第3話
こんなに緊張したことない。
きっと、こんなにドキドキするのは
貴女が好きだからですよね。
◆◇◆
今日は空手の大会。
僕は朝早くから会場に足を踏み入れ、気持ちを落ち着かせていた。
純さんが、見に来てくれる。そう思うとドキドキしてしまうけど、その気持ちをグッと抑えていかないと。
僕は今日、個人戦と団体戦に出る。この二つで絶対に優勝して、純さんにもう一度告白したい。良い返事が貰えるとは思っていない。期待なんてしてない。
でも、後悔しないように、気合を入れるためにも優勝したいんだ。
負けた後に告白なんて、カッコ悪いもんね。
大丈夫、心は静かだ。
落ち着いてる。
僕はこの見た目だし、背も小さいから、散々みんなから馬鹿にされてきた。
だから始めた空手。強くなりたくて、馬鹿にした奴を見返してやりたくて。
でも今は、違うんだ。いや、勿論それもあるけど。
大事な人を守れるようになりたい。その強さが欲しい。心を、強くしたい。気持ちで負けたくないんだ。
周りがどう言おうと、僕は僕。馬鹿にされたって、「だから何?」って言い返してやれるようになりたい。
あの人にも、言ってあげたい。
貴女は、可愛い人だって。周りがどう言おうと、貴女は貴女だ。可愛い服を着たっていいじゃないか。自分が好きなものを、どうか誇ってください。
そう、言いたい。
だって僕は、そんな彼女が好きなんだから。
「唯、始まるぞ」
「うん」
友達に呼ばれ、僕は立ち上がる。
試合が始まる。
純さんは、どこだろう。
探したいけれど、キョロキョロしてるのはみっともない。抑えよう。
大丈夫、勝てる。
いや、勝つんだ。
僕は、負けない。
負けない。
他の選手たちの試合が始まり、うちの学校は順調に勝っている」。この波に乗っていこう。
僕の番になり、対戦相手の前に立つ。
相手は僕よりずっと大きい。でも、負ける気はしない。
「始め!!」
審判の声に、僕は相手の懐へと向かう。
負けない。負けたくない。負けられない。
勝つんだ。
◆◇◆
「お疲れさん!」
先生の周りにみんなが集まる。
試合が終わり、みんな気の抜けた表情で、笑顔を浮かべてる。
結果は、うちの優勝だ。勿論、僕は勝った。団体と個人、両方で。
みんなとの話もそこそこに、僕は純さんを捜しに向かった。もしかしたら姉と一緒かもしれない。姉さんも来るって言ってたし、てゆうか無駄にうるさい応援が聞こえたから絶対にいる。
毎回そうなんだよな。恥ずかしいからやめてって言ってるのに。
「あ」
自販機の前に純さんと姉の姿を見つけた。
声を掛けようと駆け寄ると、二人の前にさっき僕が試合をした選手が物凄い剣幕で立っているのが見えた。
何してるんだ?
慌てて二人の元に走ると、相手の選手が純さんに向かって拳を振り上げた。
純さんの後ろに隠れてる姉が悲鳴を上げた。
僕は地面を蹴るように、二人の間に入った。
許さない。
その人を傷付けることは、許さないよ。
「何してるんですか」
「お前、さっきの……!?」
僕は相手の腕を掴み、思いきり睨む。
「一般の方に手をあげるなんて、何考えてるんですか」
「んだと……先に口出してきたのはそっちだぞ!!」
どういうことだ?
純さんか姉が、彼に何か言ったのだろうか。
僕が小さく首を傾げると、後ろにいる純さんが怒鳴るように声を荒げた。
「あんたが唯君を馬鹿にするからでしょ! 負けた癖にグチグチみっともない!」
「てめぇ……!!」
相手が再び純さんに食って掛かりそうだったので、僕は手に力を込めて彼の腕を握りしめる。
彼は諦めたのか、僕の手を振り払って舌打ちだけして走り去っていった。
ああよかった。こんなところで喧嘩になったら、さっきの優勝を取り消されちゃうよ。
「大丈夫でしたか?」
「え、ああ……」
「唯ー! 怖かったああ!!」
泣きついてきた姉の背中をポンポンと叩き、僕は純さんを見た。
彼女は気まずいのか目を泳がせてる。
「あの、純さん……」
「ごめんなさい!!」
「え?」
「さっきのヤツ、唯君のこと小っちゃい癖にって馬鹿にしてたから頭に来ちゃって……それでつい、喧嘩売るような形になっちゃって……」
そうだったんだ。
いきなり謝られたから、何事かと思った。フラれてのかと思いましたよ。
「いいんですよ、僕のことは。あんなの慣れてます」
「唯君……」
「……あら、私ってばお邪魔かしら?」
僕にくっ付いていた姉がニヤっと笑みを浮かべた。
邪魔と言えば邪魔だけどさ。
その気持ちを察してくれたのか、姉はふふっと笑って帰っていった。
「……」
「……」
二人だけになった僕たち。
急に静まったせいで何を言っていいのか、頭が少し混乱する。
でも、言いたいことは一つだ。僕は小さく深呼吸をして、純さんと向かい合う。
「純さん」
「は、はい」
「この前は急に告白なんてしてごめんなさい。混乱、させましたよね」
「それは、その……」
「なので、改めて言わせてください」
僕は純さんの目を見た。
純さんも、最初は目を泳がせていたが、しっかりと僕の目を見てくれた。
「僕、ずっと前から純さんのこと知ってました。可愛い服をジッと、キラキラした目で見てる貴女のことが凄く可愛いと思って、気付いたら好きになってました」
純さんは顔を真っ赤にした。
見られていたことを恥ずかしがっているのか、それとも僕の告白に対してなのか。
「僕は純さんよりチビだけど、いつかきっと純さんの隣に立ってもおかしくないくらい大きくなります。もし身長伸びなかったとしても、純さんを守れるようになります。だから僕と、付き合ってくれませんか」
上手く言葉に出来なかったけど、言いたいことは言えた。
僕が黙って返事を待っていると、純さんはポロポロと涙を零して僕のこと抱きしめた。
え、え?
「じゅ、純さん?」
「適わないなぁ……」
「え?」
「唯君、可愛いのにカッコいいとかズルいよ……」
どういうことだろう。
抱きしめられてるせいで純さんの顔は見えない。これは、どう受け取ればいいんだ?
「……さっきの唯君、カッコよかった。凄くドキドキした。唯君の前では、なんか私も女の子なんだなって思えるよ」
「純さんは、可愛いですよ」
「ありがとう……そんなこと言ってくれたの、唯君が初めてだよ」
「純さん……」
「私も、唯君が好きだよ。好きになった」
「ほ、本当ですか?」
「うん」
嘘、本当に?
予想してない答えに、僕はどうしていいか分かんなくなった。
え、え? 本当に純さん、僕のこと?
じゃあ、僕は純さんと付き合えるの?
「唯君、頑張って私の身長越してね」
「う……頑張ります……」
泣きながら、純さんは笑って言った。
うん、やっぱり純さんは可愛いよ。凄く、凄く可愛い人だよ。
きっと、貴女より大きくなるから。
僕の隣では、貴女が自分の背の高さを気にしなくなるくらいに。
だから、待っててください。
ずっと、僕の隣で。
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