68話【予感】



予感よかん


 ローザとサクヤが休憩きゅうけいがてらアイスキャンディーを食べている時。

 異世界人達の拠点きょてんである宿屋【福音のマリス】では、サクラが一人、自室でスマホをのぞいていた。


「う~ん……」


 先ほどから、どうしてこの異世界で【スマホ】が使えるのか。

 電波はどうなっているのか。使用した料金りょうきんはどうしているのか。

 などを考えていた。


「あたしの能力?……って、何とな~く|分かりづらいのよね」


 【スマホ】もそうだが、学生かばんぼう四次元ポケットみたいになっているのも、まったく原理げんりが分からない。

 異世界に原理げんりなど求めても意味はないかもしれないが。

 ローザのや、サクヤのの力など、分かりやすい能力だとありがたかったのだが。

 よく考えたらローザもサクヤも、元々から所持していた能力であり、サクラだけが一般人なわけで、どうしてもついていけていない気がしていた。


「そもそも《魔法》が存在そんざいするこの世界で、日本人のあたしがいることがおかしいんだろうけどさ~」


 ベッドにうつぶせになりながら、学生かばんから取り出したクッションをひじあてにして【スマホ】をいじるサクラ。


「……あ」


 【スマホ】の充電じゅうでんが残り少ないことに気付くと、起き上がってかばんから充電器じゅうでんきを取り出すが。


「……って、電力ないじゃん!……そう言えば……はぁ~、どうしよ――ん?」


 ふと【スマホ】の画面を見ていると、見慣みなれないアイコンがある事に気が付く。


「なにこれ……【異世界ワールド・サポーター】……?――ふっ」


 胡散臭うさんくさすぎて、ついつい鼻で笑ってしまう。


「異世界ワールドって……世界二個入ってるし」


 インストールした覚えは当然なく、アンインストールしようと操作する。


「……出来ないんだけど。しかも何この提供先ていきょうさき……ふざけすぎ」


 【提供ていきょう・カミサマ=エンターテインメント】と記載きさいされており、それがかなりイラつかせる。


「――……き、起動きどうしてみる?」


 好奇心こうきしんと、すがるものがこのアプリしかないと言う現状げんじょうから、サクラはアプリを立ち上げてみる。

 既存きぞんのアプリと同じく、提供ていきょう名を音声が読み上げて、初回のインストールが始まるのだが。


「5GBギガ!?――っとと……」


 おどろきの容量ようりょうに、【スマホ】を落としそうになった。


「……ん?何々……このアプリは無課金むかきんのプレイヤーでも楽しめます……って馬鹿ばかにしてんの!?」


 充電じゅうでんが少ないうえに、馬鹿ばかにならない初回インストールの容量ようりょう

 ふざけた文面が余計よけいに腹立たしい。


「あ、終わった……」


 意外なほどに高速なインストールだった。

 本当に5GBギガもあったのかとうたがいたくなるレベルだ。


「ご丁寧ていねいにチュートリアルまであるのね。本当、開発者シバき回したい……」


『このたびは、異世界ワールド・サポーター(笑)をインストールして頂き、まことにありがとうございます。お客様のような、まれ被験者ひけんしゃがいてくれること、本アプリは大変うれしく思います。』


「……(イラッ)」


『このアプリは、貧弱ひんじゃく貴方あなた様(プレイヤー)が異世界で生き残るべく、様々なサポートをしていくアプリです。』


「いっちいちイラつくわね……」


『【地球】という、異世界とはかけ離れた世界の住人であった貴方あなた様(プレイヤー)には、《魔法》や神話のような話に、身体も心も対応しないことでしょう。それをサポートするのが本アプリです。先ずはスマートフォンの充電じゅうでん方法を説明いたします。』


 『次へ』をタップするサクラ。


「異世界での【スマホ】の充電じゅうでん方法……電力の無い異世界での充電じゅうでんは、魔力でおぎないます……この画面で、赤いマークを十秒ほど長押ししてください……ってあたし魔力なんてないけど、どうすんのよ」


『魔力を持たない方は、誰か魔力を持つ人に代わってもらってね!』


「――ふっざけんなぁ!!」


 【スマホ】をベッドに叩きつける。


「……まったく、ふざけるんじゃないわよ!――ん?」


 ベッドの上ではぁはぁと息をあらくするサクラ。部屋の外が少しさわがしいことに気付き、【スマホ】を置いたまま部屋から出る。

 二階のおどり場から一階の様子を見ると、ロビーに二人のメイド服を着た人物がいるのが見えた。


「……ああ、そっか。メイリンさんがまだ来てないから――あれ?もしかしてあたしが対応しなきゃなの?」


 「めんどくさ……」と、心の中で愚痴ぐちって。

 サクラは一階のロビーへ下りて行った。





「誰もいませんねぇ」


「しかし入口が開いていたのです。エドガー様か誰かがいるのは確実でしょう……いなければ、不用心ぶようじんと言わなければなりませんが」


 【福音のマリス】をおとずれたのは、ロヴァルト家のメイドであるナスタージャとフィルウェインだった。

 二人は急いだ様子で誰かを探している。と、そこに二階から下りてきたサクラが声を掛けて来た。


「あの~……どうかしました――って、エミリアちゃんのメイドさんじゃないですか!」


 恐る恐る下りてきたサクラは、見知った顔に安心した。

 とは言っても、エミリアの付きいをしているのを見た程度ていどで、く話した事はないが。


「これはサクラ様。失礼ですがエドガー様はいらっしゃいますか?」


「――えっ?……はぁ、いますよ。多分まだ寝てますけど」


 フィルウェインは急いだ様子で、エドガーを呼んでほしいとねがい出た。

 サクラもそれを了承りょうしょうし、管理人室でもあるエドガーの部屋へと向かう。

 ロビーからはすぐそこだ。


「あ、私も行きますぅ」


 説明のため、フィルウェインとナスタージャもサクラの後ろをついていくが、どうも空気が重く、サクラは何も言えなかった。





 コンコンとノックをして、今朝振けさぶりのエドガーの部屋をたずねるサクラ。


「エド君入るね。お客様が来てるよ……?」


 ガチャリとドアノブをひねり、万が一がないようにゆっくりと扉を開ける。


「……寝てるみたいですね、どうしますか?」


「申し訳ありませんが、起こしていただけますか?」


「あ。はい……」


 後ろのフィルウェインからかる不思議ふしぎなプレッシャーに、何か嫌な予感を沸々ふつふつとさせるサクラは、エドガーのベッドに近寄ちかより肩をすって声を掛ける。


「エド君、エミリアちゃんのメイドさんが来てるよ。起きて~」


「ん、んんっ……」


 エドガーを起こすサクラを見て、後ろでひかえるナスタージャは、こそっとフィルウェインに耳打ちする。


(なんだか新婚さんみたいですね……お嬢様勝てますかぁ?)

(茶化ちゃかすんじゃありません。そのお嬢様が大変・・だから、私たちがこうしてエドガー様の所に来ているのでしょう?)

(……は、はいぃ。すみません)


 どうにか重い雰囲気ふんいきこわそうとしたナスタージャだったが、選択を間違えたようだ。


「……あれ、サクラ……どうしたの?」


「あ、起きましたよ。エドガー様」


「そうですか……――エドガー様。お休み中もうし訳ありません、実は相談がありまして……」


 フィルウェインは起きたばかりのエドガーのもとに。

 急かされるようにベッドのかたわらにひざを付いて説明を始める。


「――えっ……?」


 このフィルウェインの発言が。

 エドガーを、そしてエミリアの運命を大きく動かしていくことになる。

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