132話【進んで行く者たち1】



◇進んで行く者たち1◇


 【リズリュー渓谷けいこく】を超え、二日。

 エミリアたち【聖騎士】の面々は順調じゅんちょうに進み、【ルウタール王国】との国境こっきょう付近にある南のとりでまで、あと少しと言う所まで来ていた。


 夜は必ず休み、あかりを抑えて慎重しんちょうに進んだ甲斐かいもあって、被害ひがいは一切なく済んでいる。

 食料も節約して、水浴びなどもしていない。

 女性にとっては最悪な環境かんきょうだが、それももう少しの辛抱しんぼうだと言われれば、仕方なくも我慢がまんすると言うもの。

 そんな中で、エミリアは馬上にて、槍をにぎる。


「……」


 今は休憩中であり、ゆがんでしまった馬車の車輪を調整ちょうせいしている最中だった。

 エミリアが対面しているのは、同じく馬上のオルドリン・スファイリーズ。

 二人は武器をかまえ、真剣な表情かおで向かい合っていた。

 そして、その始まりは唐突とうとつに。


「――はっ!」


「……!!」


 オルドリンが馬の腹を合図あいずを出すと、オルドリンの愛馬は瞬時にけ出す。

 遅れてエミリアも走り出させるが、やはり一歩遅い。


「――遅いっ!」


「……くっ!それでもっっ!」


 オルドリンの得物えもの長剣ロングソードだ。

 槍のように長い刀身は、ローザの使う剣とはまた違い、中々に戦いにくいものだった。

 何せこの数日エミリアは、休憩のたびにオルドリンと手合わせをしている。

 一度も負かせてはいない状況じょうきょうに、エミリアも歯嚙はがみをしているのだ。


わきが甘いっ!!」


「――いぃっ!!」


 ガギィン!とエミリアは腹に目掛けられた剣を槍ではじく。

 訓練な以上、寸でで止める約束だがそれでも怖い。

 エミリアは馬上でけ反りながら、足をくらに引っ掛けてバランスを取る。


「――ぅんんんんんんんんっ!!」


 はじかれたいきおいと、自慢の脚力きゃくりょくで起き上がると、オルドリンの胴へ槍のつかを突き出した。


「――!」


 今までにない反撃に、オルドリンはハッとしてそれをけ。剣ではら

 すると、ガッ――!!と音を鳴らした槍は、そのまま摩擦まさつで炎を生む。

 エミリアの槍、【勇炎の槍ブレイジング・スピア】が生み出す、ローザの魔力による炎だ。


 しかしオルドリンは、馬ごと身体を無理矢理かたむけて炎をけると、その反動で足を出す。その足は見事にエミリアの馬の尻にヒットし。


 ヒヒヒヒィィィィン!!


「え!!……ス、スティング!あぁぁぁぁ!落ち着いてぇぇぇ!!」


 エミリアの愛馬、栗毛の牡馬ぼばスティング君は、尻に受けた刺激しげき興奮こうふんして駆け出す。

 どうどう、と何とか落ち着かせたエミリアだったが、背後に感じた剣の冷たさに。


「……ま、参りました……」


 と、降参こうさんするのだった。




 車輪を修理しゅうりする騎士たちを一度だけ見て、ぐにエミリアは槍を見た。

 槍の刃はまた刃毀はこぼれを起こし、折角せっかくローザが直してくれたものの、また元の壊れかけになっていた。


「……」

(これってやっぱり……王都から離れたからだよね)


 槍の魔力はローザのものだ。そのローザから離れてしまい、魔力を消費しょうひし続けているのだとエミリアは思っていた。

 しかし、そうではない。

 槍は正常であり、魔力だってそこまで消費しょうひしてはいない。


 では何故なぜか。

 エミリアは、魔力を持ち始めている・・・・・・・・・・のだ。

 自分の魔力を。エミリアはている。

 それが、ローザの魔力と相反して、槍の強度を極端きょくたんにすり減らせているのだった。


 しかし現在、魔力を持つ人間はここに誰も居らず、その事実は誰も知る事はなく進んで行く。

 もしローザや他の異世界人でもいれば、エミリアが持つ魔力を感知する事は出来たかもしれないが。


 そんな見当違いの答えを考えているエミリアに、他の騎士たちの訓練も終えたオルドリンが声を掛ける。


「お疲れ様エミリア。最後のあれは、いい攻撃だったわね」


「――お疲れ様ですオルドリンさん。今日も勉強になりました、ありがとうございます!」


 オルドリンは|革水筒をエミリアに渡す。

 それを受け取り感謝するエミリアの隣に、オルドリンは腰掛けて髪をほどく。

 「ふぅー」とすっきりしたように笑顔を見せて、エミリアも笑う。


 訓練を終えた他の騎士たちは、どう見てもへとへとだった。

 ちなみにその中には、【従騎士じゅうきし】の三人もふくまれている。

 なお、ノエルディアは馬車の中で爆睡中である。


「サボりのノエルは後で個人的に訓練をするとして……」


 オルドリンの視線は、槍だった。


「……とても良い物ね、その槍」


「……はい。幼馴染と、親友からのおくり物なんです……」


 大切そうに、槍の手入れをしながら言うエミリア。

 そのいつくしみの表情かおに、オルドリンは何かを感じ。


「……好きな子かしら?」


「――えっ!!……な、何でです?」


「そんな顔をしていたから……どちらかと言えば、幼馴染の子かな?親友っていうからには、多分女の子なのでしょうし……でもって、その親友とは恋のライバルって感じなのではない!?」


「――え、ええ!?」

(オルドリンさん!?どうしちゃったの急に!!)


 興奮こうふんしながら、エミリアの恋愛事情を根掘り葉掘りしようとするオルドリンは、どことなく楽しそうだ。

 目をかがやかせて肉薄にくはくするその姿は、もはやただの恋バナ好きの女子だった。

 しかし、若干じゃっかん引き気味のエミリアに気付いて。


「……ごめんなさい。取り乱したわ……」


 恥ずかしそうに、ほほに手を当てる。


「も、もしかして……オルドリンさんって」


 もしかしなくてもそうだろう。


「……え、ええ。私、こう言う話をするのが好きなの……大好きなのっ!!」


 オルドリン・スファイリーズ。

 騎士学生を卒業後、【聖騎士】に昇格した男爵家の娘。

 学生時は【騎乗の冷徹れいてつ】と呼ばれた、騎乗戦闘の天才。

 そのクールで優し気な見た目とは裏腹に彼女は、恋愛話に興味きょうみきない、耳年増みみどしま淑女しゅくじょだった。


「そ、そうなんですね……」

(い、意外だなぁ……でも、なんだか可愛い。したしみやすいし)


「そうなの……昔からこう言う話の本ばかり読んでいて、経験もないくせに出しゃばって……わ、忘れてちょうだいね」


「いや、でも……」


 もっとこういう面を出してもいいのでは?と言おうとしたエミリアだが。


「いいの!お願い忘れて!お、お願いします!!」


「――えぇぇぇぇ!?」


 エミリアに深々と頭を下げるオルドリン。

 どうやらそこまで知られたくないらしい。


「オルドリンさん!見てます、皆見てますから……あ!忘れた!なんだっけなー、何の話だったかなー。私、記憶力皆無かいむだから全然覚えてないやー、あは、あはは……」


 身振り手振り大げさな仕草しぐさで、エミリアは全体に聞こえるようにさけぶ。


「そ、そう……それならいいけど……」


 まるで下手なおとぼけなエミリアだったが、オルドリンはそれでも納得してくれたようで、頭を上げてくれた。

 先輩せんぱい威厳いげんを守るため、エミリアはピエロになるのだった。





 軍行を再開し、疲れ果てた表情ひょうじょうで馬車に乗るエミリア。


「つ、疲れた……」


「あんたねぇ……もうとりでに着くのよ?そんなんで大丈夫なの?」


 向かいに座るノエルディアに言われ、少しカチンときたエミリア。

 ついつい。


「……サボリディア先輩せんぱいに言われたくないですけど……」


「――ぐっ……」


 あの後、サボリディア――ではなくノエルディアは、オルドリンにシバかれた。

 個人的に、騎士たちの目の前で。

 お仕置きもふくまれた訓練で、コテンパンにされたのだ。


「あんたねぇ。先輩せんぱいに言って良い事と悪いことがあんでしょ!?」


「なら、言って良い事言いましたけど、言いましたけどぉ!?」


「――ぅぐっ!!」


 予想以上のエミリアの口撃こうげきに、涙目になるノエルディア。

 すると、窓がコンコンとノックされ。


「二人共、着いたわよ?」


「……あ、はい」


「……はぃ」


 オルドリンにそう言われて、二人は馬車から降りる。

 そこには、森林地帯にてられた建造物、【聖騎士団南方砦】があった。

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