第四章 第十四話「ずっと一緒にいたいから」
たった一人で先輩の部屋に取り残され、私は深呼吸をする。
先輩も恥ずかしすぎて私と同じ場所にいられなくなったんだろう。
私自身も先輩の顔を直視できなかったので、一人きりになれたのは結構ありがたかった。
まだ唇に感触が残っている。
重なっていた体にも火照りが残っている。
この感触を思い出すだけで、私は冷静でいられなくなってしまう。
……片付けでもして、落ち着こうっかな。
私は激しく鼓動する心臓の音を無視しながら、床に散らばったアルバムを片付け始めた。
すると、アルバムの下から寄せ書きが出てきた。
じっくりと読む気なんてなかったけど、目立つ文字が勝手に目に飛び込んできてしまう。
『出雲の中学校でも元気でね!』
『一緒に大会に出られなくて残念だよ~』
親しい友達との別れ。
頑張っていたことが途中で断ち切られることのむなしさ。
この文字は私自身に向けた言葉じゃないのに、苦しさが押し寄せてくる。
……ひょっとして先輩、高校も途中で転校してしまうのかな?
そんな考えがふと脳裏をよぎり、寂しくなってきた。
△ ▲ △ ▲ △
しばらくした頃、飲み物を持ってほたか先輩が戻ってきた。
とても長い時間がたっていたので、ほたか先輩も気持ちを落ち着けるのに時間がかかったのだろう。
それでも頬の紅潮は抜けきっていなかった。
なんとか冷静さを保とうとしている先輩が愛らしい。
でも、いつかいなくなってしまうかもしれないと思うと、ひどく寂しくなってしまった。
「ましろちゃん……。どうしたの? なんか寂しそうだけど……」
「先輩がいなくなっちゃうことは……ありませんよね?」
「ど、どうしたの? ……急に」
「……転校とか、しませんよね?」
聞かないほうがいいかもしれないけど、どうしても聞かずにはいれなかった。
「私、登山部に入って、本当によかったと思ってるんです……。ほたか先輩やみんながいるからなんです。だから先輩がいなくなっちゃうかもしれないと思うと、私……」
後半はうまくしゃべれず、口ごもってしまった。
私は最低だ。
転校するのが前提みたいにしゃべるなんて。
先輩の気持ちよりも私の気持ちを優先してしまうなんて……。
でも、聞かずにはいれなかった。
今聞かないと、本当に先輩がいなくなってしまうときに後悔すると思った。
「……ごめんなさい。失礼なことを聞いてしまいました」
私は自分の身勝手さを悔やみ、頭を下げる。
すると、そんな私の失礼な言動にもほたか先輩は微笑んでくれた。
「大丈夫だよ。パパからはそういう話は出てないから、このまま卒業まで出雲にいれると思う。……それに卒業する頃にはひとり暮らしもしやすくなると思うから、もう少しの辛抱なの」
そう言って、穏やかに笑ってくれる。
いつもの、ヒマワリの花のような笑顔で。
私は先輩の笑顔を守りたいと思った。
そして
登山部でみんな一緒に活動することが先輩の心の支えになっているなら、私は全力でその気持ちに応えたくなった。
「あの……っ! 私、絶対に辞めませんし、部活も頑張ります! いっぱいいっぱい山に登りますし、いつかみんなで穂高連峰にも行きましょうねっ!」
「……ましろちゃん?」
「ずっと登山部で一緒ですから。……先輩とずっと一緒にいたいですから!」
心の勢いのままに、思いのたけを叫んでしまった。
顔を真っ赤にして叫んだせいで、心臓がバクバクと鼓動し続けている。
私は一人で勝手に盛り上がってしまったことに気が付き、恥ずかしくなってきた。
すると、ほたか先輩がぎゅっと抱きしめてくれた。
「ましろちゃん。……ありがとう。お姉さん、すっごくうれしいよ。……みんなを守れるように、お姉さんも部長を頑張るからね」
そう言って、いつまでも抱きしめ続けてくれた。
ほたか先輩の温かな体温が、とても心地よかった。
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