第29話 引っ越し準備 早朝の多摩川part1

「暇だから、散歩に行きます」そんな置手紙

を書いて、彼女の部屋をあとにしました。


 腕時計の針はAM6;15過ぎでした。下宿の前からとりあえず、

駅に向います。


 この時間帯でも何故か、サラーマンの姿が目に入ります。

トレンチコートを襟を立てて、エンジのマフラーを巻いて、白い息を

吐きながら、駅に早足で向う1人のサラリーマンが追い越して行きます。


 この時間に早足、そして身なりが格好いいので、多分、大手商社

もしくは大手都銀のエリートサラリーマンかなそんな事を連想して

います。

 また、1人・・・追い越して行きます。追い越されるときに、チラッと横顔を見ました。

 歳の頃が30台後半・・・ヨレヨレの作業ズボンと

安全靴、そしてくたびれたカーキ色のジャンパー・・右肩には象印

の黒のランチジャーを下げています。


 かたや、トレンチコートを着こなして・・・

颯爽と駅に向うエリートサラリーマン、かたや、くたびれた風体で

蒲田あたりの工場へ向う労働者・・・ここにも人生の縮図があるのです。


 駅前は各エリアから集まった乗客で結構混雑しています。

ホームの雰囲気も渋谷行きを待つ乗客が電車の停車位置に2列

の行列を作っています。


 都心から離れた勤務地では、やはりこの時間から行動

を開始しなければ、遅刻になるんだ!・・・没個性的な時間の流れを

企業に捧げて、その対価としての給料という名前の報酬を受け取り

ます。


 やりたく無い仕事もあります。時には休みたい、さぼりたい、そんな

誘惑と必死に戦いながら、戦地に向う企業戦士に思いをはせていました。


 職業に貴賎はありません・・・格好いいサラリーマンもくたびれた

労働者も家族を守るために懸命に働いているのです。

生きる事、食べること、そして家族を守ること・・・男に生まれて、家庭

を持てば、最低限の責任負担が発生します。妻に、子供に人並み

以上の暮らしをさせてやりたい・・・こうした思いは、男として生まれた

以上、等しく感じる共通認識だと思いました。


 そんな事をつらつら思いながら、駅を左に折れて、多摩川の河川敷を

目指して歩きます。平行して走る東横線・渋谷行きは、この時間帯

でもかなりの混雑をしています。


 開閉ドアに背中をつけて、新聞を読みふけるサラリーマンの姿が

とても印象的でした。


 駅前から徒歩10分前後で多摩川に出ました。サイクリングロードを

ランニングする大学生、犬の散歩をする老夫婦・・・

グランドでは朝練習をしている草野球チームもあります。

 東の空に太陽が顔をだして、柔らかな陽光を放っています。


今日は、無風状態の快晴になりそうです。

河川敷の斜面の枯れた芝生を腰をおろして

マイルドセブンに火をつけました。

 彼女の部屋は禁煙だったので、

1度、自室に戻り、ジャージのポケツトの中にタバコとライターを持ってきて正解でした。紫煙が青空に向ってユラユラと揺れながら舞いあがります。


 解き放された空間で吸うタバコは格別でした。

1本吸い終わって、そのまま芝生に寝てみました。鉄橋を渡る、上下

の東横線の金属音と多摩川のせせらぎの音が微妙なミスマッチです。


「うーん気持いい・・・最高!」朝ってこんなに気持いいんだ・・・

都会の真中にいるのに、高原の白樺林の木陰にいるような錯覚を

覚えてしまいます。


 そっと、目を閉じれば、彼女と初めて、多摩川に

来た時の事が思い出されます。

はじめての会話から1週間後にこの多摩川まで2人で散歩に来ました。

その当時はまだ、ぎこちない部分がたくさんあり、

次ぎの話題をお互いに一生懸命さがしているのが・・・

なんか、幼くて、可愛いのです。そんな時もあったんだ・・・


 スッーと意識が薄れ行きます。芝生が心地良いベットになって軽い

眠りを誘ったようです。どのくらいの時間か・・・たぶん20分前後寝て

いたようです。さあ・・・帰るか!・・・河川敷の斜面を登ってゆくと

サイクリングロードに彼女の姿があります。


 「ねー貴方!・・・自分だけお散歩なんだ・・・」

「よくここだと、解かったね・・」


「いつも言っているでしょ・・・貴方の行動はわかるの・・・絶対に

多摩川にいると思ったの・・・ひとりで行かないで、起こしてくれれば

いいのに・・貴方って、そうした所が、冷たいの・・・」

「だって・・気持良く寝ているんだもん・・・起こしたら可愛そうだと思ったんだよ?・・・」

 

「いいよ!・・・だって・・・多摩川に2人でいるだもん・・・楽しくしましょ・・」


 彼女の腕が左腕に絡んでいます。

 朝から・・・腕組んで歩くの?


 でも嫌だと言う素振りを見せるとまた、機嫌が悪くなります。

「なるようになりますうように・・・」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る