第41話 井の頭公園 恋の魔法使い 由紀子

 京王井の頭線、公園駅に降り立ったのが、AM10;20過ぎ

でした。

小春日和の暖かな2月最後の日曜日・・・家族連れや若いカップルで結構な賑わいを見せています。

右腕に下げた弁当の手提げ袋が邪魔だし、重いし・・・面倒くさいと思いながらも、せっかく作ってくれたんだ!


 弁当を邪険にも扱えないし、そんな事を思いながら、冬枯れの遊歩道

をふたりで歩きます。

 落葉しない大きな樹木を除いて、多くの植物が

葉を落として、株を休めています。一見すると枯れてしまったようで

心配になりますが、よく見ると木の枝には小さな花芽が出ています。


「ねー貴方・・・さっきから、黙ってるけど・・・何、考えていたの?私は

5月にこの道をふたりで歩いてた時の事を思い出していたの・・・」


「まだ、2回目のデートで緊張もしていたし、何かを喋らなきゃ・・そんな

事が頭の中を駆け巡っていたのよ・・・そしたら、貴方がボートに乗ろう

って言ってくれて、いっきに心が溶けていったの・・・あの頃はまだ、幼くて

可愛かったでしょ・・・」


 確かにそうでした。5月の中旬の日曜日に俺の

提案で井の頭公園に連れてきました。高校時代の同級生が

武蔵境に住んでいたので、入学間もない頃、お花見を兼ねて

この公園を訪れていました。予備知識もあるし、下見をしていたので

案内に不安がありませんでした。

「ねー由紀子・・・今日もボートに乗ろうか?」

「ねー貴方・・・入り口の掲示板にボートは冬季期間中

は営業中止の張り紙があったの・・・私もボートに乗りたかったんだけど

とっても残念なんだ・・・」

「そうなんだ・・・俺は気がつかなかった・・・」

木立の中を冬の陽射しが重なりあうように射し込みます。落葉しない

葉っぱや小枝にさえぎられた光のプリズムがキラキラ乱反射して、とても

いい感じなのです。森の中の雰囲気は、グリム童話にでてくる「白雪姫」

を連想させる光景でした。木立が消えて、一気に明るくなりました。


 丁度、ベンチがあったので・・・

「あのさ・・・一服したいんだ・・・いいかな?」

「いいわよ・・・このベンチで5月の時も休んだのよ・・・私、ちゃんと

覚えてるもん・・・」

 ベンチで一休みです。マイルドセブンに火をつけます。

「ねー貴方・・・私も吸ってみたい・・・嘘よ・・・」

 ドキッとした言葉でしたが、嘘でした。

あの時も、・・・

「里中君・・・タバコを吸う女の人ってどう思うの?」

「別に、個人の趣味、嗜好の問題だから駄目とか、嫌いとか言えないけど、もし

自分の彼女がタバコを吸っていたら、嫌だから止めさせるか、そんな人

とは最初から付き合わないよ・・・」


 彼女もたぶん回想してるのだと思いました。このベンチで9ヶ月前に、どんな話しをしていたのかを・・・


「ねー貴方・・・目をつぶって、右手を貸して・・・そして右手を開いて・・・」


言われたとうり目をつぶって右手を開きました。

「ねー貴方・・・今から、私がひらがなで書くから、書かれた文字を言葉にしてみて・・・」

 目を静かに閉じ、全神経を掌に集中させます。

「すき・・・いま・・・しあわせ・・・はなれない・・・はなさない・・あたたが

だいすき・・・だからおねがい・・・はなさないで・・・」


これを俺に言わせるの?書かれた文字は認識できました。


「ねー貴方・・・読めなかったの?・・・もう1度書くからね・・・」・・・

すき・・・いま・・・しあわせ・・・はなれない・・・はなさない・・・あたたが

だいすき・・・だからおねがい・・・はなさないで・・・

「ねー貴方・・・?読めないの・・・鈍感なんだから・・・まったく!」


 「そんなの、恥ずかしくて言葉で言えないよ・・・」

「なんで・・・私、全然、恥ずかしくないもん!言おうか?


 それだったら、私の手の平に返事を書いてよ・・・」

目をつぶった彼女の右手が膝の上にあります。かなり躊躇していましたが、ここで、返事を書かなければ、たぶんケンカになると思い、仕方なく手の平に・・・

「おれの・・・いちばん・・・たいせつな・・・ひと・・ゆきこ・・・」

と書きました。


 「ねー貴方!良く理解できない・・・もう1度お願い・・・」

 クスクス笑う由紀子・・・まさに恋愛魔術師です。

目をつぶっつた彼女の表情を覗くとあふれる笑みがこぼれていました。

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