第六章 第二話「熱を持たない女の子」
「楽しく登る? 勝利以外に楽しいものは、百合だけですよ」
無感情に言い放つ
私の仲間はみんな山が好きなので、山は楽しく登るのが当然だと思っていた。
しかも、マイナーな登山大会に選手として出ているから、なおさらだ。
「登山はただ、荷物を担いで歩くだけ。……それだけの競技です」
「あぅぅ。大会は歩くだけじゃないよ! テントを張ったり、テストをしたり……色々あるよ!」
私は口を尖らせて主張する。
しかし、五竜さんは「当然、知っていますよ」と平然と答えた。
「各種審査は、対策すればどうとでもなります。……大切なのは、普通にできることを普通にこなすための体力。筋肉があれば、すべてを解決するのです」
あれ?
なんか、最近聞いたことのある言葉だ。
そう。
それはうちの学校の校長先生のセリフと同じ。
筋肉信仰は五竜一族に代々伝わっているのだろうか?
五竜さんは校長先生ほどのマッチョではないけど、よく見れば全身が均整の取れた体つきをしているのが分かる。
「体力がすべて。……だから、うちは体力自慢をそろえました」
五竜さんはそう言うと、背後に並ぶ二人のメンバーに視線を送る。
その視線を追ったあと、私は驚いた。
「ふ……双子?」
五竜さんと同じ黒いユニフォームを身にまとった女の子。
その二人の顔はまったく同じだった。
「
「両神
ニコニコと無邪気に笑う二人の女の子。
体格も何もかも同じ。
違いと言えば、茶色い髪を頭の横で束ねたサイドテールが、右か左かという部分だけだ。
そして、すでにどっちが凪さんでどっちが波さんなのか、私には分からない。
でも私が驚いたのは、双子だというそれだけの理由ではない。
二人は肩を寄せ合い、指を恋人のように絡ませてイチャイチャしていた。
「ふふふ。両神姉妹は双子で百合カップルですからね。息もぴったりで、強いですよ」
「天音さ~ん。あまり外でカップルって言わないでくださいよ~」
「天音さ~ん。照れちゃいますよ~」
そう言いながら、両神姉妹は頬をすりよせて微笑んでいる。
すごい。
ここまでおおっぴらにイチャイチャされていると、見ているほうが照れてしまう。
体力自慢なのは本当かもしれないけど、この二人を編成したのは、たんに五竜さんが百合を身近に感じたいだけなんじゃなかろうか?
「……ねぇねぇ、五竜さん」
「なんでしょうか?」
「なんか五竜さん、登山自体に興味がなさそうなんだけど……。好きで山をやってるんじゃないの?」
それはふとした疑問だった。
でもそれは図星だったようで、五竜さんは珍しくため息をつく。
「祖母に言われて、仕方なくやっているだけですよ。うちの祖母は押しが強くて困ります。……あなた方の学校の校長なので、ご存じでしょう?」
「あの校長先生かぁ……。確かに押しが強い感じがするもんねぇ……」
確かに校長先生は有無を言わせない強さがある。
まあ、押しが強いのは五竜さんも同じだけど。
すると、急に
「……だから靴も新しくしてないのか?」
「靴?」
「五竜の履いてる革靴。ずいぶんボロボロじゃねぇか」
言われてみると、五竜さんの履いている登山靴はかなり古そうな感じがする。
黄土色の革靴で、美嶺の光沢のある革靴と比べて、どことなく乾いている感じがあった。
「ああ、これですか。去年のことですが、山をやる気がなくて靴を買わないでいたら……祖母に無理やり渡されたんですよ」
「靴は……本人の足に合わせないと、危険」
千景さんは私の背後から恐る恐る顔を出して、警告する。
確かに足にフィットするかどうかは靴選びでとても大切だった。
「祖母はわたくしと足の形が同じですから。……去年からずっと履いていますが、問題はありません」
「せめてメンテナンスしてやれよ。……革靴が泣いてるぞ」
「あぅ? メンテナンスって、何をするの?」
私は革靴のことを知らない。
すると、千景さんが再び私の背後から顔をのぞかせた。
「革は……ワックスで栄養を補給しないと、ダメになる」
「そうなんすよね。ワックスを塗ったあとにブラッシングしてると、なんか愛着がわくんすよ~」
「美嶺さんの靴、喜んでると思う」
そう語っている千景さんも嬉しそうだ。
さすがに登山用品のお店の娘さんだけはあって、道具への愛着は素晴らしい。
しかし、そこまで言われても五竜さんは平然としていた。
「わたくしは来年の大会で山は引退するので、来年まで使えれば十分ですよ」
すんなりと言い切る姿に驚いてしまった。
ここまで熱を持たないというのに、五竜さんは勝利を確信している。
むしろ『勝利』という結果以外に興味がないようにも思えた。
競争というものを毛嫌いしている私とは対極にいるように感じてしまう。
(こんな言葉、山が好きなほたか先輩が聞いたら悲しみそう……)
不安になってほたか先輩のほうを振り向くと、先輩は悲しいどころか、とても真剣な目をしていた。
「五竜さん! お姉さんがお山の楽しさを、きっと教えるよっ」
「ほう。美少女の手ほどきとはご褒美ですね。
そう言えばほたか先輩は岩登りが得意だった。
私が入部するときにも部室棟の崖を登ってきたし、県のクライミング大会で優勝経験があるという話を思い出す。」
「クライミングだけじゃなくてね。お山で食べるご飯や景色、みんなと一緒に登る楽しさを伝えたいなっ!」
ほたか先輩が熱く伝えているけど、五竜さんは「そうですか」と抑揚のない声でうなづくだけだ。
五竜さんがあまりにも冷たい態度をとっているせいか、つくしさんが彼女の手を引っ張り始めた。
「
「……ふむ。ではみなさん。健闘を祈ります」
五竜さんは無表情のまま、両神姉妹を引き連れて去っていく。
部長のつくしさんは私たちを見て、申し訳なさそうに何度も頭を下げていた。
「くそぉ~。ぎゃふんと言わせてやりてぇ」
「美嶺……。今時、ぎゃふんは古いんじゃ……」
「まあまあ、落ちつこっか。うちのチームはとにかく、楽しんで登ろうねっ!」
ほたか先輩は美嶺の手を握って微笑んでいる。
五竜さんを見ていた後だから、先輩の朗らかな表情が本当に落ち着く。
私が出会えたのがほたか先輩で、本当によかったなと感じた。
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