case17.椎名陸

第1話




 弟が生まれたのは、俺が五歳のとき。


 生まれてきたばかりの弟の小さな掌を見て、俺は思ったんだ。

 俺が弟を、稜哉を守ってやろうって。


 そう思ったんだ。



 なのに、こんなことになるなんて。




 ◇◆◇


「リク兄。リク兄ってば」

「……」

「待ってって、置いてかないでよ」

「……」


 俺の名前は椎名陸しいなりく、19歳、大学生。

 そして、後ろに付いてきてるのが弟の稜哉りょうや。14歳、中学生。

 正直言って、あんまり一緒にいたくない。てゆうか、並んでほしくない。その理由は、俺とコイツの身長差だ。

 俺の身長は中学の頃で止まっちゃったのにも関わらず、弟は成長期か何かしらんがグングン伸びやがって、俺の身長をあっという間に抜かしやがった。

 俺が157cmなのに対し、稜哉は170cmを越えたそうですよ。俺のときは成長期なんてなかったのに。俺、成長期に嫌われるようなことしただろうか?

 いや、そんなことないだろう。毎日牛乳だって飲んでたし、好き嫌いだってほとんどない。てゆうか、同じもの食ってきたのに、なんで兄弟でこんなに差が出るんだよ。有り得ないだろ。有り得ちゃいけないんだよ。


「ったく、何なんだよ。俺とお前とで何が違うっていうんだ」

「なんでだろうね。遺伝?」

「同じ遺伝子継いでるはずなんですけど!?」

「じゃあ、あれだよ。リク兄は母さんに似たんだ。で、俺が父さん似」


 なんか納得がいかないけど、確かに母さんは背が小さい。そして父さんはバカみたいにデカい。

 なに、その遺伝の仕方。気に入らないんですけど。


「……はぁ。いいよな、お前は」

「うん、俺はまだまだ伸びるよ」


 あーあ、成長期が憎たらしい。母親に似て童顔な俺はどっからどう見ても、コイツの弟みたいだ。よく間違えられるしな。


「この老け顔」

「ちょっ、八つ当たりやめてよ」

「うっせ、バーカ」

「リク兄のショタ顔!」

「てめぇ!?」


 言ってはならないことを! 今、お前は俺の逆鱗に触れたぞ。


「お前なんかもう口利かない」

「あ、ゴメンって。今度プリン買ってきてあげるから」

「また子ども扱いして……!」

「いらない?」

「……いる」


 好物で機嫌取ろうとするとか、汚い奴め。プリンに罪はないんだよ。

 ったく、ニコニコしやがって。なんだよ、面白がってんのかよ。

 そんなことを話してるうちに、分かれ道の前に来た。右に行けば中学。左に行けば駅。いつもここで俺らは別れる。


「リク兄、今日は何時に帰ってくるの?」

「さぁな。夕方には帰る?」

「わかんねーよ」

「早く帰れるようなら連絡してね」

「わかったよ」

「遅くなるときも連絡してね。迎えに行くから」

「いいから早く学校行けよ!」


 稜哉のヤツ、いつもこうだ。

 そろそろ兄離れしてほしいもんだよ。ま、俺も人のこと言えないんだけどさ。

 本当は大学生になったら家を出る気だった。でもうちは両親が共働きだし、稜哉はまだ中学生。だから俺は家を出るのを止めた。稜哉を一人にしたくなかったから。

 見た目はこんなだけど、俺は兄貴なんだ。弟を守ってやらなくちゃいけない。


 それに、俺は稜哉のことが好きだ。本気で、恋愛対象として、稜哉が好きなんだ。

 でも、俺は兄貴だし、家族だし、何より男だ。こんな風に思うこと自体、間違いだ。だからこそ、この想いを忘れるために家を出たかったんだけど。

 出来なかった。俺は稜哉から離れられないんだ。

 こんなんじゃダメだと思ってるのに。なんで、こうなっちゃったんだろう。

 稜哉も稜哉だ。アイツの反抗期はどこいった。俺や親と喧嘩らしい喧嘩をしたこともないし、反発したりとか全くない。俺は中学のとき相当だったのに。

 俺に成長期がなかったように、アイツには反抗期がないのか。そんな訳がないんだろうけど。

 アイツに彼女でも出来てくれればいいのに。そうしたら、俺だって諦めがつく。



 さっさと、俺から離れてくれ。


 俺はお前から離れられないんだ。





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