112話【決闘~二回戦~】



◇決闘~二回戦~◇


ずは西側ぁ!娼婦しょうふでありながらぁ、この戦いに参戦さんせん!そのナイスバディで相手を悩殺のうさつか!?――あ、申~し訳ありませぇん!対戦相手は女性でしたぁ!』


 ぺしりろわざとらしくひたいを叩くソイドに、会場はドッ!と笑いにつつまれる。


『気を取り直してぇ!シュダイハ家の第二選手ぅ!!カリーーーナ・オベルーーーシアーーー!!』


「「「「わあぁぁぁ!」」」」と会場はり上がる。

 ソイドのわざとらしいマイクパフォーマンスも受け、先程までのブーイングもおさまる。

 エミリア達にとってはありがたい事だ。が。


(――はっ?)


 入場前のサクラの視線しせんに、エミリアは咄嗟とっさらす。

 次に名を呼ばれるサクラが、非常に機嫌悪そうな顔でこちらを見ていたのだ。

 【心通話】が使えないエミリアでも、サクラが言わんとしている事を理解できてしまう。


(――ねぇ、今の面白い?あたし馬鹿ばかにされてない?次あんな紹介されるの?あたし)


(……ごめん)


 取りえず、エミリアは心中しんちゅうあやまった。

 戦いが終わったら、十分ねぎらおうとちかって。





 選手紹介を受けて、カリーナ・オベルシアが舞台ぶたいに上がる。

 薄手うすでの生地のヴェールを身体にまとい、小さな金具かなぐで止めているだけの服装だ。

 後ろはガラ空きで背中が丸見えになっている、腕と太腿ふとももには金属の腕輪(足輪)がつけられて、より身体が強調きょうちょうされていた。

 他には装飾そうしょくと、肩に心なしかの肩掛けらしき布地がある程度ていどだった。


 そのあでやかな恰好かっこうに、男性観客かんきゃくからは喝采かっさいが、そして女性観客かんきゃくからも、意外なほどに声援が飛んでいる。

 それだけ娼婦しょうふとは、この世界で認知されている職業だという事なのだろう。

 カリーナが舞台の中心に来たことを確認し、ソイドは声を上げる。


『続きましてぇぇ!東側ぁぁ!ロヴァルト家の第二選手の入場でぇぇす!異国いこく出身で、エミリアじょうのご友人らしいですが、情報不足でよく分かりません!いったいどんな戦いを見せてくれるのかぁ!?謎の少女ぉぉ!サァァァクラァァ!!』


 戦いの前に事前に出場者をつたえておいたが、変なことを足して言われなくてよかった。


(変な事言われなくてよかったぁ……)


 舞台ぶたいを歩き始めたサクラは、心底しんそこ思う。

 事前に情報を提供ていきょうしているとはいえ、異世界人であることはせる事にしている。そもそも誰も信じない可能性が高いのだが、隠す事にしたことはないと判断したのだ。

 それをふくめても、今のサクラは異国出身のエミリアの友達だ。


「――サクラっ!!」


 先程さきほど<少し外す>と【心通話】で受けていたが、ローザとエドガーも戻ってきたようで、舞台ぶたいに上がるサクラに声を掛ける。


(……エド君、ローザさん……間に合ったんだね。あたしの出番の前にいなくなるとは思わなかったけど)


 【心通話】にこの嫌味いやみを乗せる事はしなかったが、サクラは実は怒っていた。

 この二人が直前ちょくぜんに居なくなっていたことを。


「え……っと」


 振り返るサクラに、エドガーは言葉をまらせる。

 先ほど声を掛ける事はかなわなかっただけに、せめて一言は。と名を呼んだエドガーだが、いざとなると何を言えばいいか分からずにいた。


 ましてや、負ければ終わりの可能性が大いに高まる一戦だ。

 それをサクラの双肩そうけんに乗せてしまった事を、エドガーは心苦しく思っていた。

 つまる所、気まずかった。


「――ほらっ!」


 そんなエドガーを横目で見るローザは、いきおまかせでもいいから言ってしまえとばかりに、エドガーの背を叩いた。


「――いっだ!?」


 突然叩かれて目を丸くするも、ローザのおかげでまよう必要は無いと思えた。

 向き合うべきは、目の前にいる女の子サクラだ。

 一歩み出し、素直に、エドガーは思っていることを告げる。


「――その、頑張って!見てるから、ちゃんと見てるから!サクラは大丈夫!きっと……勝てるからっ!!」


 サクラに向かってこぶしを突き出し、優し気な笑顔で言う。


「う、うんっ!行ってくる!」


 格別かくべつ気の利いたことなんて言えなかった。

 はげましの言葉も、勝利の法則ほうそくも、負けてもいいよなんて安心させる言葉も、エドガーは言えない。


 だが、サクラにはそれで十分だった。

 サクラに取っては、見てくれている、そばにいてくれる人がいると言う事だけで、どんなはげましよりも効果があった。


(……よし、行こう。エド君も、ローザさんも……エミリアちゃんも見てる、見ててくれるから。あたしは最善さいぜんくすんだ……【地球】からの、異世界人として!)


 一歩み出すごとに、倒すべき相手、カリーナ・オベルシアが大きく見える。


(あたしが自分で決めたんだ……この世界で生きていくって。必死でも、無様ぶざまでも……エド君たちと一緒に!――戦うっ!)


「――随分ずいぶん余裕よゆうじゃないかい?おじょうちゃん……」


 カリーナ・オベルシアは、悠然ゆうぜんとやって来るサクラを上から見下ろしながら、得物えもののモーニングスターを舞台ぶたいに叩きつけていた。

 ガチンガチンと甲高かんだかい音が響く中、サクラはうつむいたまま一言、カリーナにつぶやく。


「――っるっさいオバサン・・・・


「――んなっ!?」


 その一言は、おそらく本人にしか聞こえなかった。

 だが、効果は抜群ばつぐんだった。


「……こ、この小娘ガキ……大人の「お」の字も知らないような尻の青いガキに、この美貌びぼうが分かるものかっ!!」


 カリーナはまだ29歳だ。

 オバサン呼ばわりするするのは少し失礼だろうが、サクラにとっては違う。

 サクラは、進行役しんこうやくのソイドをちょいちょい、と笑顔で手招てまねきする。


 みちびかれるままに、ソイドはサクラのそばまで来る、するとサクラは。


「え!?……あっ!ちょっとサクラ選手!?“魔道具”を……――」


 サクラは、ソイドの音声拡大“魔道具”マイクを掻っ攫ったと思うと、大声で叫んだ。


『――あたしを小娘ガキって言う前にぃ!もうちょっと肌艶整はだつやととのえてからきたらどうですぅぅ!?――あっ!!シミ発けーーーーーん!』


 観客かんきゃく全員に聞こえるように。

 キーーンと音割れした声は、きっと騎士学校中に響き渡った事だろう。

 サクラの後方では、あのクールなローザですらポカーンとした顔をして、エドガーやエミリアと顔を見合わせていた。


「い、今の……」

「サクラ、なんかすっごい事言ったけど……」

「ええ。相手の顔を見ればわかるでしょう?――狙ったわね、あの子」


 音の反響がおさまると、シーーーンと静まり返った会場と、舞台上。

 リアクションをしたのは、カリーナだけだった。


『……――ぶち殺すわよっ!!このクソガキっ!ピーーにしてからピーーして男数十人でピーーさせてやるっ!!……――えっ!?』


 カリーナは驚く。自分の声が、先程のサクラの暴言ぼうげん以上に拡大かくだいされて流されたのだ。

 ピーは伏字ふせじで。会場には子供もいるのだから。


 カリーナの声が響いたのも当然だった。

 何故なぜならサクラは、持っていた音声拡大“魔道具”マイクをカリーナに向けていた。

 カリーナが自分を怒って、怒鳴どなりつけてくると見越みこして。

 ざわつく会場と、わなわなと震えるカリーナ。それは怒りか、恥辱ちじょくか。


「……はい、司会者しかいしゃさんありがと……さ、始めましょうか――オ・バ・サン!」


 め付ける様に、カリーナを見上げるサクラ。

 青筋あおすじを浮かべ、サクラを見下ろすカリーナ。

 試合前の先制攻撃はサクラが制したと言えるだろう。

 精神的にカリーナを逆上させ、油断ゆだんさそう。


(エド君にもローザさんにも、誰にも言わなかった作戦……相手が年上の女だと分かった瞬間にひらいた。ほら、にらんでるにらんでる……こっわ)


『そ、それでは……その~――は、始めてもよろしいですか?』


 ソイドはひかえめに問う。

 サクラはコクリとうなずき身構える。

 カリーナも、無言のままうなずき、モーニングスターを構えた。


『ご、ごほんっ!それではぁ!二回戦!!開始ぃぃぃ!!』


 銅鑼どらが鳴らされた瞬間しゅんかん、サクラは距離きょりを取る。

 ダッシュでカリーナとの間隔かんかくを取り、左肩に掛けたかばんから、前日に取り出して入れておいた物を取りだす。

 かばんからにゅーんと出て来たのは、【スタンビュート】と呼ばれる電磁でんじムチだ。

 勿論もちろんサクラの世界【地球】の物――と言いたいが、実は違う。

 これは、サクラが自作じさくしたものだ。

 【スタンガン】と【鉄鞭てつべん】を改造・・して。

 それを右手に構えて、サクラはカリーナの挙動きょどうを待つ。


「……」

(……来ない?てっきり激高げきこうしておそいかかってくると思ったけど……)


 カリーナは、光の差さない目でサクラをにらんでいる。

 一見冷静れいせいに見えるその立ち姿だが・


「――このガキ、絶対ひんいてアタシの娼館みせで身体売らせてやる……」


 サクラはゾクッ!と背筋せすじを冷えさせて、カリーナの視線しせんを受ける。

 カリーナ・オベルシアは、経営者けいえいしゃでもある。

 カリーナの娼館しょうかんは、【貴族街第四区画サファラス】でも五本の指に入る人気店だ。

 その店でサクラを売ってやると、カリーナは決めた。今決めた。


「何度も何度も客を取らせて、ぼろ雑巾ぞうきんにしてやるわよ!!」


 け出すカリーナは、モーニングスターの鉄球てっきゅうを外すと、じゃらりとくさりが揺れて、舞台上ぶたいじょうにガスン!と落ちる。

 モーニングスターはフレイルに変わって、舞台上ぶたいじょうを転がり始め、走るカリーナに合わせてガリガリガリ!と音を鳴らしていた。


「――!うそっ!?外れるのそれっ!」


「そう!――よっ!」


 返答へんとうと共にブブンとり回されたモーニングスターフレイルは、しゃがんでけたサクラの頭をすれすれで通り過ぎる。


「……あ、危な……って!しゃがんでる場合じゃないって!!」


 けられたことを喜ぶ前に、サクラは反撃をこころみる。


「――ちぃっ!」


 カリーナは怒りでまとを外したことに舌打したうちしつつ、軽く距離きょりを取る。


「――ぎゃっ!!」


 しかしサクラは、【スタンビュート】をビャッとりぬき、見事にカリーナの太股ふとももに当てる。

 バチィンっ!!と当たった瞬間しゅんかん、電撃がカリーナに流されダメージを与えた。


「やった!次っ!……――あ、あれっ?むっずコレ!!」


 続けてむちでしばこうとしたが、うまく操作そうさ出来ずに二回も空振からぶりした。


「……ぐっ、ガキがっ!!アタシの身体に!」


 カリーナは、サクラのむちはただのむちだと思い、大したダメージは無いと判断はんだんして、けるまでもないと軽く距離きょりを取るだけのつもりだった。

 それをミスだとみとめて、数歩下がる。

 再びモーニングスターフレイルをじゃらりと構えて走り出すと、一気にサクラに近づき、フレイルの鉄球を短縮たんしゅくさせてモーニングスターに戻す。


「――ちょっ!はやっ……きゃっ!!」


 実際じっさいはそんなに早くはないし、ローザの三分の一以下、サクヤの十分の一程度ていど

 エミリアよりも全然遅い筈だが、一般人代表のような日本人サクラには高速に見える。

 痛みの余韻よいんを感じている時間はない。お互いにだ。


 ぶん回されたカリーナのモーニングスターは、バチンとサクラの【スタンビュート】をはじいてき飛ばし、場外に飛ばされた。


「……あ!このっ――ぶっ!」


 せめて距離きょりをと、カリーナから離れようとした瞬間しゅんかん、サクラは意識いしきを飛ばす。

 ドサリと倒れるサクラの鼻からは――ぼたぼたと赤い流血りゅうけつが。


「――いっ、は……ぇ?」

(痛い……痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!――痛いよっ!)


 じざるサクラ。

 殴られたのはほほだと思ったが、一瞬いっしゅんり向いたさいに鼻に当たったようだ。

 ――カリーナの拳が。


「――貧弱ひんじゃくだねぇ、それじゃあ筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの男たちの相手なんて、できやしないよっ!?」


 ニヤリと笑い、サクラを見下ろすカリーナは、最初の精神的ダメージを返してやったとほくそ笑む。

 カリーナにとっては、肉体をけなされた事よりも、みずからの娼館みせの売上に左右される事を発言してしまったことの方が、きつかった。


「しまったねぇ、あんまり顔には傷つけたくないのよ……立ちなさい?クソガキっ!」


 カリーナはすでにサクラを商品として見ているようで、顔には傷をつけたくないと言う。

 その為、一番初めに顔を叩き、心をりに行った。


「おじょうちゃん、顔いいみたいだから、常客じょうきゃくも取れるだろうよ……あの貴族のお嬢様よりも……体つきもいいしねぇ」


 鼻血をぼたぼたらすサクラを視界に入れながら、お嬢様エミリアを見る。


「……!!」


 その言葉を聞き、サクラは立ち上がる。

 一撃でれかけた心を、敵の言葉で修復しゅうふくする。


(そっか……そっかそっか……あたしが負けたら、エミリアちゃんも……)


 最低さいてい旦那だんな様をむかえて、下手をすればエミリアも娼館しょうかんで働かされるかも、と、サクラの考えはいたる。


「なんだい?降参こうさんする気にでもなったかい?……うふふ、それでいいのさ、それ――」


「そうね……オバサンよりは売れるかもね。なんたってぴちぴち・・・・の十代だから……」


 ビキリ――と、カリーナの顔にえる数本の筋。

 ショックか怒りかで、カリーナは得物えものを落とす。ガチンと音を鳴らして。

 そしてカリーナは、ずいっとサクラに肉薄にくはくし、両手で胸ぐらをつかんで身体を浮かせる。


「――ガキがぁぁ!!調子に乗るんじゃないわよっ!!」


「ぐぅっ……」


 両手で引っ張られて首にめり込むシャツ。

 呼吸こきゅうが苦しくなるのがはっきりとわかる。


「……まっ――」


「待ってなんて聞かないわよ!」


「……し、ないでよ」


「は?なに?」


 サクラの言葉を聞いてやろうと、カリーナはシャツをつかむ力をゆるめる。


勘違かんちがいしないでよ……待ってた・・・・って言ったのよ!!」


「なん――だっ!?ぁぁぁ!ぁぁぁ!ぁぁぁ!ぁぁぁぁぁぁあっ!?ぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁ!!」


 サクラがカリーナをにらみながら、その返答をおこなった瞬間しゅんかん

 身体を痙攣けいれんさせてさけぶカリーナ。

 激痛げきつうに手をはなし、サクラは着地する。

 しかし、カリーナの胸に当てられた【スタンガン・・・・・】は離さない。


「そのデッカイ脂肪しぼう邪魔じゃまで!見えなかったでしょ!!あたしが隠し持ってたコレを!」


「――んがああああぁぁぁあっあああああ!!」


 カリーナの絶叫ぜっきょうは止まらなく、最大出力の未知の道具に、その身体からは液体えきたいれ出る。

 太腿ふとももつたい、舞台ぶたいらす液体えきたいに反応して、電流は更に力を強める。

 それでも、娼婦しょうふとして、戦士として無様ぶざまな負けは出来ないと、思い切り脚をりぬいてサクラを蹴とばした。


「ああ――がぁっ!!」


「――!ぐぅっ……痛ったいなぁっ……!!」


 転がり、起き上がりながら、腹の痛みに文句もんくを言うサクラ。

 カリーナが感電して思うように動けない事は分かっている。

 追撃ついげきしてやろうと、プシューと湯気ゆげを立たせるカリーナに、サクラは走り出す。


「はぁぁぁぁっ!」


「ぐ……待っ――」


 しびれが取れず、両膝りょうひざくずしたままのカリーナは、電撃に髪を逆立さかだてておびえる。


「――カリーナ!!【光のカーテン・・・・・・】を使え!!」


 外野から、カリーナに声がかけられた。


「――!?そ、そうだ……“魔道具”!」


 おくられた言葉に、カリーナは肩掛け布に付けられた装飾そうしょくれる。


「それが――なによぉぉっ!!」


 カリーナがその装飾そうしょくれた瞬間しゅんかんに、サクラも【スタンガン】を打ち込んだ。

 しかし【スタンガン】はカリーナに届くことはなく、なぞの壁にはばまれてサクラの手は止められていた。


「く、う……うぅ!」

(……何よ!!これぇぇぇぇ!)


 無理矢理むりやり壁を突破しようと、【スタンガン】を持つ右手に力を込めるが、微動びどうだにしない。


「――は、はは。はははっ!!最高だよっ、セイドリック坊ちゃん!この“魔道具”【光のカーテン】!」


 カリーナは“魔道具”の効果に高揚こうようしたままサクラを前蹴まえげりでとばす。


「――あうっ!!」


 背中から叩きつけられ、一回転して寝転ぶサクラ。

 【スタンガン】は転がって、カラカラ音を鳴らす。


「いやぁ、まいったわよ。あんたみたいなおじょうちゃんにここまでされるなんて、でも……終わりよっ!――っぐ……な、なに?身体が……」


 サクラにトドメを差す為、歩み出そうとしたカリーナだが、脚が動かなかった。

 しびれはだいぶうすれた、むちの痛みもない。

 では何故なぜか。


「ちっ!この“魔道具”かっ……そういえばそうだったわねっ。なげかわしい!!」


 “魔道具”【光のカーテン】は、見えない壁を使用者の前に発生させる。

 その力は非常に高く、サクラの腕力では突破できなかったのだ。

 カリーナが“魔道具”でごたついている内に、サクラはフラフラしながらも立ち上がって後方を見る。


(ああ……良かった、皆見てる……エド君も、ローザさんも。【忍者】も、エミリアちゃんも……あ、アルベールさんとメイリンさんもいる……)


 いざとなったら、ローザが助けてくれる。

 勝手にそう信じ込んで、サクラは前を向く。


「あたしは……何にだってなれる・・・、誰にだってなれる・・・!あたしはあたしじゃない、あたしじゃないあたしだってあたしだっ!!」


 矛盾むじゅんで意味不明。

 だが、その言葉はサクラの能力スキルを現す。

 誰にでもなれる、演じることの出来る力だ。


「あたしは……軍人、陸軍少佐……服部はっとり少佐!」


 サクラのつぶやきは、一種の暗示あんじになる。


 能力スキル名は【ハート・オブ・ジョブ】。

 その詳細しょうさいは。自分の思った、想像そうぞうした職業しょくぎょう能力をる事ができる能力だった。





 空気が変わった。

 サクラをまとう空気が、まるで歴戦れきせんの戦士のように変わったことを、ローザとサクヤだけが気付けた。


「……サクラ?」

「……む。サクラか?」


 舞台ぶたいの上の服部はっとり少佐が一人でブツブツ言っている間に、カリーナの“魔道具”解除かいじょが終わり、落ちていたモーニングスターをつかんで走ってくる。


「……」


「ガキがっ!あんたがどんな“魔道具”使おうと、この【光のカーテン】があれば怖くないよっ!」


「……」


 服部はっとり少佐は無言のまま、かばんに手を突っ込んで何かを取り出す。

 それは、この世界には存在しない武器だった。

 歩兵式銃剣じゅうけん、軍用の短剣付き【アサルトライフル】。


<……ローザさん、障壁しょうへきを張って!観客かんきゃくに当たってしまう>


<――!?サ、サクラ……?>


 ローザは【心通話】を受けるが、サクラの口調くちょうや声のトーンの違いにおどろく。

 そのサクラは、カリーナの攻撃をける、ける、ける。

 まるで別人のように。


<早くっ!!>


<分かったわよっ>


 モーニングスターを銃剣じゅうけんで受け止め、サクラはカリーナの太腿ふとももり上げる。


「――ぐぅぅぅ!」


 【スタンビュート】で痛めた箇所かしょだ。

 痛みと、思わぬ反撃にカリーナはいったん距離きょりを取って【光のカーテン】を再度使用し、サクラの攻撃を待つ。


「このまま待てば、時間切れ……ダメージは五分五分、見た目じゃアタシが不利かね……でも、この【光のカーテン】が好感触こうかんしょくだね……審査員しんさいんもアタシに入れるだろうよ!」


「……」


 カリーナも、サクラも動かない。

 カリーナは【光のカーテン】を発動させたままサクラの出方をうかがっている。


 サクラは、【アサルトライフル】をカリーナに照準しょうじゅんを合わせて待機。


「……」


 一言も言葉をはっさずに、スコープをのぞいていた。


「来ないのかい?おじょうちゃん……その“魔道具”が何なのか分からないけど、この【光のカーテン】の壁をえて来ないと、あんたに勝機しょうきは無いよ?」


「……」


 反応をしめさないサクラに、カリーナはイラついて声をあらげる。


「――いい気分だね!このまま時間切れでアタシが勝てば、あんたたちは二敗、セイドリック坊ちゃんの出番が来る前に終わっちまうのさぁ……ちっ!――なんか言ったらどうなんだい!?」


「……だまれ。貴様と話していると、頭にうじくようだ……」


「――なっ!?」


 人の変わったような口調くちょうとトーンに、思わずカリーナは一歩下がる。

 威圧いあつされたのだ。スコープしのサクラの視線に。


<……いいわよ>


「……了解りょうかいターゲット排除はいじょする」


 誰かに言われたかのように答えるサクラは、引き金を引く。


 ――それは、一瞬いっしゅんだった。

 轟雷ごうらいが鳴ったかのような耳障みみざわりな音が数秒続いたかと思ったら、カリーナ・オベルシアは全身血塗ちぬれになって倒れていた。


 会場の観客かんきゃくほとんどは、その音に目と耳をふさいでいて、見れていない。

 見ていたのは、味方の陣営と、一部の人たちだけだった。


 【光のカーテン】など歯牙しがにもかけず、無数むすう銃弾じゅうだんはターゲットの手足に風穴かざあなを次々に開けていき、観客かんきゃくが音と光におどろいているうちに――勝負は決した。


 ドシャリと倒れるカリーナは、自分が作った血溜ちだまりにしずむ。

 静まる会場で、サクラがソイドに告げる。


「……審判しんぱん……勝者を」


 その言葉に職務しょくむを思い出したソイドは、大声でげる。


『――しょ、勝者ぁ!ロヴァルト側ぁ!サクラァァァァァっ!!』


 勝敗が決まっても、会場の静まりは続いた。

 あまりにも衝撃的すぎる光景こうけいに、声を出すことを忘れているようだ。

 そんな中、ロヴァルト側の待機所から拍手はくしゅが行われる。

 エミリア、エドガー、ローザにサクヤも、アルベールとメイリンもが、サクラにしみない拍手はくしゅおくる。


 そして、パチ――パチ――パチパチ――パチパチパチパチ。

 と、徐々に増える音。

 そしてぐに、会場は拍手はくしゅうずに包まれたのだった。

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