝を申し上げたい。では、早速本題に入るとしましょう。なに、堅苦しいのは好きじゃあない。ささ、席に座ってゆっくりと話すとしましょう――」


 長方形のテーブルにそれぞれ着席する。勿論、上座はクラウスだ。


「――雷電ライディーンの上層部は、昨今のカイジュウ事件について非常に重く受け止めております。勿論皆さまはご存知の通り、一連の襲撃はこれまでとは性質が大きく異なる。この半年間の襲撃は全てから現れた――。今まであり得なかった事です。ですが、この一連の襲撃には裏で糸を引く者がいます」


 クラウスは立ち上がり、力強い口調で言った。


「つまり人類の裏切り者、地球外生命体Eイー.Lエル.Oオー.の内通者だ。――その名はショーン・ハント。奴を早急に捕えなければなりません」

「ええ。そういう訳で、我々はここに集められたのです。僕らアフター・サーヴィスとブリッジビルダーである遊馬君、そしてこの事件に片足を突っ込んでしまった君――ヴィンセント君がね」


 アーヴィングは「やれやれ」と首を振った。

 ここに召集された理由をクラウスはこう締めくくった。


雷電ライディーンの名をもってあなた方に命じます。ショーン・ハント逮捕の特殊チームを作り、これを達成しなさい」


 教師のような口ぶりだった。だがこの街では教師ではなく神なのだから当然だ。

 だが喉に言葉が引っかかった。違和感の正体を確かめる為、訊ねてみる。


「あの、特殊チームを作るって話ですけど、僕らが人員を集めて組織をつくれってことですか?」

「いいえ。という事です。冗談がお上手ですね――」


 俺は周囲を見渡した。あなた方というのはつまり、それしかない。ま、マジで……?


 ――そうだ。俺は一介のサラリーマン、新聞記者に過ぎないのだ。少しばかり非現実的な体験をしたところで、その現実が変わる訳がない。

 俺の様な一般人にとっては、この何もないいつも通りの毎日こそが尊くも相応しい現実なのだ。


 ――……のだ。で、終れば幸福だった。バイバイ俺の可もなく不可もない普通の人生。


「い、いやだぁぁぁぁあああああ!!!!――」



***



 特殊捜査チームはアーヴィングをリーダーとして、実動部隊は俺と遊馬光太郎という編成だ。勿論アーヴィングの部下としてアフター・サーヴィスから数名がするという話だが、それは追々だ。

 ああ、ってのはつまり、特殊捜査チームの本部をこのタイトゥンアップ・タイムズの一室に設けるからだ。


 民官フィクサー共同でショーン・ハントを追うんだってさ。マジかよオイ。


 まぁ、本音と建て前ってのはある訳で、実情としてはアーヴィングが捜査を続けてきた一連のカイジュウ事件を、俺——タイトゥンアップと遊馬光太郎が助力するだけの話だ。

 だから俺が特別なにかをする訳じゃない。だって、俺はただの新聞記者だ。身体能力、体力、ルックス、金力、運。全てが平均クラスだ。そんな奴がエリート集団であるアフター・サーヴィスの手伝いなんて出来る訳が――。


「――遊馬君、ちょっといいかい?」

「はい」


 捜査本部——つまり会議室にいた。ノートパソコン越しに二人がやり取りをしている。

 部屋にはBGMが流れている。というか俺の頭の中で、だ。

 昼休憩だった俺は携帯端末から無線イヤフォンを繋いで音楽を聴いていた。勿論ジャズだ。一人、アルトサックスに酔いしれている。


「実は、こちらのチームで追っていた案件であぶれてしまったものがあって。人手不足で、君に捜査をお願いしたいと思ってたんだ。引き受けてくれるかい?」

「今の僕らの関係は探偵と警察じゃない。貴方が僕に命令を出せば動きますよ。勿論無償でね」

「ははっ、そうだった。じゃあ、君に命令を出す――」

「あ、ちょっと待って下さい」

「え?」


 ノートパソコンの向こうから遊馬光太郎がツカツカと歩いてきて、

「ゴンッ」と俺の机を蹴った。

 慌ててイヤホンを外すと、


「おい暇人、仕事だ。手伝ってほしい」

「が、柄悪いな少年探偵……。なんだよ仕事って? 俺にも資料整理っていう大事な仕事が――」

 もう一度蹴りが入る。俺は「ヒイッ」と情けない声を上げてしまった。

「この前の、忘れてないよね?」

「お、お早やい取り立てで?」

「全額じゃなくていい。ほんの十分の一くらいだよ」


 背後にまわった遊馬光太郎は俺の両腕をもって持ち上げた。相変わらずの馬鹿力だ。


「お前、いつも何喰って生活してんの?」

「秘密。さぁいくよ――」



 そうしてやってきたのがオービット405だった。

 依頼内容はギャング、スリーピーダイナソー・ファミリーのフィリッポを捕えること。というのも、このギャング集団がショーンと繋がっているという情報があったのだ。

 確かにオービット405はその立地条件からアフター・サーヴィスの監視が行き届かない無法地帯だし、ショーンが潜伏している可能性も高い。だが場所柄ゆえにアフター・サーヴィスが表立って事を構えたくもないのだ。


 それは、ちょっと込み入った話になる。


 レフトフィールドはアフター・サーヴィスに、引いては雷電ライディーンによって監視された閉鎖都市だ。だが、だからと言って人々をロボットの様にコントロールするわけにもいかない。人はだ。

 そう、人は娯楽無しでは生きていけない。人は何らかの「悪さ」を働かずに生きてはいけない。そんな社会では息が詰まり、窒息して萎んでいくだろう。だから雷電ライディーンはそれを見越してアフター・サーヴィスが手出しを出来ないエリアを意図的に作ったのだ。

 人々を健全にコントロールするためには、何らかの悪が必要。それがオービット405の正体なのだ。


 あの後、フィリッポを乗せた車には易々と撒かれてしまった。仲間と思われる連中に妨害されバイクでのデッドヒートが展開されたのだが――。

 

「――アーヴィングに連絡した。任務は失敗したと」

「あ、あの死屍累々はあのまま……?」

 通りにはクラッシュした車やバイクが、投げ捨てられたように転がっている。勿論全て遊馬光太郎の手によるものだ。

 死んでるわけではないようだが……。

「帰るよ、乗って」

「あ、あぁ……」

 再びバイクに乗ってオービット405を後にした。


 捜査本部に戻ると時刻は夜の10時を回っていた。新聞社は24時間営業だ。未だ慌ただしい社内で、


「お疲れ様。待っていたよ」


 アーヴィングは俺たちの帰りを待っていた。

 顔は疲れの色を見せない実に爽やかなものだった。


「ごめんなさい。フィリッポを取り逃しました。このポンコツが余計な事をしたばかりに」

「おい誰がポンコツだ! ホントに口悪いなお前。――すんません」


 二人で深々と頭を下げる。


「ああ、いいよいいよ。実はもう先の一手を考えていてね。それで失敗を取り返えそうよ。それに今回は、僕も参加させて貰おうと思っていてね」

「え? でもアフター・サーヴィスが手出しできない領域なんじゃ?」


 俺が問いかけるとアーヴィングは「うん」と頷いた後、


「だけど、潜入捜査ならどうかな?――そして今回はちょっと条件があってね。ヴィンセント君、僕とバディを組むのは君だ」

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