103話【久しぶりね】



◇久しぶりね◇


 時間は戻り、エドガーとエミリアが宿を出た時刻じこく

 二人を見送ったローザは、心の奥底からき出てくる嫉妬心しっとしんを、友情で押さえ込み。


「――さてと、この気持ちをどこに向けようかしら」


 と、複雑ふくざつな気分をどうしてやろうかと考えていた。

 時間も遅いし、迷惑めいわくな事はひゃく承知しょうち

 それでも今、一人でいるのは嫌だった。


「起こしてやろうじゃない」


 一人、階段でニヤリと笑って。

 黒髪の少女二人が眠るであろう204号室へと足を向けたのだった。


「……そう言えばメルティナの部屋、隣だったわね」


 こうなれば全員叩き起こそうと考えた。だが。

 メルティナの部屋である206号室の扉が開いている事に気付いたローザは、ほんの少し、ちらりと通りぎるあいだだけと決めてのぞき込む。

 しかし、ローザは一瞬で動きを止めた。

 目にうつったメルティナが――倒れていたからだ。


「――メルティナ……!?」


 半開はんびらきのドアを思い切り開けて、ローザはメルティナのもとにけ寄る。

 ベッドから落ちたのだと安易よういに想像できる姿はとても弱々よわよわしく。顔色は非常に悪い。

 ローザはメルティナをきかかえ、ぐったりとする四肢ししを確認する。


「どうしたのよ!メルティナっ!!」


「――う……ロー、ザ……ですか?」


 ローザの腕の中で目を覚ましたメルティナは、うっすらと開けたひとみをローザに向けるが、視点してんが中々さだまらないようだった。

 ローザは何が起きたかを全く想像できなかった。もし切羽せっぱ詰まった状況じょうきょうならば、隣室りんしつの黒髪の少女二人を呼ぶだろう。

 そうでなくても、エドガーだっている。

 この緑の異世界人が、今更遠慮えんりょをするとも思えない。

 ローザはメルティナの熱などを確かめながら言う。


「そうよ、久しぶりに帰ってきたら……どうして貴女あなたが倒れているの!……熱は無いわね、身体は?」


「……平気、です」


馬鹿ばか!そう見えないから聞いているのでしょうっ!?」


 ローザは無理矢理メルティナをきかかえてベッドに寝かせると、メルティナは身体を起こそうとする。ローザはそれをささえながら、メルティナの言葉を待った。


「……すみません。どうも身体、いえ……《石》の調子ちょうしが悪いらしく、それが身体にも影響えいきょうが出ているようです……」


「《石》の調子ちょうし……?」

(……不調ふちょうのようには見えないけれど……――!!いや……何かもやのような、不気味ぶきみなものを感じる……でも、これはいったい……なに?)


 返事をしながらも、ローザはメルティナの背に手を当てて《石》にれる。

 すると、【禁呪の緑石カース・エメラルド】に違和感いわかんを持つ事が出来た。


「……」

(でも、メルティナが気付かないなんて……この《石》の力?それとも何か、別の……誰か・・の?)


 掛けられた《魔法》はそうとう高度なものだった。

 ローザでも正確には感知できないほどの、それこそ神懸かみがかった域の《魔法》だ。

 それ以上は、もう本人でなければ分からない。





「すみませんローザ。心配を掛けました」


「……」


 けわしい顔で、メルティナに水を渡すローザ。

 それだけ、異常いじょうな事だとローザは分かる。

 所持者である以上、《石》の異常いじょうに気付かない訳はないのだ。

 それなのに、メルティナは何にも気付いていないような素振そぶりだ。


「ローザ?」


「……いえ、なんでもないわ……それよりも、平気なの?」


「イエス。だいぶ落ち着きました……感謝します」


「そう。ならいいわ」

(そうは見えないのよね……この子の場合)


 ローザは安心した風をよそおってメルティナに笑顔を見せる。


「……――っ」


 しかし気配けはいを感じ。

 バッ――!!と振り向いた。

 部屋の入口、そこには。


「――ロ、ローザさん?」

「……ほら見ろ、やはりローザ殿ではないかっ!」


「サクラ、サクヤ……」


 そう言えば、ドアは開けっ放しだった。

 少し大きな声も出したし、気付かれたのだろう。


「ど、どうして……!?お城にいるんじゃ……」

「いやいや、それよりも気配けはいだろう!誰かと思ったぞ!」


 二人の少女はあたふたとしながらも、各々おのおのローザにせまってくる。

 サクラはどうしてここに居るのか、サクヤはローザの気配の違い・・・・・を気にしている。


「落ち着きなさい。メルティナひとの部屋よ?」


「う……ごめんメル……――って、どうしたの!?」

「すまぬ……――ってメル殿!どうしたのか!」


 同じ反応をしながら、ベッドにかがんでメルティナを心配する。

 やはりこの二人も、メルティナの不調ふちょうに気付いてはいなかったようだ。


(この二人も、メルティナの調子ちょうしに気付けていないようね……という事は、メルティナはエドガーにも言っていないんでしょうね、おそらく。まったく……どの子も不器用なんだから)


 どこの誰が言うのだろうか。


「ノー。大丈夫ですから……少々具合が悪いだけです」


「大丈夫じゃないじゃん!」

「大丈夫ではないであろうっ!」


 わいやわいやする三人を見ながら、ローザは。


(《石》の不調ふちょうか本人の不調ふちょうか……今の一瞬では分からなかったけれど、私の力が増している事だけは分かった。【消えない種火】……ではなくなったけれど、これが今の私の力。“精霊”になった……ローザ・シャルの力……)


 深く自覚する。今までの自分との違いを。

 人では感じることの出来ない感覚をその身で感じ、メルティナの《石》の奥底おくそこに存在する“何か”の気配けはいを、つかみかけた瞬間の感覚を忘れないように。

 ローザはメルティナの《石》に当てていた右手を、ギュッとにぎった。


(もしかしたら……全ての《石》に存在しているのかもしれない……フェニックスのような、常軌じょうきいっした“何か”が……)


 経験してしまった事で、勘違いをしてしまう。

 《石》に掛けられたスノードロップの《魔法》を、“精霊”のような不確定要素に。

 もし、ローザがこの《魔法》を看破かんぱしていたら、また一つ、未来は変わっていたのだろう。





 サクヤは寝間着ねまぎのままに、具合の悪そうなメルティナを寝かせていた。

 介抱かいほうを任せたサクラは、ローザに向き直り。


「ローザさん……その、お久しぶりです」


 もじもじしながら、上目遣いで。


「何よ。やけにしおらしいわね……まさか貴女あなたまで具合が悪いのかしら?」


 ローザが言うように、サクラはやけにしおらしい態度たいどでローザに接している。

 その理由は分からなくもないが、えて言う事でもないだろうという、ローザの気遣いだったが。

 サクラからすればそうもいかないのだろう。

 律儀りちぎな少女だ。


「あ、ある意味、体調不良になりそうですけど……」


 緊張きんちょうで。


「フフフ……で?なに?」


「その――色々とご迷惑めいわくをおかけしまして……もうし訳ございませんでした!その、お城に行ったのも……《石》の事を調べる為なんだって、エド君やフィルヴィーネさんから聞いて……」


「あ~、そう言えばサクラは、私が城に行くことを反対していたものね」


 少しふくみ笑いをして、ローザはサクラを見下みおろした。

 身長差は約、頭一つ分。

 高圧的こうあつてきとは言わないが。

 その身長差が、そう取れなくもない風をかもし出す。


「……そ、そういう意味でも、ホント~にもうし訳なくぅ……」


 声は小さくなっていく。いつものサクラなら、からかわれている事くらい分かるだろうに。

 それだけ、本気でもうし訳ないと思っているのだろう。


「いいのよ。結果的に私は何もしていないしね」


 調べはしたが、《石》についての収穫しゅうかくは無かった。むしろ、ローザ自身のイベントが多ぎて。こちらがもうし訳なくなるくらいだったのだ。


貴女あなたが戻って来たのだって……エドガーや他の皆の尽力じんりょくがあったからでしょう?……謝罪しゃざいを貰う立場じゃないのよ、私はね……だからいつものキミに戻りなさい。ね?」


 ポンと、ローザはサクラの頭に手を乗せでる。

 頭に乗せられたローザの手のあたたかさに、サクラは安堵あんどしながら。


「そ、それはそうかもですけど……あはは、なんだかなぁ」


 れているのか、サクラはほほを赤くして言ったのだが、サクヤが。


「そうだぞサクラ。ローザ殿がいいとおっしゃるのだ、それよりもわたしは、ローザ殿の気配けはいの違いを聞きたいのだが」


「――それよりもって……ひどくない!?」


「そうね。そうしましょうか」


 サクヤとローザによって、この話は封殺ふうさつされてしまう。


「ええぇ……ローザさんまで……」


「ふははっ」

「フフフ……」

「あは、あははっ」


 ローザとの久しぶりの再会は、深夜の【福音のマリス】に笑みを運んだのだった。

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