84話【槍の加護が引き寄せるもの】



◇槍の加護かごが引き寄せるもの◇


 月が上がり始めた【王都リドチュア】。

 そのもっとも高い位置にある中央区画、【王城区ブリリアント】。


 この【王城区ブリリアント】は、四つの貴族街とつながっており、一区画二区画の北門、三区画四区画の南門と地続きになっている。

 中央に位置する【リフベイン城】からは、城の“魔道具”で生み出された大量の水が溢れる川が、【王城区ブリリアント】と貴族街を囲んでいる。


 しかし、【リフベイン城】の正門に渡る為には、【貴族街第四区画サファラス】の北門から抜けた先にある小さな橋【クム橋】を渡らなければ入城できない仕様になっている。


 【貴族街第一区画リ・パール】から王城に向かっていたロヴァルト兄妹は、国の第三王女、ローマリア・ファズ・リフベイン殿下でんかから招集しょうしゅうされ、現在、城に向かっていた。


 今回は、エミリアとアルベールだけで、メイドのお付きはいない。

 帰りも無事に送り届けるからという事で、メイドの付き添いは遠慮えんりょされてしまった。

 しかし、それは功をそうした。

 エミリア達の乗る馬車は、丁度一区画と四区画の連結門近くで停車ていしゃする。

 馬が大人しくなった自然停車ていしゃではなく、何者かによって強制停車ていしゃを掛けられた形であった。


「――きゃっ」

「うおっ!?」


「……副団長っ!」


 ノエルディアが、エミリアとアルベールの頭を押さえ込みながらさけぶ。


「――っ!分かっている……どうしたっ!?」


 エミリアとアルベールをむかえに来た【聖騎士】オーデイン・ルクストバー副団長が、められた馬車の御者ぎょしゃに声を掛ける。

御者ぎょしゃは大慌てで声を張り上げる。


「わ、分かりませんっ!?前方に、大勢の人がいて……矢をっ!」


「何っ!?」


 オーデインはちらりと馬車の窓からのぞく。

 外には大勢の傭兵ようへいと見られる戦士達が、道中をふさいでいた。

 奥には豪勢ごうせいな馬車が一台ひかえており、その馬車を中心に、こちらの馬車を取り囲もうとしている為、どう考えても自分たちをターゲットにしていることが分かる。


「ちっ!……強引に来たか、殿下でんかの言う通りだったな……仕方がない。ノエル、出るよ。いいね?」


 ぐに犯人は特定できるが、当の本人はいないだろう。証拠しょうこもここには無い。

 今ごろは王城で、第三王女の出方をうかがっている最中さいちゅうだろうか。


「……はい!副団長!」


「エミリアじょうとアルベール君は車内ここにいてくれ。多分君たち、正確にはエミリアじょうに用がある客だろう……困ったものだ、全く」


 そう言い、オーデインは【聖騎士】ノエルディア・ハルオエンデをともなって馬車から降りる。


「……兄さん、どうしよう……」


「どうするって言われてもな……動くなって言われてるし、勝手に動くわけにもいかないだろ」


 本来ならば、先陣を切って前に出るタイプのエミリア。

 しかし、事情が事情だと理解しているので、自分から進んで無理をおかすわけにはいかない。

 アルベールも同じだった。


「私に用って……つまり」


「……ああ。だろうな。きっと、シュダイハ家の奴らだっ」


「……」


 ごくりとつばを飲み込み、自分が狙われていることを再認識する。

 エミリアは赤い槍、【勇炎の槍ブレイジング・スピア】をにぎりしめて、馬車の外に出ようとする。


「お、おいっ!エミリア!車内に居ろって言われただろ!」


「――でもっ!」


「でもじゃない!……何の為にルクストバー公とハルオエンデ殿がいてくれるんだ!さっき話を聞いただろっ!?」


 さっきとは、家を出る時だ。

 ここまで来る最中さいちゅうに、結婚を取り決めたのはローマリア王女ではない事、しかし、出された書状しょじょうは本物であることを聞かされた。


 少しむくれながら、ノエルディアが説明してくれた。

 そのことを話し合うために、ローマリア王女がエミリアとアルベールを王城にまねいたのだが。

 日も完全にしずみ、暗くなった【王城区ブリリアント】で、シュダイハ家の一味とみられる傭兵ようへい達に襲われてしまった。


「我慢しろ……二人は【聖騎士センパイ】だ、大丈夫に決まってる」


「……うん」


 顔を暗くしうつむかせ、槍を胸にかかえながら、エミリアは窓の外を見る。




 馬車から降りたオーデインとノエルディアは、囲んでいる傭兵ようへいの中に、城の騎士がいることを確認する。


「副団長……」


「ああ。確定だね……大臣たぬき仕業しわざだろう……」


 しかし、【聖騎士】であるオーデインとノエルディアを襲わせる事を、騎士達にどうやって納得なっとくさせたのだろうか。


「あの騎士達は……偽装ぎそうはしているけど、そうだね。大臣の私兵だろう。それに傭兵ようへいはシュダイハ家にやとわれてる騎士くずれと行ったところだろう」


「大臣の私兵……ですか?」


「仮にも大臣の一人だよ。騎士を動かす権利けんりはあるさ……ただし、私達【聖騎士】は違う……」


 オーデインは一歩前に出て、大きな声で叫ぶ。


「これはいったい何事かっ!……私達は、第三王女ローマリア・ファズ・リフベイン殿下でんかめいで、要人ようじん警護けいご中だぞ!……そこの騎士達、要件を聞かせてもらおうか……?」


 オーデインの口上こうじょうを聞いて、隊長格の騎士らしき男が声を上げた。


「――何を言うか!……殿下でんかのご慈悲じひを受けながら、聖王国にあだなす逆徒ぎゃくとめ!……【聖騎士】の恥晒はじさらし共がっ!!我々は、その要人ようじんの救出をめいじられここにいるのだぞ!」


「……ちっ」

(そうきたか、これでは騎士達も命令に逆らえないっ)


「副団長、これ大臣が……?」


たぬきにしては巧妙こうみょうかな……まぁ、殿下でんかいん複製コピーを使ったんだろう……あれ程効果的なものはないからね」


「……」


 ノエルディアが目をらし、話を切り替えるように声をあらげる。


「私達が逆徒ぎゃくとだと……!?笑わせるっ!……そちらこそ、その程度の数で【聖騎士】に勝てると思っているのか!」


 ざわざわ――と、騎士達がざわめく。


「……馬鹿ばかノエル、逆効果だ」


「――えっ!?」


 騎士達はうなずき合うと。


「決まりだな……【聖騎士】オーデイン、それに【聖騎士】ノエルディア……殿下でんか書状しょじょうに書いてあった通りだ。逆徒ぎゃくとの貴様らは、【聖騎士】としてふさわしくない行動をとる、それらが判明次第、それをてと……この書状しょじょうに書いてある……さすがは第三王女殿下でんか、全てお見通しであったようだな」


「……ぅ」


「ほらねぇ……書状しょじょう精巧せいこうな物なんだろう。騎士達かれらに判別は出来ないさ……それに、仮に怪しんだ者がいたとしても大臣の指示しじだ、クビにでもすると言われれば、断ることは出来ないだろう。これはもう、いんぬすんだ奴と同一人物と見て間違いないだろうね……」


 それを見越していたように、ぞろぞろと増える騎士の援軍えんぐん

 先日収監所しゅうかんじょ【ゴウン】で大量の死者を出しているというのに、よくもまあ出てくるものだ。


「囲め囲めぇ!取り囲めっ!!」


 隊長格の騎士は、大声を上げて指揮をる。


「おや?あの騎士、中々統率とうそつがうまいじゃないか」


「感心している場合じゃないでしょう!?ロヴァルト兄妹どうしますか!」


 馬車ではエミリアとアルベールが待機している。

 このままでは、量で押し切られて、エミリアを奪われる可能性が高い。


「……さてと、どうしようか……」

(……団長はどうしているかな?……異変には気付いている筈だが、如何せん動きがトロイからなぁ)


 普段の飄々ひょうひょうとしたオーデインは見られず、周囲を警戒するその視線しせんは、確かに【聖騎士団副団長】のものだ。

 城にいるであろう上司、クルストル・サザンベール団長が動いてくれている事を願って、戦闘態勢に入った。





 騎士達や傭兵ようへいれの後方で待機する豪勢ごうせいな馬車。

 贅沢ぜいたくにあしらわれた金銀で装飾そうしょくされた裸婦像らふぞうが、趣味しゅみの悪さを露呈ろていさせている。

 その馬車の中で、一人【葡萄酒ワース】の入ったグラスをかたむけ、そのグラスから遠目にある馬車をのぞき込む青年がいる。


 後ろでたばねた金の長髪に、太り始めの成人病のような体型。

 その出た腹にはチェインメイルが巻かれて、後方からの狙撃を警戒けいかいしているのか、馬車から出るつもりはないようだった。


「ふぅん……あの馬車に未来の奥さんエミリアが乗っているのか。出てきたのは、やはり【聖騎士】オーデインか……情報通りとは言え、厄介やっかいな」


 第三王女のいんが付けられた書状しょじょうをひらひらとさせ、セイドリック・シュダイハは、口元のはしを吊り上げる。


「王女殿下でんかもお人が悪いなぁ……気に食わない【聖騎士】をおとしいれるために、我が妻となるエミリア・ロヴァルトをおとりに使うなんて……だがこれで、僕の評価は右肩上がりだ……逆賊ぎゃくぞくち、未来の妻を助ける。それはもう英雄のそれだ。【聖騎士】へ戻る事だってかんがえうる事だ」


 ほくそ笑むセイドリック。

 確かにセイドリックは【元・聖騎士】だが、ローマリアに会ったことはない。

 ローマリアがみずから会うのは、将来しょうらいが見える有能な人材。

 自分の配下にする人物だけだ。セイドリックが【聖騎士】なのは知っていただろうが、自分のそばに置くことは考えなかったはずだ。


 ローマリアから送られた書状しょじょう(偽装ぎそう)には、エミリア・ロヴァルトと会ってみてはどうか。の物の他に、もう一枚入っていた。

 それが、【聖騎士】オーデインとノエルディアをはいしたい、協力を求む。とのものだった。

 大量の騎士や傭兵ようへいに取り囲まれる【聖騎士】二人を見て、安心と決め込んだセイドリックは重たい腰を上げて、外に出る。


「やあやあ……【聖騎士】オーデイン・ルクストバーきょう、これはお久しぶりになりますねぇ」


 騎士と傭兵ようへいの間をき分け、セイドリックはオーデインの前に対する。

 騎士達は盾を構え、何時いつでもセイドリックを守れるように身構えていた。

 意外にもすきが無かった。


「……セイドリック・シュダイハ子息しそくか。君が【聖騎士】をめて以来かな……いや、それよりもこの仕打ちは何か?私達は要人警護中ようじんけいごちゅうだ、殿下でんか書状しょじょうに何を書いたかは分からないが、そこを通してくれないかな?」


「はっ、よく言うね。我が妻となるエミリア・ロヴァルトを人質ひとじちに取っておきながら、まだ殿下でんかが後ろ盾についているとでも思っているのかい?」


 セイドリックは、書状しょじょうをオーデインに突き付ける。


「……これが全てだよ、逆賊ぎゃくぞくオーデイン。【月破卿げっぱきょう】と同じとまではいかないまでも、其方そなたも【聖騎士副団長】まで上りめた男だ……いさぎよく散るのだね」


 セイドリックはそう言って、左手をかかげる。

 それが合図あいずとなって、後方にいた傭兵ようへいたちが弓を構えた。

 その弓につがわれていたのは――燃える矢だった。


「……ちっ!火矢か……セイドリック・シュダイハ!馬車にはエミリア・ロヴァルトじょうが乗っているぞ!傷ついてもいいのか!?」


 エミリアをも巻き込むつもりの火矢攻撃。

 卑劣ひれつな策をろうするセイドリックに声を上げるオーデイン。

 しかし、セイドリックはゲスい笑みを浮かべて。


「ぐふふ……大丈夫ですよ。僕は傷ついていても愛せる自信がある……死ななければ、おんの字さ!放てぇぇぇぇぇぇ!!」


「――くそっ……ノエルディア!」


「分かってますよっ!……ロヴァルト兄妹!早く降りて!矢が来る……!」


 ノエルディアはオーデインに言われる前に動いていた。

 声がかけられた時にはすでに馬車の手前にいて、ぐにロヴァルト兄妹に声を掛ける。


 思いっ切りドアを開けて、二人に出るように要求ようきゅうする。

 表情も固く、深刻なのがうかがえた。


「見てましたよっ!火矢……って、そんな物を街で使うなんて何考えてんだっ……!」


 しかも王城の前である。

 アルベールは剣をさやから抜く。

 この状況に応戦出来るよう、馬車の中で心構えだけはしていた。


「ほら!妹もっ!!」


 ノエルディアはエミリアに手を伸ばして、槍を持った手をつかもうとした――が。

 バチィッ!っとノエルディアははじかれ、手を引く。


「いっ!たぁ……!?な、何っ!?」


 不思議ふしぎ現象げんしょうに、槍を持つエミリアもおどろいていた。

 しかし、エミリアにはこの現象げんしょうに心当たりがあった。


(ローザの……魔力?)


 この槍、【勇炎の槍ブレイジング・スピア】は、エドガーが創作し、ローザが魔力をめて完成させた特別な槍だ。

 本来の魔力の武具は、魔力を使い果たすと自然消滅しょうめつし、跡形あとかたもなく無くなるはずなのだが、この槍は先日の戦いの後も消えることはなく、エミリアの手元に残っていたのだ。


 もし、この槍の持つ魔力が何かに反発して、ノエルディアをはじいたのなら。

 いまだに効力は健在だという事になる。

 エミリア自身は魔力を持たないが、槍自身が持つ魔力がエミリアを守ってくれている。

 ――エミリアはそう解釈かいしゃくした。


「私……戦うっ!」


「は?……いきなり何言って……ってちょっと!ロヴァルト妹!?」


 エミリアは馬車から飛び降りて、ノエルディアやアルベールを越してけ出すと、すで放たれていた迫りくる大量の火矢を目にする。


「――!お願いローザ!!力を貸してぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


 気合とともに、エドガーをめぐるライバルの名をさけび、赤い槍を天にかかげる。

 正直言ってどうなるかはエミリアには分かっていない。

 魔力を持たないエミリアが、ローザのような炎を使えるはずもないことは、エミリアが一番理解している。


 だが、エミリアの持つ直感ちょっかんが行動をさせた。

 【石魔獣ガリュグス】との戦いの時、槍を振るうたびき出る火の粉が、魔力での発動ではない事。

 き出た火の粉が、ダメージを与えた後に槍に戻ってきている事を、気付いていたから。


 この槍には、能力があるのではないかと。

 それは、エドガーとローザがいのった、エミリアを守るための加護かごだ。


 馬車に迫っていた大量の火矢は、空中で炎を途切とぎらせて、矢から離れる。

 全てがただの矢となり、いきおいまでもが弱まって、フラフラと不自然な軌道きどうとなった。


 そしてその途切とぎれた炎は、馬車の頭上に集まると、一瞬いっしゅん太陽の様に真っ赤にかがやき、を描いてかかげられたエミリアの槍に吸い込まれていった。


 余力よりょくをなくした空矢からやは、馬車に数本しか到達とうたつせずに、そのほとんどが半ばあきらめる様に街道に落ちていく。

 馬車の鉄骨てっこつにカツンと当たった矢が地面に落ちるのを見て、ノエルディアが声を発した。


「――すっご……」


「な、何したんだよ……エミリア」


 一瞬いっしゅんだけ、昼間のように明るくなった【王城区ブリリアント】の空を、騎士達や傭兵ようへい達、【聖騎士】の二人も、見上げていた。


「――な、なんだ……?あの娘、まさか……あれがエミリア・ロヴァルトか……!?」


 ただ一人、セイドリック・シュダイハをのぞいて。

 セイドリックは、槍にも炎にも目もくれず。

 只々、槍をかかげる少女――エミリア・ロヴァルトに魅入みいられていた。

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