不遇召喚師と異世界の少女達～呼び出したのは、各世界の重要キャラ！？～

77話【一日目～ローザ・サクラside～】

◇一日目～ローザ・サクラside～◇

　～宿屋【福音のマリス】～

「――！……はぁ～」

　優雅（ゆうが）に紅茶を飲んでいたかと思ったら、突然ため息を吐（つ）くローザ。

　堪（たま）らず、サクラが声を掛けた。

「……ど、どうしたんですか？ローザさん」

　フィルウェインやナスタージャが帰った後、一人で食堂の片づけをしていたサクラ。

　ローザに紅茶を淹（い）れたのもサクラだ。

「エドガーがベッドから落ちたみたい……」

「……ええっ！！」

　一瞬だけ移動したエドガーの反応。鈍（にぶ）い感覚を覚える反応。

　それだけで、エドガーに何があったか分かってしまう。

　片手を額（ひたい）に当てて、参（まい）ったようにローザは呟（つぶや）く。

「あの子もなかなか頑固（がんこ）ね全く……エミリアの所に行こうとしたのでしょう、きっと」

　それでベッドから落ちた。と。

「大変じゃないですか！早くいかないと……ローザさん？」

　サクラは一刻（いっこく）も早く向かおうとしたが、ローザは動く気配（けはい）がない。

　何かを考えるような怪訝（けげん）そうな顔を見せて。一呼吸（ひとこきゅう）置いたと思うと。

「……仕方がないわね。行きましょう」

　そうして二人は、エドガーが転（ころ）げ落ちていると思われる管理人室へと向かった。

◇

「「「……」」」

　エドガーの部屋でもある管理人室のドアを開けた瞬間（しゅんかん）、ローザとサクラの目に映（うつ）ったのは、上半身をベッドから投げ出し、エビぞってうつ伏せになる“契約者”の少年の姿だった。

　三人とも無言で、エドガーは顔を伏（ふ）せているので分からないが、おそらく真っ赤だろう。

「何をやっているのよ……おとなしくしていなさいって言ったでしょう？」

　あれだけ言われても、エドガーは納得（なっとく）していなかったらしい。

　身体が自由に動かずとも、大切に思う幼馴染を救（すく）いたいと心が先走り、正常な判断すら出来ていない。

「サクラ、手伝って」

「あ、はい！」

　二人でエドガーを支（ささ）えてベッドに戻す。

　意外にも、エドガーは素直に従（したが）った。

「……ごめん二人共。話は聞いてたんだ……でも、僕は……」

「聞いてた……？」

　サクラはエドガーに毛布（もうふ）を掛けながらローザを見る。

「さっきの会話をね。エドガーは今【心通話】を使えないから、私が【心通話】で一方的にエドガーに送り付けていたわ……だから、話の内容は理解はしているはずでしょう？」

　ローザの言葉に、コクリと頷（うなず）くエドガー。

　それでも身体が動いてしまったのだ。

　もしも本当にエミリアが結婚に納得（なっとく）していたとしても、自分の身体が動かずとも、心がそれを許（ゆる）さなかった。

「気概（きがい）は認（みと）めるわよ。私だって、エミリアが結婚すればいいだなんて思っていないの。でも、貴族と言うのは厄介（やっかい）なのよ……分かるでしょう？」

「……うん、分かる……分かるよ。でも僕が助けないと、エミリアは……」

　好きでもない男と結婚させられるのは、貴族ではよくある話かもしれない。

　本当は、幼馴染なだけのエドガーに口出しをする権利（けんり）はない。

　全て分かっている。エミリアの気持ちも、ローザ達の気持ちも。

「例（たと）えエミリアの結婚をぶち壊したとして……その後のことは考えているの？結婚を破断（はだん）にした後、エミリアを待つ扱（あつか）いは変わるわよ？もしかしたら、【聖騎士】に成ったことすら無くなるかもしれない、家ごと爵位（しゃくい）を剥奪（はくだつ）されるかもしれない……エドガー、キミに全て背負（せお）えるの？」

「……」

　ローザの言葉に、エドガーは沈黙（ちんもく）する。

　サクラが「言い過ぎでは……」という顔をローザに向けるが、盛大（せいだい）に無視する。

　ローザの言葉は当然であり、エドガーの行動一つで何百人という人の人生が変わるのだとしたら、誰だって胃（い）が一つでは足りない。

「……！！――サクラ、ちょっとエドガーと話をしていて。サクヤから【心通話】が来たから、聞いてくるわ」

「えっ！ちょっと……」

　そう言ってローザは部屋を出る。

「……行っちゃったね。どうしたんだろうね、ローザさん」

「……」

　ローザはサクヤからの【心通話】を受けて、集中する為に席を離れたのだが。

　【心通話】をカットしていたサクラは、サクヤから連絡が来ていたことに気付いていなかった。

「……サクラはどう思う？」

「あたし？」

　エドガーはサクラに問う。

　この数日、エドガーは一番サクラといた時間が多かった。

　その為か、少しは話しやすかった。

「あたしは……そうだね、エミリアちゃんは助けたいよ。好きでもない男と結婚なんて、あたしの世界じゃそうそう無いよ……昔はあっただろうけどさ」

　サクラの両親も恋愛結婚のはずだ。今の日本は大概（たいがい）がそうだろう、お見合いや許婚（いいなずけ）なども勿論（もちろん）あるだろうが。

　知る限りでは、サクラの周りにはなかった。

「そもそもあたしの世界ってさ、若い人の結婚って……あまりよく思われないんだよ。反対されることの方が多いの。ましてや十七歳でしょ？まだ学生だっ！って怒る人の方が多い、絶対」

「……そっか、じゃあ」

「うん、出来る事なら協力はしたい。けど……あたしに何が出来るかは、分からないよ……？」

　自身の世界の些細（ささい）なことも、なるべく開示（かいじ）しない様にしたいと考え始めていたサクラ。しかし、エドガーの視線（しせん）に早速揺（ゆ）らいでしまう。

(ああ～。あたし、意思（いし）よわぁ……)

「ありがとう。サクラ」

　それでも、エドガーの笑顔にグッと来てしまう。

「う、うん」

　顔をうっすら赤めるサクラ。

　ローザの方も【心通話】が終わったのか「お待たせ」と言って戻ってきた。

「あ、ローザさん。【忍者】なんて言ってました？」

「例の屋敷（やしき）に侵入（しんにゅう）したそうよ。後、どうやらシュダイハ家の娘が協力してくれるみたいね」

　椅子（いす）に座り直して、サクヤから聞いた情報を話す。

　勿論（もちろん）エドガーに向かってだ。

「む、娘！？……大丈夫なんですか？なんか……こう、胡散臭（うさんくさ）いというか何というか」

「――だったら【心通話】を切るのはやめなさい。サクヤは何度も貴女（あなた）に送ったそうよ？」

「……ご、ごめんなさい」

　サクラは両手をパンっと閉じて、素直に謝（あやま）った。

「ローザ……サクヤは大丈夫なんだよね？」

　サクヤがいないことは知っていたエドガーも、心配をしていたのだろう。

　報告（ほうこく）があったと聞いて、少し安心しているようだった。

「ええ、大丈夫よ。今はエミリアの結婚相手の貴族を調査（ちょうさ）しているわ。今も【心通話】は来ているけれど、私は聞き役になっている状態（じょうたい）ね」

　エドガーは魔力を空にしている為、自分から【心通話】を使えない状態だ。

　その不安も加算（かさん）されて、情緒不安定（じょうちょふあんてい）になっている可能性もある。

　だから、早急（さっきゅう）にエドガーの魔力を回復させる必要があるのだった。

「そっか……ありがとう、ローザ……サクヤに指示（しじ）してくれたんだね」

「――別に、ついでよ」

　顔は赤くならなかったが、どうやら多少照（て）れているようだ。

「あ～！ローザさん照（て）れて――ひぃっ！」

　ローザの眼力（がんりき）に一瞬で怯（ひる）むサクラ。

　不思議（ふしぎ）とツインテールが逆立（さかだっ）ってサクラの世界のクワガタ虫のようだ。

「余計（よけい）な事を言うものではないわよ？サクラ……」

「――は、はい！ごめんなさい！」

「ははは……」

「「……」」

　エドガーが笑ったことで、ローザとサクラが顔を見合わせた。

「よかったわね、身を削（けず）って」

　サクラの頭に手を置いて、スリスリと擦（さす）るローザ。

「……はい」

　ローザをからかおうとしたわけではないが、意図（いと）せずそうなってしまった。

　エドガーが少しでも元気になれば、心臓をビクつかせた甲斐（かい）もある。

「でもどうしますか……？もうすぐ夕方になりますよ？今日はもう……」

「そうね……」

　ローザも腕組みして考える。

　どうでもいいが、腕組みに胸が乗って邪魔（じゃま）そうだ。

「少しだけ試（ため）しましょうか……その代わりエドガーは約束すること。いいわね？」

(私の残った魔力を少しエドガーに分けて、せめてエドガーが動けるようになるまで回復できれば……でも、素直に応（おう）じるかしら、この子)

　魔力を回復させるにしても、エドガーが暴走（ぼうそう）してエミリアのもとに行ったりしたら、まるで意味がなくなる。それだけは約束させなければならない。

　多少の不安はあるが、ローザは自分の魔力を分け与える事を考えた。

「……約束……？いったいな――」

「――いいわね」

「……うっ。は、はい」

　ローザは有無（うむ）を言わせない雰囲気（ふんいき）を醸（かも）し出して、エドガーも「はい」と言うしかなかった。

「じゃあ、はい。手を出して」

「う、うん」

　椅子（いす）に座ったまま、ローザはエドガーの手を取る。

「ほら、サクラ……貴女（あなた）もよ。エドガーの反対の手を取って」

　ボーっと見ていたサクラも、指名されて驚（おどろ）く。

「え、あたしも？」

　魔力の回復に「どうして自分が」と、理解出来ていないサクラ。

　怒られたくないので素直に従（したが）うが、ローザの考えが分からず戸惑（とまど）ったままエドガーの手を取る。

「反対の手は私に……三角状になるようにね」

　ベッドに腰掛けて、サクラはローザの方に右手を伸ばし、左手はエドガーの右手を握（にぎ）る。

　ローザもそれに合わせるように、椅子（いす）から反対側のベッドに腰掛け直して、サクラの右手を取った。

「簡易的（かんいてき）だけれどこれでいいわ。私とサクラの魔力を、少しずつエドガーに分けるから、エドガーは楽にしていて。まずは動けるように、少しだけね？」

「魔力？……ローザさん。あたしがやる意味ないんじゃ……」

「……何故（なぜ）？」

「いや何故（なぜ）って……」

　自分に魔力がないと思っているサクラは、ローザが不思議そうにするものだから、ついローザの態度（たいど）を不思議に思ってしまう。そんなサクラに、ローザは。

「あるでしょう？そんなに立派（りっぱ）な魔（・）力（・）の（・）源（・）が……」

　ローザが指さす先はサクラの額（ひたい）、【朝日の雫（しずく）】だ。

「……これって“魔道具”ですよね……？」

「……そうね」

「あたし自身に、魔力ってありませんよね……？」

「だから何故（なぜ）？」

「……え？」

「……は？」

　両者、意味が分からず。そんな二人にエドガーが説明する。

「つ、つまりさ……サクラは自分には魔力がないと思ってて、ローザはサクラに魔力があることが分かってる……ってことかな？」

「そうよ？」

「そうなのっ！？聞いてないっ！」

　【スマホ】に落したアプリにも、自分は反応しなかった。

　完全に自分には魔力はないと思っていたサクラだが、意外なほどにあっけなく覆（くつがえ）された事実に困惑（こんわく）する。

「分からなかっただけでしょう？魔力の使い方が」

「え、ええっ！？」

「第一、魔力が無ければ【心通話】はどうするの？その鞄（かばん）は？その板（スマホ）は？」

「え、え、ええ？ちょっとまって……まって！」

　矢継（やつ）ぎ早（ばや）な質問に、サクラはテンパってしまう。

　普段は優等生で冷静（れいせい）なつもりでいたが、想定外のことになると途端（とたん）に崩（くず）れるタイプだったらしい。

「つ、つまり……あたしって、魔力があるの？……《魔法》とか使えちゃうの？」

「覚えれば、出来るんじゃないかな？……どうだろ？」

　エドガーはローザに視線（しせん）を送る。

　ローザは軽く頷（うなず）いて言う。

「ええ。出来るでしょ。サクラは自頭（じあたま）もいいし、感覚（かんかく）と魔力の使い方を覚えれば、それこそエドガーよりも上手く使えるんじゃないかしら……」

「ははっ……僕は“召喚”しか使えないからね」

　その“召喚”が凄いという事に、どうしてこの世界の人物達は気付かないのだろうと、心底不思議（ふしぎ）に思うローザとサクラは、エドガーの言葉に二人合わせて言う。

「「違うでしょ」」

　二人は顔を見合わせると。先に、ローザが言う。

「エドガーは「しか」って言うけれど、その力があったから私達はここにいるのよ？」

「そうだよエド君！……あたしや【忍者】も、救われてここに来たんだよ？」

　ローザがエドガーの手を、そっと握（にぎ）りしめる。

　熱く燃えそうなほどの体温を持つローザの手の熱さは、エドガーの手を優しく包みこんだ。

　エドガーの手から心の中まで浸透（しんとう）していくような、暖かい日差しのように。

「二人共……ありがとう」

　出会って間もないというのに、もう何度も助けられ、エドガーの力になってくれた。

　ローザ、サクラ、サクヤ。

　今もまた、力を貸してくれている。

　その事実が、エドガーの不安を薄（うす）めてくれるようだった。

「さぁ。始めるわよ……？いいわね」

「うん……！」

「オッケー！」

　エドガーは、もう無理をしないと心に留（と）める。

　力を合わせて、一つずつ、一歩一歩進んで、その先に待つ結果が、エミリアの結婚の破断（はだん）なのだ。

　エドガーはゆっくりと瞳（ひとみ）を閉じる。繋（つな）がれた左右の手から、ゆっくりと溢（あふ）れて来るように伝（つた）う、魔力の熱を一身に受けて。