第六章 第二十四話「雨音とともに賑やかに」
雨音に包まれながら、四人だけの足音が林の中に響いている。
スタート地点でいきなり雨が降り始めてしまったので、その場で雨具を装着し、少し遅れてからの出発になった。
みんなそれぞれにお気に入りの色のカッパを身に着けていて、緑に覆われた山の中で、ここだけが賑やかに彩られている。
ザックも雨避けの専用のカバーに包まれているので、濡れる心配はない。
二日目のルートは三瓶山のドーナツ状の稜線をぐるりと回りすべての山頂を歩くコースだ。
昨日は山の北側から入山したけど、今日は西側までいったん回り込み、『西の原』の分岐点から登頂を開始する。
スタートしてからしばらくは起伏のない林道が続いていたけど、山頂に向かう分岐を曲がった後からは、細くて草の茂った山道が顔を出した。
苔むした岩や木をよけながら、小石交じりの登山道を行く。
全身を雨具で包んでいるものの、顔だけは露出しているので、濡れないようについつい下を見て歩きがちになってしまう。
「雨って、やっぱり気分が落ちますねぇ~」
「そうだねぇ~。雨の登山が好きな人っていうのも、あんまりいないかもっ」
「ほたかさんも、やっぱり雨は苦手なんですか?」
歩きながら振り返ると、ほたかさんは微笑みながらうなづいた。
「えへへ。やっぱり景色が楽しみづらいもんねぇ~」
言葉ほどには不満そうではなく、やっぱり山が好きという空気を感じさせる。
ほたかさんの雨カッパは黄色に統一されて、ここだけぽかぽかと明るい太陽が出ているようだ。そんな笑顔を見ると、憂鬱な気分もすっかり吹き飛んでしまった。
「そういや、部から借りてるカッパ。結構いいヤツっすね。生地もゴアテックスで着心地いいし」
「ゴア……テックス? ってなんだっけ?」
聞きなれない単語に首をかしげていると、前を歩く千景さんが振り向いた。
「みんなのカッパに使われてる……防水素材。外からの水は通さず、中の湿気は……外に逃がす」
「えっ……。これって、そんなハイテクなものだったんですか? ……確かに雨なのにすごくサラサラして、着心地がいいです……」
「ましろさんの靴も……ゴアテックス」
「そ……そうだったんだ……。知らずに買ってた……」
まじまじと自分の登山靴を見つめる。
クッション性も抜群で履き心地がいい。そのうえ雨にも強いとは、知らずに最高の道具を手にしていたのか……。
「あ、あとこの……足首に巻くやつも凄いですね! 見た目はちょっと変だけど、靴の中に水が入らないのが便利です」
カッパのズボンをはいた後、カッパと靴を覆うように布を巻いた。よく分からずにつけたけど、カッパと靴の隙間を隠してくれているので、安心できる。
「じゃあ問題~。その足首に巻く物はなんて言う名前でしょう?」
突然、ほたかさんが問題を出してきた。
「え、これっすか? 『足巻き』……っすかね?」
「あぅ~。足首って英語でなんて言うんだっけ?」
「わかんねぇ……」
「えっと……。うう~ん。アシクビマモール……」
「発想がアタシと同じだ!」
そんな私たちのバカなやり取りに、千景さんもほたかさんも笑ってくれる。
雨の登山でも、なんか楽しい気分になってきた。
「ふふふっ。……じゃあ、千景ちゃん。正解をお願いっ」
「これは……スパッツ」
「え? スパッツって、腰に履くピチピチのヤツっすよ?」
「それがねぇ~。腰につける方は、正しくは『レギンス』なんだけど、日本に入ってきたときに間違って呼ばれるようになっちゃったんだって」
「うん。登山のスパッツが、本来の意味での『スパッツ』。だけど……日本ではもう、仕方ない」
確かに、外国から入ってきた製品で、間違った言葉と共に広まったものって結構ありそうだ。
「まさかスパッツが濡れないための道具だなんて、思いませんでしたよ~」
その時、近くから水の流れる音が聞こえてきた。
近くに川があるのかもしれない。
すると、ほたかさんの表情がぱあっと明るくなった。
「そうそう。濡れると言えば、沢登りに興味あるんだっ」
「沢登り? わざわざ川の中を歩くんですか?」
「うんっ。専用の装備を身に着けて、沢の中を登っていくのっ。やったことはないんだけど、滝を登るときなんて、水と岩いっぺんに体で感じられそう~」
ほたかさんの口調はうきうきと弾んでいる。
今日は体の調子も絶好調のようで、ようやく山好きの本領発揮というところかもしれない。
「体で?
「あれ?
「ほたかは……岩が好きで好きで……よく、興奮してる」
千景さんの言葉は的確で、
ほたかさんは頬を赤らめ、モジモジし始める。
「千景ちゃんっ。興奮とか言われると、恥ずかしい……」
「岩フェチっすか……。なかなか上級者っすねえ……」
美嶺は神妙な面持ちでうなづく。
確かに女子高生で岩フェチはなかなかのレアなので、美嶺の気持ちもよくわかる。私もウンウンと強くうなづいた。
△ ▲ △ ▲ △
ところで出発してからもう二時間ぐらい歩いてるけど、五竜さんのチームの影がまったくみえない。
単純に歩くペースが速いのかもしれないし、森の中にまぎれて見えないだけかもしれない。
私たちの進むペースは想定通りのようだし、雨の中で慌てると危ないので、あらかじめ打ち合わせした通りにペースを崩さず進むことに決まった。
そして時刻は午前八時。
私たちはついに森を抜け、
山と山の間にある谷間の部分だ。
立札を読むと『
眼前には大きなクレーター状のくぼみと、昨日も見た『
「まずは、あそこに登る」
千景さんが右手にある小高い山を指さした。
「……えっと、えっと……。確か、
「あたりっ! ましろちゃん、今度はあってたよ~」
「えへへ」
子三瓶には高い木がなく、草に覆われた地面の形がよくわかる。
見渡しが良く、山頂あたりの様子も確認することができた。
「ん。……もしかしてアレ、人影っすかね?」
「どこどこ?」
「ほら、山の稜線にカラフルな点が動いてるだろ?」
美嶺が指さす方向をじっと見つめると、たしかにゴマ粒のような大きさの点が動いていた。
「……ほんとだ!」
「あれは……松江国引のチーム」
「マジすか。射程圏内じゃないっすか!」
美嶺が声を上げる気持ちが分かる。
もう手の届かない場所に行ってしまったと思っていたライバルが、ふと見ればそこにいたのだ。
「あ。美嶺、ウズウズしてる。慌てると、転んじゃうよ? 地面が雨で結構ゆるんでるし……」
「確かになぁ……。でも、手を伸ばせば届きそうな気がする……。梓川さん。どうすかね?」
問われたほたかさんは、真剣なまなざしでカラフルな点を見据える。
「……そうだねぇ。見えると言ってもあの距離だから、スタートした時よりも差は少し広がってると思う。登りで無理しても体力を消耗するから、今のペースのままで行こっか」
「うん。それに今のペースは、結構いい。コースタイムは……クリアできてる」
千景さんも腕時計を見ながらつぶやく。
美嶺も納得したようにうなづいた。
やっぱり、ほたかさんは頼もしい。
私も安全登山を胸に、急斜面に足をかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます