第78話 悲恋の最終章⑮由紀子の思い

由紀子の嗚咽と涙が収まり・・・また、いつもの


由紀子がいます。気持ちの切り替えが上手で後を引かない


のが彼女の天性の技です。明るい笑顔を見せています。


「ね・・・貴方・・・お腹すいたでしょ・・・私も


飲み会でチューハイと少しつまんだだけだから・・・何か食べたい!」


「じゃ・・・いつもの中華屋・・・駅の反対だけど、歩いてゆく?・・・」


「ね・・・貴方・・・リバテイーの白いダウン着て・・・そして


あの赤いマフラーもね!・・・」あの時と同じ・・・・1本の


マフラーをお互いに首に回して肩を抱きながら小雨交じりの舗道


を歩きます。家路を急ぐサラリマーンに追い越されて、小料理屋から


出てきた60代のくたびれた酔っ払いオジサンに「よ・・・若いの!・・・


何調子こいてイチャイチャしてるんだ!学生だったら勉強しろよ!」


こうした外野の相手するとロクなことはありません。無視して医大


グランド近くのお気に入りの中華屋へ・・・暖簾をくぐり・・・店内


を見渡します。丁度会計でお客さんの相手をしていたママさんと


目があいました。目くばせで空いてるテーブルを指示しています。


阿吽の呼吸です。ママがおしぼりと水をたずさえてテーブル席へ・・・・


「里中君・・・あら・・・由紀子さんも一緒なんだ・・・」


「叔母さん・・・すみません・・・ご無沙汰してしまい・・・」


「いいのよ・・・4年生は就職活動で忙しかったでしょ・・・」


「はい・・・3か月ぶりくらいです。なんかバタバタしていて


里中君ともすれ違いばかりでしたので・・・」由紀子がフォロー


しています。「とりあえず、アサヒビールと餃子、ニラレバ、酢豚」


マスターも厨房から笑顔を投げてくれます。場末の中華屋ですが、


ほんとにお世話になり放しです。ここはほんとに落ち着く空間なのです。


ビールで乾杯・・・「ね・・・貴方・・・病気の事はこれから


きちんと話してね・・・とにかく大事にならずに良かった・・・よかった・・・


それと私からは加藤さんの話はもうしません・・・聞かないし、貴方


からも言い訳じみた話は聞きたくない・・・今回の事はお互いのすれ違い


が原因なのよ・・・だから私にも応分の責任はあると思うの!


でも、貴方には加藤さんは合わない・・・たぶん気づいてると思うけど・・・

ずいぶん前に卓也から加藤さんの事、聞いたことあるの・・・渋谷のパルコ

にいる同級生・・・加藤さん・・・あいつ俺に気があったんだ・・・

いい女だけど、恋愛対象じゃないときっぱり・・・加藤さん、卓也が

好きだった思うの・・・でも卓也はその気なし・・・貴方と卓也・・・

私もよく思うけど、凄い似てるんだもん・・・二人とも楽しいし、全然

飽きない・・・感性が似てるのね・・・だから仲がいいし、友達を

お互い凄く大事にしてる・・・卓也に届かない思いを貴方に重ねただけ・・・

貴方もそんなことは最初から気づいていたはず・・・すれ違いが原因で

貴方がフラフラその気させたから、加藤さんが夢中になっただけ・・・

もうこれ以上、加藤さんを傷つけては駄目だと思うの・・・だから

貴方もきちんとサヨナラしてください。」

 

由紀子は俺の事ちゃんと理解してくれてる、そしてきちんと見てる

いつも見抜かれています。


 「 ね・・・・貴方・・・

新丸子に2度行ったのよ・・・わからなかったんだ・・・貴方って


綺麗好きで部屋もきちんとしてる・・・忙しい・・・忙しいの連発


だけど、ベットの寝具も綺麗に直されてるし、台所も綺麗・・・


だから何もいじってない・・・でも私の残り香くらい・・・感じて


欲しかったのよ・・・」なるほど・・・誰かが・・・そんな気配を


感じことがあったのも事実でした。ただ、深夜の帰宅で疲労が蓄積


テレビをかけて、電気つけ放しで朝まで・・・そんな連続でした。


彼女が手提げから手帳を出して、1枚の手紙を渡してくれました。


「ねーーー貴方・・・これを新丸子に置いてこようと思ったんだ・・


でも・・・なんか癪にさわって・・・」

*******************************


 雨の水曜日・・・今、新丸子にいます。でも貴方はいない・・・


        風と雨を感じて


 貴方を想うと・・・風がやわらかくなって・・・


 貴方と想うと・・・自然に涙があふれる・・・


 温かい涙が頬をつたう・・・・


 でも悲しくない・・・おかしいほど幸せを感じてしまう・・・



 貴方を想うと・・・雨が優しく音を奏でる・・・


 私を濡らす雨さえも・・・温かく感じてしまう・・・


 貴方を想うと・・・傘もささずに歩きたくなる・・・濡れてもいい


 貴方をいつも想ってる・・・貴方が好き・・・仕方ないほどに・・・


 雨の水曜日・・・貴方が居なくても・・・貴方を想ってる


 たとえ貴方に逢えなくても・・・そんな1日が嫌いじゃない・・・


 


 貴方を想うと・・・そばにいなくても・・・貴方を感じてる


 そして・・・また・・・いつものように貴方の名字に


 私の名前を重ねてみたの・・・里中 由紀子・・・



 無言のまま、2回読みました。目頭が熱くなります。


この手紙を読んでいたら、フラフラ・・・浮気なんかして


ないよ・・・雨の水曜日・・・たぶん2週間まえ・・・・



 「ね・・・貴方・・・嬉しいでしょ・・・嬉しかったら・・・


嬉しいと言えばいいじゃない・・・私の事、好きだったら・・・好きだ


って言えばいいじゃない・・・ね・・・・泣いてるの?ばーか!」


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