16話【帝国の異世界人1】



◇帝国の異世界人1◇


 異世界人ノインの動物的な行動に笑う、シュルツ・アトラクシア。

 一頻ひとしきり笑っていると、空間をって、室内に直接転移てんいして来る一人の女性。


「――あらあら、そんな大きな声を上げて……いったいどうしたのですか?」


「ははは……あ、ああ。スノーか」


「あー!スノー!!聞いてよ、シュルツ様がさぁ!」


 もうダッシュでスノードロップに突撃するノイン。

 シュルツに言葉をはっせさせないつもりでいるらしい。


「……おっと」


 スノードロップは正面に四角い魔法障壁しょうへき展開てんかいし、突撃してきたノインはその壁にぶつかった。


「――へぶっ!!」


 顔面からダイブし、ズルズルとへたり込む。

 スノードロップはへたるノインの視線しせんを意にかいさず、シュルツの方に歩いていく。

 白銀の髪をさらりとさせて、笑うシュルツの隣に座ると。


「――その様子だと、計画・・は早まったのですね?」


 笑顔でシュルツに話しかけるスノードロップの言葉に、ピタリと笑うのを止めたシュルツは。

 それでもまだ面白おかしそうに言う。


「……ああ。君が謁見えっけんの間から出て行ってから、あの皇帝こうていみずから言い出してくれたよ。実に滑稽こっけいな姿だった……流石さすがこの国の陛下へいかだ。初めてこの国におとずれた時の事を思い出したくらいさ……まったく、愚鈍ぐどんおろかなピエロだよ……くくっ……」


 不謹慎ふきんしんしかない言葉を並べ、不気味ぶきみに笑うシュルツを、スノードロップもノインも神妙しんみょう面持おももちで見つめる。


 二人は、シュルツの目的を知っている。

 長年の付き合いで、その様な行動も考えも、全てを肯定こうていして共に居るのだ。

 しかし、スノードロップとノインの二人には、別の思惑がある。

 それを許容きょようする事が、シュルツに協力する条件じょうけんだった。


「――では、近いうちに聖王国に戻る・・のですか?」


 シュルツは立ち上がると、乱雑らんざつに物が置かれたテーブルから、一つの《石》を手に取り言う。


「……いや。まだだよ……レイブンの探し物もあるしね。折角せっかくの協力者だ……失礼をするつもりは無いよ。ただ、気になるのは……愚鈍ぐどん皇帝こうていではなく……――眠れる獅子ラインハルト皇子と……」


「はぁ……【魔女ポラリス】ですか……」


 ため息をくスノードロップ。

 その名を出すだけで、如何いかに嫌かがつたわる。


「ああ。彼女が皇太子こうたいしラインハルトと親しくしているのは知っているだろう?」


「……ええ、まぁ」


「それが不穏ふおんではないかい?」


「単に男漁おとこあさりをしているだけでは無いのですか?この前も、城下の警備兵に声を掛けていましたが……その前は男爵貴族の男性に、その前にいたっては、年端としはもいかない少年に手を出してっ……!あの【魔女ビッチ】!!」


 しかめっ面をしながら、【魔女】の奔放ほんぽうな性事情に嫌悪感けんおかんいだくスノードロップは、“天使”とは思えない言葉をく。


「――あははっ。スノーってば変な顔っ!」


「……彼女は、協力してくれているとはいえ、その行動が謎過ぎる。特にここひと月(90日)、不審ふしんな行動が多いからね……」


「……そう、ですね……」

(……不審ふしん、ですか……やはりあの【魔女】、気付いているのでしょうね。あの子の気配けはいに)


 何かを考えているスノードロップに、シュルツは。


「――そんなにいやかい?ポラリスが……」


「……え、ああ。いえ……そうですね……」


 シュルツの言葉に、スノードロップは心底いやそうに答える。


「――ええ!勿論嫌です……それでなくても同世界の出身、あの【魔女】がわたくしの世界で英雄・・と呼ばれた傑物けつぶつであろうとも、《天界》からすれば敵だったのです……今でも思い出しますわ、初めてこの世界に来た瞬間の事を……」


 考えを誤魔化ごまかすようににぎったこぶしに怒りを乗せて、元の世界での、最後の瞬間がフラッシュバックした。





 大空を飛翔ひしょうする、大勢の“天使”達。

 それをひきいているのが、スノードロップだった。

 【四大天使】ガブリエルとして、この場にいない三人の分も指揮しきしているのだが。


流石さすがに人間の英雄、一筋縄ひとすじなわにはいきませんね……』


 数々の“天使”を撃ち落としては高笑いを浮かべる、人間の女。

 彼女は世界を平和にみちびいた【勇者】であり、だがしかし《天界》と《魔界》を敵に回した、反逆者はんぎゃくしゃでもあった。


『……わたくしみずからが出陣しましょう……』


 白銀の翼を羽ばたかせ、槍をかまえる。

 《魔法》の準備をしながら、部下の“天使”達が進路を開けるのを待つ。

 程なくして進路を確保かくほしたスノードロップは、いきおい良く飛び出した。


『……――反逆者はんぎゃくしゃポラリス!!抵抗ていこうせず、大人しくばくされなさいっ!今なら、《石》を剝奪はくだつされるだけで済みますよ……』


『――あらぁ?……これはまた随分ずいぶんと綺麗な“天使”ね。見たところ、大天使クラスかしらぁ』


 ポラリス・ノクドバルン。

 無数・・の《石》を持つ、稀代きだいの【魔女】。

 英雄の可能性を秘めたと言われた【ブラストリア王国】の王女、ロザリーム・シャル・ブラストリア消失のぐ後に現れ。その後釜に座った人間界の【勇者】だ。


 ポラリスはちゅう浮かびながら・・・・・・、右手でつかんでいた“天使”の首を離す。

 落下していく“天使”は、他の部下が確保し、スノードロップはひとまず安堵あんどする。


『……わたくしの名はスノードロップ。【四大天使】の一人、ガブリエルです……』


『……へぇ』


 ポラリスはくちびるをぺろりと舐め、獲物えものを見る目つきでスノードロップを見た。

 その視線しせんは、胸元の水晶すいしょう。【運命の水晶デスティニー・クォーツ】に注がれる。


『――いいものをお持ちで』


『――!?……消えっ――!』


 目の前から言えた【魔女】は、突然スノードロップの眼前に出現し、スッと手を伸ばして、スノードロップの水晶すいしょううばおうとする。


『――なっ!?』


 瞬時に目の前に現れた【魔女】ポラリスに、スノードロップは翼を広げて後退し、《魔法》を放った。

 ドドドドッ――!っと、氷の槍が無数むすうに【魔女】の身体に突き刺さる。

 先程まで“天使”達とり広げていた、一方的な戦いがうそのように、槍を直撃させる。

 しかし。


『今の手応てごたえは……!』


 スノードロップは顔をしかめる。

 まるで案山子かかしを攻撃したかのような、無駄むだな行動に似た感覚。

 突き刺さる氷槍ひょうそうけて水になり、ゆっくりと地面にしたたっていく。

 突き刺さった側の皮膚ひふも、突き抜けたはずの裏側も、無傷むきずだった。


『……いいわぁ。その《石》も欲しい……欲しい……欲しいわっ!!』


 高揚感こうようかんを高まらせたポラリスは、その欲望よくぼうさけぶと。

 再度、【魔女】は姿を消す。

 スノードロップに感知もさせず、瞬きもしない内に。


『――なっ!!――ぐっ!あぁっ……!』


 スノードロップは、“天使”にしか使えない筈の《転移魔法・・・・》が使われた事に驚き、咄嗟とっさ距離きょりを置こうとした、が。

 瞬間移動で背後に回り込んだ【魔女】は、スノードロップの身体に背後から組み付いた。


『……くっ、な……何を……んんっ……!』


 【魔女】は、スノードロップの首筋くびすじをぺろりと舐める。

 胸元に手を入れ、その豊満ほうまんな胸をまさぐって頬を赤らめる。


『うふふ……いい反応だわぁ。初心うぶな“天使”に教えてあげる……さいっこうの快楽かいらくをっ!!』


 ススス――と、すべる指は、スノードロップの下半身に伸びる。


『――ちょっ!!この……不埒ふらちなっっ!!』


 藻掻もがくスノードロップを笑いつつ、ポラリスの指はスカートをまくり上げていく。

 純白じゅんぱくの布地が見えると、【魔女】はニヤリと微笑ほほえんで言う。


『あらら~?なんてり来たりな……!“天使”はだって?――あははっ、可愛らしいわねっ、大天使ちゃんっ!!』


『……くぅ……ぁ……い、いやっ……!』

(この人間……普通じゃないっ……!《転移魔法》が使えない・・・・なんてっ!)


 スノードロップは、その美しい顔を恥辱ちじょく屈辱くつじょくりつぶし、真っ赤になったほほを、涙でらす。

 スノードロップは、《転移魔法》で何度も脱出だっしゅつこころみていた。が、全ての《魔法》がキャンセルされていたのだ。


『――無駄むだよぉ……?――じゅる……』


『――ひぃっ!!』


 恍惚こうこつ表情ひょうじょうでスノードロップの肩筋かたすじを舐め、胸元の《石》に手を伸ばす。

 最初に言った通り、目的は《石》の奪取だっしゅなのだろう。

 スノードロップをもてあそんだのは、単なるついでだった。

 そのついでで、スノードロップはトラウマにも似た感覚をえ付けられていた。

 しかし、【魔女】が《石》に触れようとした瞬間だった。


『……!?』

『――な、なにっ!?』


 二人を取り囲むように、全周囲に展開てんかいされる魔法陣。

 流石さすがにポラリスも戸惑とまどうかと思ったのだが。


『――へぇ。面白そうね……』


 と、目をかがやかせていた。

 その【魔女】の異常ならざるひとみうつる、絶望する自分の姿を確認して、“天使”スノードロップと、そして【魔女】ポラリスは【リバース】に“召喚”されたのだった。





 屈辱くつじょく回想かいそうを終えて、スノードロップは忌々いまいましい記憶をぬぐい去るように言う。


「――わたくしは、絶対にあの【魔女】を信用いたしません。たとえ以前の仲間であろうとも、こればかりはゆずれませんわ……シュルツ様が命令しようとも、絶対です」


「……こ、こわぁぁぁ……」


 ノインは尻尾しっぽ逆立さかだたせて、ポラリスの色情しきじょうっぷりに恐怖をいだく。


「はっはっは……ま、信用しないって点は俺も同じだがな……」


「なぁにを笑っているのですか!シュルツ様……貴方あなたも昔、誘惑ゆうわくされたことがあるでしょうに!!」


 スノードロップはいきどおりを見せる。

 普段、冷静れいせいかつ飄々ひょうひょうとしたお姉さんなのに、ポラリスの話となると激情化げきじょうかしてしまうのだった。


「……やれやれ。困ったものだ……」


 スノードロップは過去にいかり、ノインは未来を不安視ふあんしする。

 その姿に、シュルツは疲れたように言った。

 しかしそう言いつつも、なつかしい思い出をみしめる様に、シュルツは笑ったのだった。

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