第三章 第二十話「ご飯のあとはデザートよぉ~」

「美味しい! 美味しいですよ、先輩!」


 私は口いっぱいにクリームシチューを頬ばって、幸せな気持ちに包まれた。

 剱さんも戻ってきて、ようやく楽しい夕ご飯!

 テントの前に広げたシートの上、ガスボンベにつなげたランタンの光を囲んで、みんなで夕ご飯を食べ始めた。


 メニューは千景さんのリクエスト通りのシチューとご飯だ。

 アルミの食器に盛り付けて、シートの上に並べて食べる。

 まるで小学校の頃の遠足のような気分になり、これだけで楽しい気分になってきた。


空木うつぎ……! まさか、ご飯にシチューをかける派か? ……それはさすがに邪道だろ……」


 私がご飯をシチューの器に移すと、剱さんが困惑の顔を浮かべてツッコんできた。

 シチューをご飯にかける派、かけない派の論争ぐらい知っているので、私は平気な顔で受け流す。


「ふ~ん。うちの家では昔から、かけるんだも~ん」

「リゾットみたいで、美味しいよね!」


 ほたか先輩も隣で同意してくれる。

 千景さんもひと匙ごとにご飯をシチューに浸して、幸せそうな顔で黙々と食べているところだった。


「……なんてこった。梓川あずさがわさんも伊吹さんも、シチューをかけてる……」

「安心して~。先生はかけない派よ~」

「そ、そっすよね。アタシたちのほうが王道のはずですよね? ……多分」

「王道でも邪道でも、私はどっちでもいいと思うな~」


 私は争うつもりもなく、平和な気持ちでスプーンを口に運ぶ。

 むしろ剱さんの気持ちを教えてもらったことで、彼女との壁が消えたうれしさが心を満たしていた。


「……そう言えば千景さん。このシチュー、なんか甘い香りが漂ってて、最高ですね!」

「隠し味に、ナツメグ。……お肉と牛乳の臭みを消して、香りを引き立てる」


 そう言って、千景さんはスパイスの瓶を取り出し、微笑んだ。


「さすが、千景さんのお気に入りの料理です! それに、ほたか先輩。ご飯もお店で出せるぐらいに美味しいですよ! お米がつやっつや!」


 すると、あまちゃん先生が意味深な笑みを浮かべて先輩を見つめた。


「美味しいそうよ。よかったわね、梓川さんっ」

「うわぁ~ん……。天城あまぎ先生、いじめないでぇ~」


 そう言って、ほたか先輩はしょんぼりと落ち込んでしまう。


「あぅ? ほたか先輩、どうしたんですか?」


 私がたずねると、先輩はテントの脇のほうからお鍋を持ってやってきた。

 蓋が開くと、焦げた臭いが漂ってくる。

 なんと、お鍋の中には丸焦げのご飯が入っていた。


「そ……それは……!」

「ご、ごめんねっ、ごめんねっ! あ、あのね……お姉さん、失敗しちゃったの……」

「え? じゃあ、この美味しいご飯は?」


 すると、あまちゃん先生が肩をすくめて困ったように笑う。


「以前も失敗したし、心配になった先生がレトルトご飯を持ってきてたのです~」

「お姉さんも頑張って火加減を見てたんだけどね……。難しくって……」


 しょんぼりと小さく縮こまるほたか先輩がなんか可愛い。

 千景さんは先輩を元気づけるように背中をさすりだした。


「大丈夫。大会の審査に、味は関係ない」

「そうそう。そうなのよぉ~。大会では栄養とカロリーが十分なメニューであるかという点と、作るときの衛生面が審査ポイントなの。味は審査に関係ないから、焦げても平気よ、梓川さん」


「うわぁぁん……。そうは言っても、みんなに黒焦げのご飯は食べさせられないですよぉ……」

「炊事審査はレトルト禁止だものね……。仕方ないわ、梓川さん。今度、先生と特訓しましょうか! 先生はこう見えて、お鍋でご飯を炊くのに慣れてるのよ~」


 そう言って胸をドンと叩くあまちゃん先生は頼もしさを感じさせる。


「さすが、あまちゃん先生! 顧問だし、よくキャンプするの?」

「ふっふっふ……」


 最初は不敵な笑いを浮かべていた先生だけど、なぜかどんよりと暗くなっていく。


「……ふふ……ふふふ。社会人になりたての貧乏時代、炊飯器が買えなくてお鍋で炊いていたのよぉ……」

「あぅ……。なんか……聞かなかったほうがよかった……かな。ごめんね、先生」


 なんか、辛い時代があったらしい。思い出させてしまって、申し訳なくなった。



 △ ▲ △ ▲ △



「ほらほら、みんな。美味しいデザートですよぉ~!」


 食後の時間。

 あまちゃん先生はそう言って、立派なメロンをテントまで持ってきてくれた。

 しかも、ポットに入った紅茶のサービス付きだ!


「ふっふっふ。今では立派な社会人ですからね~。このぐらいできるのよぉ」

「さすが、あまちゃん先生! サイコー!」


 まったく予定になかったサプライズに、私たちは拍手喝采かっさいで先生を出迎えた。

 きれいにカットされたメロンは、近くにいるだけで甘い香りがして、幸せな気分になる。


「大会でも差し入れができるといいのにね~。そしたら先生、なんでも持ってきちゃいます!」

「そういう先生がいるから、差し入れ禁止なんじゃないっすか……?」

「おほほほほほ~」


 先生は酔っぱらってもいないのに上機嫌だ。

 テント前のシートにメロンを並べると、みんなの顔をワクワクした顔で見回し始めた。


「……で。女子が五人もそろったんだから、恋バナで盛り上がるのが必然だと、先生は思うのよぉ~! 気になる異性ぐらい、みんないるんでしょ?」

「え……なんすか、それ。アタシは別に、そういう話題はないっすよ」


 剱さんはまるで興味ないように、そっけなく言葉を返す。

 ほたか先輩も千景さんも、きょとんとした表情で顔を横に振っている。


「ボクも」

「お姉さんも、何もないよっ」

「ええ~っ?」


 三人の様子が信じられないとでも言うように、先生は驚きの声を上げた。


「だって、みんな女子高生よ? 異性に興味を持ったことがないなんて……」

「男に興味は無いっす」


 剱さんは言い切ったけど、その言葉の裏の意味を、私は知っている。


に興味はないだけで、には興味があるんだよね?)


 私がニヤリと笑みを浮かべると、剱さんは私の顔を見て少し赤くなった。

 私の考えがわかったのだろう。

 そして、剱さんが赤くなりやすいのも本当の事のようだった。


「そうなのぉ……。じゃあ、二年生のお二人は?」

「ボクは、家の手伝いで……それどころじゃ、ない」

「えっと、じゃあね。お姉さんが好きなのは剱と奥穂おくほ~」

「ごほっごほっ! ア、アタシっすか?」


 剱さんがむせかえる。


「ご、ごめんね。美嶺ちゃんのことじゃなくて、北アルプスの剱岳つるぎだけのことだよっ! 奥穂は奥穂高岳おくほたかだけのこと~」

「そ、そうすか……」

「はぁ……。梓川さんにとっては、お山は異性と同じって事なのかしら……」


 あまちゃん先生は理解し難いようで、こめかみを押さえてため息をついた。


「ところで、空木さんは?」

「わ、私ですか?」


 そう言われた時、なぜか目の前の三人と目が合ってしまった。


 ちょっと変だけど、美人で優しい、憧れのほたか先輩……。

 可愛くて健気な千景さん……。

 実はオタク仲間だった、たくましい剱さん……。


 ぼんやりと三人を見つめていて、ハッと我に返った。


 え……。嘘。

 なんで私、みんなのことを考えてるの?

 なんで恋バナの話題を振られたのに、みんなを見てしまったのか。

 私は冷静になろうと、必死に胸を押さえる。


「あらあら。空木さんは何か心当たりがあるようですけど……?」

「あぅぅ~っ。ない! ありませんよ! 私はずっと二次元にしか興味のない女子なので!」


 先生のツッコミを必死に否定しようとして、ついつい口を滑らせてしまった。

 重度のオタクであることは秘密だと自分で言っていたのに、なんたる失態。

 剱さんは私をあわれむようにため息をつく。


「空木……」

「しまった……」


 しかし、ほたか先輩と千景さんは、「二次元」という言葉の意味が解っていないようで、きょとんとしている。

 よかった。

 まだお二人はそういう世界に足を踏み入れていないウブな女の子のようだ。

 それはそれでオタクに染め甲斐があるというものだけど、今は何事もなかったようにスルーしてもらいたい。



 ただ、あまちゃん先生だけはニヤニヤしていた。

 誰にも聞かれないように、先生は私にこっそりと耳打ちしてくる。


「空木さんもその素養があったのね……」

「まさか……、先生も?」

「先生はオールマイティ。なんでもイケるわ」

「そうですか。……ただ、今はどうか、ご内密に……」

「オッケーよぉ。今度、ゆっくりお話しましょ」


 あまちゃん先生はウインクし、ようやく恋バナの話題は終わりを迎えた。

 先生の意外な一面を知りつつ、キャンプ場の夜はふけていくのだった……。

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