25話【私の世界に無かったもの】
◇私の世界に無かったもの◇
この世界の食べ物は、
“天使”ウリエルに
しかし、
【ブラストリア王国】の第一王女として生まれ育ったローザは、周囲の期待に、父の期待に応えるために全力で
それでも、王女の有能さを
ローザは、誘拐されてしまった。
五歳の夏、現王ウルディルス・ジュナ・ブラストリアをよく思わない
そこを救い出してくれたのが、“天使”ウリエルだった。
今のローザが【バカ天使】と呼ぶ、ローザの恩人であり教育者。
国の人間は、ローザが“天使”に力を与えられたと聞いて舞い上がった。
期待は
ローザを邪魔だたしいと思っていた者たちは、恐怖に
自分を
そして数年後、ローザは見事に敵国である複数の隣国を
だが、父である王に
長女のローザではなく、妹。
―――末妹のライカーナだった。
ローザの実妹。ライカーナ・シエル・ブラストリアは、
ローザの
ローザをうまく操り、末の子でありながら王位
ローザは、そんな妹の行動も全て目を
ただただ喜んだ、自分の事のように。
姉妹の関係性は、うまくいっているものだと思っていた。
だが、それはローザの思い込みだった。
ローザが“天使”に力を与えられた時点で、ライカーナはローザを敵と認識した。
更に数年後。王は、有能な姉妹を
特に、妹レザリンダへの入れ込みは
そうして欲を出した結果。王は
――
大切な妹であるライカーナに相談されたローザは、うまく誘導されているとは知らずに父を
ローザがそのことに気づいたのは、
信じていた唯一の家族。妹に裏切られ、今まで
ライカーナの手の上で
しかしローザは
ライカーナが命じたと思われる『宝石を取り外せ』と言う言葉も、黙って聞き入れた。
だが、兵たちが【消えない種火】に触れた瞬間、その宝石は怒りの炎を生み出し、ローザの身を守った。
それでも
そうしてローザは、絶望的な
――
ライカーナがローザに、【消えない種火】に
部下から「宝石を取り除く方法を見つけた」と報告を受けたライカーナだったが。
【消えない種火】を奪う前に、ローザそのものが姿を消した。
文字通りに、その身を
きっと今も、まさか異世界で食
◇
この世界に来て、初めて食べ物を口にした時。正しくは飲み物だったが。
エドガーの家で紅茶を飲んだ。
期待はしていなかったが、まさか味覚が回復しているとは思わなかった。
内心、かなり驚いていた。
自分の着ていた、魔力で出来たドレスがタイムリミットで消し飛ぶのも、なんとも思わないくらいには驚いていた。
その後はグレムリンを倒した後に、宿に帰って食事をした。
そしてそれは、今現在も同じであり。
「あ~むっ……!!はぅん!
ローザは現在、【
マークスと話すエドガーを待てなかったローザは、一人で食事に来てしまっていた。
「
食べている物は
「あらあら。お嬢ちゃん……凄い食べっぷりだねぇ!」
「――ええっ!とても気にいったわ」
驚くおばさんを尻目に、ローザは目をキラキラさせ、口元を汚しながら、
「……ほ、本当に凄い」
おばさんが若干引いてる気がするが。そんな事、ローザは気にしない。
「ところでお嬢ちゃん……そんなに食べて支払いは大丈夫かい?」
いくら安いとはいえ、
おばさんも不安になったのだろう。この娘にちゃんと支払えるのか、と。
「ええ。問題ないわ……私の
つい先日エドガーに貰ったばかりの、赤い
スカートのポケットに入れてあったはず、なのだが。
「――ないっ!?」
「あら~。困ったわね……」
優しいおばさんで、本当によかった。
あと、エドガーがいなくて助かった。
これでエドガーに迷惑をかけていたら、目も当てられない。
「申し訳ない。ご婦人……
綺麗に頭を下げるローザに、
「でもねぇ、どうしようかしら……支払えないとなると……」
「申し訳ない。必ず払うので何とか……」
「あらやだっ。そんなにかしこまらなくていいのよ?食い逃げしないだけでも十分
この【
昨日も
同じ物を頼んでいるのに、エドガーの物は
エドガーは、ローザに「サービスしてもらえてよかったですね」と笑っていたが、ローザは絶対違うと思っている。
「ご婦人……ありがたいのだけれど……私――」
ローザが断ろうとした時、ふと後ろから声をかけられる。
「あの~。すみません、もしかしてこれじゃありませんか?お
声を掛けてきたのは、少女だ。
明るい茶髪、真面目そうな顔立ちの少女がローザを見上げる。
身長は頭一つ違う。ローザが
少女が持つのは赤い
「――ああっ!どこでそれを!?」
「あ~いえ……お姉さんの足元に……落ちてましたけど」
少女は言いにくそうにしながらも答えてくれた。
「……はい?」
思わず首を
「えっと……こんな事、初対面の方に言っていいものか……なのですが」
「か、構わないわ。言ってくれないかしら」
自分のミスを知りたい。ダメなところは
そんな意気込みで、
「じゃ、じゃあ……失礼を
戸惑いを見せつつ、茶髪の少女は答える。
「もしかしてですけど……胸が邪魔で、足元見えていないんじゃないかと」
「失礼ですみません」と頭を下げ、少女はローザの様子を
「……」
(確かに見えない……!?今まで全く気にしていなかったけれど……見えないわねこれは)
自分の足元を確認しようと下を向くも、大きな二つの
身体を
「……すまないわね。見ず知らずのキミに、迷惑をかけたようで」
軽くショックを受けたローザが、少女に謝罪すると。
屋台のおばちゃんが少女に話かける。
「なんにせよ
少女は両手をブンブンと振り
「ち、違います違いますっ!
少女の目線の先には、こちらを見る複数の少女達が
「急いでいたのではない……?」
(そう言えば、エミリアが着ていた服に似ているわね)
ローザは申し訳なさそうに見る。
「い、いえ……大丈夫です。困ってる方を放ってはおけませんからっ!」
また、ローザの世界にはいなかったタイプ。エドガーやエミリアといい勝負をしそうだ。
「ほら。騎学のお嬢ちゃん、お仲間さんとお食べ」
「えっ、いえ私……今は、
おばちゃんは
「何言ってんだい!サービスだよ!」
「ええっ!?い、いや、私そんなつもりじゃ」
慌てだす少女に、ローザはエドガーを思い出す。
(エドガーも、こんな風に
妄想の中のエドガーのおかげで、一度気持ちを落ち着かせたローザは少女に
「ならばこうしましょう?――私が、
少女は、
「で、でもですね」
この少女は、おそらく真面目の部類に入る人物なのだろう。
騎士学校は、買い食いを禁止しているわけではない。
自分は
「ほ~ら、赤毛のお嬢ちゃんが言ってるんだ……早くあの子たちにも持っていきなっ」
ローザとおばちゃんの
「うう。じゃあ……いただきます」
「それでお嬢ちゃん……銅貨は足りるのかい?」
ローザのピンチを助けてくれた騎士学校の生徒を見送り、
「ええ。大丈夫……それにしても……ご婦人にも迷惑をかけてしまったわね」
今日の
「なぁに、いいのよ……こっちは
「そ、そう。それならよかったわ……」
◇
「やっと見つけましたよ……ローザ」
汗を
「エドガー……
「……ローザ?どうかしたんですか?」
「何かあったんですか……?」
あんなにも強いローザがここまでへこんでいるとは。これはただ事ではないかもしれない。
「エドガーは、
「えっ?財布……?ん~。ないです……かね」
少し考えて、結論は無しだ。
比較対象としてエドガーは少し弱いかも知れない。何せ外に出なかったからだ。
物悲しいが、【召喚師】として風当たりが強い父やエドガーは、極力外出を
今もありがたい事に、メイリンがよく手伝ってくれているおかげで、買い物に不自由したことはない。
「――そうよね。ないわよね、普通」
さらに落ち込んでいくローザ。
普通がどうかは分からないが、
たんにエドガーが無かっただけで。
「一体何があったんですか……?」
「――聴いてくれるかしら、この
そうしてローザは話し始めた。
おおよその人が、おそらくどうでもいいと思うであろう事を。
「……」
「どう?
「いや、よかったじゃないですか、
同調してもらえると思っていたのか、驚いてみせるローザ。
「た、確かによかったけれど……私はそれ以上にショックなのよっ」
両手で頭を抱え、
何だか小さくなっていってるように感じられる。
「そ、そんなにですかっ!?」
ローザは自分のダメな所を発見し、とことん落ち込む。
(うーん。多分あるある何だろうけど……こんなこと無かったんだろうな、今まで)
下にあるものが見えない。胸の大きい人によくありそうな話だが。
と、エドガーはある事を思いつく。
「あ!そうだローザ。お腹の出てるぽっちゃりさんも、同じことが言えるのではないですかっ?」
だから気にすることはない。
そう言う前に、ローザは盛大なため息をついた。
「はぁ~~~~~っ――そう。私の胸はぽっちゃりさんと同じなのね」
「えっ!いや、違いますよ!……え~と……その」
(なんて答えたらいいっ!?)
言葉が出なくなったエドガーはローザの隣に座り、黙ってしまった。
二人が無言になってしばらく。
「「……」」
「あ、ローザ……あれを見て下さい」
とても優しげな声で、スーッと耳に入って来る。
「あの
「ええ、知っているわ」
「あの串焼き屋のおじさんは、怖いですね……何人もお弟子さんがいるんですけど。もれなく全員
エドガーは、
「それから、あそこの
「ち、ちょっと待ってエドガー。なんでそんな身の上話を?しかも赤の他人のじゃない」
ローザの疑問に答えずに、エドガーは続ける。
「あ、今来たあの
「――エドガーっ!」
長椅子から立ち上がり、エドガーの視線を隠すように正面に
ローザの大きい声を、エドガーは戦闘以外で初めて聞いた。
「はい?」
「私にはわからないわ……エドガーの言っていることが」
ローザは、前の世界で王女として生きてきた。
親しかった者がいたわけではないし、積極的に人に
ローザには、戦いしかなかった。だからこそ、この世界で自由に出来ることが嬉しかった。
小さな失敗でここまで落ち込めるのは、生きることに真剣だとも言える。
エドガーはきっと、この世界ではローザよりも
全て聞いたわけではないし、無理やり聞こうとも思わないが。
「さっきから他人の事ばかりで!エドガーは、人の事よりも、もっと自分の事を優先しなさいよっ!」
「……」
いつも他人を優先し、自分の事は二の次。今もきっと、ローザを優先している。
落ち込むローザを
ローザもここ数日エドガーに頼っている面があるので、本当は言えた立場ではないが、エドガーの意図が見えないローザには分かっていない。
「やっぱり……そう見えます?」
「――ええ、見えるわね」
エドガーは、ローザの言葉に言い返しもせず。
「違うんですよ。ローザ……僕は、自分のためにやってるんです。今だってそう……この広場にいる人達の話も、自分が頑張ってきた結果なんです。周りから入ってきた情報なんですよ……
エドガーは、安い値段で“召喚”の依頼を受けている。
エミリアとアルベールにも、今のローザのようなことを、口が
「でも、ローザが来てくれて。僕、少し変わったんですよ……」
「――私?」
ローザの名前を出して、自分は変われたと言う。
「はい。僕は“召喚”の力を、少しでも強くしたかった。だからどんなに安くても、
分かりやすく両手を丸め、“召喚”の物悲しさを
「そんな僕がですよ……ローザを“召喚”したんです……
エドガーはローザの肩を
「ローザが来てくれて、出会えて……よかったと本当に思ってます。だから弱気にならないで……今はまだこちらの世界に
(苦労も……楽しむ?)
ローザには理解できない。
苦労なんてない方がいいに決まっている。
「エドガーは、楽しかったの……?」
「子供の頃は、苦しくなかったかと聞かれれば……苦しかったと思います。父が“不遇”に
顔を赤く染めて、まるで一大告白のように宣言する。
「……」
(あ~あ、顔真っ赤にして……なれない事してるって、付き合いの短い私でもわかっちゃうわ)
「――ありがたいけれど……そう言う事は、エドガーには向いてないかもしれないわね」
「えっ……ええっ!?」
他人を
(でも……それが少し、嬉しかったわよ。エドガー)
ローザはエドガーに背を見せ、少しだけ横顔を向けると。
「私を落としたかったら、もっともっと情熱的な熱~い言葉で
「く、くどっ……そんなつもり――」
「……あら、なかったの?」
表情は見えない。でもなんとなく、からかわれている気がする。
「――な、なくなかったですよっ!!」
「フフッ。そうね、なかったって言ってたら……
ローザに叩かれたら死ぬ気がする。
「あ~あ。変に考えてたら、お腹空いちゃったわ……エドガー、
「ええっ!さっき食べたのでは?」
「いいでしょ?」
「……はいはい。食べましょう、僕もお腹空きましたし」
ローザは少し難しい。普通の人なら気にしないであろうことにショックを受けたり、単純なことに悩んだり。少し子供っぽい所が見え隠れする。
元の世界でしてこなかった
戦いの世界で生きてきたローザが、この世界で普通の
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