第40話 思い出・・・井の頭公園

 下宿前の小さな路地を抜けると、由紀子が商店街

の外れにある小さな本屋さんの前で待っていました。


「あのさ・・まだ大屋さんの視線を気にしてるの?」

「そうじゃないの・・飛ぶ鳥、跡を濁さず・・・今は、そんな

心境なの?」

「そうなんだ・・・由紀子は気配り上手だから

まだ、大屋さんの事を気にしてるのかな?って思ったんだ」

「ねー貴方・・・また、大家さんの話し・・・そんなのどうでも

いいことでしょ・・・さあ・・この荷物を持って・・・」


 由紀子は俺に、弁当が入った手提げ袋を渡すと、駅に向い

歩き出しました。また、変な話しをして、由紀子のご機嫌を

損ねてしまいました。


 日曜日の渋谷行き・・・朝の早い時間ですから、比較的空いて

いてシートに座ることができました。多摩川を渡る金属音を聞きながら

河川敷に視線を移すと・・・草野球チームの試合なのか、グラウンドの

ホームベース付近に綺麗に整列して開会式をやっています。

思い思いのユニフォームが茶色の土に良く映えています。


 何かを喋べろうかな?いや、向こから、話しかけてくるまで、黙って

いよう・・・自由が丘を過ぎる頃には、ほぼ満員状態になりました。


中目黒の駅を過ぎた頃、ようやく彼女が

「ねー貴方・・・私が黙っていれば・・・貴方は話しかけてもくれないのね・・・冷たい人・・」

「そうじゃないよ・・・俺が、大屋さんの話しをしたから、ご機嫌斜めなんでしょ・・・今は、そんな話ししなきゃ良かったと後悔してるんだ・・ごめん・・」


「あのね・・・私、今日の日曜日のお出かけをとても楽しみにして

いたのよ・・・お弁当も朝、早くから支度して・・・お弁当を作りながら

色々と思いが先行するでしょ・・・それなのに、貴方はまた、大屋さん

の話しを私に振るんだもん・・・誰だって、触れられたくない傷跡って

あるじゃない・・・貴方のノーテンキな言葉に腹がたったのは、事実よ・・・

でもこれで、この話しは終わりにしましょ・・・」


 彼女の性格からゆけば

これで一件落着になりそうです。いつまでも引きずらない人だから

何とか、なりそうです。すると

「ねー貴方・・・覚えてる?・・・去年の5月に出会って、

2度目のデートで井の頭公園に行ったでしょ・・・あの時は

新緑でとても気持がよくて、井の頭池でボートに乗って・・・とっても

楽しかったし、その時、私、貴方が好きって思うようになったの・・・

私にとっては初めてのデートの代々木公園も忘れらないところだけど

、井の頭公園も大切な思いでの場所なの・・・だから、最初に井の頭

公園に行きたいの・・・ねー良いでしょ・・・」


確かに、2度目のデートの時に井の頭公園に行きました。

鮮やかな新緑の香り、森の中に点在する花壇の草花・・・手入れが行き届いた、

とても綺麗な公園でした。

「うーん・・・井の頭公園・・・いいんじゃない!・・・」

冬枯れの公園をふたり、肩寄せ合い歩くのもいい感じです。・・・

「わかったよ・・・それじゃ・・・最初は井の頭公園に行こう・・・」


 電車が終点、渋谷に到着しました。

左側のドアーが開いて間もなく、右のドアーが開きます。


「ねー貴方・・・空いた右側から降りようよ・・・」

と左腕にしがみついてきました。


 完全に機嫌が直ったみたいです。改札口をでて、京王井の頭線

のホームに向います。丁度、吉祥寺ゆきの急行電車に上手く

乗れそうです。

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