32話【でももだけども】
◇でももだけども◇
【
装備の魔力切れを起こし、着ていた服を
裸のままの女の子二人を放置するなど、当然エドガーが出来る訳も無く。
必死に走って、【
「――で?女物の服を、何で俺が持っていると思ったんだ……?」
背が高く、
「で、ですよね……」
「お前今何考えやがった」
「――あ、いえ!なんでもっ」
考えが
とんでもない状況ながらも、息を切らせて走ってきたエドガーにマークスは同情する。
「エドガー……お前、意外と女に苦労するタイプだったんだな。まぁ、エミリアに付きまとわれてる時点でお
「……ですかね」
エドガーも心当たりがあるのか、
「はぁ~ったく――しょうがねぇな……ほらよっ」
そう言って、マークスはエドガーに銀貨を投げる。
「わっ。――ととっ!」
「安もんなら、その辺の服屋で【
「あっ。そうか……ワンピース!」
まるで気付かなかったという風に、エドガーは驚く。
「なんだお前……まさか服の上下に下着までフルセットで買う気だったのか?」
「――あはは……」
完全な
確かに人目を
エドガーが
「お前なぁ……まっ、いいや。早く行ってやれよ」
手をしっしっ。と
「ありがとうございます。マークスさんっ!お礼は必ずしますからっ!」
頭を下げて、エドガーは急ぎ
マークスは、出来は悪いが可愛い弟を見るような目で、それを見送ったのだった。
「そういやエドガーのやつ……今、謝んなかったな」
◇
~【
「だ、誰も来ないよね?」
全裸のまま、大切な部分だけを隠して、
「落ち着きなさい。そんなことをしていたら、それこそ誰かに見られるわよ?」
同じく全裸のままで
「だって私、なんか今日、
いそいそとローザの横に戻るエミリア。
「
確かにエミリアは今日、【福音のマリス】に来てから、やけに
「ローザは何で平気なのっ!?」
信じられない。と顔を赤くしている。
「何でって言われてもね……恥ずかしくないからかしら」
再び信じられない。と今度は青ざめる。
「ねえ。炎の《魔法》で、もう一度服を作れないの……?」
「出来ない事もない……けれど」
「じゃ、じゃあ!」
「多分、
「……」
ガックリと首を落とすエミリア。明らかにそっちの方がまずかった。
人が行きかう
ましてや、エミリアは貴族。貴族のバカな
「……ううぅっっ!?」
考えただけで背筋が凍って
「黙ってエドガーを待ちましょう……彼もきっと急いでくれてるわよ」
「――うん、そだね」
エミリアは、
(ま、まあ、誰に見られたわけでもないしね)
自身の身体を
◇
しばらくして。
「エミリア~、ローザ~」
小声だが、エミリアの耳に聞こえた救いの声。
エドガーが戻って来たようだ。
「エ、エドっ!?――駄目だよっ、こっちに来たら!」
「――え、うん。分かってるよ。だから、ここに置くから取りに来て……大丈夫だよ、今は誰もいないから」
「あ……うん」
思っていたリアクションと違い。意外なほど
(それはそれで……なんかムカつくっ!)
◇
エミリアとローザが着替え終わり。
「……よかった、サイズ合ってたみたいで」
ローザの着るワンピースを見て、エドガーが一言。
「……ねぇエド、どうして私は見ないでわかったのかなぁ?かなぁっ!?」
お前のは見んでも分かる。そう言われた気がしてエミリアが怒る。
「ええっ!?なんでエミリアが怒るのさ!?合ってるでしょ!?サイズ」
「合ってますけどっ!ピッタリですけどねっ!!」
エドガーの背中にしがみつき、
そんな二人を完全に
「でも、よく女物を買えたわね。エドガー……正直言って、
「ええ。まあ……実はですね、ナスタージャさんが……」
ちらりと
影に隠れた暗い通路だが、
「え?ナスタージャ……?」
エドガーの首に手を回したまま、エミリアは本日
◇
――少し前。
「ど、どうしよう……」
【
「マークスさんに言われた通りに、ワンピースにするべきか、それとも……いっそ男物を買って」
エドガーが
ここでウロチョロしている方が、
「……くっ!どうする!?」
これはエドガーにとって、ただの買い物ではない。
女性の服を買うなんて、母や妹とも、一度たりともしたことがない。
服装や見た目にはあまり気を使わないエドガーが行うには、少々難易度が高かった。
ましてや、男が一切いない店内に一人で入る度胸が、今のエドガーにあるのかと言えば「無い」だ。
「――何してるんですか……?」
入るかどうかと
エドガーの心臓は、ドクンと
「あ、すいません違います
もしもの時の為に用意しておいたセリフを、完全に
「待って下さいよぉ……どうしたんですかぁ?」
逃げようとするエドガーは、肩を
「ちち、違うんですっ……」
「もう……何がですかぁ?」
よく聞くと、中々に聞き覚えのある声だった。
「っていうか、いい加減にこっちを見てくださいよ……エドガー君」
「――えっ……あ!ナ、ナスタージャ……さん?」
声をかけられた驚きでギュッと目を
「はい、こんばんわ。エドガー君」
――救いの神。エドガーの目には、ナスタージャが女神に見えた。
「ナスタージャさぁぁんっ!」
「なぁ!チョットぉぉ!――そー言うのはお嬢様にしてくださいよっ!?」
エドガーは、ナスタージャの
「はは~ん。なるほど……そういう事なら私にお任せ下さい!エミリアお嬢様は
エドガーに
「よ、よろしくお願いしまーす!……――はぁ~~~っ」
深~いため息を
(何やってんだよ僕は。今はこんな所で
女性専用の店ではなく、共通販売店に行けと、誰かに言われた気がした。
完全にへこたれたエドガーから、
「おまた……せ」
ナスタージャが買い物を終えて店先から出て来るも。
店前で落ち込むエドガーに引く。
「エ、エドガー君……
――グサッ!!と、見事にトドメを刺したナスタージャだった。
◇
「――と、言う訳ですよっ……お嬢様っ!」
解説したのは、ナスタージャだった。
エドガーよりも少し遅れて合流し、エミリアとローザに、
「……ありがと」
「すまないわね。おぉ~。おいしそうねっ……んんっ!
ローザは、この国で初めて飲むフルーツジュースに感激している。
そして、どこからか刺さる痛々しい
「エド……どこ見てるの、こっち見なさい」
「ご、ごめん……」
「そうじゃないでしょっ。お礼……ナスタージャにしてないんじゃない?」
そういえばそうだ。パニくったままここに来てしまったので、ナスタージャに礼を言っていない。
「あ、すみま……ありがとうございました。ナスタージャさん」
エミリアの隣でほくほくするナスタージャに、エドガーは頭を下げて礼を言う。
「いいんですよぉ、
やはり、
特に、一人になると出てくるようだ。
「……」
(まるで親とはぐれた子猫ね……)
ジュースを飲み干して、ローザはエドガーたちのやり取りを見ていたが、エドガーの不安定な部分は、“契約者”のローザにも
(エドガーには心の支えが必要ね……私がなれればいいんだけれど……まだ、無理かしらね)
まだ出会ってから十日程しか
頼りないし、まだまだ弱い。どこか情けなくて、不安定な影を持つ少年。
でも、優しさと思いやりの心を持ち、他人を優先するお人好しなところ。
一言誰かに言わせれば『優しいだけ』になるのだろうが。
それでも
(全く……怖いわね、異世界って)
全ては異世界の
「ほらっ。グダグダしてないで行くわよ……あの男がいつ動き出すか、わからないのだからね」
「――うん、そうだよね。リューネも心配だし」
「あの子は大丈夫でしょう……用済みなら、簡単に捨てていくはずだしね」
キツイ言い方だが、気を引き締めるには
しかし気になるのは。
「そういえば……弟さんを人質にされてる……んですかね、やっぱり」
「うん、多分ね」
エミリアは
その方角は、【月光の森】。
兄アルベールが、先日連れ去られた場所だった。
気持ちがわかるなんて軽々しくは言えないが、家族が危険な状況に置かれた
「エミリア……
ローザがエミリアに何かを言おうとするが。
「大丈夫っ!分かってるよ……もし、リューネがまだやるって言うなら……私が戦う」
エミリアがローザの目をまっすぐ見て、そう宣言した。
「――了解よ。任せるわ」
ローザも、エミリアの意思を
――後は。
「エドガー……」
エドガーだ。こんな状況になってしまった以上、彼にもやってもらわなければならない事がある。
「はい……」
「いい?エドガー。君にも覚悟を持ってもらうから」
覚悟。エドガーにとって、数回死にそうな目にはあったが、いまだ慣れない言葉。
「は、はい!何でも来て下さい!!」
強がりと勢いで。つい、大きく出てしまった。
「そう……よかった。じゃあ、覚悟は出来てる……そう取るわよ?」
「……は、はいっ……」
後には引けず、
「エドガー。“召喚”しなさい……は、私と同じ、
「「えっ!えぇぇぇぇええっ!?」」
エドガーと、エミリアまでもが盛大に驚き、慌て始める。
ナスタージャはエミリアの大声に耳を
エミリアにとっての異世界人“召喚”は、エドガーが死にかけた案件だ。
そう簡単に、はいそうですかとは
だがそれはエドガーも同じで、異世界人を“召喚”するという事は、あの“魔人”の恐怖心を思い出させるものだった。
「ローザ……でも、それは」
正確には“魔人”では無かったが、あの恐怖心は本物だった。
ローザが“召喚”されていなければ、今頃エドガーは死んでいたはずだ。
「
「「そんなっ!」」
ハミングし、ローザに
「ねぇローザ。異世界人って言うけど……ローザのような強い人が“召喚”されるとは限らないんでしょ?だったらさ、武器とか防具を“召喚”したらいいんじゃないかな……?」
それも一理ある。エドガーも少しは戦えるようになったし、エミリアも先程の様な戦いができれば、武器があればなんとかできる可能性があるのだが。
「――今は駄目ね……」
ローザは否定する。
「エドガー。
「――《化石》……ですけど」
「何の……?」
「タイラント、リザード……っ!!」
最悪の答えに、エドガーは顔を
「気付いたようね……」
「え、なに?何がダメなの!?」
【タイラントリザード】。
古代に生息していたと思われる、最大級の大きさを持つ
その
牙からは更に小さな牙が生え、爪は猛毒、炎を
「それがもし。この街で暴れたら?」
「……!!」
「――っ!?」
「大丈夫かも知れない。――なんて顔をしてるわねエドガー……“悪魔”を
「――あっ……」
“悪魔”グレムリン。
あの時は、ローザが倒してくれた。けれどもし、街の中で暴れられたら。
「そうよ。エドガーが考えている通り、今回私は全力で戦えないかもしれない」
「な、なんでっ?」
エミリアはまだ気づけずに、ローザとエドガーに注目する。
「誰もいない【月光の森】とは違うんだ……あの人達は、どこにいるか分からないから」
エドガーは汗を
「もしも、街中で人間の何倍もの
街中はパニックになる。当然だろう。
ましてや、戦いとかけ離れたこの国で、
「なら、ローザの《石》で
リューネを追ってきた時のように、《石》同士の
「――そうね、
「そんなぁ……」
ガックリと肩を落とすエミリア。
それでも「思いついた!」と。
「じゃあローザが戦ってくれれば……!ローザが――あぁっ!?」
エミリアは、ようやく気付いた。
「そうよ……街中で暴れられたら、私は戦えないの……炎を使えない。街中火の海にしていいなら、話は変わるけれどね」
そんなの私もいやよ。と、お手上げのように両手を上げる。
「だから、【異世界召喚】……ですか?」
「ええ、その通りよ。被害を出さなくても戦える。そんな方法を持つ異世界人を呼びたいわね」
この中で、当然ローザが一番戦いには
異世界人のローザがこの世界に
「で、でも……」
エドガーは簡単に首を縦には振れない。
「エドガー、キミの職業は何?」
「……【召喚師】です、けど……だけどっ」
「
昼間ローザが大きな声を出してエドガーに
だが今。ローザに恐怖を感じる。
まるで“魔人”の様な。底知れない怖さ。
ローザは、嫌われる覚悟で二人に言葉をぶつける。
「エドガー……エミリア……よく覚えておきなさい。私の炎は、こんな国
そこまでを口にして、ローザの言葉を
「――ゴメンっ、ローザにそんなこと言わせて!」
エミリアは
ローザの言葉を、完全に
「……エミリア?」
エミリアの行動に、エドガーは戸惑う。
「ごめんエドっ―――私は、ローザの意見に
「私、やっぱり好きだもん。この国……こんなんでもさ……産まれた場所だから」
エミリアも理解している。この国の
大切な人を
大好きな両親に兄、メイド達。
騎士学校の学友。そして、恋をする少年――エドガー。
「……行こうローザ。取り
そう言って、エミリアはローザの手を取り
一瞬、エドガーを見るその視線は、とても悲しそうで、でも、何かを縋るような思いが込められている気がした。
「は、はいお嬢様ぁ」
「エ、エミリア!ちょっと待ちなさい!――私はエドガーに……!」
ローザはまだ何か言いたそうだったが、エミリアに引っ張られて行ってしまう。
「……」
エドガーは立ち尽くしていた。エミリアは「僕の味方でいてくれる」。
そんな
ズキズキと、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます