54話【戦いへ】



◇戦いへ◇


「――うっ!!なんだ!?――この臭いっ!!」


 四人は、収監所しゅうかんじょ【ゴウン】寸前まで来ていた。

 しかし、収監所しゅうかんじょに近付けば近付くほど、鼻に付くくさったような悪臭あくしゅうひどく、その臭いを増していた。


「は、鼻が曲がりそうですね……主殿あるじどの


「――うぅ……気分が」


 エドガーにサクヤとサクラも、服のそでえりもとで鼻を押さえ、顔をしかめる。


「この臭い……死臭ししゅうね、腐食臭ふはいしゅうもある。それが風に乗ってここまでただようなんて……かなり数が多いって事だわ。もしかしたら、動物の件はこれで解決かしらね」


 クンクンと臭いをかぎながら、冷静に分析ぶんせきするローザ。

 ついでにここ最近の動物行方不明の答えをサラッと言う。


「ローザ殿はこの臭い……平気なのか?物凄い鼻だな」


 力を恐れられて箱入り状態だったサクヤも、《現代日本》で過ごしていたサクラにも、この臭いは無縁むえんの臭いだったであろう。

 そんなサクヤが、褒めているのか、けなしているのか分からない口ぶりでローザに話しかける。

 指で鼻をつまんで、口ではぁはぁ言いながら、顔色を悪くする。


「どうしてこんなに、その……死体、の臭いが……まさか、囚人しゅうじんが【石魔獣ガリュグス】に殺されて……?」


 エドガーの疑問ぎもんも当然だ、収監所しゅうかんじょでは、犯罪を犯して捕まった者たちが大勢収監されている。

 その他にも、看守かんしゅ護衛ごえいの騎士が大勢勤務きんむしているはずだ。


「どうかしら……相当そうとうな数ありそうだけれど、でも一つだけ確かなのは、【石魔獣ガリュグス】はここに一体もいないって事ね」


「そういえば……」


 収監所しゅうかんじょに近いて行くごとに、確かに魔物モンスターの個体数は減っていた。


「ここが【石魔獣ガリュグス】の発生源はっせいげんじゃないって事……?」


 エドガーの疑問ぎもんをローザが否定ひていする。


「違うわね。この場所が発生源はっせいげんなのは間違いないはずよ。ただ、【石魔獣ガリュグス】はそんなに広がっていないから、妨害ぼうがいの為に配置したんでしょうね」


「――ぼ、妨害ぼうがいですか?」


 サクラが口元を押さえながら問う。


「ええ……当然、この臭いと関連があるのでしょうね……この死臭ししゅうは相当よ……」


「ああっ!!鳥肌がっ……無理無理……行きたくないぃぃ」


 横たわる大量の死体を想像そうぞうしてしまって、身震みぶるいするサクラ。

 横たわるどころか、山にされているとはつゆとも思っていないだろう。


「じゃあ貴女あなたはここにいなさい。この死臭ししゅうの中で、一人でいられるのならね」


 ローザは冷たく言い放つが、それがサクラには抜群ばつぐんいたらしく。


「――いっ、行きます行きますっ!行かせていただきますっ!一人は嫌ですっ!!」


 手をげてぴょんぴょんとねる。ツインテールもねている。


「うん。いい心掛けねサクラ……所で、お願いしたいことがあるのだけれど……いいかしら?」


「――へ?」


 そのお願いは、嫌と言える雰囲気ふんいきではなかった。




 騎士達の遺体と家畜や動物の複合死体の山は、どす黒い煙に包まれて繭状まゆじょうになり、ありえない程の死臭ししゅうりまいてエリウスやリューネ達にも嫌悪感けんおかんを与えていた。

 特に、死とは無縁むえんだったリューネには、がたい臭いだったようで。


「――う、うぇ……ゲホっ……うぅ」


 先程から何度も嘔吐おうとり返し、エリウスに介抱かいほうされていた。


「……うぅ。すみませんエリウス様……私」


「いいのよ……逆にわたくしは安心しているわ。貴女あなたがまともな精神の持ち主で……」


 リューネの背中をさすりながら、エリウスは優しく声を掛ける。


「……エリウ――うぇぇぇ……」


「あらら」


 リューネの嘔吐おうとと共に、死体の山を囲んでいたまゆがゆっくりとほどけていく。


「へへ……完成だぜ」


「見事だ。これなら大分だいぶ時間がかせげるだろう――おや?近くに人の気配がするね……一、二……三人の様だけど……どうするのかな?皇女殿下こうじょでんか……」


 レディルの成果せいかに感心していたレイブンが、左手をサッとさわり。

 誰かの気配けはいを感じ取ったのか、エリウスに告げる。

 レイブンの左手の甲には、青い宝石のようなものが取り付けられているように見える。


 エリウスはレイブンの言葉にうなずき、最終確認をレディルに問う。


「レディル……準備はいいのねっ?」


「おお!いつでもいいぜ!――後は魔力を注ぐだけで、ぜ?」


 エリウスはうなずき、リューネを起こしてレイブンに合図あいずをする。


「ヴァンガードきょう……」


「――分かった」


 レイブンは左手をかかげると、かれつつあるまゆに魔力を流し始める。

 聖王国唯一ゆいいつの魔法使い。レイブン・スタークラフ・ヴァンガードが、数年ぶりに使う《魔法》だった。

 《魔法》とは言っても、たんに足りない魔力をおぎなうだけだが、それでも魔力を使って何かをするのは数年ぶりだった。


なつかしい感覚だ……流石さすがに数年もあれば、魔力も全回復しているようだ……」


 左手の甲にかがやくそれは、ローザの【消えない種火ピジョン・ブラッド】と対極たいきょくと言うべき――深い青。


 【蒼海の一滴ロイヤル・サファイア

 それがこの、【月破卿げっぱきょう】レイブン・スタークラフ・ヴァンガードが所持し、この男を【リフベイン聖王国】の英雄とたらしめる“魔道具”。


 無限むげんく水は魔力をび、魔力次第しだいで氷にもきりにもなる。

 今、水を発生させているわけでは無いが、あわく青い光を出し。

 それが水の魔力であると、魔力を持たないリューネでも理解が出来た。


「――凄い……」


 き気などき飛んだリューネが、自分の義父ちちになると言い出した男の力を見て感嘆かんたんとする。


「リューネ。見惚みほれている場合じゃなくてよ……ぐに撤退てったいします。準備なさい」


 エリウスに急かされて、リューネは心の準備をする。

 先程さきほどレイブンが言った、人の気配。

 ――おそらくは、二つの可能性。


 収監所しゅうかんじょの様子を見に来た【聖騎士】。

 もしくは、【召喚師】エドガーや、ローザと言う女性。

 リューネは、エミリアやエドガーである可能性が高いと感じている。

 レイブンが感じた三つの感覚かんかくは、きっと《石》の共鳴きょうめいなのだろう。


「完了だ」


 レイブンの終了の言葉と共に、まゆ解除かいじょされて、中の物体が姿を現す。

 死体の山があったはずの場所には、もの凄く大きな骨が鎮座ちんざしていた。

 まるでドラゴンと言われれば納得できてしまいそうな程大きく、迫力があり、怖い。


「レディル、リューネ、きょう。行きますわよ……」


「――おうっ」

「は、はい……」

「……ああ」


 エリウスにうながされ、リューネもエリウス達とともにこの場を後にする。

 残されたのは、バカでかい程の大きな骨だけだ。

 大量の騎士の遺体と、無数の動物達の死骸しがい媒介ばいかいにし、復元ふくげんされた太古たいこの生物。


 【タイラント・リザード】、その成れの果て。

 【スカル・タイラント・リザード】と言えるものだけを、残して。





 今しがた、大きな魔力の奔流ほんりゅうが起こった。


「大丈夫かい?サクラ……」


 その流れてくる魔力にえ切れず、サクラがひざをつき苦しそうにしている。


(……【朝日のしずく】が魔力を感知かんちさせたようね……れていないサクラは、それに飲まれて魔力酔まりょくよいを起こしているんだわ……)


 ローザはサクラの様子を見ながらも。


「サクヤ……貴女あなたは大丈夫なの?」


 【朝日のしずく】を持つサクラがこれほど苦しそうにしているのだ。

 左眼に《石》を持つサクヤだって魔力酔まりょくよいを起こしていても不思議ではないが。


「――ん?何がだ?」


「……」


「ローザ殿?」


「……なんでもないわ」


 ケロンとするサクヤに、一瞬でも心配した自分をしばき倒したくなったローザだった。





「ごめん……もう大丈夫。ありがとエド君」


 背中をさすってくれたエドガーに感謝をつたえ、立ち上がるサクラ。

 魔力酔まりょくよいはなんとかおさまり、あの死臭ししゅうもなくなっていた。

 それはつまり。


「……」

(間に合わなかった……か)


 エドガーや自分の敵になり存在やつらの尻尾くらいはつかみたかったが。つかむどころか、逃げられた可能性が高い。

 だがローザだってサクラをめるつもりはない。むしろ心配しているくらいだ。


「申し訳ないです……ローザさん。あたし……」


「大丈夫よ……置いていったりしないから。それにあの量の魔力に潰されなかっただけ、褒めてもおつりがくるわよ」


 ローザはサクラの頭をでた。

 その言葉に安心している様子を見せるサクラ。ここに置いていかれると思ったのだろうか。


「臭いは無くなったし、けむりおさまったようだな」


 周りを見渡し、サクヤがそう言いながらサクラのもとに近寄ると。


「大丈夫かサクラ……ほれ。仕方が無い、背に乗るがいい」


 しゃがんで、サクラを背負おうとするサクヤ。


「……い、嫌だよ。はずいし……ってか背負うならエド君でしょ!さっきだって」


「そうか。それだけ元気があれば大丈夫だな。よし、先を急ごうか」


 すくっと立ち上がるサクヤは、初めからその気がなかったように話す。


「そうね。何があるか分からないし、元気にしたことはないわね」


 ローザもサクラの発言を無視むしして、先に行こうとする。


「じゃあ、行こうか」


 エドガーですらそれに乗っかり歩き出す。

 サクラも無理とは言い出せずに「分かったから置いて行かないでっ!」と、急いで後を追った。





 エドガー達は、収監所しゅうかんじょ探索たんさくした。

 しかし一度も、警備の騎士に遭遇そうぐうしなかった。

 安心していいかどうか分からないが、囚人しゅうじんは無事の様で、さけんだりさわいだりしている。


 ローザが囚人しゅうじんに状況を聞こうとしたが、エドガーが【召喚師】だと知っている人物がいたため、何も聞き出せずに終わった。

 その時のローザが、この収監所しゅうかんじょの遺体を増やすいきおいでキレかけたことは内緒にしてあげたい。

 ちなみにサクヤは無言だった、が、去りさりろうに何かを投げ入れた様な気がしたが、それを目撃したのはサクラだけで、サクラも何かを問い詰めるつもりはないようだった。




 そして、全体を捜索そうさくした後、残された中央運動場に辿たどり着いたエドガー達だったが。

 そこにあった物に驚愕きょうがくする。


「なにこれ……ここって博物館はくぶつかんでしたっけ?」


 おどろきを隠せないサクラ。


「ローザ、これってやっぱり……」


 エドガーはローザの方を見ながら、ゴクリとつばを飲み込む。

 ぬすまれた《化石》が、大きな蜥蜴トカゲの物だと知っていてもなお、受け付けがたいものがあった。


「コレをやっていたんでしょうね……一体何人殺したんだか……」


 ローザも、流石さすがにこんな短期間で《化石》を復元ふくげんできるとは思っていなかったが。


「――まさか骨だけとはね……さっきの魔力の爆発は、コレを動かす為だったんだわ」


 そう言いながら、右手の《石》に魔力をめようとしたが、寸前すんぜんでやめてしまう。


「ローザ?」


「……反応が怖いのよね。私の《石》に反応しそうで」


 【消えない種火】の魔力に反応を起こして動き出したら、ここで戦わなければならなくなる。

 しかしこの場で戦うのも、ここを出て戦うのも、ローザにとって大して差はない。

 ここが貴族街である以上、“炎”をメインに戦うローザでは、本来の力を発揮はっきできない。


「……じれったいわね、まったく……だけど、放置する訳にもいかないでしょうね……これを」


「あの……何もないんなら帰りません?……これも動かなそうで――」


 ――カタッ。


「「「……」」」


 自分でも、実に見事なフラグを立てたものだと内心思ったサクラ。

 でも、それを口にすれば戦犯せんぱんは自分になりかねないため、顔を青くして言うのをやめたのだが。


「うむ、今動かなかったか……?」


 ――サクヤが言ってしまった。

 フラグなど分からないだろうサクヤに何を言っても無駄だろうが。


「【忍者】……アンタぁぁぁぁぁぁぁぁ!!――あ!」


 つい大きな声を上げたサクラ。

 手で口をおおうも、すでに遅かった。


 ―――ゴゴ、ゴゴゴゴゴ、ゴゴゴゴゴ!!


「……はぁ。動いたわね」

(まぁ予想通りだけれど)


「どうしたら……コレ」


 どうせ動くだろうと思っていたローザと、どうせなら動くなと思っていたエドガーは、二人同時に右手をかかげて剣を作り出し、構える。


「ねぇ……これあたしのせい!?ねぇ!」


 サクヤのそでをグワングワンと引っ張り、泣きそうになるサクラ。


「……し、知らぬぅ!ああ、あま、あまり引っ張、るなぁぁぁ――!!っ、サクラ!」


「へ?――きゃっ」


 いきおいになすがままだったサクヤだが。骨が動き、尻尾らしきものが迫ってきた事に気付き、サクラを抱えて跳躍ちょうやくした。もう、空にねたいきおいで。


「くっ!――サクヤ!サクラ!」


「大丈夫です、主殿あるじどの!……サクラは目を回しておりますが!」


 エドガーとローザも、尻尾の攻撃を回避かいひして距離きょりを取っていた。


「サクヤ!――その子サクラを安全な場所に置いて、貴女あなたも戦いなさい!二人じゃキツイわっ」


「こ、心得こころえた!しばしまたれよっ」


 サクヤは、何もない空中で更に跳躍ちょうやくし。

 ――消えた。


「さてとエドガー……蜥蜴トカゲ退治よ……炎は使いにくいから、気を付けなさい」


 建造物けんぞうぶつを炎上させることはけなければならない。

 事前の話し合いで、それはエドガーも承知している。


「分かった……!」


 骨の大蜥蜴オオトカゲ、【スカル・タイラント・リザード】は、ガタガタと関節かんせつを鳴らし。隙間すきまのある頭蓋骨ずがいこつから魔力のひとみをギラつかせて、エドガーとローザを見据みすえていた。

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