128話【リズリュー渓谷】



◇リズリュー渓谷けいこく


 カラカラと走る。数台の馬車。

 かわいた地面と、眩暈めまいを覚えるような晴天せいてん

 【王都リドチュア】の【下町第四区画アル・フリート】から出兵しゅっぺいされた軍。

 【聖騎士】オルドリン・スファイリーズ、ノエルディア・ハルオエンデ、そしてエミリア・ロヴァルト。

 早朝一番に出撃したこの数台の馬車は今、南を目指している。

 目的地は、南国【ルウタール王国】との国境こっきょうである、聖王国の最南端さいなんたん

 【聖騎士団南方砦】だ。


 元は小さな村があった場所であり、軍が配備するために小さな村は取り潰されてしまった。

 そこへ向かう道を、一人の女性は窓からながめる。

 深緑色の髪を肩口でそろえ、何故なぜかメイドのホワイトブリムを付けた【聖騎士】。

 ノエルディア・ハルオエンデだ。


「……なつかしいわね」


「――何がですか?」


 隣に座る後輩こうはい騎士、エミリアが耳聡みみざとく聞き入れて問う。

 バッ――!と振り返り、ノエルディアはしまった、と目を見開き。

 しかしあきらめたように。


「……私の故郷こきょうなのよ。今向かってる国境こっきょう付近の村……もう名前も残ってないけどさ」


「……そうなんですか」


「なんであんたがシュンとしてんのよ!故郷って言っても、子供の頃に王都に越してきてるから、思い出なんてほとんどないのよ……それでも、まぁ……なつかしいとは思うわけ。それに、少しくやしくもある」


くやしい、ですか?」


 ノエルディアはエミリアの方に向き直して言う。


「そう。あの子……リューグネルト、って分かるでしょ?」


「――は、はい」


 ギクリと、エミリアの心臓が鳴った。

 まさかノエルディアが、リューネを知っているとは。


「リューグネルト・ジャルバンは、あの村出身なのよ。後、弟もいたわね」


「知り合いだったんですか?」


「知り合いなんかじゃないわ。名前と、顔を知ってるだけよ。でも、あの子が騎士学校に通ってるって聞いた時は、嬉しかった……」


 ノエルディアはその時の事を思い出すように言うが、段々と。


「でも、あの子は居なくなった・・・・・・……聞けば、家を借りていた大家に追い出されたってうわさね。夜逃げに近い状態で、弟さんもいなくなってたって話を聞いたわ」


「……」

(な……なにも言えない~~~~!!)


 ノエルディアは気にかけていたらしい。

 同じ村出身であり、【聖騎士】を目指していた少女を。

 無言のエミリアは、リューネの聖王国での最後の立ち回りを知っている。もしろ当事者だ。

 言えない事が多過ぎて、混乱しそうになる。


借金しゃっきんもあったって聞くし……【聖騎士】に成れる事を願ってたんだけどね。ま、残念だったけど、どこかで元気してるんなら、それでもいいけどさ」


「そ、そうですねぇ……」


「……」


 ジト目で、挙動きょどうあやしくするエミリアを見るノエルディア。


「……なんでしょうか?」


「あんた、同窓生よね?」


「……はい」


「校内ランキング、1位2位よね?」


「……はぃ」


 ドンドン声が小さくなる。

 確かに最後はエミリアと一緒に居たリューネだが、その後をエミリアは知らない。

 しかしまさか今、エドガーの宿屋【福音のマリス】にいるとは思ってもいないだろう。


「……何か知らないの?」


 ズイズイとにじり寄り、鼻先がくっつきそうなほどにジト目を近付けるノエルディア。

 目を離したら負けだ!と言い聞かせて、先輩せんぱいからの圧をらさず受けるエミリア。


「「……」」


 そして、先に折れたのは。


「――はぁ。まあいいわ……エミリアだし、【召喚師】の事で頭一杯だろうしね」


「……うっ、ひどい……」


 元の位置に戻り、また窓を見るノエルディア。

 事実を言われて、エミリアはスン――と泣きまねをした。


「ほら。もうぐ外のオルドリンさんと交代よ……次はあんたが馬ね」


「……はい。って!次はノエル先輩でしょう!しれっとサボろうとしないでください!!」


 ノエルディアは興味きょうみで聞いていただけだったが、危うくサボりの片棒かたぼうかつぐところだったエミリア。

 先輩せんぱい【聖騎士】であるオルドリン・スファイリーズが外で馬だと言うのに、後輩こうはいであるこの二人は馬車だ。


「せっかくオルドリンさんが気を遣ってくれてるのにサボろうとするなんて……」


 この先輩ひとは、どこまで自由なのだろうと、だから怒られるのではないかと。

 ひたすらに疑問ぎもんに持つエミリアだった。





 どれ程時間がっただろうか。

 日がかたむきかけてきて、馬上のエミリアは懐中時計かいちゅうどけいを確認する。

 王都から出立して十時じゅっとき(十時間)と言った所だ。


「……そろそろ二回目の交代……かな?」


 朝から、ローテンションで馬上監視を続けてきた【聖騎士】の三人。

 後方の馬車でも、【従騎士じゅうきし】の三人が同じ行動をしている。

 更に後方の馬車では、一般の騎士たちが荷馬車にばしゃ警護けいごしている。


 今回の出兵しゅっぺいは、【聖騎士】を派兵はへいするものであるが同時に。

 南方砦に物資ぶっしを届けると言う、他の騎士たちの任務にんむも重なっていたのだ。


 エミリアは前後を確認しながら、馬車の小窓を叩く。

 コンコン――と、優しく。


「ノエル先輩。交代です、さっきは代わった・・・・んですから、今度はちゃんとやってください」


 すると小窓から顔を出す、青い顔をしたノエルディア。


「……エミリア。やっといて……」


「なんですかその顔色……青いんですけど!」


「馬車にった……」


「――今!?今なんですか!?」


 何故なぜここまで来てからうのだろうか。

 馬車移動も大分時間がっている。

 しかも、ノエルディアはローマリア王女の護衛としても、相当な数馬車に乗っている筈だが。


「……仕方ないじゃんかぁ――うぷっ」


「ごめんなさいねエミリア。私が代わるから……」


 ノエルディアの背をさすりながら、オルドリンが言う。

 なんて優しいお姉さまだろうか。


「い、いえ……オルドリンさんは私と交代していますので……私が続けますよ」


 何とも言いがたい笑顔で返すエミリアだが、片眉かたまゆがヒクヒクしていた。

 そしてそう言って窓を閉め、ため息をいたのだった。




 エミリアはあの後すぐ、オルドリンに言われた事がある。

 それは「もう少し走ったら、渓谷けいこくが見えてくるはずだから、そうなったら教えてくれる?」と。


渓谷けいこくかぁ……どうなってるのかなぁ」


 エミリアは騎士学校の都外演習とがいえんしゅうでしか、王都の外に出た事がない。

 渓谷けいこくと言われて、想像したのは絵画だ。


「静かに流れる流水りゅうすい、空気の綺麗きれいな谷……最高の風景ふうけい。イメージはそんな感じだけど……」


 パカラパカラと歩く馬の上で、戦地に向かうまでのほんの些細ささいな楽しみを想像する。

 そんなエミリアだったのだが、見えてきた風景に。


「……は?」


 エッグゴールドの金髪が、突然の強風に吹かれた。


「……さっぶっ!!」


 ゴツゴツの岩肌いわはだ。とげとげしいれた木々。

 静かな川などなく、綺麗な空気と言うよりは痛いほどの突風。

 底の見えない谷底。ととのえられた道など存在しない、崖のような道。


「……着いたようね。【リズリュー渓谷けいこく】に」


「オルドリンさん!どこが渓谷けいこくなんですかっ!?」


 馬車から降りたオルドリンはノエルディアを支えながら「これが普通よ?」と逆におどろいていた。

 そしてせっせと、馬車から荷物にもつを降ろし始めた。


「エミリア、手伝ってくれる?」


「――あ、はい!」


 全ての荷物にもつ(自分たちの)を降ろし、オルドリンは後方に歩いて行き。エミリアも追随ついずいする。

 一番後方の騎士たちの隊長格の男に、オルドリンは。


「それでは、私たちの馬車をお願いしますね」


「はっ!お任せを」


 騎士は胸に手を当て敬礼けいれいし、準備をし始める。

 エミリアは分からず、オルドリンに。


「これから、どうするんですか?」

(荷物にもつも降ろしたし、馬車を頼んだ?あれ、何か言ってたっけ?)


 聞いていた話では、ここで一日野営やえいをし、翌朝渓谷けいこくを抜けると言うものだったが。


「今日は下に・・くだるところまでね。そこまで下りたら、小さいけれど小屋があるからそこで休むわ」


「……し、下?」


 ちらりと、崖下をのぞく。

 岩肌に、馬車が一台通れるかと言うほどの、細い道があった。

 これでは、【聖騎士】たちが乗っていた馬車では通れない。

 後ろの馬車や、荷運びの馬車なら通れそうだが。


「ま、まさか……」


「ええ。小さな荷馬車が落ちないように、私たち【聖騎士】が先導せんどうします」


 荷馬車の数は合計三台。もう一台は【従騎士じゅうきし】の馬車だ。

 初めから、【聖騎士】が乗ってきた馬車は、ここでお別れである。

 だったら最初から小さな馬車で出ればいいだろうとエミリアは思ったが。

 これは国の戦力の中枢ちゅうすうである【聖騎士】の出撃なのだ。みすぼらしい馬車で王都を出るなど許されなかったのだろう。


「……うそぉ~……」


 馬が暴れれば、命は即終了。

 そんな【リズリュー渓谷けいこく】の崖を、エミリアたちはくだらなければらならない。

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