第2話





 俺、お前の兄貴でいられればそれでいいんだ。

 そうすれば、ずっとお前と一緒にいられるだろ。



 お前と、一生離れずにいられるだろう?



 ◇◆◇




「よう、ブラコン」

「ブラコンって言うな、シスコン」


 俺は講堂に入り、中学生の時からの友人、篁棗の隣に座った。

 コイツは昔からお姉さんにベタ惚れしてる典型的なシスコン。まぁ、弟に恋愛感情抱いてる俺が言っていい台詞じゃないんだけど。

 そういう似たところがあるから、多分棗とは仲良くなれたような気がしなくもない。ただ同族嫌悪というものがあってだね、たまにイラッとするんだよ。棗も俺と同じこと思ってるだろうけどな。


「今日も弟と仲良くご登校ですか?」

「……あいつが勝手についてきたんだよ」

「兄弟揃ってブラコンかよ」

「俺はそんなんじゃねーし」


 俺のはガチな方ですから。本気ですから。

 まぁ、アイツがブラコンなのは俺のせいみたいなもんだよな。昔から甘やかしてきたし。小さい頃から俺が散々面倒見てきたし。

 そろそろ思春期だし、反抗期来て兄離れしてくれると思ってはいたんだけどな。それがなくて、嬉しいような悲しいような。


「……そういえば、棗は一人暮らしだったな」

「ああ」

「……俺も一人暮らししたいな」

「すればいいだろ」

「……そうなんだけど、弟いるし」

「ブラコン」

「そうじゃねーし! 俺んち、親が共働きだから……」

「それは前にも聞いた。でも、弟もう中学生だろ。兄貴がそこまで面倒見る必要なんてなくね? 何も出来ないガキじゃねーんだから」


 それは、そうだけど。てゆうか、正論です。

 稜哉は親の手伝いとかよくするから、家事とかそういうの人並みにできる。飯だって簡単なものくらい作れる。もう、俺が世話する必要なんてどこにもない。

 そんなこと、よく分かってる。分かってたさ。


「弟を理由にしてんじゃねーよ。お前が離れたくらいだけじゃんか」

「……うっせーよ」


 ムカつく。棗に言われると、なんか余計にムカつく。

 棗の方は先にお姉さんの方が一人暮らしを始めたんだっけ。確か、高校のときから付き合ってる彼氏がいるって聞いた気がする。

 だからお前は俺みたいに悩まず家を出れたのか。羨ましい奴め。俺はそんな簡単にもいかないんだよ。

 なんて、お前に当たっても仕方ないんだけどな。


「……棗は、さ」

「なに」

「お姉さんに彼氏が出来たとき、どう思った?」

「急だな。ムカついたに決まってんだろ」

「即答だな」

「でも、姉さんが選んだ人だからな。そこに文句は言わねーよ」

「……お前、意外と大人だったんだな」

「陸は外見も中身もガキだよな」

「うるせーよ!」

「それと姉さんと別れたし」

「は!?」


 だって何年も付き合ってきたんだろ? それなのに、なんで急に。

 いや、そういう恋愛事情は人それぞれな訳だからどんな理由があったっていいと思うけど。でも、なんか意外だ。棗のお姉さんってスゲー可愛くて良い人だし、振ったのか振られたのか分かんないけど、別れるとか絶対にないと思ってた。

 やっぱり、他人同士が一緒に、末永く幸せにってのは有り得ない話なのかな。

 家族なら、ずっと一緒にいられるんだよな。家族なら、兄貴のままなら。


 一緒なんだ。ずっと。



 ◇◆◇


 講義を終え、俺はいつもより早く家に帰った。

 稜哉はまだ帰ってきてない。この時間なら、まだ部活中だろう。俺は駅前で貰ってきた無料の賃貸情報誌をリビングのガラステーブルに開いて置いた。

 大学から近いところが良い。そんで、駅が近いともっといい。

 考えた結果、俺は家を出ようかと思う。このまま、家族のままなら一生俺はアイツの兄貴なんだ。変に意識して、この気持ちがいつ爆発するか分からない。だったら、早いとこ稜哉から離れた方が良い。

 大丈夫。離れても、俺らは家族なんだ。会おうと思えば会える。

 俺は自分にそう言い聞かせるように心の中で何度も同じ言葉を繰り返し、ソファーに横たわった。

 ずっと一緒にいるからいけないんだ。離れてしまえば、きっと気持ちも変わる。ただの弟として、稜哉を見れるはず。それでいいんだ。

 俺らは兄弟なんだ。どうしたって恋人にはなれない。当たり前だ。家族なんだ。血の繋がった兄弟だ。こんな気持ち、異常だ。


「……」


 悲しくなってきた。

 俺、なんで稜哉のこと好きなんだろう。初めは、弟を守ってあげたい。そう思ってただけだったのに。

 いや、そう思っちゃったからいけなかったのかもしれない。弟には俺がついていなくちゃいけない、そう思ってしまったから。弟を守らないと、弟の傍にいないと、弟の、弟の。

 そんな風に、依存するようになっちゃったんだ。俺の方が、アイツがいないとダメになっていた。毎日毎日、アイツのことばっか気にしてる。

 バカみたいだ。


「……はぁ」


 小さく溜め息を吐き、俺は目を閉じた。

 ああ、なんかもう嫌だ。色んなことが嫌だ。もっと早く、こうしてれば良かった。大学入ったときに家を出てればよかった。

 バカだ、俺。棗の言う通り、稜哉を言い訳にして、俺がアイツから離れたくなかっただけ。本当はもっと早く出来たことなのに。

 目を閉じてるせいか、段々と意識が微睡んできた。

 まぁいいや。少し寝よう。今は何もしたくない。



 ◆◇◆



 暫くして、ガタッと音がした。なんか、人の気配がする。

 俺はゆっくり目を開けて、周りを確認した。黒い、服。これ、稜哉の学ランじゃないか。アイツ、もう帰ってきたのか。てゆうか、今何時だ。俺、どれくらい寝てた。

 って、ちょっと待て。俺、さっきの雑誌置きっぱじゃねーか!?


「稜哉……!」

「リク兄、家出る気なの?」


 稜哉の手には、やっぱりさっきの雑誌があった。見られた。まだ言う気はなかったのに。コイツのことだから、絶対に反対すると思う。

 だから、契約とか全部済ませてから言うつもりだった。

 ああ、最悪だ。


「ねぇ、リク兄!」

「だったら何だよ」

「……なんで?」

「なんでって、お前には関係ないだろ!」

「あるよ! 俺、リク兄が家出るの、絶対に嫌だよ!」

「なんでだよ! 俺がいつ家を出ようが勝手だろ! なんで弟の許可取らなきゃいけないんだよ!」

「ダメなものはダメ! 反対!」


 こうなると思った。

 てゆうか、なんで俺は自分の部屋で見なかったんだよ。バカじゃねーの?


「ねぇ、なんで急に家を出ようとするの? なんで? ここからでも大学通えるじゃん! 遠くないじゃん!」

「うるせーな、お前には関係ないって言ってんだろ!」

「関係あるとかじゃない。なんでって聞いてるの!」


 ああ、イライラする。なんでお前は俺から離れてくれないんだよ。

 頼むから、聞き分けてくれよ。そんな駄々を捏ねるような奴じゃないだろ。昔から良い子だったじゃん。ちょっとワガママも言うけど、基本的にはお前良い子じゃん。

 だから、兄ちゃんを困らせないでくれよ。


「リク兄! ねぇ、俺イヤだよ!」

「うるせーな! いい加減にしろよ!」

「……っ!」

「もうお前の顔なんて見たくねーんだよ!」


 そう言い放った瞬間、俺はハッとして稜哉の顔を見た。

 その顔は、今までに見たことない、酷く怯えた顔だった。




 俺、こんなこと言いたかった訳じゃないんだよ。






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