第2話



 お願い、リク兄。



 俺のこと、嫌いにならないで。





 嫌いに、ならないで……





 ◇◆◇



 あの日から一週間が過ぎた。そして、リク兄はまた俺を避けるようになった。

 無理もない、のかな。あれだけリク兄のこと困らせたんだから。

 リク兄は、俺と兄弟でいたいんだ。それ以上の関係なんて望んでない。

 でも俺は嫌だ。そんなの、嫌だ。そんなの俺は望まない。

 リク兄にキスだってしたいし、あの小さい体を抱きしめたいよ。

 それは、叶わないこと? 兄弟だから、許されないの?

 ずっと傍にいて、誰よりも近くにいた人を好きになってしまうのは仕方ないことだろ?

 リク兄は俺にとって誰より何よりも特別なんだ。誰よりも、誰よりも。


「……はぁ」

「どうしたの?」


 溜め息を吐くと、心配そうに声を掛けられた。

 声の主は、小学生のときからの親友。小早川利津こばやかわりつ。大人しくて口数は少ないけど、頼りになる良い友達だ。

 俺がリク兄のこと好きなことも相談してる。


「……リク兄に嫌われたかも」

「え……何かあった?」

「……リク兄は家出てくって急に言い出して……」


 俺はリク兄と何があったかを全部話した。

 利津はちょっとビックリした顔もしたけど、黙って俺の話を聞いてくれた。

 本当にこいつは良い奴だ。偏見とかそういうのなく、俺の話をちゃんと受け止めてくれてる。


「……そっか、そんなことがあったんだ」

「やっぱりおれが悪かったのかな」

「……んー、まぁお兄さんを困らせたことに関してはりょーやが悪いよ」

「うっ……」

「お兄さんにはお兄さんの考えがあっただろうに、自分の意見ばかり押し付けちゃうのは良くない」

「……ぐうの音も出ません」

「りょーやの気持ちが分からなくもないよ。大事な人が離れていくのは悲しいもんね。でも、自分のワガママだけでお兄さんを縛るのはダメじゃないのかな」

「それは、わかってるんだけど……」

「ねぇ、りょーや。兄離れとお兄さんへの気持ちを諦めるのとは違うよ?」

「……」

「一度、気持ちの整理を付けるって意味で離れるのも悪くないんじゃない? お兄さんが家を出たからって会えなくなるわけじゃないんだから」

「……やっぱお前、大人だよな……」


 羨ましいよ、お前が。

 俺、感情的になりやすいから、この前みたいにリク兄に当たっちゃうんだよな。

 確かに一度冷静に考える時間が必要なのかもしれない。

 それで、ちゃんと考えをまとめてから、リク兄に会いに行こう。


「ありがとう、りっちゃん」

「その呼び方やめてくれない?」


 あとでメール送ろうかな。

 ワガママ言ってゴメンって。俺、ガキすぎた。落ち着いて考えられるようになったら、またリク兄と向き合って話がしたいって。

 リク兄が家を出る前にも話しておきたいな。

 俺、離れてもリク兄は好きだからねって。それだけは忘れないでほしい。



 

 ◇◆◇



 それから数週間経って、四月になった。

 今日、リク兄は大学の近くのアパートに引っ越す。両親は仕事があるから引越しの手伝いが出来ないことを残念がってた。

 俺は春休みだから、手伝った。リク兄の友達、棗さんも手伝いに来てる。

 朝から荷物運んだり掃除したりで、あっという間に昼過ぎ。粗方片付いた頃にはもう日が傾きそうになってる。


「おい、陸。俺そろそろ帰るぞ」

「おお。今日はありがとな」

「今度なんか奢れよ」


 そう言って棗さんは帰っていった。

 棗さん、リク兄と違ってカッコいい人だな。大人っぽくて大学生らしい。てゆうか、リク兄が子供っぽいだけなんだけどね。


「稜哉も今日は手伝わせて悪かったな。家まで送るから」

「いいよ。リク兄、疲れてるでしょ。俺ももう帰るから」

「そうか……」


 リク兄は少し顔を俯かせて寂しげな表情をした。

 やめてよ、そんな顔するの。帰りたくないじゃん。抱きしめちゃうよ?


「……リク兄」

「なに?」

「この間は、ゴメン……俺、いつもワガママばっかりで……」

「いや……」

「でも、リク兄が好きって気持ちは本当だからね。それだけ、信じてよ」

「わかった……」


 複雑そうな顔でリク兄は頷いた。

 ゴメンね、これだけは譲れないんだ。俺、リク兄以外を好きになれそうにないもん。


「稜哉」

「うん?」


 玄関で靴を履いてると、後ろからリク兄が声を掛けてきた。

 どうしたんだろう。真剣な顔なんかして。


「俺……お前のこと、ちゃんと考えるから」

「え?」

「もう、お前から逃げようとか思わないから」

「……リク兄」

「い、いつでも遊びに来いよ」


 リク兄、顔真っ赤。

 なんでそういうこと言うのかな。ズルい、本当にズルいよリク兄は。


「リク兄の馬鹿」

「は?」


 俺はリク兄の頭を掴んで勢いよく引き寄せてキスをした。

 リク兄は目を丸くして、声も出たい様子。


「じゃあね、リク兄」

「……」


 呆然とするリク兄を置いて、俺は部屋を出た。

 やっぱり俺、リク兄は好きだな。

 次会うときは、もう少し大人になった俺を見せたい。弟してじゃなくて、一人の男として、一人の人として俺と向かい合ってほしい。

 新学期が始まったら、多分会いに行く時間減っちゃいそうだけど。




 あー、引き返したい。


 会いたいです、今すぐ会いたいんですけど。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る