第1話:THE BOY DETECTIVE(奴を知る者は皆こう呼ぶ “少年探偵”!)

PART-A

 レフトフィールド中央特区、タンジェリンエリア。

 百数年前、突如として地球を襲った地球外生命体エイリアンEイー.Lエル.Oオー.との終末戦争後、僅かに生き残った人類が建造した地球最後の街・レフトフィールド。

 その経済と行政の中心地であるタンジェリンエリアは区画番号1番に当たる。


 つまりこの街で最初に建設された地区であり、その心臓部だ。


 このレフトフィールドという街の実態は、タンジェリンエリアと、それを護るために外壁として建造された2番から16番までのドームシティからなる城郭都市だ。

 人類を再び地球全土に復活させるために、失われた技術やその歴史を仕舞い込んだ。――現在の文明レベルでは解析できない人類科学最盛期のブラックボックス化した科学技術を保管し、計画冷凍睡眠装置を擁する1番区画の最深部・ハシエンダ。

 それを護りぬき、復元させること。

 それがこのレフトフィールドが作られた目的であり、そこに住まう俺たちの使だ。


 勿論、この街について疑いを持つことはなかった。

 俺の元にこんな手紙が届くまではな――。


【拝啓、ヴィンセント・マッコイ様。この世界の真実について知りたくはないですか?】



***



「――ヴィンセント、……ヴィンセント!!」

 二回目で机を蹴られた。咄嗟に起きたフリをして顔に乗せていた雑誌を取る。

「ああ、すんません寝てました。もう昼休憩は終わりですか?」

「すっ呆けてんなよ、確信犯だろう。ちょっと目を離せばサボる。うちが大手だからってオフィスでぐうぐう寝てる暇なんてないの。もっとしゃきっとしなさい」

 リクライニングを起こして溜息をついた。

 腰に手を当てて俺を見下ろしているのは上司のダコタだ。

 こんな口調だがれっきとした上司で、年齢も俺と二つ三つしか違わない。言動に違わず切れ者で、ついこの間係長に就任したばかりだ。

「じゃあ、あれはどうなんすかね?」

 俺はオフィスの入り口付近にある課長席のデスクを見つめた。ダメ課長と陰口を叩かれるデボンは椅子に座ったまま首を垂れて眠りこけている。

「――あれは論外。上に立つ人間の態度じゃないわ。今に見てな、直ぐに引きずり降ろしてやるから。それにそんな奴と比較したって何の意味もないでしょ?」

「はは。まぁ確かに」

 ダコタ――係長が俺を起こした理由は、単にサボってるやつに喝を入れたかったからじゃない。その理由は直ぐに分かった。

「取材、午後イチで入ってたでしょ? 車出すから、付き合ってやる」

「え? どうしたんすか急に?」

「嫌なの?」

 キリッと差し込んだ。

「そりゃありがたいですけど……」

「決まりね。じゃあ行きましょう――」

 会社の駐車場は地下にある。四階のオフィスフロアからエレベーターで地下駐車場に移動し、社用車の黒いハッチバックに乗り込んだ。

「ああ、もちろん運転手は俺ですよね?」

「何聞いてるの?」

「すんません」

 


 ――アポを取ったのは、7番ドームに住むとある一家だ。


 その家で、一つのが起きた。


 数週間前、三人一家の息子・ショーンが忽然と姿を消した。所謂、失踪だ。

 それだけではよくあるハナシだが、問題が起きたのはその後だった。


 失踪したショーンと思われる少年が次に目撃されたのは二日後。深夜に、南東の11番ドームで人目を気にしながら歩いている姿が多くの人々に目撃されている。

 そして、


「――空に手を掲げた。右手には赤い光を放つ端末のようなものを持って……。それから数秒後、が空から降って来た」

 「おっと」と咄嗟にハンドルを右に切る。雑な運転に助手席のダコタが「ちょっと!」と声を上げた。後、

ね。ここ数年は全くと言っていいほどに姿を現さなかった。絶滅説を唱えた学者もいたけど、役に立たない事が露見しただけ。――この半年間で三度の襲撃があったわ。まるで、それまでの沈黙が準備期間だったかのように。遅れを取り戻すようにね……」


 それまでの常識で言えば、カイジュウは陸を歩いてやって来るものだった。その巨体を揺らしながら、ズンズンと大地を踏み越えて、このレフトフィールドに到達する。

 だからこの街はとして設計された。

 俗に外郭と呼ばれる7番から16番のドームシティは対カイジュウ戦闘を想定して整備されている。ドーム毎に自地域への排他的な行動権限を持つ軍隊――アーミーが置かれ、独自の判断において速やかに有事への対応が可能だ。

 まぁ、そのせいでアーミー間の慢性的なギスギス感は否めないが、それくらいの緊張感がないといざという時にカラダが動かないもんだ。

 それはさておき、つまりはカイジュウは陸路で来る。だから街の外堀を充実させた訳だが、だからこそ今回の出来事は天変地異とも言うべき衝撃をレフトフィールド全体に走らせる事になった。


「――空からやって来るんじゃ外堀の意味がない。単純明快ね。それでも公安局――アフター・サーヴィスと中央執行政府――ファイアクラッカーは、その出現地域が外郭エリアだったのをいい事に“空からカイジュウが降ってきました”っていう情報を隠蔽しているのが現状よ。私の読みでは、その前の二件も同様ね」

「でも、それっておかしくないですか? ショーンが失踪したのは精々数週間前の筈。最初に襲撃があったのは半年前なんすから」

「バカね。失踪前から同じ事をしていたかもしれないでしょ? 一応そっちの線も調べてみたわ。可能性は高いわよ」


 そうですか、という感じだった。

 寧ろなんでこの一件についての推測が俺より先に行っているのか、そっちの方が気になった。だけど今は聞かないでおく。


 外郭の内側、内郭エリアをぐるりと一周する環状線型高速道路・アウトバーンを降りるとフロントガラスの向こう側に巨大な蛍光看板が現れた。


【ドーム7:ハイパーボリア】


 幹線道路に合流し、ナビを頼りに取材先まで走らせる。

 車は目的地に着いた。


 ――懐かしい。俺が育った街だ。



***



 ショーン・ハント。16歳。西暦2201年10月24日生まれ。血液型A。

 一般的な家庭で育ったアカデミーに通う“普通”の高校生だ。成績は優秀、交友関係も良好。側から見れば何不自由なく暮らしていた、模範的な、しかしありふれた普通の少年だ。


 不登校になったのは今年の9月からだった。

 

「なに? 探偵ごっこ?」

 車から降りて家へと向かう。軒先きで取材メモを書き溜めた手帳を開いて内容を確認していると、ダコタは冷やかすように上から覗き込んだ。

「俺もいっぱしの記者ですよ。このくらい普通です。係長はメモを持ち歩かないんですか?」

「メモは持ち歩くわ。タブレット端末が一つあれば全く事足りるでしょ。なんでわざわざ手帳なんかを使ってるのって事よ」

「ああ。それは……――」

 程なくして家の扉が開く。「お待たせしました」という声と共に女性が現れた。

「どうぞ、中へ入って下さい。あまり人目にはつきたくはないので、挨拶は中で」

 ショーンの母、ケイトリンだ。

 そのまま居間に通され、向かい合う形に置かれたソファでテーブル越しに対面する。

 ケイトリンの顔には心労の色が見える。無理もない。ショーンをめぐる未確定の情報をに、下らない憶測と娯楽化した中傷に命を懸ける奴がいる。こんな外界との接触を拒絶した引きこもりの街だってのに、な。

 そんな中でも俺たちの取材を引き受けてくれたのは、つまるところどういう心境なのか。ありがたい反面、疑心もあった。

「――本日はご多忙中のなか取材にご協力いただきありがとうございます。私はタイトゥンアップ・タイムズ記者部のヴィンセント・マッコイ。同――」

「係長のダコタ・ウィンターズです。よろしく」

 俺に割って入るダコタがスッと差し出した手を、ケイトリンは軽く目で追うだけで応えようとはしなかった。玉砕したダコタをよそに、ケイトリンは俺の方に向き直った。

 その眼差しは、疲れ果ててしまったせいなのかどこか据わっている。


「あなたが、ヴィンセントさんね」

「ええ。今日はショーン君の件についてお話をお聞かせ下さるということでこちらに参りました」

 ケイトリンはふっと息を吐くと廊下に目を流した。

「……見せたいものがあるの。着いてきて」

「見せたいもの? それは一体……?」

 無言で立ち上がったケイトリンは、そのまま視線の方向へと歩きだした。

 俺とダコタは状況が把握できていないものの後を付いていく事にした。

 薄暗い廊下を渡り、らせん状の階段を上がる。二階に着くと、またも廊下。その突き当りには部屋があり、ケイトリンはその扉の前で立ち止まった。

「あの、これはどういう……?」

 耐えかねず問いかけると、後ろ姿のまま言った。

「ここが、ショーンの部屋です。どうぞ、こちらへ」

 ケイトリンはゆっくりと扉を開ける。

 俺とダコタはアイコンタクトを取るが、足を踏みいれる事には変わりない。

 部屋は小奇麗に纏まっていた。

 ――成績は優秀、交友関係も良好。側から見れば何不自由なく暮らしていた、

 確かに、その通りの整頓された部屋だ。

 だが、

「うわ、なんだよこれ……」

 思わず声を漏らしてしまった。

 西側の壁に、血文字のような赤いスプレーでと文字が描かれている。


≪Don't believe in the world you see≫


「見ている世界を信じるな……?」


 ダコタが読み上げる。一体これは?


「ヴィンセントさん、これを」

 気が付くとケイトリンは右手を差し出していた。その手には、一枚の手紙が握られている。俺は恐る恐る受取った。

「……あの子が消えた日に、机の上に置かれていたものです。これを貴方たちに見せたかった」

「ど、どうしてですか……?」


 ――瞬間、机の上に置かれたパソコンのモニターに光が灯り、部屋にノイズ混じりの声が走った。


『駄目だよママ、それは僕に届いたものだ。誰かに渡しちゃいけないな』

 

 少年の声。その出所は分からないが、その声の主は恐らく、

「ショーン、ショーンなの?!」

『しっかりと消しておかなきゃいけないね』

 卓上のモニターに数字が現れた。点滅と共に数字が切り替わる――カウントダウンだ。なんだか分からないが、これはヤバい雰囲気だ……!


「ケイトリンさん、今すぐここから離れましょう! これは異常だ!」

「い、嫌よ! ショーンがっ!!」

 ――無感情を装っていても、その奥底では心配で仕方が無かったんだろう。久しぶりに声を聞けた――その安堵感と激情が内側で渦巻き、冷静さを欠いている。

「仕方がない……! 係長、ケイトリンさんを引きずりだしますよ! ぼさっとしてないで手伝って!」

「わ、分かったわ……!」

 駄々をこねるケイトリンを強引に部屋から連れ出す。この手紙は――。


「命には代えられない……。クソっ」

 手紙を地面に投げ捨て、人攫いのようにケイトリンを担ぐ。部屋を出てから一瞬の間があり、カウントは、


 ――0


 俺たちの背後でショーンの部屋は爆発と共に炎に飲まれ、あの手紙も消し飛んだ。

 それが、この家で起きた怪事件の顛末だ。



***



 通報を受けてアフター・サーヴィスが駆け付けたのは、それから十分も経たなかった。事情を説明したが俺とダコタはハイパーボリア署で取調を受ける事になり、帰社したのは夜の八時を回っていた。

 そこから約一時間ほど、課長のデボンと面談があって――。


 家についたのは、丁度零時を跨いだ辺りだ。


「封筒か」


 入り口のポストでチラシと共に一通の封筒を拾い、内階段を上がって部屋のある三階に着いた。

 幸いにも明日は非番で、だから無駄に考える時間を与えられてしまった。

 今の家は5番ドーム・ツァイトのボロアパートだ。よく言えば味がある、冷静に言えば貧乏くさくてカビっぽい。

「ただいま……」

 その日一日分の“疲れた”を吐き出して、俺は窓際のソファに倒れ込んだ。



***



 子供の頃からジャズが好きだった。

 施設長だったオハラの部屋から、夜になると決まって鮮やかなピアノの調べが聴こえていた。

 それはやけに懐かしかった。勿論、曲名もハッキリと覚えている。これはビル・エヴァンスのワルツ・フォー・デビー――。


「……寝てたか」

 気が付くとソファで眠ってしまっていた。――そうだ、ターンテーブルにレコードをセットしてソファで横になったんだった。

 テーブルに視線を流すと、封の切ってない封筒が放置されたままになっている事を思い出した。

 立ち上がって、テーブルまで移動する。何となくはしていた。

 封筒を手に取ると、昼の言葉が脳裏を過る――。


『駄目だよママ、それは僕に届いたものだ。誰かに渡しちゃいけないな』


 封を切り、中身を広げた。

 案の定、そこにはこんな文字が書かれていた。



【拝啓、ヴィンセント・マッコイ様。この世界の真実について知りたくはないですか?】

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