第2話



 真面目に人を好きになるとか、


 バカバカしく思うようになった。





 だって、報われないんだもん。




 ◆◇◆


「ねぇ、佐原君。私のこと好き?」

「うん、好きだよ」

「ふふ、嘘ばっか。本気じゃないくせに」


 先輩が、俺の上に跨って笑いながら言う。名前、何だっけ。さっき声を掛けられて、そのまま空き教室に連れていかれて、今に至る訳なんだけど。

 それにしても、自分だって本気じゃないくせに。最初から、そんなこと分かってるでしょ? 俺に、何の期待もしていないくせに。


「ん、ん、ぁ」

「……」


 重なり合う唇の温もり。

 喘ぐ声。

 何もかもが、俺の心を虚しくさせる。


 それでも俺が、近付いてくる彼女たちを拒まないのか。

 つまらない、意地だ。子供扱いしたあの人に対する、つまらない意地だ。

 俺は子供じゃないって、そう思わせたいだけ。やってることは子供だな。

 わかってる。分かってるけど、どうしようもない。

 もう、どうでもいいんだ。




 ◆



 奈々実さんは、俺達が通っていた幼稚園の卒園生で、たまに遊びに来ていたんだ。

 そこで俺達に絵本や紙芝居を読み聞かせてくれたり、いっしょに遊んでくれたりしていた。

 俺は、子供心に憧れを抱いた。綺麗で優しくて、笑顔が可愛らしくて。

 卒園してからも俺は、彼女に会いに行った。奈々実さんは俺の家の近所に住んでいて、小学生のときはしつこいくらいに顔を見に行ってた。

 中学生からはそう何度も会いに行くことは出来なかったけど、それでも積極的に奈々実さんに会いに行った。

 そして、高校生になる前。俺は奈々実さんに告白した。真剣に、今までの想いを。


 でも、本気にされなかった。

 奈々実さんは、「私も慎一郎くんのこと好きよ。可愛い弟みたいなものだもの」って、いつもの笑顔で言うだけだった。

 そうじゃないって何度も言ったのに、信じてくれなかった。


 それから俺は、何もかもどうでもよくなった。

 真面目に恋したって報われない。


 だったら、もういいよ。


 そんな風に思うようになって、俺は声を掛けてくる女子を一切拒まなくなった。

 来る者拒ます、去る者追わず。

 付き合ってと言われれば付き合う。長続きはしないけど。

 キスしてと言われればキスをする。抱いてと言われれば抱く。

 我ながら最低な男だとは思うよ。でも、その方が楽だった。マジになったって何の意味もない。本気の恋愛なんて、無駄だよ。



「シン?」

「え?」


 名前を呼ばれ、俺は我に返る。

 ああ、もう授業終わったのか。ずっとボーとしてる俺を心配して、ほーくんが声を掛けてくれたみたいだ。

 ほーくんには、俺の気持ちとか全部相談している。今の俺を、よく心配してくれている。本当に、優しいな。今の俺にとって、唯一の救いだよ。


「平気? 奈々実さんのこと……」

「……平気だよ。俺はとっくにフラれてるんだ。今更何言っても無駄だし……」

「……そう」


 なんか、ほーくんの方が泣きそうだ。

 長い前髪で隠れた目が、なんか潤んでるように見える。ほーくん、前髪で顔隠さなくてもいいのに。カッコいいんだから、もっと顔出したらモテそうだけど。


「大丈夫だよ、逢来」

「シン」

「ほーくんがいてくれるだけで、十分救われてるから」

「……慎一郎」


 本当に、助かってるよ。

 でも、なんだかんだ強がってもショックを受けていることに変わりはない。

 あんな中途半端なフラれ方されて、俺はまだ奈々実さんのことを諦められないでいる。付き合いたいなんて思っていない。でも、せめて自分の気持ちをちゃんと受け止めてほしかった。

 それだけなのに。


「……はぁ」


 あーあ。

 報われない。報われないよ。


 なんで俺、こんなマジになってるんだろう。

 馬鹿みたいだ。




 ◆



 放課後になり、俺は一人で家路に着く。

 今日はほーくんたちはそれぞれ用事があって一緒に帰れないとのこと。

 朝から降る雨の中、俺は水たまりを避けながら急いで家に向かった。その途中、見慣れた花柄の傘を見つけた。

 あれは……


「奈々実さん?」


 声を掛けると、その人は振り返った。

 やっぱり、奈々実さんだった。彼女は俺の顔を見るなり、いつもの笑顔を浮かべて歩み寄ってきた。

 なんでここに居るんだ? 今はもう婚約者の家に引っ越したんじゃなかったっけ。


「慎一郎くん。今帰り?」

「あ、ああ……奈々実さんは、なんで?」

「ちょっと実家に用事があってね」


 そう言って、奈々実さんは左手を口元に添えて笑った。その手には、婚約指輪が光っている。

 それ、見たくないな。てゆうか、今は会いたくなかったな。

 だってさ、今あっても心からおめでとうなんて言えないじゃん。結婚しないで、なんて言っても無駄だしさ。

 やりきれない。笑えない。さっさと帰りたい。


「そうだ。慎一郎君の家にも寄ってきたのよ」

「俺の家に?」

「そう、結婚式の招待状を渡しに」

「……そ、そう」

「うん。みんなの分もあるから、来てくれると嬉しいな」


 そんな顔、しないでよ。

 そんな幸せそうな顔、しないで。今まで、そんな顔見たことないよ。俺にはそんな顔見せてくれなかったくせに。


「慎一郎君は彼女とかいないの?」

「……え」

「カッコいいし、モテるんじゃない?」

「……」

「颯太さんも、慎一郎君くらいカッコよくてしっかりしてくれたら良かったんだけどね」


 やめてよ。

 その人を選んだくせに、俺と比べないでよ。


 気付いたら俺は、両手で彼女の肩を掴んでいた。

 お互いに持っていた傘が地面に落ち、冷たい雨が俺達を濡らしていく。


「……しん、いちろうくん?」


 奈々実さんが、困ったように俺の名前を呼ぶ。


 ああ、もう。

 我慢ならないよ。


「なんで、そういうこと言う訳?」

「え?」

「俺のことフったのは、奈々実さんでしょ? 俺が告白したって本気にしなかったくせに……!」

「……っ」

「俺、本気で奈々実さんが好きなんだよ! いつまでもガキなんかじゃない、俺だってもう男なんだよ!?」


 雨の音を掻き消すほど、俺の声が鉛色の空に響く。

 自分でも驚くくらい、デカい声が出た。ただただ感情のままに、張り上げた怒声。

 奈々実さんの肩を掴んだ手が震えてる。

 いや、それ以上に、彼女の肩が震えてる。


「……なな、みさん」

「……」


 彼女の顔を見ると、目を大きく見開いて泣いていた。


 違う。

 違うんだ。こんなことが、したかったんじゃない。


 俺は思わずその場を走り去った。

 傘も拾わず、ひたすら雨の中を走った。




 ごめんなさい。


 ごめんなさい。




 ただ、ただ俺は、この気持ちを伝えたかっただけなんだ。


 それだけ、だったのに。




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