91話【覆す為の条件】



くつがえす為の条件じょうけん


 大きな麻袋あさぶくろから、酸素さんそを求める魚のように出てきた金髪の男。

 セイドリック・シュダイハ。

 【貴族街第四区画サファラス】を統治とうちする貴族子爵の息子であり、今回エミリアの結婚相手として元・大臣、ジュアン・ジョン・デフィエルに選ばれた人間。

 少し小太りの、勘違かんちがい野郎。(サクラの見解けんかい)


「――むごぉ!むごごぉっ!?」


 口には布地ぬのじまされ、麻袋あさぶくろの中にいたにもかかわらず目隠しもされていた。

 エドガーは「貴方あなたはっ!?」と言っていたが、本当に分かったのだろうか。


「えっと……セイドリック・シュダイハ……さん?」


「エド君、分かってなかったんだね……」


 「むごぉぉ」と何かをわめいているが、首につけられたなわを、メイド服姿のノエルディアがグイっ!と引っ張る。


「ふんぐぅっ!……」


 首になわが食い込み、一気にだまり込むセイドリック。顔は真っ青だ。


「そう。静かにしていなさい……この愚図グズがっ……」


 ストレスが相当まっているのだろうノエルディアは、セイドリックを家畜かちくを見るような視線しせんだまらせる。

 そのすじの人が見たら、大変喜びそうな視線しせんえて。


「ノエル……一応彼は貴族だから、ひかえめにね」


 オーデインも迷惑をかけられた借りがあるからか、ノエルディアを止めようとはせず「ボディにしなさい」と、不穏ふおんなことを言っていた。


「「……」」


「どうしてそのくずがここに……?私達への手土産てみやげだって言うのなら、ぐにでもありがたく焼却しょうきゃくするけれど……?」


 エドガーとサクラは、この状況に何を言おうかと思案しあんしていたが、ローザは怒りが優先したのかド直球を口にし、本当に生ゴミを見る目でセイドリックを見下していた。


「ぬふううぅぅぅぅっ!!――んがおぅ!」


 ローザの威圧いあつを戦場で一度受けているセイドリックは。

 ローザの声が聞こえた瞬間しゅんかんそれを思い出したのか、身震みぶるいを加速させて逃げようとする。が、ノエルディアに首のなわを引っ張られてすっ転んだ。


だまれと言ったでしょう!」


 静かにしていなさい。とは言ったが――ああ、足蹴あしげりまでしている。


「……ははは……すみません」

「ローザさん……いきなりそれはないよ……」


 エドガーは王女に平謝ひらあやまりし、サクラは頭をかかえていた。


「そうだったわね……いくら本当の事でも。言い過ぎ……てはないと思うのだけれど。私は間違っていないでしょう……?」


「そ……そうだけどさぁ……」


 あくまでもではないと言うローザ。

 そんなローザやサクラのやり取りを見て王女は。


「ぷっ。はははははははははははっはぁ、はぁ、お、お腹が……流石さすがに言い過ぎだぞ……ロザリーム殿。まぁ――貴殿きでんのお立場から考えれば、それもそうなのであろうがな……」


「「「……」」」


 ローマリアの言葉には、何か色々なことがふくまれているようにも感じられたが、気付いたのはローザ本人だけだった。


「いやしかし……はははっ……あはは。あ~笑った……しかしだな、このくずを……おっと。このセイドリック・シュダイハを連れてきたのは、エミリアの婚姻こんいんに関係があるからに他ならないのだ……ノエルディア」


「……はい」


 そう言われて、ノエルディアはセイドリックにませていた口布くちぬのを外す。


「ぶはっ……で、殿下でんか!な、何卒弁明なにとぞべんめいを!!」


 セイドリックは、口が自由になった瞬間しゅんかんに声を上げ、ローマリアに謝意しゃいしめす。

 目隠しはまだされているのに、よく位置が分かったものだ。


「ほう……だがな……シュダイハ子爵子よ――誰が口を開いていいと言った……?」


 セイドリックを睥睨へいげいするローマリアの目には、明らかにエドガー達に対する感情とは別のものがあった。


「――いひぃっ!も、申し訳ございませんっ!何卒なにとぞ何卒なにとぞお許しください!!」


 目隠しをされ、手も足も拘束こうそくされているのにもかかわらず、器用に土下座するセイドリックは、それはもう滑稽こっけいだった。


「……さて、ロザリーム・シャル・ブラストリア殿……貴女あなたが、ここのエミリア・ロヴァルトと好意こういの関係だというのは。あの戦いでよく分かったわ。その原動力が、そこのエドガーだという事もね……」


 ローザは目をつぶり、王女の話をジッと聞いている。


「……そこで。エミリアの結婚を無効にする方法を私も考えた……それはもう一晩中ひとばんじゅう考えた」


 こぶしをテーブルに叩き付け、涙をぬぐ仕草しぐさをする。


「……で、殿下でんか

「アピール下手へたですねぇ」


 二人の【聖騎士】のあるじの演技評価はえらく低評価だった。


「う、五月蠅うるさいわねっ!……とにかくよ、結婚を破談はだんにさせる方法を、一晩中ひとばんじゅう考えたのは事実。その案を聞いてほしいのよ、あなた達に……」


 ローマリアが言った「あなた達」の中に、エドガーもふくまれているのだろう。

 王女と目が合った。


「それは分かったわ……でも、その条件にもよるわね。くだらない条件なら、私が暴れた方が早い……」


「――!……そうで、しょうね……」


 一瞬いっしゅんだけはっせられた超絶な威圧いあつに、オーデインとノエルディアは身構みがまえて、ローマリアをかばうように手を出す。

 ローマリアも、気さくな話し方を忘れて王女の口調くちょうに戻る。


(副団長……マジでやばいですってこの人……!)

(分かってるよ、だから殿下でんかみずから来ているんじゃないか)


 小声で話し合う【聖騎士】二人に、王女は。


「ええい、退きなさい二人共……!」


 両脇の二人を、両手で追いやる。

 二人の【聖騎士】は仕方がなく元に戻るが、気はったままだろう。


「そう威圧いあつせずとも大丈夫なはずよ。エミリアが了承りょうしょうしているという利点もあるわ」


「……へぇ」


 ローザはエミリアを見る。

 そのエミリアは、ローザの視線しせんうなずき言葉をべる。


「……うん。私も今朝けさ聞いた話だけど、私はそれが一番だと思うんだ……可能性って言うか、なんていうか。これが最善さいぜんで、自分の未来のためになると思う……だから協力して欲しい。エドにも、ローザ達にも……」


 エミリアは席を立ち、いまだローザにおびえるセイドリックを見て。


「セイドリックさん……私は、貴殿に決闘を申し込みます……私が勝ったら、婚約こんやくの話は破談はだんにしてほしいと思ってます……もし負けたら――いさぎよとつぎます」


「――決闘!?エミリアと……その人が!?」


 何があっても協力はするつもりでいたエドガーだが、決闘にはおどろいた。


「……」


 そんな決闘をいどまれたセイドリックは、ローマリアとノエルディアに視線しせん彷徨さまよわせている。しゃべっていいかを聞きたいのだろう。


「ああ。よし」


(……犬じゃないんだから!)


 ノエルディアがセイドリックにしゃべる許可を出す仕草しぐさが、完全にペットをあつかうご主人様のようで、サクラは心の中でツッコむ。


「ああエミリア!ほ、本当に結婚してくれるんだねっ!?――ああ!嬉しいよっ」


 セイドリックは壁に向かってしゃべる。


「……私はこっちですけど……」


 真剣な空気をこわすセイドリックに、エミリアはあきれる。


「……はぁ……ノエルディア。目隠しを取ってやりなさい」


 雰囲気ふんいきがぶちこわしの中、ローマリアはノエルディアに指示しじする。


「……はい――ふんっ!」


 ノエルディアはセイドリックの目隠しを後頭部から思いッきり外す。

 そのさい髪の毛を一緒に巻き込んでいたのか、ブチブチっ!!となって、セイドリックは悶絶もんぜつしていた。


「ぐっっ!!……あ、エミリア!そこにいたんだね!」


 痛みにめげずに、涙目でエミリアを見据みすえるセイドリック。


「聞いていましたよね……?セイドリックさん……決闘を――」


「ああっ!勿論もちろんだよ!受ける、受けるとも!……日取ひどりはいつだい!?今、今かな!?」


 どこまでもエミリアを気に入ったのか、興奮こうふんして芋虫いもむしの様にいつくばりながらエミリアに近づこうとするが、ノエルディアに止められた。


しゃべる。見るは許可きょかしたが、誰が近づいていいって言った!おらぁ!?」


「――むおぉぉぉっ!エミリアぁぁぁ!」


 セイドリックを見るエミリアの目は、半分死んでいた。

 こんな男にとつぐ可能性があることに対し、本当に絶望ぜつぼうしていたのだろう。

 だがそれと同時に、自分の運命を変えられるかもしれないと聞かされて、やる気も満ちているようだ。


「……それは理解したわ……協力もする。でもエミリア、私達は何を手伝えばいいのかしら?」


 テーブルに両手を乗せ、手を組ませるローザ。

 どこかの指揮官しきかんのようだった。


「……うん。それはね――」


「待った。それは私から説明するわ」


「……殿下でんか……」


 エミリアの言葉をさえぎり、ローマリアが言をはっする。


「……決闘のあんを出したのは私よ。何とか姉上の許可きょかることができた……王女である私が直接、王家のいんを使って上書きする勅令ちょくめいになるわ……つまり」


「――つまり。条件じょうけんが多いのね」


 同じ王女だからか、ローマリアの言いたいことをぐに理解したローザ。


いんを重ねて出して、結婚の書簡しょかんの効果をりつぶすつもりなのでしょう……けれど、それには条件がいくつも発生する……ま、公式な決闘になるという事ね……」


「……その通り、流石さすがロザリーム殿……いんにもくわしいのですね」


 ほほから汗をらし、ローザの視線しせんを流さず受けるローマリア。


条件じょうけんは、私が出すもよおし物として出すこと。それで結婚をけた決闘をしてもらう……場所は、騎士学校【ナイトハート】。時間は、本来の婚姻こんいんが予定されていた日……四日後です」


「が、学校……」


 エドガーはつぶやく。


「どうかしたの?エド君……」


「あ、いや……何でもないよ」


 少し挙動不審きょどうふしんなエドガーを差し置き、ローマリアは続ける。


「姉上から出された条件じょうけんは三つ。一つは観客かんきゃくを入れる事、二つは団体戦だんたいせんとする事……三つ目は、エミリア側が負けた場合、即座そくざ婚姻式こんいんしきを行う。これだけは王族のメンツを保つ為の物ね……情けない話になるけど、これが取り付けた内容よ」


 一度出したものを取り下げる訳だ。それはメンツもそうだろう。

 それを帳消ちょうけしにする為、決闘は許可きょかするが婚姻式こんいんしき即座そくざにしろ、ということだ。


「……即座そくざに……」


「負けたら、おしまいなんだ……」


 エドガーとサクラは負けた場合の事を考えてしまっているのか、どうも覇気はきがない。

 ただ一人、ローザは別だった


「……団体戦だんたいせんという事は、エミリアをふくめた三人か五人が妥当だとうね……それ以上の人数は、こちら側が不利ふりになる」


「ええ。五人がいいと思っているわ……【聖騎士】は出られないけど」


 ローマリア王女はうなずく。

 【聖騎士】は出られないという事は、王女は味方できないという事だ。

 それをまえての五人――エミリア、アルベール、ローザ、サクヤ、エドガーが出ればいいという事だろう。


「だが……条件じょうけんはまだあるの。これは三つの条件じょうけんとは別口なのだけど……双方の側から一つずつルールを出す、と言うものよ……」


 ローマリアはエミリアに視線しせんを移し、うながす。


「はい。殿下でんか……私は、“魔道具”の使用許可きょかを求めます」


 本来、この国の決闘と言うのは、力と力、技と技をきそい合い勝敗を決めるものだ。

 血生臭ちなまぐさい殺し合いではない。

 しかも、《魔法》や“魔道具”にはうと国柄くにがらなため、原始的な戦いが主流しゅりゅうだった。


「ええ。それは許可きょかしましょう。だけど、調達ちょうたつは自分達でするのよ……?」


「はい!ありがとうございます!!」


 エミリアは胸に手を当てて敬礼けいれいする。


「……ではシュダイハ子爵子……そちら側はどうする?」


 どうやら待ちわびていたらしいセイドリックは、しばられている手足を器用に使い、どうにかして立ち上がると、決め顔で言う。


「では王女殿下でんか!……私は、そこの赤髪の女!その女の参戦さんせんを禁止とさせていただきたい!!」


「――なっ!?」

「くっ……」


 エドガーはおどろき、エミリアは歯嚙はがむ。

 王女達は無言だが、おそらく想定そうていはしていたのだろう。


「それくらいはさせていただきたいですね……彼女が出てきたら、私の一敗は確定だ……それはそちらが有利過ぎと言うものではありませんか?」


「……一理ある……どうか?ロザリーム殿……」


 席に着いたまま、ローマリアはローザに顔だけを向けて問う。

 相変わらず手を組んだままのローザだが、返答する。


「――かまわないわ。私は出ない……そうしないと、決闘なんてしないって言い出すのでしょう?」


「クフフっ……そうだね。まぁ、最初から決闘なんてしてやる義理ぎりはないけどさ、王女殿下でんかもよおし物と言われれば仕方がない……出てやるさ。ただし、やはり君の参加はみとめない!」


「いや、ちょっと……」


 エドガーは何かを言いたそうに前に出るが、ローザにせいされる。


「大丈夫よ……勝てばいいのだから」


「……ローザ」

(……そうじゃないんだよ、ローザ……そうじゃないんだっ)


 エドガーの不安は、ローザが出られない事ではない。

 ローザが出られないという事は、もう一枠「サクラが出るしかない」という事なのだ。


 エドガーは、サクラを視界しかいにいれる。

 やはりサクラも気付いている。ローザの代わりが、自分だけだという事に。

 顔を真っ青にし、身体をふるわせるサクラは、死をけた戦いが自分に迫っていることを自覚して、もう何も考えられなかった。

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