06話【誤解は水に流れず1】



誤解ごかいは水に流れず1◇


『~~~~~~~っ!!』


 メルティナの説明を聞いたエドガーは、声にならない想いに頭をかかえてリザをうらんだ。

 途中とちゅうからはローマリア王女も説明に加わっており、第二王女スィーティアの事も聞いた。

 その上で、【ゴウン】の事も言わなければならないと頭をかかえている次第しだいである。


『エミリア……貴女あなたいのしし過ぎるわよ本当に……少しくらい疑心ぎしんを持ちなさいっ』


 しばられたまま、ローザにたしなめられるエミリアは、少しだけシュンとしながらもフィルヴィーネをにらむことを止めない。


『フィルヴィーネ。貴女あなた貴女あなただわっ……何か言いなさいよ、面倒めんどうくさいんだからこの子エミリア……はぁ~』


 腰に手を当てて、いかにも面倒めんどうくさそうにため息をく。


『――だってエドが!く、くく、くちびるっ!!』


『アッハッハッハ!……そんなことで取り乱すとは、やはり人間の子はからかい甲斐がいがある……』


 休憩所のソファーに座ったまま、フィルヴィーネは笑う。

 自分の部下がまねいた事でややこしい事になっていると言うのに、吞気のんきだ。


貴女あなたねぇ……それとエミリアも、にらむのをやめなさい。ただでさえ怖いつり目が、ひどい事になっているわよ?』


『なってないっ!』


『――なっているわよっ!』

『なっているぞ、エミリア殿……』


 威嚇いかくするエミリア。

 ローザだけでなく、サクヤにまで言われている。


 ローザが仲裁ちゅうさいをしてくれている最中さいちゅう、エドガーはローマリアに感謝をべていた。

 メルティナを無事に帰らせてくれた事と、その後の説明への礼だ。

 そして一方、メルティナは苦手な正座をして反省をあらわしていた。

 グスッと涙をぬぐい、面倒事を排除はいじょしなかった事を、ひたすらに後悔こうかいしていた。


『いやいや……気にしなくていいわ、エドガー』


 エドガーにあやまられたローマリアは、笑顔で言葉を返しながら、しばられた部下エミリアを見て続ける。


『正直、ここまでエミリアが“魔王”様の事を考えていたとは思わなかったけど……』


『……』


 エドガーも何か思う事があるのか、エミリアを見て反省はんせいしたように言う。


『僕の配慮はいりょが足りませんでした……余裕よゆうが無かったこともありましたけど、エミリアは初めから異世界の事に関わってくれている、大切な人・・・・です。少し遅くなってでも、事情じじょうを説明するべきでした』


 今のエドガーの言葉の、ある部分を耳聡みみざとく聞いていたエミリアは、途端とたんにしおらしくなって、乱れたスカートを恥ずかしがる。


『……本当にエドガーしか見えていないのね、貴女あなた


『――いたっ』


 ジト目のローザに指でひたい小突こづかれて、エミリアは恥ずかしそうにほほを赤くする。


『だってあの“悪魔”が……それに、サクラの事もあって。“悪魔”は敵って言うのがあったから……つい……』


 フィルヴィーネは、エミリアの言葉にピクリと反応する。自覚はあるのだ。


 サクラが精神的に不安定ふあんていになったのは、明らかにフィルヴィーネとの会話が切っ掛けだろう。(第1部188話189話参照)

 フィルヴィーネも、それを自覚している。それなりに悪いとも思ってはいる。

 しかし、それだけだ。


 フィルヴィーネにとって、死とはめぐりくるものであり、“神”の身でありながら“魔王”となったその身体は不死であり、無限に再生する。

 たましいすらちる事のない存在だ。

 それゆえに、死に対してネガティブになる事は無かった。


⦅だが……われにも情はある。だからあの“天使”に渡された【月のしずく】とやらを使ったのだ……⦆


 死んでほしいなどとは到底とうてい思わない。

 《契約者》であるエドガーの最善さいぜんが、フィルヴィーネにとっても最善さいぜんとなりつつある状況じょうきょうに。

 心に変化がおとずれ始めている事を、今この瞬間のフィルヴィーネが知るよしは無かった。


 そして、エドガーが王女に一頻ひとしき謝罪しゃざいし、エドガーはエミリアのもとに歩み寄ってしゃがみ込む。


『エミリア。冷静れいせいに話しを聞く気になってくれたかい?』


『エ、エド……でも私』


『……何かな?』


『――うっ。はい……ごめん』


 エドガーの笑顔の威圧いあつに、エミリアの気迫はうすれていく。

 そんな二人を見てか、ソファーに座っていたフィルヴィーネも気を変えたのか。

 立ち上がり、ゆっくりと近付く。


『……!』

『エミリア……』


 再度つり目を激しくしそうになるエミリア、そのほほを両手でつつみ込むエドガー。


『……ちょっと……フィルヴィーネっ』


 ローザが、話しをややこしくするなとフィルヴィーネに言おうとするが。


『――違う。自己紹介だ……勘違かんちがいするでない。ロザリーム……』


 少し優しく、それでも自分の考えを曲げない程度に。

 フィルヴィーネはローザの肩をポンっ――と叩いて、エミリアのもとにひざをついた。


『おぬしが、エドガーの幼馴染……エミリアだな。われはフィルヴィーネ・サタナキア……おぬしの言葉通り、異世界で“魔王”をしていた』


『……エミリア・ロヴァルト……です』


 言葉を素直に返したエミリアを見て、エドガーとローザがホッと息をく。


われの部下が、おぬし余計よけいな事を吹聴ふいちょうしたようだ……しかし、“悪魔”であるあ奴の言葉を鵜呑うのみにしてはいけないぞ……われは、エドガーとの契約で人間に危害きがいは加えない、それは約束しよう。しかし、あ奴は違う……』


『――確かにそうね……』

『ローザ。だまって』


 ローザが相槌あいづちを打つ姿に、エドガーが言う。

 エミリアはだまって聞いていた。


われの部下である以上、悪さはしないであろうが……個人で馬鹿ばかをやる事までは駄目だめとは言えん。それは人間社会と同じだろう……エミリアよ、おぬしも上司にみつを隠してここまで来たのだろう?』


『……うっ』


 グサッ――と刺さったようだ。

 ローマリア王女は、『もっと言ってやってください』と、どうやらエミリアの猪突体質ちょとつたいしつくぎを刺さねばと思っていたらしい。


『エドガーの事を大切に思う事は、おぬしの第一優先なのだろう……それは理解しよう。だがな、聞けばおぬしは、【聖騎士】なのだろう。自覚を持て。王女の部下、つまりは国の指針ししんを守るつるぎ……エミリアよ、常に見られていくと言う事を、努々ゆめゆめ忘れてはいけない』


『……はい……すみませんでした』


 真っ当な事を言われ、シュンとするエミリアの怒気どきは一切なくなっていた。


『凄い……』

『そうですね、あの時の神意しんいを感じます』

『そうだね……あの時……ん?』


 エドガーの横に立って、サクヤが思い出したように言う。

 フィルヴィーネ・サタナキアは、【紫月しづきの神ニイフ】と呼ばれる“神”だった。

 エドガーとサクヤは、一度神意しんいを解放したフィルヴィーネを目撃している。

 それは、サクヤの《石》である【魔眼】の力を見る為だったが、そう言えば、その時フィルヴィーネの手の甲にキスをしたような。


⦅――あ、あれかぁぁぁぁぁっ!?⦆


 エミリアが何に怒っていたのか、見当けんとうがついた。

 それをリザに聞いたのだろう。

 幼馴染のだらしない所を言われて、きっと腹を立てたのだと、エドガーは想像する。


 もう一度、今度は本当に優しい笑顔で、エミリアに寄りう。


『ごめんエミリア。多分勘違かんちがいをさせてしまったんだね……エミリアの思っている事は無くて……リザが言った事は、言葉のあやってやつだよ』


 ローザが結んだ赤いなわほどきながら、何故なぜ弁明べんめいするように話し出す。

 ダメ男が浮気を弁明べんめいするような変な状況じょうきょうに、ローザもあきれる。


『何を言ってるのかしら……』


 かれたエミリアは、少し戸惑とまどいつつも弁明べんめいするエドガーの言葉を聞き、答える。


『わ、私も……ごめん。なんか色々……ごちゃごちゃになっちゃって。でも、エドが言うんならそうなんだねっ。くちびるがどうとか、うそだったんだ。よかった~』


『……』

『……』

『……』


 エドガー、サクヤ、フィルヴィーネは無言だった。

 ローザ、メルティナは、『やはり』と言った感じでエドガーの背中に視線しせんをぐさりと刺す。


『……えっ……?』


 エミリアは、笑顔でエドガーを見据みすえる。

 たらりと、エドガーはほほから汗を流す。

 何と言えばいいかを、ひたすらに考えているようだ。

 一瞬が長く感じられたが、言葉をはっしたのはフィルヴィーネ。

 その言葉で、エミリアとフィルヴィーネの関係性は決められてしまった。


『――事実だが?ほれ、ここにな』


 そう言って手を差し出し。

 甲に口付けをしたことを示唆しさする。


『……エド』


『――は、はいっ!事実ですっ!!ごめんなさいっ……!』


 暗い影を落とすエミリアに、あっという間にくっしてあやまるエドガー。


⦅あ~あ、あやまってしまった……⦆

不器用ぶきようですね、【召喚師】……⦆


 ローマリア王女と【聖騎士】ノエルディアは、あきれ半分、面倒臭めんどうくささ半分と言った感じで、事を見守っていたのだった。

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