第3話




 思いっきり、貴女を愛したいです。


 思いっきり、貴女を抱きしめたいです。




 好きです、先生。




 ◇◆◇




 卒業式。

 俺は、友達や先生たちと挨拶を交わし、アルバムに寄せ書きしたり写真撮ったりして、放課後を待った。

 いつも通り、俺はこのあと先生の待つ保健室に向かう。答えを聞くために。

 さすがに今日は遅くまで残ってる生徒はいないみたいで、日が暮れる頃には校舎は静まり返っていた。誰もいない廊下を進み、俺は保健室に入る。

 そこには、いつも通り仕事をしてる由佳先生がいる。


「先生」

「卒業、おめでとう」

「……ありがとうございます。こうして毎日のようにここに来るのは、今日で最後になりますね」

「そうだな。ちょっと目元が赤いぞ、泣いたのか?」

「気のせいですよ。それより、先生」


 俺は一歩一歩、先生に近付いた。

 先生は、今度は逃げずに俺のことを見つめたまま動かない。


「俺、卒業しました」

「ああ」

「もう、この学校の生徒じゃありません」

「……その制服を着てる間は、まだ生徒じゃないのか?」


 先生が学ランの首元にある校章を指さした。

 細かい人だな。着替えてから来いってことか? それとも、後日出直せってことか?

 これ以上は待ってらんないよ。俺は学ランを脱ぎ捨てて、先生の肩を掴んだ。


「これでいい?」

「……お前はせっかちだな。私にも心の準備ってものがあるんだよ」

「もう待てません。俺、先生のこと好きなんです。訳わかんなくなるくらいに好きなんです。本気です」

「……こ、小早川」


 もう毎日会えなくなるんだ。

 だったら、早いとこ答えを出してほしい。じゃないと踏ん切りがつかない。ズルズル引きずりたくないんだよ。


「由佳先生」

「……わ、私は……お前より年上だ。前にも言ったが、先に老けて死んでいく。正直、誰かと付き合うとか、自分の生活に他人が干渉するのが嫌で、結婚とかも絶対に嫌だと思ってた」

「……思ってた?」

「ああ。そう、思ってたよ」


 過去形ってことは、今は違うってことですか?

 それは、どういうことですか。


「……でも、お前といる時間は、なんか違ったよ。干渉って言うか、共存って感じがするというか……いつの間にか、放課後になってお前が来るのを待ってる私がいた」

「先生……」

「私は、恋愛に関しては正直いって臆病だ。自分を知られて嫌われるのが怖い。いい大人が情けないけどさ……」


 先生がゆっくり言葉を選んで、自分の気持ちを俺に告げようとしてくれてる。

 先生の本音。俺はそれを、一言も逃さないように静かに聞く。


「君に告白されて、嬉しかったよ。でも、同時に面倒だとも思った。だってお前は生徒で、私は先生だ。色々と体裁も悪い」

「……」

「でもさ、お前の言うとおり、そんな理由で断るのはお前に失礼だ。だから考えた。小早川のこと、真剣に向き合ったよ。私なりに、色々考えた」

「……はい」

「……お前は、何にでも直球で、素直で、その若さが羨ましくて……なんか眩しくて、つい目で追った。お前が他の子といるの見て、なんか面白くないって思うようにもなった」

「……」

「今日で会えなくなるのは、嫌だとも思った」

「……先生」

「明日も、明後日も、これからもずっと、お前に会いたいよ」

「じゃあ……!」

「ああ。どうやらお前の気持ちが移ったみたいだな。責任、取れよ?」


 俺は、思いっきり先生のことを抱きしめた。

 今まで我慢していた分、思いきり、強く。二度と離すもんかってくらいに。

 これからも、先生に会えるんだ。ずっとずっと、会えるんだ。これからは、保健室だけじゃなくて、いつでもどこでも。


「先生、大好き!」

「……もう先生じゃないだろ」

「そうでした、由佳さん! うわー、メッチャ嬉しい! ヤバい!」

「ちょ、声デカい! まだ他の先生とか残ってるんだから静かにしろ!」

「ごめんなさい、でも嬉しくてさ!」

「ったく……」

「ねぇ、先生」

「だから先生じゃ……」

「そうだった。由佳さん」

「なんだ」

「キスしていい?」

「っ、聞くな馬鹿!!」


 今度は先生、じゃなかった。由佳さんの方が大声を出した。

 静かにしろって言ったのは由佳さんの方なのに。仕方ないな。

 俺は由佳さんの頬をそっと掴み、唇にキスをした。由佳さんも最初はビックリして口をギュッと堅く閉ざしたけど、直ぐに力を抜いて俺を受け入れてくれた。

 前のキスと違う。もっと優しくて、なんか熱い。

 触れるだけじゃない。唇が深く重なり合って、気持ちいい。俺は抱きしめる腕に力を込めて、もっともっと由佳さんの唇を求めた。

 これだけじゃ、足りない。


「由佳さん。ちょっとゴメン」

「え?」


 俺は由佳さんの背中と足の裏に腕を廻して、横に抱き上げた。

 行先は一つ。ベッドだ。


「ちょ、何してんだ!?」

「だって我慢できなくなっちゃったし」

「ここは学校だぞ!?」

「思い出思い出」

「バ、バカ!!」


 由佳さんをベッドに横たわらせ、その上に覆い被さる。

 大丈夫、別にここでシようとか考えてません。でも、もっと触りたいんです。俺、我慢できないんです。


「小早川……!」

「湊、でしょ?」

「み、湊! 誰か来たら……」

「鍵なら掛けましたよ」

「いつの間に!?」


 ここ入ったときにちゃんと内鍵は掛けておきました。だって、由佳さんとの最後の時間に邪魔入ったら嫌だったんだもん。ま、最後にはならなかったけどね。

 俺は由佳さんの口を塞ぐようにキスをした。

 静かにしてれば大丈夫、バレないバレない。

 唇を何度も重ね、啄んで、薄く開いた隙間から舌を割り込ませる。初めて触れる、感触。背中がゾワッとして、俺の感情を昂らせる。

 ヤバい、止まんない。由佳さんも、俺の背中に手を廻してキスに応えてくれてる。


「ん、ふ……ぁ」

「由佳、さ……」

「はぁ、あ……みなと……」


 蕩けるような目で、由佳さんが俺のことを見つめてる。

 だからその目、ダメだってば。俺、まだガキなんだって。ここで理性利くほど大人じゃないんだって。


「……由佳さん、俺」

「……仕方ないガキだな。ちょっとだけ我慢できるか?」

「え?」

「支度を済ませて、駐車場で待ってろ」

「……いいの?」

「いいさ。お前はもう、私の彼氏だろう?」

「由佳さん大好き!!」

「知ってるよ」


 俺は由佳さんのことを抱きしめた。



 良かった。諦めないで良かった。

 俺、いま最高に幸せです。


 これからの時間、ずっと貴女と一緒に過ごせることが、本当に幸せです。




 愛してます、由佳さん。





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