72話【奔走1】



奔走ほんそう1◇


 何事もなく日々をごす。

 それは誰にでも出来る事であり、また誰にでもは出来ない事でもあった。

 何かに恐れ、日々におびえてごすのか、刺激しげきを求めて日々を苛烈かれつごすのか。

 【召喚師】エドガー・レオマリスは、まさにその中間と言えた。


 聖王国と言う衰退すいたいした国で、唯一ゆいいつ魔力を持つ人間でありながら、“不遇”職業と言う意味の分からないレッテルをられ。

 刺激の一端いったんになわない国の中で、そこに存在するあるもの》の確かな価値かちを知る少年。

 苛烈かれつと言うには少し違うかもしれないが、充分ぎる十数年だろう。

 しかしまだ、彼の物語はその途中とちゅう

 今後更に苛烈かれつに、刺激的しげきてきに、おとずれる出逢いや戦いが、彼の歴史そのものになるのだから。





 ある日エドガーは、ここ数日で集めた“魔道具”、特に《石》を鑑定かんていして貰おうと、マークス・オルゴの店である【鑑定屋ルゴー】に来ていた。

 しかし。


「マークスさん……い、いないんだ……」


 掛け看板かんばんの文字は「留守るすにしています」。

 小窓から中をのぞいても、店主のマークスはおろか、従業員のルーリアもボルザもいない様子だった。

 自分が確認をおこたったこともあるが、なんともタイミングが悪い。

 知りたい時に情報を知れないのは、コレクターとしてはストレスだ。


「仕方、ないよな……はぁ~」


 深いため息をいて、エドガーは【福音のマリス】に戻ることにした。

 何も、コレクターとして《石》の詳細しょうさいを知りたいだけではない。

 エドガーがかかえる小箱には、無数むすうの“赤い《石》”が入っていた。

 【ルビー】、【ガーネット】、【ルベライト】、種類のことなる沢山の《石》が、乱雑らんざつに重なり合っていた。


「この中で、どれか一つでもローザの足しになればって……集めたけど……」


 はっきり言って、のぞみはうすい。

 それはコレクター目線でも、【召喚師】目線でも分かってはいる。

 だが、世の中に知らない事は数えきれないほど存在する。


「これからは、もう少し勉強をしよう……」


 今までは、誰かから知識ちしきが先行していた。

 それは父であったり、マークスであったりと、師と呼べるものから知識ちしきは確かに役に立ってきた。

 それでも、知らない事が多すぎる。

 特に異世界の事に関しては、その世界から来た人物たちから知る必要がある。


 過去の世界から来たローザ、フィルヴィーネのような博識はくしきも、別の惑星わくせいから来たメルティナの情報も、サクヤとサクラのような完全なる別の世界の話も、今のエドガーには必要なものだ。

 それが未来につながると、エドガーは信じているから。





 【福音のマリス】に戻る途中とちゅう、エドガーは何気なしに街並みを見ていた。


「【下町第一区画アビン】も、大分人が減ったよな、そう言えば」


 気にした事は無かったが、今思えば随分ずいぶん活気かっきが違う。


「……」


 比べてしまうのは、母が生きていた頃だ。

 【福音のマリス】が全盛期で繫盛はんじょうし、エドガーがまだ【召喚師】として“不遇”を受けいでいなかった頃。

 街には人があふれ、宿泊客しゅくはくきゃくは大勢いた。

 繫盛はんじょうした宿は王都一と言われ、国内外から人気があった――そう記憶がある。


「……」


 しかし【召喚師】をぎ、宿をいで分かった事がある。

 過去の宿泊名簿しゅくはくめいぼに、客の名前が無かったのだ。

 何度も何度も宿泊しゅくはくした王都の客だったおじさんや、夫婦、子供。

 それらの常連客は、母が死去した途端とたんに見無くなり、王都のどこに住んでいるのかも分からない。

 子供ながらの記憶だったと、美化していた恐れはある。

 しかし、成長し知識ちしきた今のエドガーには、ある一種の仮説かせつがあった。


 それは、《石》の力だ。

 母から誕生日におくられた【朝日のしずく】。必死に記憶をめぐらせれば、それは元々母のものではなかったかと、思う事が出来た。

 付けていたのは数えるほどの回数ではあるが、繫盛はんじょうしていた時ほど、身に付けていた事があった気がするのだ。


「……繋ぐ・・、力か……」


 今やサクラの《石》となった【朝日のしずく】の力は、つなぐ。

 実際、サクラは異世界人同士をつなぐ力、【心通話】を使える。

 仲間の結束力けっそくりょくも、そのおかげで増している気も多少はある。


 もし客にその力を使えば、どうなるか。

 客に来た一人に広めてもらい、うわさうわさを呼んで、結果有名になることも出来るのではないかと。

 そして力を失い、経営者が【召喚師】となった瞬間、「だれがそんな宿に泊まるか」となったのではないかと。


「考えぎ……かなぁ」


 ははは、とかわいた笑みを浮かべ、エドガーは曲がり角を曲がった。

 ――すると。


「……ん?」


 一軒の家の外壁に、女性が背をついてうずくまっているのを見つけてしまった。

 一瞬で、エドガーの脳内には二つの選択肢せんたくしが出て来た。


 一つ、【召喚師】の自分が助けても、何の利点にもならないのではないか、むしろ自分がこの女性をうずくまらせたと疑惑ぎわくを掛けられるのでないか、と。

 二つ、無視むしをしたとして、その女性に何らかの不幸ふこうおとずれた場合、自分は後悔こうかいするのではないか、そんな事を自分は出来るのか、と。


 結論けつろんから言っても、無視むしすることは出来ないのが、エドガーの良い所でもあり、悪い所でもあるのだろう。


「――あ、あの……大丈夫……ですか?」


 恐る恐る、うずくまる女性に声を掛ける。

 女性は苦しそうに、身をふるわせ顔を青くしていた。


「う、うぅ……」


 女性は、エドガーと同じ栗色の髪をしていた。

 長い髪と優し気な風貌ふうぼうは、母を思わせる雰囲気ふんいきだった。

 しかし、今にも消えてしまいそうにふるえる身体は、亡くなった母に瓜二うりふたつで。


「――だ、大丈夫ですかっ!どうしました!?……ど、どうしよう……薬?いや、なんのっ!?怪我けが!?……は、無いみたいだけど……いったいどうしたら……」


「――だ、大丈夫、です……」


 エドガーの方が混乱こんらんしているのではないかと、そう思わせるような発言に気付いたのか、栗色の髪の女性は心配を掛けない様になのか、顔を上げてエドガーに笑顔を見せた。


「……っ」


 女性は、【召喚師エドガー】を見ても顔色を変えなかった。

 それは体調が悪すぎてなのか、単にエドガーを知らないからなのか。

 答えは単純だった。


 女性は軽装けいそうだ。軽装けいそうとは言え、旅をする為の軽装けいそうだ。

 近所に住んでいるような薄着うすぎではなく、夏に近いこの気候きこうで、フード付きの羽織はおりを身に着けている事から、旅人なんだとエドガーは気付いた。


「大丈夫ですかっ!話せますかっ!?立てますかっ!?」


「そ、そんな一気に言われると、どれも出来ませんわ……」


「あ……すみません。つい……」


 エドガーは顔を赤くして、女性に手を伸ばす。

 せめて地べたから離そうとしたのだが。


「――ありがとうございます」


 女性は簡単にエドガーの手を取って、ゆっくりと立ち上がった。

 身長はエドガーと同じか、少し低い程度。

 やわらかな物腰ものごしと、栗色の髪が長く腰以上ある。

 「綺麗きれいな人だな」と、エドガーが少し場違いな事を考えていると。


 ――ぐぎゅぅぅぅぅぅ。と、どこからかひびく。


 どこから、などと言うのはおかしかった。

 目の前だ。エドガーの目の前、栗色の髪の女性。


「えっ……と」


「……すみませ――」


 ――ッグルルルルるる!!


 ずかしさか、小声だった女性の声は、異常なまでの腹の虫の二度目の咆哮ほうこうき消された。


「ほ、ほ、本当にすみません!」


 顔を両手でおおい隠して、女性は謝罪しゃざいした。

 おそらく手の下は真っ赤なほほが火を上げそうになっている事だろう。


「は……ははは……お腹空いてうずくまってたんですね。よかった……」


 エドガーは、死の危険はなさそうだと笑う。

 女性はずかしさのあまり、もう一度うずくまってしまいそうになるも、対応してくれたエドガーに感謝した。


「あの、わたくし……ドロシーと申します、東の国から旅をしてきていたのですが……その、ずかしながら路銀ろぎんが……」


「それは大変ですね!」


 女性のうずくまっていた理由を、エドガーは真剣に聞き入る。

 どうしたらよいものか、「う~ん」と少しだけ考えて。


「――あ!それなら……僕の家に来ませんか?」


「え……?」


 何故なぜかナンパ師みたいなことになっているが、エドガーが言いたいのは「僕の経営する宿に泊まりませんか?」だ。

 しかしドロシーは、疑問ぎもんも持たずに。


「いいんですか?」


「も、勿論もちろんです!困っていたらおたがい様ですからねっ」


 エドガーは笑顔で言う。

 旅人で、【召喚師】を知らないと言う事だけで、ここまで出来るのか。

 それとも他の理由なのか。

 この時のエドガーには、一切分かりはしないのだった。

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