PART-B

 アフター・サーヴィスの警察車両、通称・ジャムズモービルに戻ったアーヴィングはタブレット型端末を睨んでいた。

 画面にはこの街で稼働している監視カメラの映像がリアルタイムで表示されている――筈なのだが、画面に映し出される文字は、


【——NO SIGNAL】


「何者かが障害を発生させているようだ。ヴィンセントか……。いや、あの男がそこまで用意周到な人間とも思えない。だとすれば共犯者――ショーン・ハントの仕業と見て間違いはないだろう」


 そっとタブレット端末をシートに置き、アーヴィングは車外に出て夜の街を見渡した。


 5番ドーム・ツァイトは内郭エリアに位置する。

 ツァイトはその中でも比較的地価が低く、ヴィンセントのような安月給でも多くを望まなければそれなりに暮らしていける街だ。

 内郭エリアというだけあって、ヴィンセントの自虐とは裏腹に艶やかな不夜城の明かりが街全体を照らし出しており、シャンパンゴールドを連想させる華やかなオレンジ色の明かりが街の隅々まで張り巡らされた光景は圧巻だ。

 内郭エリアは三層構造からなる。

 ヴィンセントのアパートがある第二層区画のは第三層区画であり、アーヴィングの見上げる天井には懸垂式モノレールが何本も走っている。


 ――文字通り「豊かな未来都市ユートピア」。この眺めは満更でもない。


「スクーターは駐車場に残されていた。徒歩で逃走しているのならそれほど遠くへは行けない筈だ。監視カメラに頼れないのなら……。こちらも足で探すまでだ」


 再びジャムズモービルに乗り込んだアーヴィングは一台をアパート前に待機させその場を後にした。

 現場から逃走した容疑者ヴィンセント・マッコイ。彼を追うために。



***



 逃げている。俺は一心不乱に走っていた。

 街の光が眩しい。この反社会的な疾走を、まるでこの街は肯定しているかのようだ。

 ――逃げろ。

 そう言われている気がした。


 そしてその逃げ込む先は、


「予め調べておいて正解だったな……! レフトフィールド一の名探偵、遊馬家の現住所を……!」


 マジでこのくらいしか思い当たらなかった。勿論アフター・サーヴィス警察は当てにならないし(そいつらに追われてる訳だし)、タイトゥンアップを巻き込むわけにもいかない。子供の頃に過ごした施設も、頼れる親も――ない。

 

 駅まで走り、帰宅ラッシュに沸くモノレールに乗り込んだ。行き先はタンジェリンエリア。その外れに遊馬家の屋敷・遊馬亭がある。

 ネットで調べればすぐだ。だが遊馬の名前さえ思い出せなかった俺がその存在を知ったのは丁度今日の帰り際だった。

 ダコタとの会話の中で、何となく調べてみたが――。


「下にはジャムズモービルが走っているな。でもどうしてだ? 何であいつらは俺を見つけられていない……?」


 街の天井から宙吊りとなる懸垂式モノレールの車窓には足元の街が映り込んでいる。道路を行きかう車両に紛れてジャムズモービルの青ランプがチカチカと点滅していた。

 やがてモノレールはツァイトを脱出し、進行方向にはより騒々しい輝きが待ち受けていた。かつて地球の覇権国家だったアメリカ合衆国に存在したとされるバカ騒ぎの街・ラスベガス。

 その派手さに負けず劣らない本当の不夜城。

 ――それがドーム1、夜のタンジェリンエリアだ。


『まもなく、マーズ・ガーデン――マーズ・ガーデンに停車します。お出口は左側です』


 目的地だ。

 モノレールを降り、改札を抜けて街へと繰り出した。

 タンジェリンエリアの第二層、西南に位置するマーズ・ガーデンは古くから有力者が住まうベッドタウンとして栄えている。本来俺のような貧乏人には一生縁のない高級住宅街なのだが、安物のミリタリージャケットを羽織る男がそんな場所を早歩きで駆けている。

 追われる身である以前に浮いてしまっていないか非常に心配だ。


「くそ、金持ちどもめ。なんで地球が滅んだのに貧富の差は滅びないんだよ……」


 豪華な一軒家が立ち並ぶ通りをひたすらに突き進む。

 その中に、一際大きな一軒屋――いや、御屋敷を通り越して殿としか思えない荘厳な佇まいの建築物が見えてきた。


「ウソだろ、これか……?!」


 ――マーズ・ガーデンの遊馬亭。じょ、冗談じゃねぇ……。


「ま、まぁ冷静に考えろ。あの巨大ロボをこの中に仕舞い込んでいる訳だから、このくらい説得力がないと逆におかしいだろ?」


 いや、どっちにしろおかしい。

 しかし、どこから入ればいいんだ? 正面は白い壁のような面構えだが、一階部分には入り口と思われる木製の巨大な扉がある。

 「来る者拒まず」って具合に開き切った門を通り、扉の前に立つ。

 普通にここから入っちゃっていいのかな、これ……。

 

『――何者ですか? こちらは私立探偵、遊馬探偵事務所です。面会をご希望でしたら、予めご連絡を頂けるよう申し上げております』

 何処からか女性の声が聞こえる。年齢は恐らく十代後半くらい。この屋敷のメイドか何かだな。

「緊急事態なんだ! 頼む、遊馬太郎……、いや太郎に取り次いで欲しい! アフター・サーヴィスに追われてて、こ、このままじゃ死んじゃうかも?!」

『悪い事をしたのならば捕まれば宜しいかと』

「違う、だから免罪なんだって! 悪い奴に濡れ衣を被せられて、誰にも助けを求めるアテがないんだ! 探偵なんだろぉ?! 困ってる人を助けてくれよぉ!!」

『そう申されましても――あ、……』

 女性の背後から誰か近づいて来たようだ。と呼ばれたそれは、


『悪いけど――高くつくよ?』


 ――この声ッ! 来たな、遊馬……太郎!


「いいよ幾らでもくれてやるから! 何も文句は言わないから!!」

『一生働いても返しきれないほどのだ。死ぬまで奴隷になってもらうかもしれない。それでもいい?』


 ――冗談、だよな? だが背に腹はかえられない……!


「煮るなり焼くなり好きにしろ! だけど俺を助けてくれェ!!」

『――ふふ。西蓮寺、扉を開けて。お客人だ、出迎えるよ』


 重々しい音を響かせながら木製の巨大な扉がゆっくりと観音開きする。


「マジかよ、おい……」


 格式高い内装、というかただの宮殿。外装も衝撃的だったが中身は想像の100倍を超える絢爛豪華な宮殿そのもの。まるで中世ヨーロッパの王侯貴族が住まう、国家資産級のパレス。

 戸口には先程のメイドと思われる女性が立ち俺を出迎える。そして正面には、白い鉱石から削り出したような重厚感のある緩やかな階段があり、その中腹付近に遊馬……太郎が立ち尽くしていた。


「――そろそろ来る頃だろうと思ってました」


 遊馬光太郎が呟いた。

 直線距離にして約20メートルほど離れた位置から二人のやり取りが続く。


「え? どういう意味だよ、それは……?」

「見ていれば分かります。――西蓮寺」

「はい、若」


 メイドの西蓮寺は右手に持ったジェラルミンケースを遊馬光太郎に向かって投げた。槍のように勢いよく空中を駆け、遊馬光太郎は右手をあげて軽々とキャッチする。

 素早く取っ手を掴むと、その手元の黒いスイッチを押し込んだ。

 瞬間、ジェラルミンケースがバカッと開いて中からが出現する。

 そのグリップを握り、左手でスライドを引く。チェンバーに弾丸が送り込まれ、照準器はヴィンセントをエイムする。


「お、おい冗談だろ……?!」


 ――ウッズマン拳銃だ。

 トリガーに指が掛かり、ヴィンセントは激昂した。


「や、やめろ殺す気か?! 助けてくれるんじゃなかったのかよ?!」

「下手に動かないでください。無駄な怪我をしますよ――それに“煮るなり焼くなり好きにしろ”って言ったのは貴方だ」

「や、やめろぉぉ――ッ?!」


 図太い銃声がエントランスに響いた。放たれた弾丸はヴィンセントの胸元に向かって直進する。思わず顔を顰めたヴィンセント――直撃、するかに見えたのだが、


「ッ?! なんだよこれ……?!」


 目を開くと、ジャケットの内ポケットから光る腕のようなものが伸び、それが指で銃弾を受け止めていた。


「バレバレだ。だけど上手く滑り込んだね、クソガキ君」

『――あーあーあとちょっとだったのにバレちゃうなんてつまらない。シラケるわー』


 置いてけぼりくらうヴィンセントは「え?!」と遊馬光太郎の顔を見て、「えぇ?!」と胸元の光る腕を見た。ショーンの声が腕から出ているが――。


「おっさん、早くそのジャケットを脱いだ方がいい。次はその腕は貴方を護ってはくれないでしょうからね」


 ヴィンセントはすぐさまジャケットを脱ぎ捨てる。光る腕は地面でうねうねと動き、やがて人型のシルエットとなって立ち上がった。


「き、気持ちわりぃなおい……! お、俺は何も知らないぞ?!」

「でしょうね。おっさん、もしかしてまだ気がつかない?」

「え……?!」

「貴方はハメられたんだ。クソガキショーンにね。どういう流れかは知らないけど、貴方はここにあのを送り込むように誘導されてたってわけです。思い当たる節、あるでしょ?」


≪「殺そうとした? でも訳でしょぅ? じゃあ、僕はアンタの事を殺そうしてないね」≫


 ――遊馬光太郎なら助けてくる。


「まんまと騙されたって事か……! あの手紙にってやつを忍び込ませ、その運び屋をやらされたってのか?!」


 喋っている間に、ジャケットを被った人型のシルエットはゆっくりと二本足で直立する。


「ジャケットごと撃ち抜いていいですか? いえ、そうします」

「おい確かにあれは安物だが――」

「撃ちます」

「ひ、ひどい!!」


 間髪入れずにウッズマン拳銃を連射する。だが機敏に動くは銃弾をよけつつ遊馬光太郎へと接近する。その手には刃物――カランビットナイフのような反り返った刃が見える。


「ふん、早いね――」

『よゆーぶっかましってんじゃない――よッ!!』


 は遊馬光太郎の眼前まで踏み込み、右腕フックを打ち出す。首元を目掛けた軌跡は紙一重で空を掻くと、遊馬光太郎は反撃する。仰け反らせた体の勢いを利用し翻り、切れの鋭いバックスピンキック後ろ回し蹴りを放った。


『――?!』

「遅いね、遅すぎるね。即席じゃそのくらいが関の山さ」

『ぐあッ!!』


 やはりその一撃は重たい。は背後に5メートルほど吹き飛ばされるが受け身をとって即座に立ち上がった。

 が――、


「でも間に合わない。クソガキ君、お疲れ様」


 銃声。弾丸がの眉間を撃ち抜き、力なくその場に倒れ込んだ。


「や、やったのか……?」


 ヴィンセントが恐る恐る遊馬光太郎へと近寄るが、


「待って。まだ――」

『――きゃは、キャハハハハハハ!!! 流石は名探偵、ほんと凄いね、凄いよ! キャハハハハハハ!!!』


 はジェルのようにドロドロに溶けるとやがて一つの球体となって宙に浮かんだ。そして球体にできたが、甲高い声を再生する。


『これは始まりだ。これは宣戦布告だ。僕はお前たちに挑戦する。次に会う時は必ずお前の首を掻く。楽しみに待ておけ、キャハハハハハハッ――!!!』

「さっさと失せろ、貧乏人」


 球体となったは勢いよく飛び去ると、光を尾に引きながら開かれたままの扉を抜けて外へと消えて行った。

 反抗に関する高らかな宣言。ショーンの目的は達成され、遊馬亭のエントランスにはそれぞれの温度感が渦巻いている。


 だが次にエントランスに響いたのは、ジャムズモービルの鬱陶しいサイレンだった。


「――アフター・サーヴィスか?! 畜生、もう見つかっちまうなんて……」

「やれやれ、騒がしい奴らが来たね……」


 遊馬光太郎はゆっくりと階段を下り、ヴィンセントの横を抜ける。メイドの西蓮寺が立つ戸口まで歩き「始末は僕がつける」と囁いた。


「しょ、少年探偵……?!」

「貴方はクライアントだ。問題が解決するまで、僕は依頼主のために動く。例えそれが貴方みたいなおっさんでもね」


 軒先の広場に三台のジャムズモービルが押しかけると綺麗に横並びで停車した。車内から次々と捜査員が現れ、その中にアーヴィングの顔があった。

 捜査員を引き連れるアーヴィングはキリッとした表情のままエントランスへ進む。

 遊馬光太郎とアーヴィング。――口火を切ったのは遊馬光太郎だ。


「どうも、アーヴィングさん。この夜分遅くにどのようなご用件でしょうか?」

 遊馬光太郎の背にヴィンセントの姿を見る。

「用件はあなた方がよくご存じだと思いますが。そちらにいるのは、我々が追っているテロリストのヴィンセント・マッコイです。素直に身柄をこちらに明け渡して頂きたい」

「いや、駄目だね。こちらは僕ら遊馬家のご客人だ。それにあなた達は一つ大きな誤解をしています」

「誤解とは?」

「彼はテロリストなんかじゃない。ショーン・ハントに唆された哀れな被害者の一人だ。ああ、それは貴方達も同じですけどね」

 アーヴィングは口元に苦い窪みを作る。

「証拠や証言が欲しいというのなら、この遊馬光太郎が提示しましょう。まだここにいる必要がありますか?」

「……なるほど。我々は全く徒労だったという事ですか。貴方がそう仰るのならこれ以上の問答は不要です。お騒がせしてしまったことを謝罪します。それでは、また」

「ええ。アーヴィングさん。また――」


 少年探偵、遊馬光太郎。俺はこいつに二回も助けられてしまった。ホっとした俺は地面にへたり込んだ。が、地面が冷たい。


「もう、何がなんだか……」

「――ヴィンセント様、こちらを」

 メイドの西蓮寺が俺のジャケットを拾い、渡してくれた。数発の銃撃に晒されたが弾痕などはなく無傷だった。

「どうも、あんがとうございます……」


 そういや、あの時の報酬としてオハラはいくら支払ったんだろうか。すぐに金の話が浮かぶ自分に嫌気がさしたが、このミリタリージャケットだけは大切にしようと思った。



***



 タンジェリンエリアのど真ん中にはレフトフィールドの象徴とされる巨大な構造物が聳え立っている。だが巨大さ故に目視によってその全高を正確には把握する事はできない。上部は、街の雲のように張り巡らされた上空のフィールドバリアを突き抜けているからだ。

 地上100階までを商業地区とし、その内側はさながらもう一つの街である。豪華絢爛な未来都市の中心地点、雷電ライディーンの権威・クラスタービルだ。

 地上200階に位置する雷電ライディーンの代表室には夜のレフトフィールドを見下ろす一人の人影があった。摩天楼の光りは、正しくタンジェリンのような熟れたオレンジ色である。

 後ろで腕を組むその人こそ、雷電ライディーンの代表――フローリアン・ヒュッターだ。


「遊馬光太郎、ヴィンセント・マッコイか……」





【CONSPIRACY THEORY(この街は仕組まれている! 何者かによって!)】

 


 TO BE CONTINUED……

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