PART-B

 11番ドームは南東にある。

 数週間前に失踪後のショーンが目撃された場所であり、最後にカイジュウが現れた街だ。

 この街にまだショーンに繋がる手がかりが残されているかもしれない。寝不足気味だか、早起きした俺はスクーターを走らせた。


「――どうして、俺にあの手紙を渡そうとしたんですか?」

「……」

「答えてくださいケイトリンさん。大切な事なんです。貴方の御子息のショーン君を見つける手掛かりになるかもしれない」

「……ごめんなさい、今は何も話す気にはなれないの。――でも、ショーンをどうか、どうかお願いします……」


 もう一度訪ねたが何も成果は得られなかった。一介の新聞記者が探偵ごっこなんて聞いて呆れる。だけど、どうも俺はショーンという少年に肩入れしてしまっている。

 いや、正確に言えばこの事件についてだ。

 薄々気づいていた。どうもこの騒動には、俺の過去に重なってくるものがある。

 単なる偶然か、だがまるで忘れていた運命に引き寄せられているかの様に、俺を自分の胸騒ぎに突き動かされていたんだ。


 ――俺に届いたは、こう続いてた。


【昨今の出来事について、あなたはどのようにお考えでしょうか? 遥か昔、地球を襲ったとされる地球外生命体Eイー.Lエル.Oオー.。

 しかし、遥か昔の出来事ゆえ、誰一人としてその姿を見た者などおりません。伝承としてのみ、その存在と脅威が語り継がれている。

 その先兵とされるカイジュウも、まるでその姿は。貴方がまだ幼き頃、あのハイパーボレアで目撃した白い巨人を、その違和感をお忘れではない筈。

 貴方は薄々、お気づきなのではないでしょうか? このレフトフィールドという街に渦巻くという空気に。貴方の肺が、腐りきってしまう前に。

 もしも貴方が、この世界の真実を欲するのならば。

 翌、十九時に11番ドーム・パイドラまでお越しください。貴方の望むものが、そこにあるかもしれません。

 敬具】


 そして今日は非番だった。

 全て把握されているのが気持ち悪いが、俺は手紙の通りに11番ドームへ行く事にした。

 11番ドーム・パイドラは外郭エリアだが商業地区として栄えている。勿論、崩壊以前の世界がそうだったようにレフトフィールドにも貧富の格差がある。俺のような一般庶民のレジャーと言えばパイドラだ。

 夕方になれば街の繁華街にはネオンの怪しい光が灯り、夜の快楽を求める人々で賑わいを見せる。その中心地点と言うべき十字路、スクランブル交差点のど真ん中。

 指定された場所、時刻。

 人混みのなかで、瞬間を待つ。


 ――貴方の望むものが、そこにあるかもしれません。


 もしもそれが本当なら、ここに……――ッ!!。


「ショーン・ハント……!」


 それは行きかう人の群れの中で立ち止まり、こちらを口元の含み笑いで覗き込んでいる。頭には黒いフードを被り、パーカーの上には黄色のダウンジャケットを羽織って。

 予め、俺がここに来ることを知っていた――。


「ま、待て!」


 ショーンは俺を誘うように背後へと走り出した。その足取りは身軽で、人の波を掻き分けながら一気に距離を離していく。


「ッチ! 子供は身軽だ……!」


 街の中で全力疾走なんてしたくはないが、いちいち考えている場合じゃない。ったく、こっちは寝不足だったのに……!


「行くぞヴィンセント、覚悟を決めろッ……!」


 信号が点滅し、人々が早歩きになる。

 黄色いジャケットを目印に背中を追いかける。長距離走よりも短距離走が得意な俺にとってここ数百メートルが勝負だ。さっさと取っ捕まえて、洗いざらい吐かせてやる。

 スクランブル交差点を抜け、ショーンはガラス張りの連絡通路の下をくぐってロータリーへと向かっている。

 開けた場所を目指しているとしたら、その目的は――。


「ここにカイジュウを落とす気か?!」

 

 ――その前に止めなければ……!



 人の波を掻き分けながらハードチェイスを繰り広げる二人の姿を、ガラス張りの連絡通路から顔で見下ろしている一つの人影があった。

 その口元に「ニヤリ」と不敵な笑みを浮かべ、


「……見つけた」

 

 一言だけ呟くと、足早にその場を後にした。革靴のカツンと響く乾いた音を刻みながら。



***



「――ああ。それはちょっとワケがあって」

「そのワケを聞いてるんじゃない」

 恥ずかしい話だから言いたくはなかった。だがダコタの威圧に、まぁ減るもんじゃないと腹を括った。

「子供の頃に、探偵に命を助けられた事があって。憧れ、じゃないですけど。だから本当は探偵になりたかったんすよ。まぁ今はこの仕事にやり甲斐を感じているし、子供の頃の夢ってやつです」

「ふーん。そんな理由。何ていう探偵なの?」

「それがずっと名前を思い出せなくて、から始まるって事だけは何となく覚えてて……」

「アガサ・クリスティー?」

「違います、男でしたから。確か……」

「あ、アーサー・コナン・ドイル?」

「ちょっと馬鹿にしてるんすか? それに、それは探偵じゃなく小説家の名前です。言うだけ損したな……――」



 ロータリーの中央へと黄色い背中が走り抜けて行く。「待てぇ!」と叫ぶヴィンセントは後を追いかけ――車道に出たショーンは足を止めた。

 次に背に振り返ると、その右手には赤い光を放つ端末が握られていた。

「僕について来るの? どうなったって知らないよッ?」

 スッと右手を空に掲げ、十字架のような赤い光が走る。


 ――マズい、間に合わない……!


「やめろショーン!!」


 だが、その声は届かない。


「この前はまだ足りなかった。三分と保たなかった。だけど今回は、どうかな……?」


 ヴィンセントは咄嗟に空を見上げた。そこに流星のように輝く高速移動物体を見る。上空500メートル付近でレフトフィールドの防空フィールドバリアに接触、しかし光のネットを突き破ったそれは、強烈な衝撃を伴って眼前へと落下フォールした。


「――うぉあああッ?!!」


 地面を砕き、砂埃が舞う。辺りは騒然とし、しかし無言で有象無象を見下ろす巨大な人の影。否、ヒトガタの影。

 ヴィンセントは言葉を失った。

 それこそ即ち、白いヒトガタの――カイジュウ。

 人類の敵対者、地球外生命体Eイー.Lエル.Oオーの先兵である巨大生物兵器だ。

「……ま、マジかよ。こいつ……!」

 狼狽えるヴィンセントだが、その姿には見覚えがあった。それはまだ子供の頃、15年前のあの日に目撃した白い巨人そのものだった。

 幼き記憶が呼び戻され、途端に恐怖が呼び起こされる。ヴィンセントは腰砕けになり、そのまま地面へとへたり込んだ。


「――カ、カイジュだ!!――何でいきなり?!――に、逃げろ!!――巻き込まれるぞ!!――」


 知らないおっさんが叫んでいた。デカい声が嫌いだった。

 バカみたいな大声を張上げるお前こそカイジュだ。そう思った。


「――カイジュウの襲撃だァッ!!」


 デジャブというのか。俺の目の前にはまた、あの時と同じように白いカイジュウがいた。ていうか、俺の頭上?

 気がついたら、俺はカイジュウの足元にいた。

 大きな影が重なり、足の裏が落ちてくる。

 そうか、俺はここで死んでしまうらしい――。


「――質量テレポート開始、上腕から胴体を最優先で復元――」


「――ッ!?」


 俺はそれを見上げていた。現れたのは。前進を押しとめるように開いた掌でカイジュを受け止めた。

 そして、まるで幽霊が半透明の体をゆっくりと実体に戻していくかのように腕から付け根の胴体に掛けてが現出していく。やがて全身を露わにしたそれは、両手でカイジュウを掴んだ。

 黒いボディ、光を放つ緑色の目、神を象った巨像が如き重厚感。


 カイジュウの足が、止まった。


「……ハッ、ハハハッ」

 思わず笑いが出ちまう。カイジュウとになって、寸前のところで身動きを封じた巨躯。

 忘れるはずがない。それは俺が人生で初めて目撃したヘヴィーウェイト、


 ――U7のウルトラ・ヘヴィーウェイトだ。


「――やれやれ。相変わらず聞き分けの悪いカイジュウだねシューベルト。まだ殴られたり無いのかな?」


 振り返ると、巨躯の真下に、はいた。

 その声、その顔、その服装――。俺がおっさんになろうとも忘れるはずはない。

 子供の癖に偉そうな腹の立つ言い回し。憎たらしい小悪魔的な童顔。


 そうだ。あれは十五年ぶりの少年探偵――。


、ああ……遊馬太郎だ……!」


 というか、――?



「? 何このおっさん。どうして僕の名前を知っているの? まぁ、いっか――」


 俺と目が合ったがその注意は直ぐにカイジュウへと向けられた。このウルトラ・ヘヴィーウェイトの持ち主――いや搭乗者の事をと呼ぶらしい。

 それがやっぱり、この遊馬太郎だったんだ。


「どうした、このくらいのザコは一人で抑えて見せろ」


 ヘヴィーウェイトに向かって言ったようだ。ロボット自身に意思があるのか、もしくは自動操縦なのか。だが声を受け、ヘヴィーウェイトはグッとカラダに力を入れた。

 メリメリとアスファルトが砕け、地響きが走る。徐々にカイジュウを背後へと押し返していく。


「いいぞ、やれば出来るじゃないか。――じゃ、サクッと片付けようか」


 そして遊馬太郎は左腕を立てると、その手首に巻かれた腕時計型のデバイスに向かって高慢に言い放った。


「スタンバイ、ゴー・B・ア・ライオット・ニュー」


 瞬間、遊馬太郎の体を眩い光が包み込んだ。


「うぉあ……! なんだよそれ……!!」


 体は足元から紐が解けるように光の線に変わり、やがてヴィンセントの視界から遊馬太郎の姿が完全に消えた。


「イリュージョンかよ、おい……!」


 ヴィンセントは引き攣った顔で言った。


 質量テレポートの再復元位置はヘヴィーウェイトの内部――コックピットだ。テレポートが完了すると、遊馬太郎は高い巨人の視点から街を見下ろした。

 操縦席は空中に突き出た球体状の囲い、さながら球体状のジャングルジムのなかに簡素な座席と操縦桿が設置されているのみ。

 遊馬太郎は身軽なジャンプで操縦席に座ると、両手を操縦桿に、両足をフットペダルに置いた。

 感触を確かめるように操縦桿をぐりぐりと弄り、フットペダルをパタパタと浅く踏む。


「いいね、いいよ。凄く調子がいい。これはパーフェクトだ。――じゃ、おままごとはここまでだね。こんな雑魚、ちょっと本気を出せばワンパンだ」


 遊馬太郎は不敵に笑う。

 ヘヴィーウェイトは右腕をそっと引き、左腕だけでカイジュウの身動きを封じて見せる。質量1億トンを超える超重量をいとも簡単に動かして見せるその圧倒的な馬力パワー

 右手の平が拳へと変貌を遂げ、右腕は引き絞った矢となる。


「重力制御、右腕の質量を20パーセント解放。ア・モーニング・エクスキューズ!!」


 叫び声と共に右腕の拳が解き放たれた。それはカイジュウの胴体へと砲弾のように突き刺さり、身体の裏側まで貫通する。


「ま、マジかよ!!」


 カイジュウの両目は点滅し、やがて光を失う。ぐったりと力が抜け、ヘヴィーウェイトが腕を引き抜くと膝から崩れ落ちるように道路へと倒れ込んだ。


 ――宣言通り、ワンパン。


 たった一撃でカイジュウを葬り去った剛腕。圧倒的な破壊力。

 それが【ウルトラ】の名を冠するヘヴィーウェイトだ――ッ!!!



「バカな、改良を加えたシューベルトがたったの一撃で……! まだヘヴィーウェイトを甘く見ていたって事か……?!」

 

 離れた場所で一部始終を見届けていたショーンは感嘆の声を上げた。

 瞬間、目の前に光の柱が現れ、その向こう側から丸めた拳が突き出された。

 ――マズい……っ!!

 だがそれに気が付いた時には既に遅かった。

 拳は風を切ってショーンの顔面へと直撃する。


「――ッ!!?」


 強烈な衝撃によって問答無用に吹き飛ばされた身体は背後のフェンスにぶつかって停止する。フードが捲れた顔には中性的な美形のショーンの素顔と、その口元には鼻血がタラりと流れていた。

 上体を起こしたショーンは、拳が突き出された光の柱を睨んだ。ホログラムのように揺らめく光の中から、その拳の主がゆっくりと現れる。


「――やっぱり本体はひょろっひょろのクソガキだったか。案の定ってやつだね。さぁ、尻尾を巻いて逃げるといいよ、ショーン君?」


 遊馬太郎だ。


「ぐぐ……! このクソッタレ暴力探偵、遊馬太郎が! 覚えとけよ……!」

「おやおやおや。僕の名前まで知ってるなんて、増々キミ達から目を離せないね。次はもっともっと楽しませてね。期待しているよ、クソドM野郎のショーン・ハント君?」


 ショーンは鼻血を拭き、悔しさを噛み締めた顔で人混みの中へと逃げ込んだ。

 遊馬太郎は「よしよし」と悪い笑みを浮かべた後、左腕の腕時計型デバイスを口元に寄せる。

 少年探偵は「役割」を全うした。後の全てはアフター・サーヴィスが処理するだけだ。

 

「ミッション・コンプリート。バイバイ、レフトフィールド――」


 言葉と共に遊馬太郎とヘヴィーウェイトは光の中に消えた。



 震える足で立ち上がったヴィンセントは騒然とする辺りを見渡した。

 力尽きたカイジュウの周りにアフター・サーヴィスの警察車両とアーミーの戦車隊が集まり始める。

 がこの異常事態に気づきだしたのだ。


 何かが始まる予感――事件が起き、その内側に自分の存在がある。


「どうなっちまうんだ、これから一体――」


 ――この場に残ると面倒な事になるな……。


 脳味噌は目の間で起きた出来後への処理に追い付かなかったが直感はそれを悟っている。ヴィンセントは足早にロータリーから立ち去った。

 こう、呟きながら。


「少年探偵……」





【THE BOY DETECTIVE(奴を知る者は皆こう呼ぶ “少年探偵”!)】

 


 TO BE CONTINUED……

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