第10話 報酬、登録、帰還 4

 人間、そんな簡単に変わらないというが、やはり、7000回ほど死ぬと否応が無しに変わっている部分があるらしい。

 それを思い知った朝のやり取りでした。

 結局、あの後、ハルに僕が本人だと納得してもらうために大分時間がかかったし。


「うう…………酷い、あんまりだ……中学時代からの友達に対して……いきなり、『お前、誰だ?』なんてシリアスな存在否定をしてくるなんて……」

「悪かった。悪かったから、いつまでも泣き真似をするな、鬱陶しい」

「鬱陶しいとは失礼な。これでも、半泣きぐらいになりそうだったんですけど?」

「…………はぁ、仕方ないだろう。あまりにも、お前が変わり過ぎていたんだ」

「いや、少なくとも外見とか、口調とか、人格とかはまるで変ってないだろう? 根っこというか? 人としての本質みたいなものは早々変わらないさ」

「本質以外の全部が変わっているというか。いきなり、普通の学生が、人食い熊みたいな悍ましい気配を漂わせていたら、誰だって警戒する」

「失礼な!」


 僕とハルはクラスメイトであり、席も隣同士なので、こうして朝のホームルームまでだらだら雑談を交わすことが出来るのだ。

 いつもだったら他愛のない会話が繰り広げられる無駄時間であるが、今日ばかりは違う。

 僕は一方的に友情を疑われたことに腹を立てているのだ、それなりに。


「というか、ミィ。お前に何があった?」

「いや、だから詳しくは言えないけれども、さっきから言っているじゃん。ちょっと、異世界で冒険を――――」

「それが本当だったとして、だ」


 僕のおどけた言葉を遮るように、ハルは言葉を切り出す。


「一体、どれだけ恐ろしい体験をすれば、一夜でそんな風になるんだ? 俺には、何か悍ましい物が、かつての日常の残骸を演じているようにしか見えん」

「………………………………そう、かな?」


 その言葉に、ぎちり、と僕の中の何かが音を立てて千切れるような気配を感じる。

 何だろうか? こう、覚醒? 孵化? 胸の中から、ざわめくような何かが。倫理や道徳、あるいは、もっと煩わしい何かから解き放たれるような、そんな気配が胸の奥から、こう。


『――――落ち着け、相棒。お前は、お前だ。鈴山皆人だ。安心しろ、どれだけ変わり果てたとしても、テメェが己を己だと言い切れば、何も問題は無い』


 心の内から響いた相棒の言葉に、ざわめく何かは瞬く間に収まる。

 おっと、危ない、危ない。なにやら、良からぬ覚醒をするところだったぜ。


「だったとしてもさ、ハル。僕は僕の意思で、この演技を続けて行こうと思うよ。それにほら、誰しも少なからず、こうでありたい自分を演じているわけだし? 人の本質が変わらないのなら、演技の割合がちょっと増えただけで、僕は相変わらず、僕だ」

「そう、か。すまん、俺も無神経なことを言って」

「いいさ。許すことも友情の内だよ」

「………………そういうところは、全然、まるで違和感が無いんだがな」


 ハルは仏頂面を緩めて、微苦笑を浮かべた。

 俺もまた、肩を竦めておどけて見せる。


「で、一体、何があったんだ?」

「ふふん、それを語るには少しばかりホームルームまでの時間が足りないかな!」

「じゃあ、いいや」

「もっと興味持とうよ!」


 こうして、僕の日常は危うくありつつも、なんとか継続していくようなのだった。



●●●



「え? ミィ先輩何か変わりました? アタシとしては、全然変わっていないように見えるんですけど?」

「友達に散々変わったと言われた後に、真逆のことを後輩から言われるとなんか不安になるな。大丈夫? 親密度足りてないんじゃないの?」

「アタシが間違っている前提なんですかぁ? まぁ確かに。アタシはミィ先輩が内心で何を考えていようが、出力としてアタシに害が無ければどうでもいいんですけどね」

「そういうドライなところ、僕は嫌いじゃないぜ、佐々木」

「そりゃどーも。あ、褒めてくれるなら、何か奢ってくださいよぉ」

「じゃあ、僕が非常用に隠しておいたカップ麺コレクションから一つ贈呈しよう」

「わぁい、やったぁ! さっすがミィ先輩! ちょろい!」

「もうちょっと言葉をラッピングする努力をしようぜ」


 僕の交友関係は狭くも無ければ、広くも無い。

 特に仲の良い友達である、ハルが一人いれば概ね十分だと考えているし、たまに、一緒に遊びに行く程度に仲の良い友達も別のクラスに居る。

 そして、妙に僕に絡んでくる先輩が一人と。

 眼前に居る、色々と言葉の遠慮が抜けきった、可愛い後輩が一人。


「あははは、やだなぁ。ミィ先輩だから、こんな感じなんですよ? 流石のアタシも、友達や、彼氏と話すときはちゃんと考えてから物を言いますって! つまり、アタシの特別ってわけですよ! 喜んでもいいんですよ?」


 この、控えめに言っても僕を舐め腐っているとしか考えられない後輩の名前は、佐々木 明菜(ささき あきな)。どう頑張っても中学生、あるいは小学校高学年にしか見えない小柄な彼女であるが、僕に対しては遠慮なく物事をずばずば言う不遜な奴である。

 それでいて、黒髪ボブカットに猫を連想させる小動物系の可愛らしい顔立ちをしているので、厄介だ。うちの学校の中でも、結構上のレベルの可愛い系女子なのだ。厄介なことに、こいつはそれを自覚して、己の可愛さを有効利用する奴なので、面食い気質な上に童貞の僕としては、為すがままに翻弄されるしかない。

 まぁ、ちゃんと彼氏さんが居るんですけどね。


「その特別ってあれだろ? 特別に見下している枠だろ?」

「やだなぁ、ミィ先輩。ペットの又五郎ぐらいには親しみを向けていますよ」

「人間に対する感情じゃあないなぁ、それは。というか、ペットから食料を恵んでもらうのかよ、飼い主様」

「猫から食料を恵んで貰えるとか最高じゃあないですか!」

「でも、奴らたまに鼠とか小鳥の死骸をプレゼントしてくるぞ、好感度を上げすぎると」

「むむむ、そう考えるとアタシの食える物を贈呈してくれるミィ先輩は、ペットの中でも上等な部類ですね!」

「ついに先輩をペットって言っちゃったぞ、こいつ」

「おっと、言葉の綾です」


 てへ♪ と可愛らしく小首を傾げる佐々木。

 こいつでなければ、殺意が湧くような仕草であるが、こいつがやると自然と様になっているのだから恐ろしい。

 さて、こんな末恐ろしい小悪魔系後輩の佐々木と僕の関係性であるが、別にやましいことがあるわけではなく、ただの部活の先輩と後輩である。

 僕らが所属している部活は、文芸部。

 部員数総勢、十六人という文科系の部活筆頭の部員数を誇る部活だ。

 もっとも、その十六人中、まともに部室に顔を出すのは僕と後輩と、後一人だけなのだから、部員数以外は誇れるものは何もない。そう、この文芸部は幽霊部員共の巣窟なのである。部長と副部長すら、まともに来ないので、必然と僕が部室の管理人に就任してしまったのだ。


「やれやれ、ついついミィ先輩と話すと口が回りすぎてしまうからいけませんね。相性が良すぎるというのも考え物です」

「それって漫才の相手として、ってことだよな? ちゃんとそこら辺を明言しないと、君の彼氏さんからクレームが来るんですけど」

「あははは、ついこの間、彼氏さんに浮気を疑われたばっかり!」

「ほれ、見たことか! というか、え? 今日、あいつが来ないのはそれが原因か!? やめろよ! 君たちは外見だけは仲良し女子コンビみたいで、君らの絡みを見ていると癒されると思っていたのに!」

「そういう余裕のある態度が、彼氏さんの苦悩に繋がっていることを理解して、自殺してください」

「え、やだよ。君ね、死ぬのはかなり辛いんだぞ?」

「経験談みたいに言われても。成仏してくださいな」


 そして、まともに部室に来ている残りの一人が、佐々木の彼氏さんである。佐々木と同じクラスの男子であるが、学生服を着ていなければ美少女と見間違うほどの男の娘なのが特徴的な奴だ。

 僕、佐々木、彼氏さんの三人が現存する文芸部でまともに活動している三人組である。

 傍から見ると僕が両手に花の、ラノベ主人公みたいなことになっているともっぱらの噂であるが、噂を流している奴は落ち着いて欲しい。花の一つは男ですよ? しかも、男女のカップリングが出来ているので、僕一人だけが仲間外れ感が出ているんですよ?

 …………確かに、まぁ、顔を真っ赤にして怒ってくる美少女顔が見たくて、僕と佐々木が結託して何度かドッキリを仕掛けたことがあるので、傍目からすれば、僕らのやり取りはそのように見えたかもしれないことは否定しないが。


「やれ、成仏してやるからちゃんと彼氏さんと仲直りしろよな? 君の愉快な本性を知ってまで、恋人関係を結ぼうなんて奇特な人は滅多に居ないんだぜ?」

「えー、ミィ先輩辺りはこう、目を潤ませながら縋りつけば騙せません?」

「昨日までの僕だったらそうだったかもしれないが、死を幾度も乗り越えて来た僕には通用しないぜ?」

「死に戻り形式のチートでも授かって、異世界攻略でもしてきたんですかぁ?」

「ニアピン。世界は救えず、スケルトンの類に殺されまくっていたよ」

「あはっ、ミィ先輩って雑魚の自覚ありますよね?」

「いや、流石に今の僕ならチンピラぐらいだったら何とか勝てるかもしれないぞ?」

「どうやってです?」

「駅の階段を下る時に、後ろから思いっきり蹴り飛ばす」

「戦いの発想がチンピラよりも邪悪じゃあないですか。殺人鬼の思想じゃあないですか」

「予め逃走のルートも確認しておくわ」

「ミィ先輩、やっぱり少し変わりました? 邪悪さがなんか増していますよ、良い意味で」

「良い意味で!?」

「ダークヒーロー的な」

「いや、どう見積もってもピカレスク小説の脇役程度が関の山だろう」

「そうですかね? あ、今、文芸部っぽい会話」

「小説という単語が出てきただけで?」


 僕と佐々木は、だらだらと互いに本を読んだり、スマホを弄ったりしながら、会話を続ける。

 お互い、無意味に会話を長引かせる才能には秀でているので、ここまでの会話はほぼ脊髄反射である。なんとなく、二人きりで部室に居るのに沈黙が下りるのはいやだなぁ、という共通認識の下、会話が維持されているのだ。

 僕たちとすれば、こんなのはただの暇つぶし以下の、垂れ流しのラジオ程度のBGMなのだが、どうにも彼氏さんはそれが羨ましいのだとか。


「あー、そう言えば、佐々木。短編の締め切り、来週までだぞ。きっちり一万文字書いて来いよ?」

「えー、代筆お願いしますよぉ、可愛い後輩のためにぃ」

「よし、分かった。『モテモテ☆小悪魔JKの恋愛術!』ってタイトルで書き切ってやるぜ」

「すみません、自分でちゃんと書きます、はい」


 とまぁ、このようにして僕の日常は流れていく。

 概ね、いつも通りの日常。

 後輩と戯れ、放課後の時間を潰す毎日の暇つぶし。

 ただ、それも今日までだ。


「んじゃあ、ちゃんとしろよ、僕が居なくてもさ」

「…………へ? 退部です?」

「退部ってわけじゃないけど、ちょっと用事が出来たから、毎日来ていたのが、週一ペースまで落ちる。つまり、明日から部室の管理者はお前ら二人だ、頑張れ」

「やだぁ! 一年生だけの部活ってなんですか、それ!?」

「よかったな、カップルで一つの部室を占領出来るぞ」

「絶対よからぬ噂が立つ奴ぅ!」


 明日からはきっと、冒険の日々が待っている。

 日常を捨てるわけでも、否定するわけでも無い。

 それでも、こうして一区切りつけないと、その内楽な方に流れてしまうだろうから。だから、僕は、それなりに楽しく、和やかな毎日に終止符を打った。


「それでぇ、一体、何の用事が出来たんですか? 彼女?」

「いいや、ちょっと…………冒険に」


 全ては、幼い頃から抱いていた憧れを、この手で実現させるために。

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無才探求のキーホルダー げげるげ @momonana7

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