123話【純白の夢】



◇純白の夢◇


 昼が近付き、掃除そうじをしていたエドガーは一息ひといきつく。

 タオルで汗をき手を離すと、肩にかけたタオルがするりと落ちて、それを取ろうとかがむ。


「……よっと……――いっ!?」


 何気なく上を見ると。

 そこには白い布地ぬのじがあった。

 木目細きめこまかそうな、触り心地のよさそうな白い生地で、臀部でんぶつつむ物――パンツ。


「……」


 そっと目をらす。

 その下着パンツの装着者は台に上り、高所こうしょ掃除そうじしていた。

 短いスカートからのぞく、肌艶はだつやの良い生足。

 その美脚の持ち主、【女子高生】サクラの下着を見てしまい、申し訳なさと罪悪感ざいあくかんで目をらしたエドガーだが。


「――あ」


 らした先で、目が合った。

 任務にんむから帰ったばかりのメルティナ・アヴルスベイブと。

 しかし、メルティナは分かっていなかったらしい。

 下着が、男にどれだけの夢と劣情れつじょういだかせるものなのかを。


「マスター……そんなに欲しければ差し上げますが」


 そんなに物欲ものほしそうに見えたのだろうか。

 メルティナのおかしな言動に、エドガーは困惑こんわくする。


「……へ?」


 なんとメルティナは、いていた下着をごうとしたのだ。

 上下一対じょうげいっついのレザーワンピをたくし上げて、メルティナはパンツに手を掛ける。

 丸見えである。


 「ちょっと待ってダメだよ!」とも「いいね!最高!」とも言えないエドガーは、口をパクパクさせながら、真っ赤な顔をして目をら――さずについまじまじと見てしまう。

 むっつりの弊害へいがいだろう。


「――ちょっ!ストーーップ!!何やってんの!?メル!」


 サクラが、気付いて止めてくれた。

 台からピョンっと降りて、メルティナの両手をつかんで上にあげる。

 反動で、グイッと食い込むパンツ。


「……――ぁ」


 変な声が出たメルティナ。

 この感覚かんかくは初めてだったのか、ずかしさに途端とたんに赤くなって、いそいそと食い込みを直す。


 そんなメルティナの痴態ちたいを、ちらりと見てしまうエドガー。

 助かった反面、もう少しだったと言う気持ちも――

 ギロリと、サクラの眼光に目をらすエドガー。


「……エド君もさ、ちゃんと言わなきゃダメでしょ?どうするの、変な子になったら!」


 「……ご、ごめん」と、平謝ひらあやまりするエドガー。

 だがしかし、メルティナにトドメを刺される。


「マスターの性的趣向しゅこうは、主に上半身……胸だと思っていましたが、多少認識不足だったようです……先ほども、サクラの下着を見ていましたが、そういう事でしょうか……?」


「……」


 空気が凍ったのを感じた。


「ふ~ん……――どういうことですか?“契約者”さん……見たんですか?」


 一気に他人行儀たにんぎょうぎになるサクラ。

 エドガーは必死になって弁明べんめいするが、完全に言い訳だった。


「ち、違うよ!?タオルが、タオルがね、落ちてそれで……顔を上げたら偶然ぐうぜん、その……」


 身振みぶ手振てぶりで説明するが、なんだかブリキのおもちゃのようだった。

 その映像は、何故なぜかメルティナの高画質記録媒体ばいたいがしっかりと記録していた。


「――で、見たんですか?」


 サクラは笑顔だが、滅茶苦茶めちゃくちゃ怖い。

 チクったメルティナは、訳が分からなそうに首をかしげている。

 とにかく、羞恥心しゅうちしんを覚えさせねばならない。

 よく考えれば、それを学んでいただきたいのはもう一人いるような気もしたが。


「……結局、見たのね?」


「は、はい……――ぅぐっ!」


 怖くてサクラから視線しせんらそうとしたが、両手で顔をつかまれて、無理矢理正面を向かされた。

 首がグキッ!!て――

 しかしサクラは、ほんのりほほを赤くしてはいるが、格別怒っている様子は無かった。


「え、えっと……本当にごめん……」


 正面を向かされたことで、ハッキリとあやまる事が出来た。


「うん。いいよ……許してあげる」


「……え、いいの?」


 サクラは笑顔で言う。

 よかったとは、ほんの一瞬いっしゅんだけしか思えなかった。

 あっさりと許してもらえるほど、ただ見のつみは軽くないのだ。


「――うん!その代わり、これ……付けてね?」


「――え?」


 サクラがかばんから取り出した物は、エドガーを反省はんせいさせる為のものだ。

 つまりこの少女は、全然まだまだ――怒っているのだ。





 首に掛けられた『僕はサクラの下着をのぞき見しました。反省はんせいしています』と書かれたホワイトボード。

 当然のことながら、これを見たメイリンは軽蔑けいべつ眼差まなざしをエドガーにプレゼントする。


「……エドガー君、こんなに女の子がいるのに、そこまでえていたの?」


 正座させられているエドガーは、反論へんろんすることなくあやまる。

 確かに女の子の関係者は増えたが、そういう関係ではないんですよと、弁明べんめいもできない。


「すみませんでした……」


 反論はんろんしても無駄だと言うのもあるが、これ以上悪化させたく無かった。

 自然鎮火しぜんちんかしてくれればと、だんまりすることにしたのだが。


「それで、貴女メルティナもなのね……」


 メイリンと共に戻ってきたローザが、げんなりしながら言う。

 メイリンと何かあったのだろうか。


 ローザとメイリンの二人は、地下室の倉庫を掃除そうじしていたはずだ。

 何があればそんなに怪訝けげん表情かおをできるのか聞きたいところだが、今のエドガーにはそれすら出来ない。


 一方で、エドガーの隣に合わせたように正座するメルティナ。

 メルティナの首にも『私はマスターの前でパンツをごうとしました』と書かれたホワイトボードが掛けられている。


「……バカなの?」


 優しいメイリンの口から出たとは思えない言葉に、グサッ!と音を鳴らすエドガーの心。

 大分だいぶアルベールとの関係性でフラストレーションがまっているのだろうが、まさか人に当たるまでとは思わなかった。


「……サ、サクラ……すみません。あ、足が……」


 メルティナは足がしびれやすいのか、本日二度目のしびれが切れていた。


反省はんせいした?」


「イエス。理由は理解できていませんが、反省はんせいはしました」


「――正直ね。全っっ然|反省はんせいしてないけど……」


「しました!!」


「キレてんじゃん!」


 ほぼ泣き顔、必死だった。

 元の世界では最高峰さいこうほうの人工知能だったはずだが、【女子高生】に正座させられたり、ゆるしを懇願こんがんしたりと、開発者が見たら泣きそうな絵面えづらだった。





 一頻ひとしきりエドガーとメルティナをいじり、メイリンは厨房ちゅうぼうへ、ローザはテーブルに着いた。それに追随ついずいして、サクラもローザの隣に座る。


「あ~お腹すいた……」


「――?……サクラ。担当たんとう貴女あなたではないのですか?」


 つるしをられたメルティナは、厨房ちゅうぼうに行かないサクラに疑問ぎもんを。

 確かに、伝言でんごんまでしてサクヤに『食事なし』と言っていたはずだが。


「ん?……ああ、メイリンさんが代わってくれるって。残念ね、バカ【忍者】も」


 ふふんと、邪悪じゃあくな笑みを浮かべるサクラ。

 これはどうやら、サクヤは罠にはまったらしい。


「良いのですか?」


「いいのよ、サボった時点でこうするって決めてたし、今頃【鑑定屋あっち】で昼食中でしょ」


 テーブルにひじをつき、メルティナを向いて言う。

 したり顔をしてサクヤの姿を想像そうぞうしていた。


「――ふへっ……あ、っと……よだれが……」


 昼食はメイリンが代わってくれた、しかもサクヤの好物こうぶつを作っているはずなのだ。

 変な笑いも出ると言うもの。


「本当にいい性格しているわね……今頃泣いているかもしれないわよ?あの子、意外と打たれ弱いところがあるから」


 あきれながら、ローザはお腹をさする。

 空腹もピークなのか、厨房ちゅうぼうからただよう匂いにやられていた。


「大丈夫ですよ、明日になれば機嫌きげんなんてすっ飛びますから」


貴女あなたが言うのだからそうなのでしょうけれど、少しばかり同情どうじょうするわね……あの子に」


 サボったばつが食事抜きだけなら、まだマシと考えるべきなのか。

 《戦国時代》出身のサクヤからすれば、一番きついのだろうか。

 ともかく、食事を楽しみにしているローザやサクヤからを食事を抜き取ってやるのは、かなりのダメージを与えられるのかもしれない。


「……ところでエドガー?キミはいつまでそうやっているつもりなのかしら」


 ローザはテーブルの角部分にひじを乗せて、部屋のすみっこを見やる。

 一人、いまだエドガーは正座中だった。


「そ、そうだね……サクラ、さん。その……本当に反省はんせいしているので、そろそろ……」


 流石さすがしびれて来たのか、エドガーは足の指と口端くちはしをヒクヒクさせながら、謝意しゃいを向ける相手、サクラに視線しせんを送る。


「ふふ、そうだね。そろそろ限界げんかい?いや、まだいけるんじゃない?」


 頬杖ほおづえを付いてにやけるサクラ。

 口端くちはしをヒク付かせるエドガーを見るサクラの笑顔は、どう見ても喜んでいる者のそれだった。


「サクラ。意地悪しないの。もういいでしょう?パンツくらい、何度も見せているのだから」


「――み、見せてないですよっ!自分からはっ!」


 ガタンと椅子いすを鳴らして、ローザの言葉に反論はんろんする。

 エドガーも、白い布地を思い出してしまったのか顔が赤い。


「エド君!!」

「ご、ごめんなさいっ!!」


 ぐにあやまる。本当に思い出してしまったのだろう。

 実はサクラは、警戒心けいかいしんが強いくせに、意外と無防備むぼうびな事が多く、無意識むいしきな見え方をしていることが多々あった。

 ローザはもしかしたら、そのことに気が付いて言っているのかもしれないが。


「――は~い、皆お待たせ、ご飯……なに?また何かしたの?」


 顔を赤くする二人に、大きなトレーに昼食を持ってきたメイリンは眉根まゆねを寄せていぶかしむ。

 もう、完全に不審ふしんなものを見る目だった。

 メイリンの中で、思春期の弟の様なエドガーの評価ひょうかがドン下がりしていくのだった。

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