第13話 男の手料理 part2

 「鍋焼きうどん」を作るために、共同キッチンに・・・

ひとり鍋に水を浸し、調味料で味を調整しながら、

煮立ったところで、うどんを入れます。


 沸騰したところで、卵をいれて、蓋をして・・・しばらくしてから

カットしてあった長ねぎ、三つ葉、蒲鉾を綺麗に添えて、はい・・・出来あがりわずか15分の作業でした。現役のホテルマンです。レストランの厨房で和食担当の料理人の作業をよく見るので、かなり勉強になっています。

和食は京都四條流の本格的な料理・・・和食の親方は寡黙で腕は抜群、

若い料理人から絶大な信望を集める

 頑固な職人でした。この親方と、更衣室で一緒になることが

あります。「里中君・・・調理場の若い奴らの動きを時間があれば

見たほうがいいぞ・・・大学を出てから、参考になることが、たくさん

ある・・・彼らは、人生の手本なんだ・・・」


 そんなアドヴァイスをしてくれます。決して、平凡な学生生活ではありません。サークルの飲み会などもありますが、これらの誘いはバイト優先で断らなければなり

ません。でもホテルのバイトで得る新しい発見のほうが、はるかに

自分には役立つことばかりです。・・・・仕上った「鍋焼きうどん」と

カットしたトンカツをトレイに乗せて彼女が待つ部屋まで・・・テーブルは食事が

できるように支度が済んでいます。「お待たせ・・・絶品の仕上り

だと思うよ・・・さあ・・・食べて・・・食べて・・・」

 鍋の蓋を開けると・・・

「ねー貴方・・・綺麗な仕上がりなのね・・・色の配列もいいし・・・三つ葉

の香りが素敵・・・これで海老天が乗れば、お蕎麦やさんの鍋焼き

うどんじゃないの?」「だから言ったじゃん・・・現役のホテルマンだって!

見よう見真似だけど、毎日、調理場の雰囲気を感じているから、できるようになるのさ・・・」「それじゃ・・・いただくわ・・・いただきまーす!」


 熱々のうどんをフーフーしながら食べています。「お気に入りのお

にぎりも食べなきゃね・・・私、おかかを食べるから・・貴方は

昆布と鮭・・・食べてね」


 俺はトンカツをおかずにおにぎりの夕飯です。

彼女が鍋焼きうどんをほとんど、すべて食べてくれました。そして

おにぎりも・・・「わー全部食べれたわ・・・もうおなか一杯・・・苦しい!」


 これだけ食べてくれれば、満足です。「ねー貴方・・・とても美味しかったの・・・最初は料理なんか出来ない人と思っていたのに・・・やっぱり

バイトのおかげがあるのね?」「うーん・・・たまにはつまみ食いも

出来るし、オーダーミスの料理も食べれるから、自然と味が解る

ようになったかもしれない」・・・冷蔵庫のクーラーポットから

グラスに水を注いで、「さあ・・・薬を飲んで!そして、検温もして・・・」


「何度ある・・」「うーん37,9度、食べたばかりだから、多少

熱いのよ」「油断禁物・・・さあ・・・布団に入って・・・早く・・・早く!」


「俺さ・・・このまま、片付けして、銭湯にゆくけど、いいよね・・・

毎日、風呂に入っているから、なんか気持悪いし、今日は結構

活躍したから・・・」

 すると彼女がしばらく考えた末、「いいわよ・・・

解放してあげる・・・いってもいい・・ひとりで我慢できるから・・・」

「解った・・1時間くらいで帰ってくるから・・それまで、おとなしく寝ててね!」「ねー貴方・・部屋の灯りは消さなくてもいいわよ・・・灯りが

ない部屋に帰るの・・・なんか、切なくるから・・・そのままで・・・」


 自室に戻り、風呂支度して、下宿から10分ほどの銭湯へ・・・

この時間帯での銭湯は久しぶりでした。週末の銭湯は洗い場も

満員で結構混んでいます。独身のサラリーマン、学生、労働者、

機械的に身体を洗って、出て行く人ばかりです。ゆっくり湯船に

浸かって思いをはせる・・・そんな暇な人はいないみたい・・・


今日1日の出来事をゆっくり思い出しながら、風呂に入ります。

「ふー疲れたな・・・長い1日だった!」1時間があっという間に

過ぎて行きます。さあ・・・上がろう・・・


 静かに彼女のドアを開けます。眠りについているようです。

軽い寝息を立てています。部屋のテーブルの上、大学ノート

に走り書きがあります。「貴方・・・お帰りなさい・・私も貴方と

お風呂に行きたかったんだ!・・・でも今日は無理だから、我慢したの

・・・元気になったら一緒に行ってね!・・・・東京に出てきて、初めて

具合が悪くなって、最初はとても心細かったの・・・でも貴方が

帰ってきて、ずっとそばにいてくれて・・・ほんとに嬉しかった・・・」


「 私、普段、見たことのない貴方を知りました。そして、貴方の

あふれるばかりの優しい気持も知りました。ありがとう・・・貴方・・・


 貴方の苗字に私の名を添えてみたの・・・里中 由紀子、ねーいい感じ

でしょう・・・FROM 由紀子」・・・あとの余白にはびっしりと

 里中 由紀子の5文字が踊っていました。昭和53年1月29日・・・

   真冬の出来事でした。

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