139話【同じ世界から】



◇同じ世界から◇


「……ロザリーム・シャル・ブラストリア。【勇者】に成りそこねた、うつろなる王女よ」


 フィルヴィーネの言葉にはエドガーや他の異世界人もおどろいていたが、それ以上におどろいていたのが、【リフベイン聖王国】の王女ローマリア・ファズ・リフベインだった。


「……ローザと同じ世界の……“魔王”!?」


「そうだ。われは、其方そなた消失しょうしつした時、それはもうやんだ……三日三晩、寝ずに暴れまわるほどな……そのせいで、何人の“魔族”が死んだ事か」


 「いやダメでしょ!」とサクラがツッコミを入れるが。

 “魔王”フィルヴィーネを怒らせたら、もしかして。と、ここにいる誰もが考えただろう。

 しかも、その同族虐殺ぎゃくさつの現場に残っていた物が、【悪魔の心臓デモンズハート】だとは思うまい。


「私と……同じ世界。つまり過去の……世界から」


 ローザの言葉に、フィルヴィーネは軽快けいかいに笑いながら。


「クックック……そうか、其方そなたも気付いているのだな」


貴女あなたも知っているのね……」


 うなずくフィルヴィーネ。


「当然だ。ざっと見積みつもって千年――いや、もっとな可能性もあるな」


 エドガー達は、顔を見合わせておどろいている。

 異世界人であるローザとフィルヴィーネが、同じ世界。

 それも、過去からの《召喚者》だとは。


「それって、今いるここは……ローザやフィルヴィーネさんに取っては未来・・って事ですか?」


 サクラが言う。そうだ、言ってしまえば、異世界人では無いのでは?と誰でも考えてしまう。

 だがそれを、フィルヴィーネは否定ひていする。


「それは違うな。われらがいた時代……その時の国や街はすでに無い。生態系せいたいけいすらも最早もはや別物だ。当然、知り合いなどる訳ない……ましてや、神々かみがみ関与していない・・・・・・・時点で……別世界――異世界だよ」


 生態系せいたいけいや生活方式そのものが違い、人類の発展はってんレベルも相当ちがっている。

 “神”や“魔王”の存在がすで御伽噺おとぎばなしになっているのも、ローザとフィルヴィーネからすれば驚きなのだ。

 それだけ、時間と言うものが変えてしまう。そういうことだ。


「それに……空気そのものが違うからな、気付くはずがない……普通はな」


「空気……?」


 フィルヴィーネはスゥゥゥっと、息をって、く。


「そうだ。われのいた時代。空気には微量びりょうの魔力がふくまれていた……だから、生きていた者の大概たいがいが《魔法》を使えたのだ。人間も、“魔族”も……“天族”もな」


「ちょっと待って――“天族”?」


 ローザがいぶかしんで、フィルヴィーネを睨む。


「なんだ?」


「“天族”?……そんな存在知らないわ……“天使”ならともかく」


 ローザは“天族”は知らないと言う。

 フィルヴィーネは「そんなものか」と言いため息をき、馬鹿にするように言う。


其方そなた、“天使”にさずけられた力で戦っておるのだろう?」


 「それなのに、知らないのか?」という事だろう。

 フィルヴィーネのローザを馬鹿にしたジト目は、精神にダメージを与えるには十分だった。


「……くっ」


 二人のやり取りを見ていたエドガーとサクラは、めずしいローザの姿に困惑こんわくするも、少し安心した。

 こそこそとエドガーの隣まで来て、サクラは話をしてする。


「エド君。めずしいよね。ローザさんがこんなに余裕が無いの」

「そうだね。なんか新鮮しんせんっていうか、そんな感じだよ」

「ローザさんが可愛かわいく見える。フィルヴィーネさんが年上だからかな?」

「……あはは、そうかもね」


 こそこそと好き放題言う二人に、ローザは「ギロリ」とにらみをを利かせる。


「――いっ!!」

「――ひぃっ!」


 その赤い瞳・・・に、咄嗟とっさに口を押さえるが。時すでに遅し。


<サクラ……後で覚えていなさい>

<あ……はぃ――あれ、エド君は?>

<……何か?>

<あ、いえ……すいません>


 【心通話】でくぎを刺された。サクラだけ。

 涙目になるサクラを横目に、エドガーは思っていた。


 ローザとフィルヴィーネのこの関係性かんけいせいは、今後ローザを助けてくれるような気がする。

 年齢的にも精神的にも成熟したフィルヴィーネが、この異世界の少女達を先導せんどうするポジションになるのではと感じているのだ。

 簡単に言っているようだが、《契約者》としての予感よかんじみたものが、エドガーにはあった。





 フィルヴィーネは、“天族”について説明する。


「簡単に言えば、翼と光輪こうりんのない“天使”だ……見た目は人間族そのもので、並の人間に見分けることは出来ない……そういう点で言えば、其方ローザも、並の人間・・・・だったみたいだがな……」


 「くっくっく……」と笑い、ローザを見る。

 そのローザは、好き勝手に言われて、どう見てもイラついていた。


「“天使”に認められて《ソレ》をさずけられておきながら、その真実を知らぬとはな……まったく、あきれかえってしまうわ」


 今のローザの頭の中は、自分の《魔法》の師匠ししょうである“天使”ウリエルに対するいきどおりで一杯いっぱいだった。


(……あの、【バカ天使】ぃぃぃぃ、ズボラで適当てきとうで能天気でロリコンなだけかと思っていたら、まさかここまで阿呆あほうだったなんて……)


 ローザもまさか、こんな未来の異世界でここまでコケにされるとは、まったくもって思っていなかった。

 ましてや、いとしささえ芽生めばえ始めた、少年の目の前で。


 もし、ローザが【消えない種火】の所有者しょゆうしゃじゃなければ、今頃きっと顔から炎がき出ているくらいずかしい頃だろう。

 もしかしたら、炎は本当に出せるかもしれないが。


「――それにしても、われ其方そなたを高く評価していた……それなのに、まさかみずか権利けんりを捨て去るとはな……」


「勝手に評価されても困るわね……それに権利けんりですって?――いったい何の事よっ?」


「先も言ったがな……其方そなたは【勇者】になりそこねた。その権利けんりだ」


「――私はそんなもの知らない。【勇者】なんて興味きょうみもなかったし……権利けんりなんて、貰っても送り返したわよ!」


 手をるって否定ひていする。

 【勇者】になど興味きょうみもないと。

 しかし“魔王”は違う。求めていたのだから。ローザが【勇者】になる事を。


「……つまらぬな――救国きゅうこくをし、民にうやまわれ、他国に恐れられ。そして親族に裏切られた王女……あわれな女だ」


「……――何ですって?」


「――なんだ?文句があるのか?」


「「……」」


「――す、少し待ってくださいっ!!」


 ピリリ――と、空気が発火しそうな険悪けんあくな状態をさえぎってくれたのは、ローマリア王女だった。

 エドガーも動き出そうとはしていたが、ローマリアの動きは非常にスピーディーだった。


「……話に水を差して申し訳ありませんが。私は、この【リフベイン聖王国】の第三王女、ローマリア・ファズ・リフベインです……異世界の“魔王”様、どうか私の話をお聞きください」


 ローザの隣に立ち、軽くウインクして合図あいずする。

 特に意味は無いが、ローザはそれを見て気が抜ける。


「はぁ……なによ。ローマリア王女」


「ふむ……聞こうか、王女よ」


 フィルヴィーネも、どうやらむやみやたらに喧嘩けんかっ掛けた訳ではないらしい。

 ベッドの上では、とてもえらそうにしているが。


「――は、はいっ!私は、いえ、この【リフベイン聖王国】は……過去、【ブラストリア王国】であったとされています」


 話を軌道修正きどうしゅうせいさせたのか「私は」の後が若干じゃっかん気になるものの。エドガー達はローマリアの言葉におどろく。


「こ、ここが……【ブラストリア王国】?――ローザがいた……国?」


「マジで……?」


 サクラは目を見開いて、ローザとローマリアを交互こうごに見やる。

 先程のローマリアの「私は」に、気付いたのだろう、ローザとローマリアの二人に、物凄く遠い遠い血縁関係けつえんかんけいがある事に。


「おそらくね」


 ローザは、やれやれと両手を上げて言う。

 しかしローマリアは。


「いや、絶対にそうです!」


 もう、完全に信者しんじゃの目だった。

 ローマリアは、かなりローザを気に入っている、というか最早もはや信仰しんこうしているようだ。

 「ふんす!」と鼻息あらく、ローマリアは興奮気味こうふんぎみに続ける。


「この【リフベイン聖王国】の《禁書きんしょ》に、そうしるされているのです!ローザの事もしるされていて、それを先ほども話していました」


「そうなんだ……」


 エドガーの言葉に、コクリとうなずくローザ。

 少し疲れている感じだ。


 ローザとローマリアの関係性は分かったが、フィルヴィーネは。


「しかし、それとわれは関係ないではないか……」


 と、確かにそうだ。としか言えない事を言う。

 そしてローマリアは、エドガー達にも向かって宣言せんげんする。


「“魔王”様……エドガー達も、よく聞いてほしい。私はローザに、いえ……ロザリーム・シャル・ブラストリア様に――依頼いらいをします!」


 ローマリアから出た言葉は、ローザも聞いていない、予想の斜めをいく一言だった。

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