第3話




 ねぇ、お願いだから。


 一人にして。




 もう、イヤだよ。




 ◇◆◇




 浩也さんは、私が小学校に上がる前からの知り合いだった。

 兄が入学して直ぐに彼と仲良くなって、何度も家に遊びに来ていたから。

 浩也さんは私や弟の利津にも優しかった。小学校に入学してからも、親切にしてくれた。

 最初はもう一人のお兄さんって感じだったの。実の兄よりもずっと好きだった。

 でも、いつだったか気付いたの。この気持ちが、恋だってことに。

 そして、中学に上がったとき告白した。

 物凄くドキドキして、泣きそうなくらい緊張した。良いよ、て返事を貰ったときは死んじゃうんじゃないかってくらい心臓がバクバクいった。

 そうして、私たちは付き合うことになったんだけど、二年経っても彼は私に何もしてこない。

 大事にされてるのかなって思わなくもないよ。でも、段々と不安にもなるし、自分に自信がなくなる。女としての魅力が私にはないのかな。

 結局、私は親友の妹でしかないのかな。


 じゃあ、なんで付き合ってくれたの? 本当に私のこと好きなの?

 ああ、こんなことばかり考えて嫌な子だ。ウザい。最悪だ。

 もう嫌われてもおかしくないよ。嫌われちゃうよ。嫌われたんだよ。

 でも、親友の妹だから言えないんだ。お兄ちゃんに気を遣ってるんだ。


「……はぁ」


 ダメ。本当にダメ。

 こんな風に好きな人疑ってさ。

 ここの所、こんなんばっかり。浩也さんのこと好きすぎて、ダメになっちゃいそう。もっと大人にならないとダメだよね。じゃないと、浩也さんに相手にされない。

 中三なんて子供なのが当然かもしれないけれど、少しでも大人にならないと。

 浩也さんの隣に並べるようになりたい。子ども扱いだけはもう嫌。


「……嫌だよ」


 昼休みの中庭で、私は膝を抱えて蹲った。

 ここの中庭、人気少ないから好き。落ち込むには相応しいじゃないか。こんな姿、みんなには見せられないもん。

 家に帰ってからも、部屋に引きこもってばかりじゃいけない。みんなのご飯作ったりしないといけない。もしかしたら浩也さんも来るかもしれない。

 そのとき、私は彼の前で笑っていないといけない。

 そのためにも、どっかでこの嫌な気持ちを吐き出しておかないと。

 だって、嫌われたくないもの。



「あら?」


 その声に、私はビックリして顔を上げた。

 そこに居たのは、高等部の先輩。確か、戸枝藍先輩だ。中等部にいたときから有名だったもん。綺麗でお姫様みたいな外見なのに、結構な問題児だったって。

 中等部のとき、よく寮から抜け出したりしていたって噂がある。

 どうしよう。見つかっちゃった。この中庭、中等部と高等部の間にある渡り廊下の下にあるんだよね。だから高等部の人がここ通ってもおかしくない訳だけど。


「ごめんなさい。先客がいたのね」

「あ、ごめんなさい。私、もう行きます」

「気にしなくていいわ。特に用があった訳じゃないし」

「でも……」

「貴女の方が、ここで色々考えたいみたいだし」

「あ……」

「泣いてるわよ」

「え」


 戸枝先輩に言われ、私は頬を触った。

 いつの間に泣いていたんだろう。気付いたら、ポロポロと涙が零れだした。

 やだ、恥ずかしい。泣き止まないと。先輩に変な風に思われちゃう。ヤダ、イヤだ。


「……大丈夫?」


 先輩は私の頬にハンカチを添えてくれた。

 その柔らかい感触に、私はもっと涙が止められなくなっちゃった。

 そんな風に優しくしないでくださいよ。先輩、そんなキャラじゃないはずでしょう? 一匹狼で人と全然関わり合わないって聞きましたよ。

 それなのに、そんな風に優しく肩に触れないでくださいよ。

 うう、こうやって人に甘えたりすることなかったから、涙止まらないよ。


「うう、うえええん」

「よしよし」



 ◆◇◆



 暫くして、やっと泣き止んだ私の頭を先輩が撫でてくれた。

 冷静になると、本気で恥ずかしい。今まで全然接点なかったのに、なんか申し訳ない。


「すみません、先輩……」

「いいのよ。貴女の気持ち、分からなくもないわ」


 泣きながら、愚痴みたいに色々言っちゃった。

 本当にゴメンなさい。


「そうやって一人で泣きたくなること、私にもあるわ」

「そうなんですか?」

「ええ。この学校に来たばかりのときは、特にね。好きな人と離されて、それが嫌で嫌で、よく脱走もしたし」


 あの噂、本当だったんだ。

 それにしても、イメージと全然違うな。もっと取っつきにくい人かと思ってたのに。


「貴女、小早川瀬奈さんだったかしら」

「は、はい。御存じなんですか?」

「ええ。中等部で人気の王子様、なんでしょう?」

「……あの、私って男っぽいでしょうか?」

「そうじゃないわよ。ほら、ここは女子校でしょう? だから、貴女みたいに運動も出来て勉強も出来る人がカッコよく見えてしまうものなのよ」

「はぁ……」


 そういうことなら、まぁいいか。

 でも王子様じゃなくてもいいんじゃないのかな。


「瀬奈」

「え、はい!」


 名前で呼ばれちゃった。

 なんか照れる。


「貴女、彼とちゃんと話し合った方が良いんじゃないかしら?」

「彼と、ですか?」

「ええ。一方的な想いは相手を困らせることもあるわ」

「……そう、ですね」

「もし、また何かあったら私が相談に乗ってあげるわよ」

「先輩……なんで、私に優しくしてくださるんですか?」

「ん? そうね。貴女が私の好きな子にちょっと似てるからかしら」


 そうだったんだ。

 なんか変な感じだけど、話を聞いてもらえて良かった。おかげで、ちょっとスッキリ出来たもん。


「ありがとう、先輩」

「いいのよ」


 うん。

 ちゃんと気持ち伝えよう。




 私、ずっと傍にいたい。


 一人に、しないでください。







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