不遇召喚師と異世界の少女達～呼び出したのは、各世界の重要キャラ！？～

54話【黒銀の翼１】

◇黒銀（こくぎん）の翼（つばさ）１◇

　ガタガタと大きな音を鳴らす一階の様子に、エリウスとノインは顔を見合わせる。

「そ、村長……！」

　村長の覚悟を娘のオルディアから聞いたリューネも、辛そうに眉（まゆ）を寄せていた。

　世話になったのはリューネも同じ、辛いのだって同じだ。

　そしてその村長の娘、オルディアは気丈に。

「――さあ殿下（でんか）……この窓から外に！」

　気丈に国の皇女（こうじょ）であるエリウスを案内していたが、辛そうに胸を押さえている。

　それを見たエリウスは、何を思ったのか。

「……駄目（だめ）よ……やはり、私（わたくし）が」

　引き返そうとするエリウスを止めたのは、村長の娘オルディア。

「いいえ駄目（だめ）です！殿下（でんか）！」

「――！」

　エリウスには未（いま）だ迷いがあった。

　この村に来て、まだ時間は経（た）っていない。

　それでも、良くしてくれた。リューネを助けてくれた感謝がある。

　帝都（ていと）からの追手が、どういったものかは分からない。

　兄の事だ。既存（きぞん）の騎士団ではない事だけは分かる。

　しかし、ドンドン遅れていく選択は、良くない方向に向いて行っている事だけは確かだった。

(戦う……？帝国の、私（わたくし）の国の騎士と……！？)

　震（ふる）える手は、自然と剣の柄（え）に。

　自国の騎士に剣を向けるなど、有り得（え）ない事だと理解していながらも、自分を追って来たことだけは確実であり、今まさに村長の危機（きき）が迫っているのも明らかだった。

「エリウス様！――こ、この臭（にお）い……」

　リューネが言う。エリウスはハッとして、階段を見る。

　モクモクと二階に上がってくる煙（けむり）は、焦（こ）げ臭（くさ）さが混じった、木の焼（や）ける臭（にお）いだった。

「……まさか……！」

「――ちっ！護身用（ごしんよう）にしてって言ったのに！！」

　一番焦（あせ）っていたのは、ノインだった。

　まさか、こんなに早く使うとは思わなかったのだ。

　しかも、護身用（ごしんよう）と言ったにもかかわらず、村長は自（みずか）らの家に火を放ったという事だ。

「――エリウス！窓から出なさい！！早くっ！」

　ノインの人が変わったかのような口調（くちょう）に、エリウスは戸惑（とまど）う。

「ノ、ノイン……私（わたくし）は」

「――早くしろって！！リューネも、娘さんを連れるの！」

「――は、はい！オルディアさん……一緒に！」

　リューネは戸惑（とまど）うエリウスの手を取り、村長の娘オルディアに声を掛ける。

「……はい、すみません！」

　三人は大窓の外、屋根の上に出た。

　残されたノインは、静かに外套（フード）を脱ぎ、へそに着けられた《石》を優しく触（さわ）る。

「……月は出てないし、この村は聖王国に近い事もあってか魔力の濃度（のうど）も滅茶苦茶薄（うす）い……三人を守り切りながら戦うのは――キツイか……！まったく、スノーはどこに行ったんだよ！」

　天気は最悪の雨、嵐（あらし）にも近くなっている豪雨（ごうう）だ。

　当然の如（ごと）く、雲で月は隠れてしまっている。しかも月は満月でもない。

　ノインの本領発揮（ほんりょうはっき）は満月の日だ。

　しかも、相棒である“天使”スノードロップがいない。それが一番キツかった。

「残った《石》の魔力を使っても、どれだけ能力を上げられるか分かったもんじゃないし……」

　【天珠の薔薇石（ヘヴン・インカローズ）】は、ノイン・ニル・アドミラリの命そのものと言える《石》だ。

　この世に生を受けた時から身に着けていた、神秘（しんぴ）の《石》。

　胎児（たいじ）の時、へその緒は《石》に繋（つな）がっていたという。

　異世界【ラヴァアール】、その世界の“獣人”族、長（おさ）の娘。

　それがノインだ。

「……【ラブリュス】」

　そっと呟（つぶ）く名は、愛用の戦斧（せんぷ）の名。

　優しく発光（はっこう）する《石》は形を変え、身の丈以上の大きな両刃の斧となった。

　小さな身体のノインは、軽々とその斧を構（かま）え言う。

「アタシが合図（あいず）をする！そうしたら降りて逃げなさいっ！！いいわね！？」

　窓の外からは「あ、合図（あいず）？」とリューネの戸惑（とまど）う声が聞こえたが、吞気（のんき）にどんな合図（あいず）かを言っている場合ではなかった。

　ならば、分かりやすい合図（あいず）にするまでなのだ。

「――はぁぁぁぁぁぁぁっ！！」

　本当は、階段を下りていけばいいだけの話。

　しかし、ノインは敢（あ）えて戦斧（せんぷ）を振りかざして、床に叩きつけた。

◇

　一階の床では、村長ボズ・コルドーが倒れていた。

　大量の血を流し、既（すで）に意識を手放して。

「このクソジジイ、火を放ちやがってっ！！」

　村長は、背中を斬られていた。

　最後まで、皇女（こうじょ）などいないと言い放って。

　しかし、二階に上がろうとした騎士の一人を止めようとして、背後から背を斬られたのだ。

　傷は深く、致命傷（ちめいしょう）とも言えるほどの深さだった。

　意識も一瞬で飛びそうになったが、ノインに貰った毛束を持ったまま、敢（あ）えて暖炉（だんろ）に倒れ込んだ。

　そして毛束（けたば）は燃え上がり、一気に部屋中に広がっていった。

「――消せっ！上にはエリウス殿下（でんか）がいるんだぞっ！」

「どうやってだよ！水なんて無いぞっ！」

　炎上は加速度的に広がり、あっと言う間に階段近くを炎で埋（う）め尽（つ）くしていった。

「――くそっ！外に出るぞ……！全員を集めて消火に当たれっ！！」

　指揮（しき）していると思われる騎士の一人が叫（さけ）ぶ。

　騎士はぞろぞろと外に出ていき、待機（たいき）していた他の騎士にも応援を頼んだ。

　そして、燃え広がる炎の中で、息絶（いきた）える寸前（すんぜん）の村長は、炎で燃えていく我（わ）が家を見る。

　何十年も過ごし、愛する妻と娘、婿（むこ）と一緒に暮らしてきた、我（わ）が家だ。

　倒壊（とうかい）も始まり、ガラガラと崩（くず）れ始める家に、別れを告げようとした。

　しかしその瞬間、天井（てんじょう）が割れていく瞬間を目撃した。

　スローモーションで、崩（くず）れていく天井（てんじょう）は村長の横たわる箇所（かしょ）を避（よ）けていく。

　まるで、狙ったかのように。

「――ごめん。村長さん」

　村長を見下げる少女は、悲しそうな目で持っていた戦斧（せんぷ）を振り回す。

　旋風（せんぷう）となって巻き起こる風は、軽々と炎を消し去っていった。

「……耳のお嬢（じょう）ちゃん……」

「村長さん……アタシの毛束（けたば）、使ったんだね……」

　村長の手元には、焼け切った束（たば）の煤（すす）が残っている。

　それを握（にぎ）っていたであろう手も、酷（ひど）く焼け爛（ただ）れていた。

「……」

「傷が深い……」

　どう見ても、助かりはしない傷だった。

　それでよくこの暖炉（だんろ）まで倒れ込んだものだ。

　ノインは、自分が毛束（けたば）を渡さなければもしかしたらと、考えてしまう。

　渡した毛束（けたば）は、本当に護身用（ごしんよう）として、騎士たちを牽制（けんせい）する形で使って欲しかった。

　初めから、逃げるためのアイテムとして与えたはずだった。

　ノインはほんの少し、後悔（こうかい）を見せる表情をするも、死地に向かう村長は。

「……ぁりがと、ぅ……お嬢（じょう）ちゃん」

　消え入りそうな声で、視点（してん）の合わない目でノインを探す。

　自分は、皇女（こうじょ）様を助けられたのだろうか、力になれたのだろうか。

　そんな問いを、言葉に乗せている気がした。

「ここにいるよ。村長さん……」

　ノインはしゃがみ込んで、村長の手を掴（つか）む。

　もう力は入らない。息も、小さくヒューと鳴らすだけだった。

「……、……。……」

　小さく、囁（ささや）く。

　ノインは耳を近づけ、その望（のぞ）みを確かに聞いた。

「……うん。約束（やくそく）するよ。アタシが……守る……お姫様も、娘さんも……だから安心していい……この――ノイン・ニル・アドミラリの名において」

　ノインは村長の望（のぞ）みを聞き入れた。

　その、「我、何事にも驚嘆せず（ニル・アドミラリ）」の名に誓（ちか）って。

「……」

　ノインは、村長の手を組ませた。

　光のなくなった目を閉じさせ、崩落（ほうらく）しそうな家を、両手に持ち直した戦斧（せんぷ）で屠（ほふ）る。

　遺体（いたい）には瓦礫（がれき）は落ちない。

　ノインが掛けた言葉は、加護（かご）となって村長の遺体（いたい）を守っていた。

　打ち付ける雨も、家の範囲（はんい）だけは、不思議（ふしぎ）な膜（まく）によって弾（はじ）かれている。

「――直（す）ぐに終わらせる。アタシたちがいなくなれば、これ以上村に被害（ひがい）は出ない筈だからっ……！」

　そうして、ノインは家の外に出ていく。

　外では、炎を消そうとしていた騎士たちが集まっていた。

　轟音（ごうおん）を鳴らしたノインの戦斧（せんぷ）による一撃で、家を取り囲んでいた騎士たちも集結（しゅうけつ）してくれているだろう。

　その隙（すき）に、エリウス達も屋根から逃げている筈だ。

　ならば、更にそのアシストをしなければならない。

　気構えをして、ノインは騎士たちの前に足を向けるのだった。