96話【踏み出す一歩、私の一頁】



み出す一歩、私の一ページ


 一頻ひとしきりローザの胸で泣いたエミリア・ロヴァルトは、ずかしさを胸に仕舞しまい、ローザを見上げ言う。


「そ、それで……どうやって行くの?」


 時間は深夜だ。しかも馬車は使えない。歩いて行こうにも、そんな事をすれば時間はあっと言う間に朝だろう。しかし、そんな事は一切気にしていないローザは、手に持った《石》をエミリアに見せつける。


「【消えない種火】……?」


 赤い赤い宝石のルビー。ローザの全てとも言える《石》だ。

 この城に来てからは、ローザはほとんどこの《石》を身に着けていなかった。

 その理由は様々だが、ローザ自身がこばんでいた点が、一番の理由だっただろう。


「私の全て……【消えない種火】。この《石》のお陰で私は生きてこれた。でも、この《石》が原因げんいんで、私は停滞ていたいしていた……前に進めていなかったのよ。《石》を外して、気付くことが沢山あったわ……そして大切なものがなんなのか、気付くことができた」


 それは、元の世界では絶対にることの出来ないものだった。

 孤独こどくと共にごし。孤独こどくに死んでいく。

 それが自分の運命だと思っていた。だが運命は、こんなにも簡単に転がるものだと知った。


「私の大切なものが泣いていたら、助けるのは当然なのよ」


「そ、それって……」


「言わせないで。ずかしい……さぁ、少し離れていなさい。エミリア」


「う、うん……」


 言わせないで欲しかった。

 エミリアは心配そうにしながらも、ローザの言う通りに離れ見守る。

 赤面しながらも、エミリアが離れた事を確認し、ローザは《石》を右手の甲に着ける。

 人生で初めて出来た友人の為に、ローザは再び《石》をその身に着けた。


「……くっ……」


 一度拒否きょひした力は、その身をがすようだった。

 初めて使用した時のように、全身を炎でつつまれたかのような熱の感覚は、痛みでは済まない程の痛覚つうかくだった。


「――ローザ!?」


 少し離れていたエミリアが、心配そうにけ寄ろうとするが、ローザは手でせいし笑顔を見せる。


「平気よ。こんなの、初めての時に比べれば……なんでもないわっ!!」


 そうは言うが、実際は相当の痛みだった。

 初めて《石》を身に着けた時とは違い、《石》は侵食しんしょくしていくように右手にめ込まれていく。いや、勝手に手の中にしずんで行っているようだ。

 まるで怨念おんねんみ込んでいくかのような、むしばみだと思えた。


「《石》が、ローザの手に……まって」


 まるで、一体化していくかのように。


「ぐ……ぐぅ……」


 歯を食いしばり、その侵食しんしょくおさえ込もうと汗を流す。

 痛みにえ、じゃじゃ馬をいならす為に気合を入れるローザ。

 ポタリポタリと床を汗でらして、《石》の感覚を再度、覚え込まされていく。

 直接的に手の甲に着けていた時とは違い、《石》はみずからローザの体内に侵入しんにゅうして行っているようにも見える。

 そしてローザも、それを受け入れている。


(……分かってる。ひどいわよね……一度、私はあなたをこばんだ。その力を、自分の都合つごうだけでまた使おうとして……怒るのも無理はないわ)


 ローザは目をつむり、心の中でかたりかける。

 その《石》の奥底に眠る・・・・・であろう意思いしに。





 ローザが目を開けると、そこは炎の世界だった。

 誰もいない空間に自分だけがただよう感覚。ここが夢想むそうだと分かる。

 だが、ローザは意を決して進む。その者が待つ最奥さいおうに。


 不思議ふしぎな炎の空間を進みながら、ローザは思う。


(昔から、【消えない種火】の中に誰かがいるって……朧気おぼろげながらに感じていたわ。でも、あなたに気付く事が出来なかった……子供だった私には、そこまでの余裕よゆうはなかったのよ。でも……今は分かる。あなたに会いに行く……共に、生きて行けるように)


 《石》の奥底から感じる、灼熱しゃくねつと言ってもいい豪炎ごうえん

 ローザをみちびくかのように、案内してくれている燃えさかる炎。

 それを追うと、この世界唯一ゆいいつの住人である者が、ローザを待ちかまえていた。

 陽炎かげろうらめくその場所にいたのは。

 ――炎をまとう一羽のだった。


「あなたが、【消えない種火】のぬしね」


 ローザが夢想むそうの中の岩場に足を下ろすと、その鳥は丸めていた身体を起こし、値踏ねぶむようにローザを見る。

 炎をまとった巨大な鳥は、その大きな首を下げローザの眼前がんぜんまで近付ける。

 虹色にかがやひとみはローザをうつし、れる尾の炎はローザをつつむように周囲をかこっていった。


『――如何いかにも。われが……【消えない種火】に封ざれた“精霊・・”――フェニックスだ』


「……フェニックス……」


 炎鳥、フェニックスは念話ねんわでローザに声を掛けている。


『……一度逃げ出したお前が、まさか《石》の侵食しんしょくも恐れずにここに来れるとはおどろいたぞ。われは、もうお前と話す機会は無いと思っていたが……』


「……」


『しかし、覚悟は見事だ。以前のような覇気はきの無さは皆無かいむのようだ』


 以前というのは、ローザが初めて【消えない種火】を身に着けた時の事を言っているのだろう。

 “天使”ウリエルにさずけられ、何の感情もないままに《石》を受けれた時の事を、フェニックスは知っているのだ。


「……随分ずいぶんと昔の事を言ってくれるのね……」


『当然だ。我等われら永遠えいえんぞ……“精霊”、はたまた“悪魔”と呼ばれる我等われら精神体エレメントは、“神”に通ずる意思いしを持つのだ……お前たちの一生など、我等われらにすれば一瞬ぞ』


「そう、でしょうね……」


 フェニックスは目を細めて、ローザに問う。


『……お前がこの場に来た理由……再度、力を求めるのは何の為だ。まさか、あそこにいる小娘を助けるなどと、世迷言よまいごとを抜かすわけではないであろうな……』


 心象しんしょうは映像となって、ローザの前にうつし出される。

 そこには、苦しみ汗を流すローザを心配するエミリアの姿がうつっていた。


「……」


 一瞬、悪趣味あくしゅみだと思ってしまったローザだったが、長い間を一人でごしていたフェニックスが、少しばかりあわれに思えてしまった。

 そしてそれは少し前の自分自身と、全くの同義どうぎだとも気付いた。


「――私があの子を救えたら……それはそれでいいのかもしれない……でも」


 ローザはフェニックスの顔に手をえ。


「でも……私ではあの子を救えない。救うべき人物は――他にいるから」


『……では、何故なにゆえ力を求めた。われの力は……お前がよく知っているだろう。その一端いったんとは言え、長年にわたり使って来たのだ……この戦うべき力で、あの小娘を救うのではないのか?これからあの小娘は、戦地におもむくのであろう?……今のような精神状態で、戦い続けられぬ事……お前がよく知っているだろう。わざわざ死にに行くようなものだ』


「――そんな事はさせないわ……私が、いえ……私たちが」


 戦争せんそう犠牲ぎせいを出さない。そんな事を言えるほど、ローザは世間知らずでも、お人好しでもない。

 それでも、自分たちなら・・・・・・それが出来るのではないかと、思えた。


『確かに。異界いかいの力を持てば、この衰退すいたいしきった世界で頂きをる事も可能であろう』


「私にそんな趣味しゅみはないわ……昔からね」


 ローザは炎鳥の言葉に笑みを浮かべながら、答える。


「でももし――その時が来たら……頂にいるのは――」


 言わずとも、フェニックスには理解が出来た。

 その虹色のひとみを大きく開いて、ローザの動いた口元をうつし。


『――フハハハハハッ……そうか、そこまでか!あの者は』


 バサリと翼を広げ、炎を舞わせて実に愉快ゆかいそうに笑うフェニックス。

 反動で尾がローザにペチペチ当たっている。どうやら熱くはないようだが。


 フェニックスはローザの回答を気にいった。

 正確に答えた訳ではないにもかかわらず、その意思をはっきりと理解して、笑ったのだ。


「そこまで笑う?」


 ローザは少しムッとしながらも、自分でもおかしな気分だと認識にんしきはしているようだ。

 実際じっさいまだ、あの少年にそこまでの資質ししつがあるかは分からないのだから。


われもお前を通して見ていた。人畜無害じんちくむがいなお人好しなのも理解しているさ……』


「そうでしょう?」


『ああ――だがな』


「……え?」


 そのフェニックスの言葉を。

 ローザは今後の生において、何度も何度も思い返すことになる。





「……」


『……』


 理解したくはなかった。しかし思い当たるふしもある。

 聞き終えたフェニックスの言葉を考えながらも、ローザは。


忠告ちゅうこくとして受け取るわ……あの子がどうなるか、それは異世界人わたしたち次第しだいでもあるのだから。あなたは見ていて……」


『確かにその通りだ……努々ゆめゆめ注意せよ。われも……あの男は嫌いではないからな……』


 そう言って、フェニックスは姿を炎と変えていく。

 炎はやがて形作り、《石》となった。

 【消えない種火】のようであり、しかし違う存在のように、ローザは感じた。

 《石》となったフェニックスは、ゆっくりとローザにい込まれるように、その姿を消していった。


「……力を貸してくれるの?」


『貸すのではない。一つになるのだ……よいな。お前は……もう人ではない・・・・・……その存在を、“精霊”として生きることになるのだ』


「……“精霊”として……」


 体内に感じる《石》の熱さと、その力の全てを共感し。

 格別おどろきもせずに、ローザはその言葉を受け入れる。

 それが今、一番必要な力だと分かっているから、だからこそ否定ひていはしない。


『――ローザよ。今よりお前は、“精霊”フェニックスだということを認識にんしきせよ……さすれば、天も魔も――お前にかしずくであろう……』


 フェニックスは、満足げに宿主ローザと一体化を果たして、その全ての権限けんげんをローザに委譲いじょうした。


 “精霊”フェニックス。

 不死の力を持ち、聖なる炎と魔の炎、両方をあやつる存在。

 生まれ変わったローザの新たなる力、いや……新しい存在。


『……感謝するわ。さぁ……行きましょう、フェニックス』





 《石》は、完全にローザの右手に吸い込まれていった。


「はっ……はぁ、はぁ……」


「――ローザっ!」


 ガクリとひざを着くローザを、エミリアがささえた。

 心配そうにするエミリアをよそに、ローザは見た事のない笑顔で。


「フフフ……見てたわね?エミリア、私は……進んだわよ。一歩、進んだ!」


「うん!うん!!」


 休む間もなく、ローザはエミリアの肩につかまって立ち上がり。


「――飛ぶわよっ!」


「うん!……――えっ!?」


 突然の宣言せんげんは、予想外中の予想外だった。


「――すぅー」


 深く息をったローザの口から出たのは、聞いた事のない言葉だった。


「【憑依の翼ポゼッション】!!」


 言葉と同時に一瞬で、ローザの背にえ出る赤い翼と尾。

 メラメラと燃えているが、熱さは感じなく、どちらかと言えば心地いい感覚に、エミリアは。


「……綺麗きれい……」


 恐怖きょうふではなく。エミリアがらした声は感嘆かんたんあふれていた。

 ばさりと広がる翼は、炎の鳥のように燃えさかっている。

 それはローザの思いと、《石》に秘められた神意・・が一つになって。


「――行くわよ。フェニックス!!」


 【消えない種火】。

 その真の名・・・は、【不死鳥の種火フェニックス・シード】。

 “悪魔”あるいは“精霊”である、フェニックスが封じられた【神のみぞ知る宝石ゴッドノウズ・ジュエル】だ。


 この事実を隠して、“天使”ウリエルはローザにたくした。

 隠蔽いんぺいされた能力の一端いったんは、魔力消失で復活ふっかつする“悪魔”の力。それこそ不死鳥ふしちょうのようによみがえる、消えない種火だったのだ。

 そして今、“精霊フェニックス”そのものになったローザは、その能力を全て掌握しょうあくした。

 だからこそ、知りもしなかった技を使う事が出来た。


「フェニックス!?何そ――」

「――ふっ!」


「れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


 エミリアの疑問は完全スルーし、ローザはエミリアをかかえると、いきおいのままに飛翔ひしょうする。

 二人は、月がかがやく夜空に飛び立った。エミリアの残響ざんきょうだけを残して。

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