第2章《天使奔走》

プロローグ【魔導皇帝ラインハルト】



魔導皇帝まどうこうていラインハルト◇


 スノードロップとノイン、そして皇女こうじょエリウスが帝都ていとった翌日。その【帝都ていとガリュガンツォ】では、ようやく火がおさめられた。

 帝都外の野営地やえいちでは、逃げおおせた住民達がテントを張って生活をしている。

 その中には、公爵として亡命してきたレイブン・スターグラフ・ヴァンガードの姿もあった。

 勿論もちろん、養子であるデュードもだ。

 レイブンは、今回の騒動そうどうに一枚もんではいない。

 皇子側おうじがわでもなければ、シュルツの話すら聞いてはいなかったのだ。


 急であったとはいえ、帝国に身を置いてぐのこのクーデター。

 うたがわれずに済んだのも、デュードのお陰であった。

 レイブンが見つめる養子のデュードは、積極的に動いて、き出しをおこなっていた。

 周りの大人達からも大変話題わだいの、城下の人気者になっていた。

 そんな子供を持つ親を、責め立てるようなものは少なかった。

 中には「こいつも旧皇帝派きゅうこうていはだ!」と声をあらげるものもいたが、そんな声はあっという間に静まった。


 それも、デュードが街の人達から信用をていたからだ。

 この短期間でよくやると、レイブンは感心した。

 しかし、せないこともある。


 シュルツの事だ。

 聖王国時代からの知り合いであり、目的も知っている。

 何故なぜ自分に声を掛けなかったのか。

 皇子おうじの行動がシュルツの考えを上回った事は確定だろう。


 恩人おんじんでもあり、友人でもあるシュルツは、現在城にいる。

 どうやら、部下たちとは別行動のようだ。

 北に派遣はけんされた皇女こうじょエリウスも、行方ゆくえが知れない。

 従者じゅうしゃとして共に向かった娘、リューネの行方ゆくえもだ。

 そんな中で、弟のデュードは気丈きじょうによく頑張っていると思う。


(――どうするつもりなのだろうな、これから……)


 テントの入口をめくり、顔を出す。

 するとタイミング良くラッパが鳴りひびき、上空に“魔道具”による投射映像とうしゃえいぞううつし出された。


「……これは」


 住民たちも、ざわざわとその映像をうかがう。

 少しして、ノイズがおさまった映像内に、一人の少年がうつし出された。


「……ラインハルト皇子おうじか……」


 映像の少年は、ラインハルト・オリバー・レダニエス。

 クーデターの首謀者しゅぼうしゃとされ、皇帝陛下こうていへいかの命をうばった張本人だとうわさされる人物。

 その情報は、皇子おうじの側近から直接聞いたものだ。

 しかも、どうやら自分達かられ回っているようだった。


 何故なぜそんなことをするのか。

 それは映像の少年、ラインハルトが直接話し出した。


「――帝国民の諸君しょくん……まずはこの度の騒動そうどう、謝罪させてほしい。多くの民を傷つけ、迷惑めいわくをかけた事、皇帝陛下こうていへいかに代わり……謝罪する。すまなかった……しかし、今回の騒動そうどう発端ほったんは、皇帝こうてい……が父であり、そんな男の暴挙ぼうきょ起因きいんするのだ……」


 ざわざわと、住民たちは困惑こんわくする。

 野営地やえいちの住民も、内側にいる住民も、この映像を見守っていた。

 この映像は、帝国全土に放映ほうえいされている。

 巨大な投影とうえい“魔道具”をもちいて、帝国の全ての街や村にうつし出されているのだ。


「――が父ヴォルスは、隣国、【リフベイン聖王国】と密約みつやくを交わしていたのだ……この帝国の国土の半分を、あろうことか明け渡すと言っていたのだ。それは到底とうてい、許される事ではない……!われらのレオンハルトが言った!帝国は強くならねばならぬ、強き意志こそ、帝国のいしずえたるにあり。と!」


 【魔導帝国レダニエス】、レダニエスの祖先そせんである、レオンハルト・シグヴァ・レダニエス初代皇帝しょだいこうてい

 その残された言葉を、ラインハルトは高らかにさけんだ。

 ざわざわと言葉をはっしていた民衆みんしゅうも、ラインハルト皇子おうじのその言葉を聞いて、大きな声を上げ始めた。


「そ、そうだそうだ!!」

「帝国は強くあるべきだ!皇帝こうてい賊徒ぞくとだったんだ!」

「ラインハルト殿下でんか!いや、新たな皇帝こうていだ!!」

皇帝陛下こうていへいかラインハルト!」

「ラインハルト陛下へいか!!」


 城下の民たちは、うつし出されるラインハルト皇子おうじの映像に、かつての皇帝陛下こうていへいかの姿を重ねたのだ。

 しかし、それは誰も見た事のない、過去の時代の覇者はしゃ

 だがレイブンにも分かる。ラインハルト皇子おうじが、それと同じ事をそうとしている事が。


「皆の声が聞こえる……こんなにも頼もしい声が!!私はちかう!この帝国のいしずえである“魔導”の力をもちいて……必ずや野蛮やばんな隣国から帝国の国土を取り戻し、皆に平穏へいおんな世界を見せると!!その為に、その勇気ある力……私にたくしてくれ!!私は……今日この時を以って――【魔導皇帝まどうこうてい】を名乗ろう!!」


 ラインハルトの言葉は、民衆みんしゅうの心に一気に火を放った。


「「「「ラインハルト陛下へいか万歳ばんざい!ラインハルト陛下へいか万歳ばんざい!!」」」」


「「「「魔導皇帝まどうこうてい万歳ばんざい!!魔導皇帝まどうこうてい万歳ばんざい!!」」」」


 この様を見て、「実に単純なものだ」とレイブンは感じていた。


(初代皇帝しょだいこうていの言葉をもちいて、民衆みんしゅうを動かしたこと自体、単純な誘導ゆうどうだ……ヴォルス皇帝こうていが何をしたのか、どうして死ななければならなかったのか、誰が殺したのか……一切触れていない。密約みつやくをしたと言っていたが、証拠しょうこすらないままだ)


 しかし、民衆みんしゅうは動いた。

 それは、ラインハルトにも素質があるという事だ。

 英雄えいゆうと成る素質が。


 この日、この映像が帝国全土に流れた日。

 そのいきおいのままに、ラインハルトはみずからを【魔導皇帝まどうこうてい】としょうし、新たな皇帝こうていへと即位そくいした。

 否定ひていする者など、帝都ていと内には一人もいなかった。


 それは、ラインハルトが帝都ていといては帝国軍の中枢ちゅうすう掌握しょうあくしていた事が理由でもある。

 しかし、元々のカリスマが無ければ、こうも上手くはいかなかったはずだ。

 少なくとも、ラインハルトは王道を進んでいる。


 目指す最初の目的は、帝国の統一とういつだ。

 近い内にも新設しんせつする軍を派遣はけんし、近隣の街に兵を送る手筈てはずととのえている。

 その後、目的は他国へ移っていくのだ。

 そう、隣国――【リフベイン聖王国】に。

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