Chap.6-4

「そうだ、タカが買ってきたかぼちゃプリンがまだ残ってたわよね、何個か」

 リリコさんの顔がパッと輝く。

「あ、アレすごい美味しかった! 食べたい!」

 ユウキも身を乗り出す。

「人数分は無いよ」

 タカさんが冷静に言う。

「昨日、酔っ払って帰ってきたリリコが何個か食べてしまっただろ? 何で覚えてないんだよ」

「ちょっと、ズルイですよ! なにやってるんですかリリコさん」

 僕の抗議を完全に無視するリリコさん。

「でも、何個かあるんでしょ? ちょっと、一平、数確認して」

 人使いが荒いリリコさんの言葉にしぶしぶキッチンへと足を向けた。冷蔵庫の中にあったかぼちゃプリンは三個。誰しもが押し黙る中、リビングに火花が飛び交った。

 唾を飲み込む。

「こうしませんか? ゲームをして勝った人からプリンを取っていくんです」

 提案をしてみた。食べられないのは二人。

「ゲーム? また、貧乏くさい発想ね。いったい、何のゲームをするのよ」

「えっと、シリトリとか?」

「エー、この状況下でシリトリ?」

 完全にヤル気のない顔をするユウキ。テーブルに突っ伏して上体を左右にゴロゴロし始める。

「た、ただのシリトリじゃないって。テーマシリトリをしよう」

「食べ物とか乗り物とか、お題に沿ったワードに限定してシリトリするやつか。まあ、空腹の気も紛れていいかもな」

 タカさんがそう言ってくれる。ユウキが顔を上げた。

「ああやったことあるよ。でもお題の内容にもよるかなあ」

「例えば、自分が今欲しいものとか」

 と言ってみる。

 リリコさんがソファにふんぞり返ったまま、足を組み替えた。

「ダメよ。それじゃ客観的な判断ができないもの。例えば一平が『リンゴ』が欲しいと言ったとしても、それが本当かどうか、あたしたちには判断できないじゃない」

「ウソをついてもわからないってことですか?」

「そう。それに今だと欲しいものイコール食べ物シリトリになっちゃうわよ」

 めずらしくリリコさんがまともなことを言う。

「だとすると、喜怒哀楽みたいな感情的なものは全部ダメですね」

 果物の名前とか、有名人の名前なんてのがオーソドックスなテーマだと思うが。

「それじゃあ、六文字シリトリにしようよ」

 ユウキが言う。

「六文字?」

「そう。何でもいいから、六文字のものでシリトリするの。これなら文字数を数えるだけだから、合ってるかどうかも迷わないでしょ」

「あら、それ面白そうね。山手線の駅名を順番に言い合うような退屈なテーマより全然マシよ。ユウキにしてはナイス発想ね」

「前に飲み会でやったことあるんだ」

 得意げな顔をする。

 タカさんも「じゃあ、そうしようか」と肯いてくれた。

「ハイハイ! じゃあ、一番はぼくね! えっと」

 ユウキがはりきって手を上げる。先走るユウキを慌てて制した。

「ちょ、ちょっと、待てって。なに勝手にトップバッターやってるんだよ」

「そうね。一番最初の人は何言ってもいいんだから有利よねえ……じゃあ、ユウキは普段言いずらいものを六文字で、てのはどうかしら?」

「言いずらいもの? ナマムギナマゴメナマタマゴみたいなことですか?」

「何でただでさえ滑舌の悪いユウキの早口言葉を聞かされなきゃいけないのよ。恥ずかしいとか、怒られそうとか、そういうことでみんなに言うのをはばかられていたことよ」

「ハバカラレル、てなに?」

 またリリコさんにバカにされると思ったのか、ユウキがテーブル越しに身を乗り出して囁いた。

「遠慮するて意味だよ」

 小声で教えてやる。

「そうだな。最初の人はそれくらいハンディがあった方が面白いな」

 タカさんも口を揃える。

「え~、それ難しいよお。なら、ぼくトップバッターはいいや」

「今更、何言ってんの。自分で最初がいいって名乗り出たんでしょ。トップバッターはユウキよ」

「そ、そんなあ」

「ぶつくさうるさいわねえ。これ時間制限有りにしましょう。ハイ、十、九、八……」

 とリリコさんが容赦なくテンカウントを始めると、ユウキは慌てて、

「えっと、ハバカラレルものでしょ……ハバカラレルモノ、言いにくいもの……ジコブッケンとか! て、それじゃ『ん』がついちゃってるじゃん!」

 自爆してまたテーブルに突っ伏した。

「自滅してるし、だいたい事故物件て、まだそんなこと言ってんのか?」

「だってさ、この部屋、絶対ヒトではない何かがいるって……気配を感じるんだもん!」

 梅雨にあった停電騒ぎから、ユウキはスピリチュアルなモノに目覚めてしまったようだ。この部屋は事故物件で、僕ら以外の六人目の住人が居るのだと主張を続けていた。短髪ヒゲ、ガチムチのユーレイが居て、誰かが洗面所の電気を消し忘れたり、キッチンでまな板が自然に傾いた音にいちいちビクビクしては、あのとき見たユーレイの仕業だと騒いでいた。

「つまんない。却下」

 リリコさんが冷たく言い放った。

「え、なんで? 面白くないといけないの?」

「あたりまえじゃない。そもそも『ん』がついてる時点で論外だけど」

 考え込むユウキ。

「じゃあ『リアルデート』とか?」

「なんで?」と一斉にツッコミが入る。

「ほら、ドタキャンされたら恥ずかしくて言いにくいでしょ?」

「今日もドタキャンされたものね」

 自分でも忘れていたのか、ハッとした顔になって、またしおしおと力尽きてしまった。

「ユウキの中でデートて言葉が重いんだよ。もっと気楽にしたらどうだ? だから相手に逃げられるんだよ」

「でも、その気のない人とはデートしなくない?」

「そうかなあ。友達同士でもデートしよとか言ってんじゃん。ユウキぐらいの年代は」

「えー、友達とはデートとは言わないかなあ」

「でも、この間、一緒にデートしたじゃん?」

 ちょっとした成り行きで、ユウキと一緒に映画を見たり新宿御苑を散歩した。あれはあれで、楽しかったと思う。

「え、だからアレはデートだけど、デートではないというか。や、ぼく的にはデートのつもりでもかまわないというか」

「よくわかんないな」

「まあ、いいわ。セーフにしてあげる」

「え、これセーフ?」

 面倒臭くなったのか、リリコさんのジャッジがいい加減になる。

「それじゃユウキから時計回りにしましょ。次はタカね」

 みんなの視線がタカさんに向く。

「え? 次、俺? まいった、何も考えてなかったよ」

 自分を指差して、タカさんが急にあたふたとした。

「ハバカラレルもので、六文字だからね」

 自分の番が終わって余裕が生まれたのか。ユウキがタカさんを煽る。

「言いにくいものは最初だけと言ってたじゃないか?」

「面白いから継続しましょ」

「そうだ、そうだ」

 タカさんは困り顔のまま「しょうがないな」とため息をついた。

「『リアルデート』の『ト』、『ト』かあ。『ト』ねえ。うーん『トウニョウビョウ』?」

 タカさんが真剣な顔で言う。

「え、タカさん糖尿病なんですか?」

「いやいや、医者に気をつけなさいと言われているだけだよ。でも、あまり口に出して言いたくはないね。言霊って言葉もあるくらいだから」

 言霊とは、口に出したことが実現してしまう、言葉にはそういう不思議な力があるといった意味だ。糖尿病を気にするなんて。ジムに通ったり、病気を気にしたり、タカさんのようにほどよく脂のあるガッチリ体型を維持するのも大変なのかもなあ。

「それ、年齢的に生々しいわ」

「やあ、やっぱ気をつけないとダメだろ、そろそろ」

 腹をパンパンと叩くタカさん。

「ウシロノコエ」

「は?」

 みんなで声のした方を見ると、床に転がったチャビが仰向けになって、宙に喘いでいた。

「なんだいそれは?」

「シリトリ、次、ボクの番でしょ? 前から言おうと思ってたんだ。この部屋、ひとりでいると時々聞こえるでしょ、後ろから声が」

「……」

「次はあたしの番ね。『エ』かあ。『エ』ね。『エ』はいろいろあるわよね」

 無視をした。リリコさん、今完全にチャビの発言を無視した。ユーレイが見えるとかいうスピリチュアルなユウキより、普段から冗談を言わないチャビの方がマジっぽい。

「ねえ、みんな後ろから声、聞こえない?」

 チャビが仰向けの姿勢から、顔だけをこちらに向ける。

「『エンカイ』! は六文字じゃないわねえ。『エンピツケズリ』? は七文字か。『エクソシスト』……やだ、ダメよこれは! 今のは絶対ナシ!」

 珍しくリリコさんが動揺している。全然、ハバカラレル言葉でもない。

「そっかあ、聞こえるのはボクだけなのかなあ」

 ションボリするチャビ。

「いや、声は聞こえないけど、ぼくも人ではない何かしらの存在を感じている。この部屋にね。六人目の住人がいるんだよ!」

 ユウキがホラー少女マンガ風の恐怖顔をする。仲の良くないユウキとチャビが珍しく意気投合しているのは微笑ましいことだが。

「うるさいわね、そこ話膨らませなくていいわよ」

 リリコさんがそう叫んだとき、ピンポーンとチャイムがなって、みんなが一斉にビクッと身体を震わせた。「ひゃ!」とユウキが悲鳴を上げる。

「ようやくきた? ピザ屋?」

 顔を見合わせる。安心したのと同時に、みんなが色めきだった。腹ペコはもう限界をとっくに超えて、シリトリをするというサトリの境地に入っていたのだから。

「ちょっと文句のひとつも言ってやりなさいよね」

「そうします。いくらなんでもこの時間ですから」

 インターホンのモニター画面には赤いキャップと白いつなぎ姿のお兄さんが映っていた。ピザ屋の制服なのだろう。手にした商品を確認しているのか、うつむいているので顔はよくわからなかった。インターホンの受話器を手にした。

「はい」

「あ、ボンソワール! ピザ・ボンジュールです。遅くなって申し訳ありませんでした!」

 こちらに満面の笑みを向けた。さわやかな笑顔。勢いに押されてそのまま無言で、マンション入口のセキュリティドアの開錠ボタンを押していた。

「何よ、文句言ってないじゃない。ボンソワールて言葉が聞こえたけど」

「ボンソワールはフランス語で『こんばんは』だね」

 タカさんが言う。

「フーン。じゃあ、昼間に来たら『ボンジュール、ピザ・ボンジールです』? なんかゴロが悪い」

 ユウキが渋い顔つきをした。

「そもそもフランスのピザ屋なんて不味そうよね。もう待たされるしサイアク。頼まなきゃよかった」

「何でもいいと、適当に決めたのはリリコだろ?」

 とタカさん。

「……すごいイケメンだった」

「え?」

「宅配のお兄さん、すっごいイケメン」

 僕の言葉に一瞬、部屋がしんとする。

「……しょうがないわね。じゃあ、あたしが文句言ってあげるわよ。あたしがピザ受け取りに出るわ」

「リリコ姐さんズルイよ! そんなこと言ってイケメンが見たいだけじゃん。ぼくが出るから!」

「はあ? あんたは出会いアプリの高速マッチングでもしてなさい」

「そんなあ」

「ボクもちょっと興味あるな」

 チャビがもそもそと起き上がる。

「ええ、チャビも?」

「一平くんが言うイケメンってどんな感じなんだろうと思って」

「そうだよ。一平くんが言うイケメンが必ずしもぼくらにとってイケメンとは限らないじゃん」

「じゃあ、あんたは出なくていいわね」

「ソレとコレとは別だよ」

 ユウキがムキになる。

「フウ」

 と僕はコメディ映画のアメリカ人のようにオーバーアクションで呆れて見せた。

「みんな、騒ぎすぎだな。イケメンといっても、たかだかピザ屋の宅配だよ?」

「そういうユニフォーム系が好きじゃん、一平くん」

 ユウキを無視する。

「別に受け取りに出たからといってお近づきになれるわけでもない。僕らにとってはピザ・ボンジュールの宅配は彼ひとりかもしれないが、向こうにしてみたら数いるお客さんの中のひとりなんだ。ヘタしたら数百人規模のね。一瞬で過ぎ去っていく、高速マッチングと一緒さ、僕らは」

 そこで言葉を切って、みんなを見渡す。

「だから、モニタに出た僕が取りにいくのが自然だろう?」

「騙されないわよ! そんなこと言ってひとりじめするつもりじゃない」

 リリコさんの声に「アブナイ。説得されそうになってた」とユウキがつぶやく。

 そのとき、玄関の方からタカさんの声が聞こえた。

「あ、ごくろうさまです」

 みんなで顔を見合わせる。

「やられた」

「まさかドアホンが鳴る前に、玄関前待機なんて高度なワザを」

「さすがタカさん……」

「早くしないとタカにとられるわ! イケメンはみんなの財産よ」

 僕らは一斉にリビングを飛び出した。


第6話完

第7話へ続く(近日公開)

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虹を見にいこう 第6話『ピザ・ボンジュール』 なか @nakaba995

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