第3話 骸骨魔女の遺品窟 3
馬鹿は死ななきゃ治らないというが、あれは間違いだ。
本当の意味合いとしては、一度死んだつもりで気合を入れて努力を重ねなければ、相応に人間の愚かさという奴は治らない、という意味合いで。本当に死んでしまうのはまさしく馬鹿の所業というわけである。
それとは別に、一度死んだぐらいでは馬鹿は治らないというのを、僕は今、実感している。
一度死んだぐらいで、何を覚えるというのだろうか?
毎日きちんと、先人の教えの下、基礎練習からしっかりと武術を学んだ者が見れば、今の僕の愚かさは、失笑すら起きないかもしれない。
何度も、同じことをミスして、死ぬ。
何度も、挑戦に敗れて、死ぬ。
斬られて、死ぬ。
殴られて、死ぬ。
血を吹き出しながら、死ぬ。
血を吐き出しながら、死ぬ。
今までの生活で感じた、痛いという感覚の最大値を更新しながら、僕は死ぬ。死ぬ、死ぬ、死ぬ。何度も、何度も、何度も繰り返して、死ぬ。
経った一体の骸骨剣士すら倒せずに、死ぬ。
――――それでも、百回ほど死ねば、才能皆無の馬鹿でも、それなりに物を覚えるらしい。
「…………ふっ」
呼吸は緩急をつけて、時に止めて、時に鋭く吐き出して。
棍棒を握る手は、動きによって形を変える。緩く、硬く、弱く、強く。どちらか一方でも駄目だ。強く握る時と、弱く握る時を区別する。
『カカカカカッ』
そして、これが一番肝心なことであるが、骸骨剣士が振る剣を受けない。
魔力だか、なんだか知らない不可思議パワーで動いているらしき骸骨剣士であるが、僕よりもその馬力は強い。しかも、骨ごと僕の腕や首を切断することが可能な剣技を持ち合わせている。剣を受け止めたりすれば、そこから数多の派生の技で僕を即座に殺してくるので、考えうる限りの最適解は、まず、剣を受けないことだ。
「あ、ああぁああああっ!!」
避けて、避けて、避けて、隙が見えたら、棍棒による突きを打ち込む。どうしても避けられない剣の軌道の場合は、受けるのではなく、弾く。いかに骸骨剣士が振るう剣と言っても、刃がきちんと切るべき対象に対して適切でなければ、切れない。だから、慣れれば弾ける。ポイントとしては、腕や足という局所的な部分だけを見ずに、全体をぼんやり眺めることだ。
「は、ははは、はははっ! ようやく、覚えてきたぜぇ! お前の動きぃ!!」
百回近く死ぬ過程で、僕が理解したことがある。
まず、骸骨剣士は不可思議な力によって動き、また、守られているということ。多分、魔力とか、そういう類のエネルギー源だと思う。
次に、骸骨剣士がこちらの姿を感知する距離はおおよそ、五メートル圏内。そこから離れていれば、例え、正面がこちらを向いていたとしても、骸骨剣士はこちらに平然と背を向けたりする。まぁ、大きめの声を出せば、圏外からでもこちらの存在を感知するのだから、空気中の振動だったり、何かを感知して動いているのだろう、多分。
『カカカカカッ』
「は、はははっ! そら、よっ!」
三つ目。
この骸骨剣士は、予め設定されたプログラムのような物で動いているだけであり、必ず、まず、こちらの動きがありきで、動いている。例えば、武術の達人のように、こちらの動きを予想して、動き始めたり、こちらの動きに慣れてきて、対応を変えたりはしない。僕が同じような動きをすれば、ほぼ確実に、前回と同じ動きで僕を殺そうとして来る。
さながら、アクションゲームに出てくるAIを搭載した敵キャラクターのように。
「お、ら、あぁああっ!!」
四つ目。
骸骨剣士を動かす不可思議な力についてだが、その守りは、気合を込めた攻撃に対しては、防御力が低下? あるいは、こちらの攻撃が相手の守りを打ち抜く効果があるらしい。何せ、僕のへっぽこな棍棒による攻撃なのだが、『くたばれェ!』と気合と殺意を込めて撃ち込んだところ、銃弾でもヒビが入らなかった頭蓋骨の一部が砕けて、欠けたのだ。
これは推測であるが、僕の体内にも骸骨剣士を動かしている力と同種の代物、いわゆる、魔力とか気と呼ばれる類のものが存在してあり、それらは感情の発露と共に、外に放出される傾向にあるのではないだろうか?
中学二年生でも失笑が抑えきれない馬鹿な仮説かもしれないが、百回も死んでようやく立てた仮説なので、僕はこれを信じている。信じてなければ、プログラムで動くような相手に対して、態々声を出してテンションを上げたりなどしない。
「これで、終わり、だぁああああああ!!!」
そして、何より、だ。
こうして結果が伴うのだから、案外、間違っていないと思う。
『カカカ、カ……』
がしゃん、と関節が砕け、骨が折れる音が響く。
何度も何度も、僕が棍棒を振り下ろして、骨を砕く、砕く、砕く。体力が尽きるまで、全身全霊の力を込めて。
「は、ははは…………勝った、勝ったんだ、僕は……」
完全に骸骨剣士がバラバラになり、沈黙したのを確認すると、僕はその場に座り込んだ。体力の限界というのもそうだったのだが、一区切りついたおかげで、張りつめていた緊張の糸が切れてしまったのである。
「……見たかよ……どうだよ……凡人でも……僕でも、これぐらい、やれ……る、あ?」
けれども、その安堵と達成感が絶望に変わるのは、そんなに長くは掛からなかった。
まるで、動画の逆再生でも見ている気分だった。
粉々にしたはずの骨が、革の胸当てを中心に集まって、接着して、組み立てられて、あっという間に元通りの骸骨剣士の姿へ戻ったのである。
「なん、だよ、それ? 卑怯だろ――」
『カカカカカッ』
呆ける僕に対して、骸骨剣士は一切の容赦もなく、剣を振り下ろした。
都合、百八回目の死だった。
そろそろ、机が傷だらけになったので、違う場所に傷を刻もうと思う。
●●●
「不死身にはギミックありが基本ぅ!!! 無制限でリスポーンしまくっている僕が言えた義理じゃあねーけどな!!」
しゃおらぁ、と気合を入れた棍棒を振り下ろして、骸骨剣士を粉々に砕く。
すると、しばらくして再生を始めようとするので、適度にぼこぼこにしながら、胸当ての裏の部分を見る。やはり、そうだ。胸当ての裏に刻まれた、よくわからない文字。ルーン文字に似た何かがが光り出すと、この骸骨剣士は再生する。
ということは、つまり、この文字を傷つければ…………ああ、やっぱり、そうだ。
骸骨剣士の使っていたショートソードを拝借して、切っ先で文字に縦線を刻むと、文字からは光が消えて、次に、骨を動かしていた力が完全に失われて、沈黙した。
「…………はぁー、上手くいってよかったよ、本当に」
軽く心が折れて、一回、衰弱死したわけだが、絶望して諦めなくて本当に良かったと思う。
十回ほどの試行錯誤の結果、僕は比較的安定して骸骨剣士を砕けるようになった。一度砕けるようになれば、後は楽だった。まるで自転車の運転のようだ。最初に乗るのは物凄く苦労するというのに、いざ、走ってしまえば、以前、どうして出来なかったのか、不思議なほど自然に体が動くようになる。
安定して倒せるようになれば、観察する余裕も出てくる。
まぁ、何度か観察の最中に殺されたが、問題ない。最近は殺されるのにも慣れてきたので、十秒ほどでメンタルを復活させることが可能になった。数回ぐらいの死で攻略法がわかるのであれば、安い物だ…………だよな? うん、そうだとも。
「無限復活じゃなくてよかった……」
胸当てや剣も含めて、骸骨剣士を構成していた物が、急速に時間経過でも受けたかのように劣化し、塵となって、跡形も残らずに消滅していく。奇妙な現象であるが、倒した敵はこうして、完全に消え去ってしまうようになっているのかもしれない。
僕は、その光景を眺めて、一息吐いた。
ようやくだ、本当に、これで、ようやく、やっと。
「は、はははは……」
腹の底から嬉しさが込み上げてきて、吐きそうだ。嬉しすぎて吐きそうになったのは、これが生まれて初めてだよ、ちくしょう。
「う、ううっ……うん、先に、先に進もう、うん」
されど、まだ試練は終わっていないだろう。いや、正直、終わっていて欲しい限りだけれども、明らかにあれはチュートリアル戦闘みたいな配置の敵だったし。
滲む視界から零れる熱い液体を拭い、僕はよし、と気合を入れ直して先に進むことにした。
まぁ、先に進む、と言ってもたった。十歩程度先の場所なのだが、僕はその二十歩を長い時間越えることが出来なかったのだから、感無量だとも。
「…………変な構造だな、ここ」
進んだ先にあったのは、クリーム色の壁に取り付けられた、木製のドアだった。明らかに、壁の後に無理やりドアを付けたような適当な造りである。本当に開くのか心配になったが、これが普通に開く。
開いた先には、同じような造りの道が三十歩分ほど続き、そこで分かれ道があった。
右と左に分かれる道。
右の道は、やや上がるような斜面。
左の道は、そこそこ勢いの付いた斜面。
明るいのは左の道で、右道は通ってきた道よりも薄暗い。
「左だな」
僕は特に悩むことなく左を選んだ。
どんなトラップがあったとしても、一定時間後にはリスポーンする身の上だ。補給の無い現状では、動けば動くほど無駄に体力が減るし、考えれば考える程、思考の明瞭さが失われていく。それに、どの道、どちらも調べる予定なのだから、どちらを選んでも変わりない。
『カカカカッ』
「やぁ、やっぱり居たか。んで、今度は斧ってね。うん、チュートリアルその2って感じかな? それにしては初心者の心を折る仕様だけど―――さっ!」
左の道を五十歩ほど進んだ後、僕は予想通りに骸骨の化け物の姿を見つけた。
だが、骸骨剣士とは違う。骸骨剣士よりも背が高く、骨が太く、その両手には手斧が握られている。胸当てや防具は無い。ただ、薄汚い外套を羽織っている。まるで、山賊スタイルだ。
よし、こいつは骸骨山賊と呼称しよう。
「いや、語感が悪いから、全部まとめて骸骨兵士ってこと。でっ!」
無駄口を叩いて、己の気力を振り絞りながら、まずは定番の不意打ちを一つ。
五メートル圏外から一気に踏み込み、躊躇わず棍棒を捻じりこむように突きを放つ。骸骨剣士もそうだったのだが、やはり、この骸骨兵士も僕が動いてから反応するのは同じらしい。
まずは、右の腕の関節を砕く。多少太く、手ごたえがあったが、関節を狙えば、気合で砕くことが可能。
『カカッ――』
「させねぇよ」
骸骨兵士たちは、恐らく、生前の動きを再現するようにプログラムされている。
故に、四肢のどれかが欠けてからは弱い。一切の不備が無い場合ならば、無類の強さを誇るであろう骸骨兵士も、不意打ちで右腕を砕き、バランスを崩したところで次いで、左足を砕く。動けなくなったところで、頭蓋を砕く。
「体が欠けると動きづらいんだよな。ああ、知っているよ、身をもって体験している」
砕く、砕く、砕く、藻掻く骸骨を砕いて、砕いて、そして、動かなくなったところで、観察だ。観察して、光り出す文字の一部を確認――手斧の一つに刻まれてある文様を。もう一つの手斧の刃で傷つける。
すると、骸骨剣士と同様に、骸骨兵士は骨が崩れ去った。
「………………初見クリアとか、実は結構。僕ってば強くなっているのか――――なっ!」
『カカッ』
初見であれほど苦労した骸骨の化け物の同種を砕くことが出来た感激で、どうやら周囲への警戒が怠っていたらしい。僕は背筋に感じる死の予感に合わせて、慌てて棍棒を振るう。かぁん、というラッキーヒットによる煌めく刃を弾くが、止まらない。
『カカカカッ』
「――――がっ」
蛇が獲物に絡みつくが如き、曲線の動き。
それが振るわれるナイフの刃だと気づいた時にはもう遅い。僕の喉を刃が掻っ切って、ごぼりと、血の塊が喉から零れ落ちる。せめて、一撃、と思っていても、相手の動きは速い。致命傷を食らわせたら要は無いとばかりにバックステップで逃げていく。
手甲を、付けた、ナイフ使いの骸骨兵士。
骸骨剣士よりも小柄で、けれど、骸骨剣士よりも素早い敵対者。
「…………ぐ、う」
新たな強敵の予感に震えながら、僕は死の微睡に落ちていく。
一体後、何度死ねばいいのか? と暗い絶望に心を蝕まれながら。
●●●
『カカッ、カカカ…………』
「…………」
ごしゃ、と棍棒でナイツ使いの骸骨兵士の頭部を砕く。骨を砕く。しばらく待って、再生する動きを観察。手甲の内側に光る文字があったので、ナイフを拝借して傷つける。
あっさりと、思ったよりも簡単に、あの後一回の死も無く、ナイフ使いの骸骨兵士を倒すことが出来た。
「不意打ち、強いなぁ」
感知範囲外からの、躊躇わず素早い不意打ちが有効だったので、大して苦労せずに倒せてしまったのである。
実戦における、不意打ちというのは正義だと、僕はこの時に実感したのだった。
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