第4話 骸骨魔女の遺品窟 4
ナイフ使いの骸骨兵士を倒した後、僕は左と右、両方の道を探索した。
左の道の奥には、さらなる地下へと進む階段が。
右の道の奥には、壊れかけの木製のドアがあった。
僕はまず、木製のドアをけ破ってから、中を確かめる。ドアノブが残念なことに、十全に機能しなかったせいだ…………何故? 骸骨剣士が守っていたであろう場所は、少なくとも劣化に跡など見られなかったのに。
「いや、疑問は後だ。考えるよりもまず、行動を――ごほっ!?」
ドアをけ破った先にあったのは、埃だらけの朽ちた書庫だった。
六つある本棚のほとんどは腐っており、朽ちて崩れていた。中に収められていた本のほとんどが床に散らばり、試しに拾おうとしても、触れただけで崩れてしまう。
この書庫に、通路と同様、光る小石が入ったランタンの照明が無ければ、歩きまわるのに難儀したかもしれないな。
「…………ん? この手帳は比較的新しいな」
何かないものかと探索してみると、書庫の奥に、本の塵が積もっていない場所に、革の手帳が落ちていた。恐る恐る拾い上げてみると、崩れない。古くはなっているが、経年劣化で崩れる程ではないらしい。
とはいえ、文字はほとんど掠れて読めず、解読可能なのは最後の数ページぐらい…………いや、待て、何かおかしい。
「何故、僕はこの文字を読めるんだ?」
手帳に書き込まれた文字、文体は、ドイツ語のそれに似ている者の、絶妙に違う。アルファベットとは少し異なる何かだ。だというのに、何故、僕はこれを当然のように解読……いいや、まるで母国語のように読めるんだ?
…………女神からの贈り物、とでも思っておこう。よくある都合の良い翻訳術式とか、そういうのが僕の頭の中に仕込まれているのだと、思おう。だが、大抵の場合、都合が良い何があったならば、誰にとって都合が良いのか? ということになるのだが…………駄目だな、戦いの後で集中力が乱れている。こんなの、考えるだけ無駄だ。
「考えてもわからないことは考えない。情報を手に入れて、後は、先に進めばいい。詰まったら、その時考えるぐらいで良いんだ…………余計なことは考えるな」
僕は雑念を振り払い、手帳の最後の数ページを読み始めた。
内容はさほど多くないが、分かったことは、それなりだ。
まず、この手帳の持ち主は、『魔女』やら『魔術師』が亡くなった後、その住処を漁ることを生業とした職業の男らしい。手帳には、凄腕ハンターと自らを呼称しているが、それが本当なのかは疑わしい物がある。
何故ならば、この手帳にはある部分からべっとりと黒い何かが付着しているのだから。
『ついに、あの悪名高い【骸骨魔女】の巣穴を見つけた! 勇者と聖女にぶち殺された、あの腐れ外道の巣穴の一つだ。性格は最悪だったが、魔女としては間違いなく一流。さぞかし、貴重な宝や、魔道具を貯めこんでいるだろうよ。こうしちゃいられねぇ、誰かに嗅ぎ付けられる前に装備を整えて、いち早く仕事に行かないとな!』
興奮を抑えきれない、という風に書き込まれた文章。文字が興奮で乱れている。よほど、浮かれていたのだろう。その後の一ページにびっしりと『この仕事が上手くいった時にやりたいこと』が書かれている。
ずっと我慢していた、上等な酒を飲む。
塩辛くて臭い燻製魚じゃなくて、港の新鮮な魚を食べる。
良い女を買う。
家を出たきり、会っていない妹に会いに行く。
取り留めのない夢想がしばらく書かれた後には、そのことを恥じるように、冷静なメモがいくつかあった。
『隠蔽のマント。静謐なる粉(上書き:静謐なる煙を錬成する場所を発見。作り方は……)。炸薬玉。聖なる油。どんな上等なアンデッドだったとしても、聖なる油で焼かれれば、浄化は避けられない。奮発したが、これで対策はばっちりだ』
聞き覚えの無い物が書き込まれている。
隠蔽のマント? ひょっとして、それがあれば骸骨兵士たちとの戦闘を避けられるんじゃないかと思ったが、生憎、この書庫には何も見当たらない。
そう、死体も、血痕さえも、この手帳以外には何の痕跡も無いのだ。
『ふざけるな、最悪だ! ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう! なんで、どうしてだ! 上手くいったはずだろう!? なのに、最後の最後であれはなんだ!? ああ、くそ、そうか、そうだったのか! 全ては繋がった! もう一度、もう一度、あそこに行ければ、俺は間違いなく…………くそ、くそ、くそ、なんで、なんで俺はソロで……一人でも、回復術が使える仲間が居れば、こんな…………すまない、アーニャ』
最後のページに荒々しく書かれてあるのは、後悔に満ちた末期の言葉だ。
考えてみれば、この筆者は遥かに僕よりも遥かに凄腕なのかもしれない。少なくとも、僕がこの人の失敗を嘲笑って良い理由は一つもありはしないだろう。
何度。一体、何度、僕は死んだのだろうか?
これから、何度、僕は死ぬのだろうか?
そもそもこの試練は…………駄目だ、それを考えたら元も子もない。やるしかない、もう、やるしかないんだ。
百以上の死を超えた僕には、もう、それしか縋れるものが無い。
「前任者には敬意を払おう。なんの供養にならないが、アンタの情報を利用させてもらう。【骸骨魔女】に、アンデット……それに、浄化、ね」
どうやら、予想はしていが、この場所はファンタジー的な何かの理が働いていた場所らしい。外に繋がる道は今のところ、見つからない。試練を乗り越えられれば、それも見つけられるのかもしれないが、とにかく、先に進もう。
「この階層は思ったよりも狭いな…………おっと、早速お出ましか」
左の道の奥、階段を下った先にあったのは狭い廊下のような場所だった。
クリーム色の壁が幅四メートル、高さ三メートル程度の道を作り出している。そして、その道には、かしゃん、かしゃん、という骨が床に当たって響く音が。
「なるほど、三体か。まったく、勝てる気がしないね、笑えるよ」
僕は『カカカカッ』と哄笑の如く骨を響かせる骸骨兵士たちの前に立ち、棍棒を構える。
さて、何度死ぬことやら。
●●●
結論から言えば、十三回ほど死んで三体の骸骨兵士は攻略出来た。
骸骨兵士たちの武器は、全て短剣。決して広くない廊下での戦闘には、互いの邪魔にならないために……いや、どちらかと言えば周りの壁やら照明を傷つけないために、配慮した武器になっていた。
三体の骸骨兵士。
一対一ならば、不意打ち込みでほぼ確実に勝てるようになってきた僕であるが、不意打ち無しでは勝率は三割以下。ましてや、複数との戦いになれば、敗北は避けられない。だって、考えてみて欲しい。こちらが一体の攻撃を必死で捌いている時、後の二体が、するりと脇をすり抜けるようにやってきて、鋭い一撃を食らわせてくるのだ。そう、こいつらは脳みそが無い癖に、連携してこちらを追い詰めてきやがるのである。
三対一では、まず勝てない。
よって、誰でも思い至るように、僕は奴らを分断することにした。
「…………はぁ。この通路に、部屋の入口があって助かったぜ」
骸骨兵士たちは、極力、建物を傷つけないように戦闘を行う。
そして、骸骨兵士たちが見回っている廊下には、三つの部屋があった。そのため、僕は不意打ちの一撃で一体の骸骨兵士の機動力を削いだ後、わざと部屋の一つにドアを開けたまま入り込んだのだ。
部屋は木製のドアで区切られていて、二人同時に悠々と入れるほど大きくない。
こうして、強制的な一対一の状況を作り、わざと完全に砕かず、再生が始まる前の状態で全部の骸骨兵士の動きを封じてから、確実に三体全てを再起不能にしたのだ。
…………まぁ、こうして後から考えれば楽勝かと思うが、不意打ちからのドアを開けるタイミングとか、まだ動けるのに、油断して骸骨兵士に殺されたりとしたので、割とギリギリの僕である。
「休憩…………している間に、意識が落ちて、そのまま動けなくなって衰弱死は前に一度体験しているから、進むしかない、と。うん、探索しよう」
リスポーン可能である代わりに、ここには補給は存在しない。
食料も、水も、存在しない。
だから、先に進むしかないのだ。
そんなわけで探索した結果が、以下のようになっている。
階段を下りてからの、手前の部屋を一番として、順番に三つの部屋に番号を付けるとして。
部屋1は、薬品庫だった。
試験管のようなガラス瓶に収められた色とりどりの液体。きっちりと記号でラベリングされたそれが、冷蔵庫のような形の箱に収められて、並べられていた。部屋には埃が積もっているというのに、その箱の周囲だけは不自然に綺麗であり、薬も濁ったり経年劣化の影響を受けているようには見えない。
部屋2は、寝室だった。
天涯付きの大きなベッド。部屋の中には埃一つすらない、清潔な空間。いや、この部屋に入った時点で、あらゆるものが清潔になるのだろう。汗だくで汚れていた僕の学生服も、この部屋に入った途端、汗や埃が瞬く間に消え去ったのだから。
恐らく、ここは【骸骨魔女】とやらの寝室なのだろう。やけに少女趣味なベッドであるが、枕元に置いてある木箱に入ったオルゴールのセンスは良い。静かで、優しい音色は、すさんだ僕の精神をある程度癒してくれた。うっかり、このままベッドで眠りたくなったが、冗談抜きで、寝たら死ぬ。
部屋3は、キッチンだった。
しかし、この部屋は部屋2とは違い、清潔さが保たれていない。部屋1にあった薬品を入れていた箱がこちらにもあったが、その機能が上手く発揮していなかったのか、食料だったと思しきものは全て腐敗を通り越して朽ちている。
竈のような物があるが、薪の備蓄は無い。代わりに赤い石炭みたいな物があった。食器棚にある食器には全て埃が被って、いや、ほとんど触っただけで崩れるような物がほとんどだった。
…………陶器でも、経年劣化でここまで脆くなるのか?
いや、よそう。この疑問は僕に益をもたらさない。
「探索は終わった。手帳は、ベッドに置いておく。装備は…………使い潰してから、死ぬつもりで行こう」
大きな独り言を呟いて、僕は廊下の先へと進む。
独り言を意識して呟かないと、その内、言葉の出し方を忘れてしまいそうで怖かった。
「…………長いな、今回は」
廊下の先にある階段からさらに、下へと下っているのだが、結構長い。もう百歩以上歩いているのだが、まだどこにもたどり着かない。それでいて、時折、急にぐねぐねと道が曲がるもんだから、中々歩きにくい。
このまま、ずっと長い道のりを歩くことになったらそれだけで、僕の試練は達成不可能になるのだが、その心配は無用だったらしい。
百五十四歩ほど歩くと、途端に開けた場所に出た。
「うお、広いなぁ、おい。つーか、明るいな、ここ」
辿り着いた場所は、とてつもなく広い空洞だった。
見上げる天井には、ランタンの光源となっていた光る小石……その岩みたいなものが、たくさん、埋まっている。落ちてくる様子はない。むしろ、岩盤ごと眩い光を放っているのか、広々とした空洞を隅々まで照らしている。
ぱっと見回しただけではわからないが、少なくとも、僕が住んでいた街の市民体育館の広さ以上はあるようだ。端から端まで歩くのだけで、そこそこ体力を使いそうで困るのだが、さて。
「…………なるほど、ここがボスの間ってことか」
広い空洞を見回すと、目立つ物が三つあった。
まずは、空洞の奥にでかでかと存在する扉。重々しい鉄製の扉のようで、鍵がかかっていなくても、押し開けるだけでこの僕の筋力では難儀しそうだ。
そして、その前に立ちふさがる影が二つ。
一つは、鎮座する青いフルプレートアーマー。中身があるのかどうかわからないが、それは、武骨な大剣を抱くようにして、扉の前に鎮座している。
もう一つは、驚くほど精巧な西洋人形だ。
銀の長髪は、まるで、夜空に浮かぶ銀月を溶かして編んだかの如く。
驚くほど白く、柔らかな質感が見てわかる人形の肌。
人間と人形の境を曖昧にさせる程の、美の容貌に埋め込まれたのは、宝石を加工して作られたかのような、二つの赤い瞳。
ボロボロの焦げ茶色の外套を羽織って、その手には『魔女の杖』という連想が一目で行われる、如何にも仰々しい木製のそれが。
魔女、という言葉が似あいそうで……けれど、【骸骨魔女】と呼ぶにはあまりにもその容姿は清廉とした物を感じさせた。
人形と言われれば、人形。
人間と言われれば、人間。
たった一言で印象ががらりと変わってしまいそうな、美しく、精巧な人形だった。僕が辛うじて、それを人形だと判別出来たのは、どれだけ眺めていても、その瞼が動くことが無かったからに過ぎない。
『こな……い……で』
きりきりきり、と何かが引き絞られる音と共に、告げられるのはか細い、僕の知る物とは異なる言葉。されど、耳にした瞬間、意味を自然と知った。
今は、驚愕も、疑問も必要ない。
ここまで来たのならば、やることは一つ。
「生憎、そうはいかないんでね」
僕は虚勢の笑みを張り付けて、棍棒を構える。
息を整えて、美しき人形を壊す覚悟と。恐るべき敵対者に殺される覚悟を決めて。
――――こぉん。
人形が携えた杖の先端が、勢いよく床を鳴らした瞬間、僕の覚悟は崩れた。
『カカカカッ』
『カカカカッ』
『カカカカカカカカカカカッ』
虚空に現れたのは、漫画やアニメで見るような幾何学模様の魔方陣。
銀の光で編まれたそれは、空洞に中にでかでかと出現し――――そこから、大量の骸骨兵士を召喚した。
十や、二十ではない。
少なくとも、五十、いや、百に届くほどのそれが、全て槍を携えた状態で召喚されて。
「は、はは…………無理だろ、これ」
抵抗する気すら失せた僕に、無数の刺突が襲い掛かって。
途方もない無力感と共に、僕は死んだ。
今まで積み重ねた物を、嘲笑われるかのような死に様だった。
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