35話【魔王の見る未来】



魔王フィルヴィーネの見る未来◇


 大浴場で、エドガーは倒れた身体を真っ先に起こして目をふさぐ。

 後頭部の痛みなど一瞬で消え去り、目をつむっても残り続ける“魔王”様の見てはいけない所が、焼き付いてしまって離れない。

 しかし、こんな状況きょうきょうにもかからず、言われた言葉の重さはエドガーの心音しんおんを更に早めた。


 【召喚師】の責任。

 それは、エドガーが“召喚”した人物全員について回る言葉だ。

 ローザ、サクヤ、サクラ、メルティナ、フィルヴィーネ。だけではない。

 その関係者であるリザやコノハもそう、エミリアやローマリア王女に、メイリン、アルベール、マークスもだ。

 フィルヴィーネが言いたい事は、きっと。


『――分かってます……僕は、自分の意志で“召喚”しようとしている……異世界から、“召喚”を……』


 エドガーが決めた覚悟の一つ、それは。


『僕は……――コノハちゃんを“召喚”します。自分の意志いしで……巻き込んでいきますっ!』


『責任は果たすと……?』


『僕になんの責任を果たせるか……今はまだ分かりません。でも、もう決めました!だから、フィルヴィーネさんにも手伝って欲しいんですっ、力を貸してほしい。我儘わがままなのも、身勝手なのも分かってる。でも、今僕がローザの所に行くことは出来ない!約束したから……ローザと、約束したんだっ!!だから頼む、頼むよフィルヴィーネ・・・・・・・っ!』


 フィルヴィーネが、直接的に力を振るわないと言われたのは当然覚えている。

 “魔王”であるフィルヴィーネがそれをしただけで、エドガー達の物語ストーリーは大きく変わってしまうからだ。

 そうさせないための“かせ”だって付いている。


 しくも、土下座に近い形のエドガー。

 裸のフィルヴィーネを見ない様に、でも真剣に言葉をしぼり出して、思いをつたえた。

 フィルヴィーネに届けと、言葉に心を乗せて。


『――まだ分からずに責任を果たすと言うか……だが、その答えは面白い。巻き込む覚悟は見せてもらおうではないか。しかし大変なのではないか?特定の誰かを、狙って・・・“召喚”するのは』


『そ……れは、そうです。成功する確率だって、多分高くない……別の誰かが“召喚”される方が、確立としては高いはずです……』


『それでもやると……?』


『――はいっ。やります!』


 即答そくとうだった。

 サクヤの思いも、コノハの思いも決して無駄むだにしない為に。

 サクラを元に戻して、コノハを“召喚”する。

 それが、エドガーの決めた答えだ。


『もし、他の誰かが“召喚”されればどうする?』


『……それこそ、責任を持ちます。誰を呼んだとしても、この世界の安息あんそくだけは、必ず約束する……』


『――その者が、帰りたい・・・・と言ったら?』


 エドガーに、異世界に送り返す力はない。

 引っ張り出せても、元には戻せない。

 それは、歴代れきだいの【召喚師】も同じだ。

 エドガーも父親も、“召喚”した物体を戻すことは出来なかった。


最善さいぜんを……くします』


『ふむ。まあいいだろう……』


『そ、それじゃあ!――あっ!すみませ……!』


 嬉しさに、思わず顔を上げて見てしまう。


『別にかまわぬ。見られてずかしければ、とっくにさけんでいるさ。ほれほれ……見てもいいのだぞ?』


 ごもっともで。だが、見たら死ぬんです。

 将来的に、誰かにやられてしまうんです。

 とは言っても、すでに少しは見てしまったのだが。


『い、いえ……遠慮えんりょしておきます』


『クックック。そうか、まぁいい。いつかまじまじと見る時が来るのだからな……あーっはっはっは!』


 そう言い残して、フィルヴィーネはご機嫌にっていく。


『……え、ええぇ……!?』


 堂々と闊歩かっぽするフィルヴィーネの背(お尻)を見ながら、エドガーはポカンと口を開ける。


『結局……お願いは聞いてくれるの、かな……?』


『――そうね。フィルヴィーネ様、ご機嫌だったし』


 うしろからトコトコと歩いてくるリザ。

 エドガーは、そんなリザを見ながら。


『そう……なの?』


『そうよ。高笑たかわらいしたでしょ、機嫌がいい証拠しょうこ……あんたの答えを気に入ったんでしょ』


『そう……かなぁ……?』


『そうだってば!それよりさ……私も裸なんだけど、なんか言うこと無いわけ?』


 リザがずかしそうに、身をよじって言うが。


『え、うん。ないよ別に』


 と、エドガーは立ち上がってしまう。


『……』


『じゃ、僕は行くから。後でよろしくね、リザ』


 やる事があると、エドガーはシュタッと素早く行ってしまった。

 残されたのは、無意味に身体をよじる、あわれな“悪魔”だけだった。





 場面は戻って【召喚の間】。

 自分の部屋から持って来た“魔道具”を、丁寧ていねいたなに並べていくエドガー。

 フィルヴィーネは壁に背を預け、その姿を見ながら想像する。

 遠い未来の、自分達の姿を。


 王と呼ばれ、何人もの異世界人をたばねる青年。

 そばにいるのは、赤髪の女性と、黒髪の女性が二人、少女が一人。

 緑髪の女性に、橙色の小さな“悪魔”もいた。


(われの……私の見る未来は、そう遠くはないだろう……)


 エドガーの責任に対する答えは、満足のいくものだった。

 巻き込む覚悟を決めたエドガーは、今後【異世界召喚】を何度もする事だろう。

 それは、守りたいと言う思いからのものか。

 それとも強くなりたいと言う思いか。


 正直に言えば、フィルヴィーネはどちらでもいい。

 エドガーが強くなりたいと言えば助言じょげんもするし、守るための力が欲しいと言えば、それこそ“悪魔”のようにささやくだろう。

 自分が手を下さない限り、フィルヴィーネは行動を広げる事が出来る。


 この世界では“神”も“魔王”も関係無い。

 能力のせいで、この世界の人間と戦うことも出来ない以上、フィルヴィーネが出来ることは限られる。

 ならば、フィルヴィーネは何をしたいのか。


(私は……エドガー達こ奴らを育てたい……強くし、この衰退すいたいした世界のいしずえとしたい……)


 見える未来の情景じょうけいを、“魔王”は優しい笑顔で想像した。

 困難こんなんの方が多いだろう。きっとくじける時もある筈だ。

 毎回上手くいくとは限らないし。むしろ失敗する事の方が多い。


(見せて欲しい……私が“神”をめ、“魔王”として君臨くんりんした時、未来をうれいたおろかな人間達が足掻あがいたような……人間の素晴らしさを……)


 はるか昔の事を思い出し、フィルヴィーネは壁に預けていた身体を起こして、エドガーのもとに向かう。


われの準備はいいぞ。エドガーよ」


「……あ、はい。僕ももう終わります」


 エミリアとサクヤとコノハは、エミリアが入れないため、一度【召喚の間】から出て遊んでいた。

 エドガーの視線しせんは、コノハだ。

 彼女に、言わなければならない事がある。


「僕がコノハちゃんにいう事は、ひどい事です、よね……?」


「どうかな。その後の事を考えれば、決して悪い話ではない……むしろの方が大きい。ただ、コノハに理解が出来るかどうかだ。確か5歳だったな……子供に、異世界だどうだを言っても伝わるかはあやしいな。ただ、サクラの思考を共有きょうゆうしているのなら、話自体は出来るだろうな」


「だといいんですけど……って」


 自嘲気味じちょうぎみに笑うエドガーを、フィルヴィーネはコツンと指で小突いた。

 しゃがんでいたエドガーは、頭を押さえて上を見上げる。


「――巻き込むのだろう?覚悟がブレたのか?」


「……いや、そういうんじゃなくて……ん、でも……怖いのかもしれませんね」


「怖い?ああ、否定ひていされるのがか……?」


 聞き返そうとしたが、意味合いを理解して返答するフィルヴィーネ。


「そう、ですね……でも、言います」


「うむ。それでいい」


 それでこそ、未来に進めると言うものだ。

 否定ひていされる恐怖は、“不遇”にあつかわれて生きて来た【召喚師】にはつきものなはずだ。

 しかし、身内と思っている人物に否定ひていされるのは、一際ひときわダメージを受ける事だろう。


「――よしっ」


 エドガーは一人納得し、立ち上がってサクヤ達を呼ぶ。


「サクヤ、コノハちゃん!……いいかな?」


 エミリアにきついていたコノハは、「はーい」と笑顔で答え。

 サクヤは神妙しんみょうに、ゆっくりと飲み込むように「……はい」と答えた。

 エドガーはコノハにげなくてはならない。

 この世界と、一度――お別れをしてくれないかと。

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