3-3 お前は凄いな
「え……? っていうことは――」
「ああ、そうだよ。私は……作られた
一頻り話し終え、ぼやけた視界のままグラスを一気にあおる。もう酒の味なんて分からないし、こみ上げてくる当時の感情を喉と一緒にアルコールでひたすらに焼きつくすだけだ。
深い溜息を一つ吐き出してすぐに次の一杯を注ぐ。もう何杯飲んだんだか。数えようとしたがふわふわどころかどろどろに溶け切った頭で分かるはずもなくて、数えたところで何の役にも立たねぇよとすぐに諦めた。
「作られて、人間を止めて、んで最初に喰った相手がドクターと言うわけだ。自分が母だと思って懐いていた相手をバリバリムシャムシャと美味そうに喰ったんだ。笑える話だろ? むしろ笑え」
「笑えませんって……ええっと、その、ドクターさんは抵抗しなかったんですか?」
「抵抗どころか」ニーナの質問を思わず鼻で笑ってしまった。「むしろ喰われて喜んでたよ。というか、それこそがドクターの目的だったからな」
「それはどういう……?」
「そのまんまだ。ドクターは
ドクターを喰らったからこそ分かる。ドクターは……あの女は最初っからそのつもりだったのだ。
「史上最高の天才」、「魔女」。そう呼ばれた頭脳を駆使して狂気の沙汰でしかない術式を作り上げ、何年も掛けて少しずつ術式を私になじませていき、最終的に魂喰いに仕立て上げた。
彼女はすべてを理解していた。そうして生まれた魂喰いがどういう状態であるかも。分かった上で敢えて私の目の前に無防備でその体を、魂をさらけ出した。私に喰わせた。でなければ、理性を取り戻した私だったら絶対に彼女を喰おうとはしなかっただろうから。
その結果、私は名実ともに魂喰いとなり――家族を三度失った。もっとも、一度目も二度目もロクに覚えちゃいないが。
「私に対して情は湧いてたみたいだがな……母親としちゃ最低最悪だ。変人だ奇人だってぇのは分かってたが自分の欲望に忠実のまま、最後の最後でゴミ溜めみたいなクソッタレの
もっとも、ヤツが母親気取りだったかは未だにハッキリしないがね。とにもかくにも、そうして私は血を、肉を、そして魂を喰らわなきゃ生きてけない体になっちまった。
「……意味が分かりませんよ。なんですか、喰われるためって……なんでドクターさんはそんなことを?」
「答えはシンプルだ。つまるところ不老不死のためさ」
「……喰われたのに、ですか?」
「それがヤツが奇人変人であり、天才と呼ばれる由縁だよ」
ドクターにとって肉体なんてものはどうだっていいものだった。重要なのは魂でありその知識。それさえ健在ならば――ヤツは生きていると同義と考えた。
もちろんただ喰われるだけなら当然ダメだ。喰われた魂と知識は劣化し、そして魂喰いとなった母体もやがてその重さに押し潰され、精神を破壊されてやがて死ぬ。その瞬間、ドクターが望んだ永遠も失われるからな。
過去に同じ様なことを試みた魔術師もいたみたいだが、実際にそうなったらしい。
だがヤツの天才的な頭脳はそれらを回避する術式を導き出した。
「私の中でドクターは生きている。ヤツの魂は確かにこの体の中にあるし、必要があれば知識も引っ張ってこれる。そして大量の魂を喰らってなお、私はこうしてお前に身の上話をできるくらいには正気を保ってられるってわけだ」
「狂ってますね……」
「同意だ」
だが狂っていようがなんだろうが、
「――ま、そういう話だ。だから……お前の言うとおり家族ってヤツにコンプレックスがあるのかもな」
情けない話である。勝手にドクターを母代わりにして、失望して、また他の家族に憧れて、失ってしまったことに勝手に傷ついて酒に溺れてんだから。挙げ句、せっかく訪ねてきた部下に八つ当たりして暴れ回ってりゃ世話ない。
「誰にでもコンプレックスはありますよ。私だって」ニーナが自分の義手を見つめた。「マンシュタインさんたちを助けられなかったのは……今だって辛いです。マンシュタインさんたちじゃなくても、幸せそうな親子を見かけると勝手に目が追いかけちゃいますし、義手を見る度に、あの時……あの時、お母さんたちが死ななかったらどんな今を送ってるんだろうって思っちゃいますから」
戦禍に巻き込まれた時のことを思い出してるんだろうか、ニーナは目を細めて懐かしむような、悲しむような、そんなどちらとも言いづらい顔をした。
「……お前は凄いな」
「え? なにがですか?」
「いや、なんだ……目の前で家族を亡くして、お前の方が辛くて大変だっただろうに、それを乗り越えて……私みたいなどうしようもないヤツにまで気を配ってさ」
話しながら、ああ、本格的に酒にやられてきたな、と思った。こんなふうに素直に誰かを褒めることなんて、シラフならありえない。
と思ってたら、視界がぐにゃぐにゃと歪みだした。こりゃもうダメだな。
「あはは、根っからお節介焼きなんですよね、私。
でも私なんかより……やっぱり止めときます。不幸比べしたって幸せなことなんて何もありませんから」
「そう、だな……」
「ありがとうございました」ニーナの温かい手に私の小さな手が握られた。「思い出したくなかった昔の事を話してくれて。おかげで、もっとアーシェさんのことが分かった気がします」
「まあ、その……私の方こそ感謝する」グラスに残ってた酒を一気に飲み干した。「お前の言うとおり、話したら少し楽になった気がなんとなくする」
「なんとなくですか」
「なんとなくだよ」
目の前が斜めになっていって体が机にぶつかる。そのままウトウトとし始めたところで、ニーナが「最後に」と尋ねた。
「魂を食べたらどうなるんですか?」
「……ドクターの時と一緒だよ。喰ったヤツの記憶とか知識とか、そこらがまるごと私のものとして引っ張り出せるし、魂は私が生き続ける限り私の中で生き続ける……もっとも、魂の状態で生きていると言えるかは甚だ疑問だがな」
「そっか……だからアーシェさんはマンシュタインさんたちを食べたんですね……家族が離れ離れになって寂しくないように」
「……さあな」
「ふふ、やっぱりアーシェさんは優しいですね」
何言ってんだか。お前は一回その節穴の目を洗浄してこい、とでも言いたかったが眠くてそれも億劫だ。
いよいよ目を閉じて眠気がどうしようもなくなった頃、体がふわっと持ち上げられた気がした。
「魂を食べるってことは……それだけたくさんの人の辛い記憶もアーシェさんが受け入れてきたってことですもんね」
そう、かもな。
「お疲れさまでした。今まで、よく一人で頑張ってきましたね。ほんの一時かもしれませんけど……今だけは全部忘れてゆっくりと休んでくださいね」
優しく労ってくれた声が遠く聞こえる。
「お疲れさまでした」。その一言で、ずっと報われたような気がして、胸の奥が暖かくなっていって、閉じた目尻から勝手に涙が流れ落ちた。
頭を撫でられる感触、そして抱きしめられる。抵抗する気も起きなくて、ただ赴くままにその感触に身を委ねる。
心に素直に。たったそれだけのことなのに、私の意識は温もりの中に穏やかに溶け込んで深い眠りに誘われていったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます