第3話
情けない。
好きな人を泣かせてまで、つまらない意地を張って。
そうまでして、貫きたいモノなんて、そこにはないというのに。
◆◇◆
「はぁ……」
俺は、熱い湯に浸かりながら溜め息を吐いた。
あの後、俺は偶然ほーくんに会った。ずぶ濡れになった俺を家に招き、今こうしてお風呂に入れてくれた。
ほーくんは特に事情を詮索することもなく、黙って手を引いて、手早くお風呂の準備をして、俺の家に連絡もしてくれて、いつもの優しい笑顔を見せてくれた。
きっと、色々と察してくれたんだろうな。勘が良いから。
ぱしゃん、と水面を軽く叩く。
ああ、本当に情けない。馬鹿じゃねーの。
目を閉じると、さっきの奈々実さんの顔を思い出す。あんな、悲しそうな顔も初めて見た。俺が、泣かせたんだ。あんなに優しい人を、あんなに好きだった人を、俺は傷付けた。
最低だ。自分が嫌になる。
逢来。俺、お前に優しくされる資格ないよ。俺、つまらない意地で女の人泣かせるような最低な男なんだよ。
今はお前の優しさが心を抉る。いつも通り、接してくれる君の、その優しさが。
いや、それはお前に対する甘えだな。
俺は濡れた前髪を掻き上げ、天井を仰ぐ。
情けない。情けなくて、情けなくて、そんな自分に嫌気が差す。友達にもこうして迷惑かけて、好きな人泣かせて、もう何がしたいのかも分からない。
本当に、どれだけバカなんだ。救いようないよ。
このまま長湯しても逆上せそうだ。
俺は風呂から出て、逢来が用意してくれたジャージの下だけ履いて、頭にバスタオル乗っけたまま浴室を出た。
「温まった?」
「うん、ありがと」
逢来は高校から一人暮らししてる。
物が少ないからか、部屋は綺麗に片付いてる。いや、それは実家にいたときからか。隙がないと言うか、何というか。逢来の欠点って何だろうって、時々マジに考えてしまう。
「ちゃんと髪乾かさないと風邪引くよ」
「……ん」
本当に、何も聞かないんだな。
俺から言うまで、聞いてこないんだな。だから甘えたくなるんだよ。縋りついて、泣きたくなるんだよ。
なんか、お前の優しさってズルいよ。卑怯だよ。
「ほーくん」
「うん?」
「俺、奈々実さんに嫌われたかも……」
「……」
「さっき、奈々実さんに会ったんだけど……自分勝手な気持ちぶつけて、怒鳴っちゃってさ……」
「そう、なんだ」
「泣かせちゃった。最低だよね」
「シン……」
俺はベッドを背凭れにして床に座った。
その隣に、逢来が座る。
「俺、バカだよな。色んなこと付き合って、大人ぶって、結局中身はガキのままだ……」
「……そうかもね」
「だよな……」
逢来も前に言ってたもんな。止めはしないけど、俺のしてることは不誠実だよって。
分かってたけど、分かってなかったのかもしれない。
誰も困らない。俺も、声を掛けてくる子もみんな、誰も。だから、甘えていたんだ。みんなに。
「シンは、そうすることで嫌なことから目を逸らしてた。でも、もう気付けたでしょ?」
「逢来……」
逢来は少しだけ乱暴に俺の髪をタオルで拭いた。子供の頃、親がやってくれたみたいに。
「結婚式、行くでしょ?」
「……うん」
「謝りに、行ける?」
「……」
そうだな。
ケジメ、付けないとだよな。
◆◇◆
数日後。
俺は一人、ドアの前で立ち尽くしていた。
今日は奈々実さんの結婚式。俺は奈々実さんがいる控室の前で、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。
しっかりと嫌われてこい、俺。それだけのことをしたんだ。
ドアをノックすると、中から奈々実さんの声がする。もう一度ゆっくり息を吐いて、ドアを開けた。
「……あ」
「奈々実さん」
ウエディングドレス姿の奈々実さんは一瞬驚いた顔をした。俺が来るとは思ってなかったのだろうか。
俺の顔なんて見たくなかったかな。
でも、ちゃんと言わなきゃ。申し訳ないことをした。それを、謝らないと。
「奈々実さん、俺……!」
「ごめんなさい!」
俺が頭を下げようとした瞬間、奈々実さんがセットした髪が崩れるんじゃないかって勢いで頭を下げた。
なんで、奈々実さんが謝るんだ? 悪いのは俺なのに。
「な、奈々実さん……?」
「本当にゴメンなさい。私、勝手なイメージを押し付けて、慎一郎君は昔と何も変わらないって思い込んで、それで……君の気持ち、少しも考えようとしてなかった……本当に、ごめんなさい」
奈々実さんの声が震えてる。
また泣かせちゃった。謝りに来たのに、泣かせちゃった。
本当に俺は最低だな。
「頭、上げてよ」
「慎一郎君……」
「悪いのは俺の方です。俺の方こそ勝手な気持ち押し付けて……怒鳴ったりしてごめんなさい」
俺は深く頭を下げた。
本当にゴメンなさい。泣かせてごめんなさい。悲しませて、困らせて、本当にゴメンなさい。
「俺、本当に奈々実さんのこと好きでした。だから、幸せになってください」
「慎一郎君……ありがとう、ごめんね……」
いつもの優しい笑顔を浮かべる奈々実さん。
メイクが涙でぐしゃぐしゃになってる。これから結婚式なのに。
俺はスタッフを呼んで、奈々実さんのメイク直しを頼んで式場に戻った。
式場には親や奈々実さんたちの友達がたくさん集まってる。俺は逢来の隣に座り、小声で話しかけた。
「謝ってきたよ」
「そっか」
「うん。逆に謝られちゃったけど」
「そっか。よかったね」
うん。本当にね。
これで、心の底から彼女の幸せを願える。よかった。本当に。
式が始まり、新郎と奈々実さんがこっちが恥ずかしくなるくらい幸せそうな笑顔でお互いを見ている。
あの笑顔を奪うようなことがなくて安心した。
幸せになってください。絶対に。
ありがとう。
大好きでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます