case18.椎名稜哉

第1話



 ずっと一緒だったんだ。


 離れたくなんてない。





 一生、離してあげない。





 ◇◆◇




 リク兄が急に家を出ると言い出した。

 リク兄だってもう大学生な訳だし、一人暮らしくらいしてもおかしくはない。でも、急すぎるよ。俺に一言もくれないでさっさと話を進めちゃってさ。

 今までこんなことなかったのに、なんで急に? だから俺、リク兄に聞いたんだ。どうしてって。確かにしつこく言い過ぎたよ。でもさ、顔も見たくないって、なんで? 俺、何かした?

 そりゃあ、小さい頃からワガママばかり言ってきたかもしれない。

 でも、でもさ……

 嫌だよ、俺。ずっとリク兄と一緒にいたい。離れるなんて絶対に嫌だ。

 それでもワガママばかり言ってリク兄を困らせてちゃいけないって思ったから、せめて話だけでも聞きたいって。これくらいのワガママは許してくれるかなって。

 それで話を聞いたら、俺が兄離れしないからって。だから家を出るんだって。

 何それ。なんで俺がリク兄から離れないといけないの?

 そんなの嫌だ。俺はずっとリク兄と離れる気なんて欠片もない。

 だって、ずっとずっと、俺はリク兄が好きなんだ。生まれたときから、ずっと。

 俺は、リク兄だけを見てきたんだよ。ずっと、ずっと。


「……っ、んん!」


 リク兄の苦しそうな声が、重なった唇から洩れる。

 リク兄が、俺の話を聞いてくれなかったから、口塞いで、邪魔するから、なんか腹立っちゃって、つい衝動的にキスしてしまった。

 だって、リク兄。明らかに俺がリク兄が好きだって言おうとしたから、口塞いだんだよ。なんで、言っちゃいけないの。

 てゆうか、リク兄。リク兄は俺のこと嫌いなの? リク兄は俺のこと好きでいてくれてると思ってたのに。だってリク兄の俺を見る目、絶対に俺と同じだと思ったのに。

 本気で、俺のこと好きだって目。

 それに気付いたとき、俺嬉しかったのにな。ああ、リク兄も一緒なんだって。俺のこと、好きだから、あんなに優しくしてくれて、甘えさせてくれたんだって。だからずっと、一緒にいてくれるんだって。

 なのに、なんでよ。俺、納得できないよ。

 俺に彼女? そんなの出来る訳ないじゃん。

 兄離れ? なにそれ、有り得ないよ。

 そんな理由で家を出たいって言うなら、反対だよ。


「っ、く……りょ、や!」

「……っ」


 リク兄が必死に抵抗してる。でも俺は離してやらない。リク兄が家を出ていくのを諦めるまで、止めてあげない。

 お願いだから、俺から離れていかないでよ。

 リク兄、リク兄……!


「い、いい加減にしろ!!」

「っ!!」


 リク兄が思いっきり俺のことを突っぱねた。

 リク兄は真っ赤な顔で、荒れた呼吸を落ち着かせてる。

 可愛い顔。本当にリク兄は可愛い。パッと見だけなら、中学生に見えなくもない。そういえば、ちょっと前に小学生に間違えられていたっけ。

 こんな可愛いのに、兄として俺のこと守ろうとしてくれてさ。そういう必死なところとか可愛くて仕方ない。

 身長気にしてるところも、可愛い。

 だから、好きなんだよ。昔から、リク兄は俺のこと大事にしてくれてる。そういうとこ、好き。


 それなのに、それなのに……


「なんで?」

「稜哉……」

「なんで、リク兄……今になって俺から離れようとするの?」

「……っ」

「俺、リク兄が好きだよ。本当に好きなんだよ。リク兄は違うの? 俺のこと嫌いなの?」

「そんなんじゃ、ねーよ……」

「じゃあ、好き?」


 俺が訊くと、リク兄は困った表情で顔を背けた。

 困るの? 俺が、リク兄を好きだと、困るの?

 そっか、そうだよね。俺ら、兄弟だもんね。リク兄、そういうの気にする人だもんね。でも、俺も困るよ。そんな顔されたら、俺だって困るよ。


「……ゴメン、リク兄。俺、リク兄のこと困らせてるよね」

「……」

「でも、これだけは分かってね。俺、リク兄のこと本気で好きだから。彼女なんかいらないから」


 そう言って、俺は部屋を出た。

 これ以上、リク兄の顔を見ていられない。

 俺が、あんな悲しそうな顔させたんだ。

 俺、ただただリク兄のことが好きなだけなのに。それだけじゃ、ダメなのかな。

 男同士だから、兄弟だから、好きなったら、ダメだったのかな。

 だからリク兄は家を出ていくの? 俺がリク兄のこと好きだから。家族以上の感情を持ったから、だから離れるの?


 嫌だよ、そんなの。




 俺、リク兄がいないと生きてけないよ。




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