第六章 第十話「頭が爆発しそうだよぉ」

 ほたかさんの「大好き」発言で硬直してしまった美嶺みれいを介抱しながら、私たちはお昼ごはんの準備を進めた。


 お昼ごはんは定番のアンパンと千景さんオススメの牛乳だ。

 さらには桃の缶詰と魚肉ソーセージをつけてボリューム満点。

 普段は余らせてしまう缶詰のシロップも、山の上では重要なカロリー源なので、桃と一緒に食器に分ける。


 準備が整った頃、美嶺は我を取り戻したようだった。

 枕がわりのザックから頭を上げ、食器を見回している。


「あれ……。いつの間にかメシが出てる。……なんかスミマセン」

「急に固まった。……大丈夫?」

「そうだったんすか? なにかにビックリした気がするんすけど……」


「美嶺! とりあえずご飯にしよっ!」


 千景さんの一言で記憶を探ろうとし始めたので、美嶺を呼び止めた。

 忘れているなら都合がいい。

 ほたかさんの気持ちを知ってても衝撃があったので、美嶺はそのまま忘れたままがいいと思った。



 △ ▲ △ ▲ △



「景色もいいし、メシもうまいし、最高っすよ~」


 美嶺は魚肉ソーセージをかじりながら、遠くの景色を見渡して笑っていた。

 アンパンをかじっていると、弥山みせんの頂上でひとりきりでご飯を食べていたを美嶺思い出す。

 以前の美嶺はご飯は一人で気楽に食べたいって言ってたし、人付き合いは苦手だと言っていた。

 最近の美嶺はみんなと打ち解けてきたように思う。

 楽しそうにくつろぐ美嶺を見ると、なんだかうれしくなった。


 微笑ましく美嶺を見ていると、私の視線に気が付いたのか、美嶺はほのかに頬を染める。


「ましろ……。な、なにニヤニヤしてるんだよ~」


 美嶺としても、あまり過去を蒸し返されるのは好きじゃないだろう。

 私は美嶺の向こうにある雄大な景色に焦点を合わせた。


「べーつに~。いい景色だなって思って」


 話をそらすようにまわりの景色に視線を移したけど、頂上からの景色は本当に素晴らしい。

 三瓶山さんべさんは中央が大きなクレーターのようにくぼんでおり、私たちは今、その縁から下を眺めている。

 この山は大昔に溶岩の爆発でできた山で、中央の火山湖を取り囲むようにドーナツ状の山々が連なっていた。

 その成り立ちもあるからなのだろう。主要な山頂には「家族ですよ」と言わんばかりの名前が付けられているのだ。


「私、ちゃ~んと覚えてますよ! 右に見える一番大きな山が男三瓶おさんべで、その左にある小さな山が孫三瓶まごさんべ、下に見えるのが姫逃ひめのが池ですよね!」

「ましろちゃ~ん……。男三瓶はあってるけど、その横にあるのは子三瓶こさんべで、真ん中の池は室ノ内むろのうち池だよっ」

「あぅぅ……」


 自信満々で言ったのに、全然ちがってた。

 今日の午後にやるというペーパーテストが思いやられる。


「……ましろ。自然観察の勉強、大丈夫なのかぁ~?」

「ましろちゃんは大丈夫だよ~。わたしのお部屋で勉強した日を思い出してねっ」


 ほたかさんが微笑んでいる。

 そうだ。

 確かにお部屋で勉強した日を思い出せば、色々な記憶がよみがえってくるはずだ。

 山の標高や、動植物の分布。地域の名産品に、ほたかさんとの熱いキス。


(熱い……キッス!)


 急にあの柔らかい感触がよみがえってきて、顔面が燃え上がるように熱くなってしまった。

 ヤバイ。

 ほたかさんの顔をまともに見れない。

 それどころか、みんなにこの顔を見せられない。


「そういや以前、梓川あずさがわさんの部屋で……一緒に……」


 心臓の高鳴りを静めようと胸を押さえていると、美嶺がブツブツとつぶやいている。

 ふと気になって美嶺を見ると、ほたかさんに詰め寄っていた。


「……なんか思い出した! さっきの『好き』って言葉……。と……友達ってことで、いいんすよね?」

「ううん。ラブだよっ」

「う……。そんなあっけらかんと言われると、ツッコみようがないじゃないっすか……」


 ほたかさんはごまかす感じもなく微笑んでる。

 美嶺は頬を赤らめて動揺しはじめた。

 ストレートのパンチを食らったようにふらついている。

 だけど、今度は硬直せずに踏みとどまったようだ。


「梓川さんがましろを好きっていうのは、分かった。……で、でも一番の問題はましろの気持ちだ」


 そして今度は私のほうに詰め寄ってくる。


「ましろはどうなんだ?」

「ど……どうって言われても」

「嫌いってことはないだろうけど、好きなのか? むしろ、誰が一番好きなんだ?」

「み、みんな大好きだよ」

「それって友達とか、そういうことだろ~?」


 勢いでついつい本心を口に出してしまったけど、日本語の曖昧さに救われた。

 美嶺が『友達』って解釈してくれるなら、友達っていうことで納得してもらおう。

 ほんとはもっと進んだ気持ちなんだけど、問い詰められるのは本当に困る。

 私が悲鳴を上げていると、ほたかさんが美嶺との間に割って入ってくれた。


「まあまあ美嶺ちゃん。あまり問い詰めちゃ、可哀想だよっ」

「むぅぅ……。そ、そっすね……。ましろ、スマン」

「だ、大丈夫だよぉ~」


 美嶺が落ち着いてくれたので、私もほっと胸をなでおろす。

 危ないところだった。

 でも美嶺って、どういう気持ちで聞いてきたんだろう。

 普通に友情だと思ってたけど、ほたかさんみたいにラブ的なものが含まれてるんだろうか。


「梓川さんも見る目があるっすね」

「ましろちゃんがいい子なだけだよぉ~」


 美嶺とほたかさんはなにか通じ合うところがあるらしく、私を見ながら微笑んでいる。

 目の前で褒められてると、恥ずかしくて死んでしまいそう……!

 一度にたくさんの好意をぶつけられると、心の許容値を振り切ってしまいそうだ。

 これ以上となると、私の頭も三瓶山のように爆発してしまうかもしれない。


 心を落ち着けようと山を見る。

 すると、視線の先に千景さんが座っていた。


「また胸がムズムズする。……これは、何?」


 千景さんは私をじっと見つめながら、心臓に手を置いていた。

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