ULTRA HEAVY WEIGHT

加々美透

序章:FLASHBACK TRUMPET(トランペットは夜に響く)

PROLOGUE

 残念ながら、の世界は滅んだ。


 とは言うものの、その真偽を自分の目で確かめた者などいない。

 何故ならば、そんな事はどうでもいいからだ。


 レフトフィールドは完全なる閉鎖都市。

 人類に残された最後の砦であり、人間が地球上に復活を果たす為の唯一にして最後の希望だ。

 この街の他に生き残りがいないとしても、レフトフィールドに住む者達にとっては本当にどうでもいい事だった。


 何故ならば、俺たちは未だ「戦い」の真っ最中にあるのだから――。



「――8番ドームで敵の襲撃があったらしい! だ! だ!!」


 知らないおっさんが叫んでいた。

 俺はまだガキだったし、大声は嫌いだった。怪獣みたいなデカい声を出しているお前こそ怪獣だ。そう思った。

 俺は親のいない子供だった。別に死別したわけじゃない。母親も父親も、ずっと長いあいだ眠りについている。

 ――計画冷凍睡眠。

 とかなんとか言うらしい。


 この街、未来都市・レフトフィールドの最下層部にはハシエンダと呼ばれるコールドスリープ施設がある。

 最初で最後、俺がそこに足を踏み入れるのはそれからもう少し後の事だ。


 冷凍容器カプセルのガラス越しに見た凍てつく父親の顔――。

 

 そしてもう二度とここへは来ないと誓ったんだ。

 ごめん、この話は今するべきじゃなかったな。


「8番ドームってすぐ隣じゃないか?! まずいぞ、俺たちも直ぐに逃げた方がいいな」


 別のおっさんだ。もう顔なんて覚えちゃいない。

 危機が迫っているので逃げなきゃならない。当然と言えば当然だが、どういう訳かこれを素直に選択できる人は少ないらしい。


 もとから施設が嫌で飛び出したんだ。だから未練なんてこれっぽっちもなかった。ヒトガタのカイジュウとやらが、暴れ足りずにこの7番ドームまで破壊してくれるのなら俺はそれでよかった。

 そうすれば俺は自由の身だ。

 レフトフィールドは楽園。のほほんとしてたって死ぬまで生きてしまえる街だ。上手く賢く生きれば、俺一人でも死ぬ事はないだろう。

 ――大甘だった。

 走り出そうとした瞬間、脳裏に施設長の顔が浮かんだ。五十越えた普通のババァの顔だよ。口うるさくて喧しい、この世界で、いやこの街で最もいらない存在だった。

 そいつが嫌で逃げ出した筈なのに。

 ――施設から逃げた俺を、施設から逃げずに探し続けるババァの顔。

 そんなのを想像をしちまったんだ。

 だから途端に逃げられなくなった。

 俺のせいで誰かが死ぬかもしれない。今更こんな事に気づいたってもう手遅れなのに、俺の想像力は正しい方向へと成長したんだ。

 だから俺は走り出した。あのババァが待っている施設へ――。


「――ッ!?」

 施設は蛻の殻だった。

 正しい方向に成長したが、正しいだけでは生きてはいけないのだ。これは俺にとって最悪な教訓となるだろう。

「……クソババァ、信じた俺が馬鹿だった……ッ!」

 薄暗い窓の外から光が差し込んでいる。

 突風が吹き、窓がガタガタと揺れる。建物が崩れ落ちたのか、轟音と共に地面が響いた。


「カイジュウだ! 8番ドームを突破したぞ!!」


 どうやら俺は、逃げ遅れたらしい。

 膝をついて、両肘をついた。何故だか涙が溢れた。

 ――その時だった。

 背後から足音が聞こえてきた。カツンカツンと乾いた音は、革靴の底が地面と接触する音だろう。

 ババァが帰ってきた。一瞬はそう思ったが、あのババァなら革靴を履いている筈がない。

 じゃあ背後のこいつは誰だ? 火事場泥棒か?

 俺は恐怖を覚える。だがまだ生きる事を諦めた訳じゃない。意を決して背後へと振り返った。


 そしたらそこに、あいつは立っていたんだ。


「やあ。キミがヴィンセント君だね。探したよ。施設長――オハラさんからキミを探し出すよう頼まれていた。僕は遊馬あすま幸太郎、探偵さ」


 あいつはそう名乗った。だがその出で立ちは違和感の塊だった。

 身長、年齢は俺と変わらないぐらい――つまりは子供だ。なのに落ち着き払った雰囲気と言葉遣い、何よりもその見た目が、


「探偵……? お、お前が?」

「そう。少年探偵さ――」


 ――少年探偵。


 まるで子供向けの児童文学か少年漫画のそれだった。

 上下真っ黒のスーツを着込み、やはりその足元にはピカピカに磨き上げられた黒い革靴を履いている。

 整えられたセンター分けの黒いミドルヘアから覗く顔は、幼いためか、少年か少女なのか分からない綺麗な造作だった。なんか、それが無性にムカついた。


「――オハラさんは本当にキミの事を心配していたよ。わざわざ僕を雇うほどにね。それだけキミは大切に思われているんだ」

 俺は涙を拭き、

「……でも、あのババァはここにいなかった。結局は、俺を置いて逃げたって事だろ?」

「それは違うよ。ここに残ると言ったオハラさんを僕が言い聞かせたんだ。後は全て僕に任せて、安全な場所へ逃げてってね」

 そう言うと、あいつは徐に自分の右手に視線を流した。

「まぁ、なかなか話を理解してはくれなかったけどね。だから最後はだったよ」

……?」

 タイミングを同じくしてドスンという強い振動が走った。カイジュウはすぐそこまで迫ってきている。

「さぁ、早くいこう。今度こそ間に合わなくなってしまう――」

「い、いやだ!! お前なんか知らない! お前は嘘つきだ! 勝手なことばっかり言うなよ! 金で雇われただけだろ? 何にも知らないクセに、偉そうにすんなよ!!」

 どうして俺がこんな事を言ったのか今となっては謎だ。だが単純にあいつが気に入らなかったんだろう。

 同い年くらいなのに妙に大人ぶった態度と出で立ちに。

 コントロール不能となった俺の激情を、しかしあいつは“やれやれ”と嘲笑った。 

「……やはり、キミ達はつくづく御し難いね。じゃあ最終手段を取るとしよう」

 乾いた音の鳴る革靴が、一歩二歩と近付いてくる。影になる顔が、まるで仮面のような冷たい表情に変わっていた。

「な、なんだよ……?」

 思わず狼狽えた。足を止め、目の前で壁のように立ち塞がる。

 俺は恐怖を覚えていた。それを見透かしたかのように、あいつは薄っすらとした笑みを浮かべて言った。

「ヴィンセント君、キミは――」

 あいつは右手を広げた。俺は生唾を飲み込んだ。

「――あのと同じ、聞き分けの悪いクソガキだね」


 ブァキィィ!!ッ――。


 そんな効果音が最も近いだろう。あいつは思い切り振りかぶった右手の平で俺の頬をぶん殴った。

「ッあがぁ?!」

 痛いと言っている暇もない。俺は三メートルぐらい吹き飛ばされて後ろの本棚に思い切り全身をぶつけた。

 もう何がなんだか分からない。鼻血も流れていた。怒りや恐怖を通り越して“え、なんで……?”しか頭に残されていなかった。

 だがあいつはお構いなしだ。

「さぁ、行くよ」

「い、嫌だぁあああ!! 俺まだ死にたくない!!」

「やかましい!」

 とんでもねぇ馬鹿力だった。

 抵抗も虚しく、首根っこを掴まれ、俺は外へと引きずりだされた。

「誰かぁ! 誰か助けてぇ!!――――」


 そうして俺は助かった。

 ババァ――オハラ施設長とは避難場所の地下シェルターで再会した。確かにあいつが言った通り、ババァは俺の無事を確認して抱きしめるとそのままワンワン泣いた。俺も泣いた。というか少しチビった。トラウマ級の一撃をモロに食らった事が原因だ。

 よく見るとババァも鼻血を流していた。やはり泣いた理由はお互い同じだったかもしれない。

 その間、あいつはハートフルなこの寸劇を満足げに眺めていた。俺とババァはそれに気が付いて睨み返した。

「――よし。じゃあ契約はここまでだ。金額は期日までに指定した口座へ振り込んで下さい。本当に良かった。それじゃあまた」

 俺は言葉に引っかかる。

「……またって、お前どこに行くつもりだよ? まだ外でカイジュウが暴れまわってるんだろ? 今外に出たら巻き込まれちまうぞ……?」

 そう言うと、あいつは「待ってました」と言わんばかりにニヤリと笑い、その去って行く横顔で言った。


「大丈夫。カイジュウからこのレフトフィールドを護るのが、僕ら遊馬家の役割だからね」


 ――少年探偵。

 そうして開かれた防御隔壁の向こう側へあいつは消えた。


 程なくして戦いが終わった。

 シェルターを出ると外の景色は一変していた。

 摩天楼が如く燦然と聳え立つビルの群れ――所々に薙ぎ倒されて、街は荒れ果てている。

 赤いサイレンを点滅させる救急車やパトカー、そしてカイジュウ鎮圧に出動したアーミーの戦車隊。――戦争の跡。


「……!」


 凡そ百メートルほど離れた大通りのスクランブル交差点に、それはあった。――カイジュウの死骸だ。継ぎ目のない白いヒトガタの巨体が横たわっている。

 だけど違和感を感じたのは確かだった。

 カイジュウ、名前から察するに生き物なんだろう思い込んでいた。だが道路に横たわるそれはまるで、白い巨人のようなアンドロイドにも思えた。


 そして、そのカイジュウの遺骸を見つめるように、は立ち尽くしていた。

 街を襲ったカイジュウは、最終的に巨大な人型ロボット兵器によって打ち負かされる運命にある。

 全高五十メートルほどの、巨神のようなごっつい人型ロボット兵器。

 人類がカイジュウと戦うために、絶滅前の文明が製造したという究極の対カイジュ用人型戦略兵器――。


 ――ヘヴィーウェイトだ。


「すっげぇ…… ホンモノのヘヴィーウェイトじゃん。あれ……」


 俺は子供だった。初めてみる本物のヘヴィーウェイトに自然と心を踊らせていた。

「――ハッハッハッハ! ボウズ、あれは単なるヘヴィーウェイトじゃないぜ」

 振り返ると、またも知らないおっさんがいた。重装備を着込んだ戦車兵らしきおっさんだ。

「俺はおっさんじゃねぇ。もう出番はないかも知れないが名乗らせくれ、俺は戦車兵のデズモンドってモンだ。こう見えても今年で二十七歳を迎えたばかりの……――ってオイッ!」

 どうでもいいので無視してヘヴィーウェイトまで歩こうとすると、デズモンドは俺を引き止めた。

「待て、今あれに近づいちゃいかん。ボウズみたいなガキが重力制御に巻き込まれでもしたら一瞬でペチャンコになっちまうぞ」

「重力制御?」

 それは聞き慣れない言葉だった。

「ああ。ヘヴィーウェイトっつうのはな、とっても重たいんだよ。あれ一体での五千倍以上の質量があるんだ。分かるよな?」

「……全然分かんねぇよ。じゃあどういうこと?」

「だからな、そんな巨体がほいほいと道路の上を歩ける訳がないだろ? 重力制御とかいうのを使って、道路を歩いても大丈夫なくらいの重さに体重を調整してるって寸法よ。すげぇだろ?」

「じゃあペチャンコになるってのは?」

「それはお兄さんも知らないっ」

 デズモンドは何故か誇らしそうに言い放った。

 だが俺も十二歳になっていたし、駄目だと言われたことに素直に従うことくらい出来た。


 遠目で眺めるそれは、まるで巨神だった。


 黒光りする鋼鉄で形作られた、ミサイルも寄せ付けない逆三角形のボディ。太古の神々を模す石像とも例えるべき無機質な人の顔――。

 正直、その存在感は怖さすら覚える程だった。


「――ボウズ、お前にも分かったか。あのヘヴェーウェイトの異質さが」


 俺は何を答えず、デズモンドの顔を見た。


「ただのヘヴィーウェイトじゃあないって言っただろ? 俺も、正直あの威圧感にはビビってんだよ。カイジュウはあいつの前じゃ赤子同然だった。ナンバリング“U”は、最強の証だ……」


 ナンバリング“U”。よく見ると巨神の右肩に大きく文字が描かれていた。


 ――U7。


「あれは、最上級を意味するUナンバーのヘヴィーウェイト。規格外の超ド級質量クラス。――だ」


「な――」


 ――なにそれ、ダサい。





 そんな事を咄嗟に思い出した。

 あれから十五年の月日が経ち、ついには俺もおっつぁんになった。

 人間とカイジュウの戦いは未だに終わりを知らない。


 それから可もなく不可もない、普通の人生を歩んできたつもりだった。


「――カイジュウの襲撃だァッ!!」


 デジャブというのか。俺の目の前にはまた、あの時と同じように白いカイジュウがいた。ていうか、俺の頭上?

 気がついたら俺はカイジュウの足元にいた。


 大きな影が重なり、足の裏が落ちてくる。

 そうか、俺はここで死んでしまうらしい――。


「――ッ!?」


 寸前で。

 足が、止まった。


「……ハッ、ハハハッ」

 俺は尻もちをついてそれを見上げている。思わず笑いが出ちまう。カイジュウとになって、寸前のところで身動きを封じた巨躯。

 忘れるはずがない。それは俺が人生で初めて目撃したヘヴィーウェイト、


 ――U7のウルトラ・ヘヴィーウェイトだ。


「――やれやれ。相変わらず聞き分けの悪いカイジュウだねシューベルト。まだ殴られたり無いのかな?」


 巨躯の真下に、はいた。

 その声、その顔、その服装――。俺がおっさんになろうとも忘れるはずはない。

 子供の癖に偉そうな腹の立つ言い回し。憎たらしい小悪魔的な童顔。


 そうだ。あれは十五年ぶりの少年探偵・遊馬幸太郎だ。



 というか、――?。




 

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